第32話 他の女の子の話、しないでほしい
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「ちょっと、濡れちゃいましたね」
「そうだね」
突然雨が降り出し、詩乃さんに案内されるままに近くの神社で雨宿り。
いつの間にか本降りになっているし、これはしばらく出られないな。
詩乃さんは持参していたハンカチを取り出し、濡れた髪の水分を拭き取っている。
水滴が垂れている姿は、なんだか色っぽい。
「? どうかした?」
「あ、いえっ」
……駆け足だったせいか、上気した頬。季節は夏だが、雨のせいで冷え込んだのか吐息は白い。
それに、髪をアップにしているため、うなじが見えてしまう
邪なことを考えるなと思っても、意識と視線は誘導される。
「ふぅ。甲斐くんは、ハンカチとか持ってないの?」
「えっ、あぁ……はい、ないです」
「もぉ、だめだよ。身だしなみとして、ハンカチとティッシュくらいは常備しておかなきゃ」
注意された……小学生になった気分。
少し叱るような口調で、詩乃さんは一歩距離を詰め、手を伸ばして……
「……っ!?」
「動かないで。ちゃんと拭かなきゃ、風邪引いちゃうよ」
俺の髪を、拭いてくれるのか!?
それって、恋人っぽくないか!? 浮かれ過ぎか!?
「い、いいですよっ。すぐ乾きますから」
なのに、強がってしまう。俺のバカ!
「だめだよそんなの。……あ、そ、そうだよね。これじゃあ意味ないか」
ふと、詩乃さんは手を引っ込めていく。なぜ?
俺のせいか? 自らチャンスを棒に振ったのか?
……いや違う。ハンカチが濡れているんだ。
ハンカチは一つ。使い回せば、当然濡れたもので拭くことになる。
ただ、俺の強がりが変な誤解を与えているのは確かだ。
「……嫌とかではなくてですね……恥ずかしかったんで……」
「え? ……そ、そっか……」
どのみち、濡れたハンカチは使えない。
折りたたんでいく様子を見ながら、俺は空を見上げる。
一向に止む気配はない。
雨宿りしていると、二人だけの世界にいるみたいだ。雨が、周囲との空間と隔てているようで。
「くしゅっ」
詩乃さんが、くしゃみをした。それに、彼女の肩が震えている。
この雨の中、濡れてしまったのは髪だけではない。軽く身体を拭いても、それは気休めだ。
今まで気づかなかったのか、俺のバカ。
「……これを」
「えっ」
俺は上着を脱ぎ、詩乃さんの肩にかけた。
厚手の上着ではない。今は夏だし、むしろ薄手だが……ないよりは、マシだろう。
「着ていてください」
「でも、そうしたら甲斐くんが……」
「俺は大丈夫ですよ、これくらい」
少し強がった。厚手ではないとは言え、上着を脱いだ分肌寒い。
だが、俺が寒い分詩乃さんが温かくなるのなら、充分だ。
これなら、少しは……あ。
「ぬ、濡れてる……」
雨の中、傘もささず歩いたのだ。髪だけじゃない、上着もに濡れてしまっている。
これじゃあ温めるはずが、濡れているものじゃ意味がない……!? それどころか詩乃さんの服まで濡らして……
「……ふふっ、お気遣いありがとね」
だけど、詩乃さんは……クスッと笑った。それだけで、俺の方が温かくなってしまう。
結局上着は着なかった。
「雨は嫌いじゃないけど、お祭りの最中だとね」
「せっかくのお出かけでしたからね」
「ただ、外で二人っていうのも、部屋とは違って新鮮でワクワクする」
この人はさらっと、そんなことを言う。俺だけなのかな、ドキドキしてるのは。
俺も、いずれ詩乃さんをドキドキさせてみたいもんだが。
「あの、甲斐くん。こんな時に言うことじゃないんだけど……」
いきなり、詩乃さんは俺を見つめた。
これはまるで、告白かと思うシチュエーションだが……
「私、今すごくビールが飲みたい」
「……」
雨の中、二人きりで雨宿り、夜……そんなロマンチックな状況で、全然ロマンチックじゃないことだった。
……勘違した俺がバカみたいだ。でも……
「……ぷっ、あははっ」
「ちょっ、なんで笑うのー」
「いや、詩乃さんらしいなって」
なんだか、気が抜けてしまった。
たまらず笑ってしまうと、詩乃さんは不服そうに頬を膨らませた。
その仕草がかわいくて、おかしくて。また笑ってしまう。
「もう」
しばらくして、落ち着いた。
相変わらずの雨だが、気まずい雰囲気はどっかに行ってしまった。
おかげで、会話に困ることもない。
「……築野さんたち、ちゃんと帰れましたかね」
気がかりなのは、築野さんのことだ。
弟妹を抱え、傘も持っていないのだ。
「浪ちゃんは要領がいいから、きっと大丈夫だよ」
……確かに、今は祈ることしかできないか。
普段見ないクラスメイトのレアな姿を見れたのは、得をした気分だ。
共通の友人だから、詩乃さんと話題も作りやすいし。
「まさか今日、バイトと祭りで会うとは。驚いたけど、楽しかったですし、築野さんの新しい一面を知れて嬉しいのも……」
「ねぇ」
いつの間にか築野さん中心の話題になっていたが、詩乃さんも彼女を気に入っているし、問題ないだろう。
そう思っていたのだが……
「……あんまり……他の女の子の話、しないでほしい……」
「……え」
……一瞬、なにを言われたのか理解できなかった。
聞き間違いだろうか……こんな近くで?
屋根や地面に当たる雨の音のせいで、変な聞こえ方をした?
「……っ、あ、いやっ……今のは、違くて……!」
だけど、顔を赤らめ慌てる姿に……聞き間違いではないことを、確信した。
同時に、詩乃さんが実際に言ったのだということも。
……まるで、独占欲を感じさせる言葉だ……
「……詩乃さん、もしかして……」
自惚れかもしれない。勘違いかもしれない。
でも、もし……詩乃さんが"ヤキモチ"を妬いているとしたら?
そう考えると、胸の奥が熱くなる。それを確かめるための言葉は……
パァン……!
打ち上がる花火の音に、かき消された。
「え……花火? 雨降ってるのに」
「……っ、よほどの豪雨でもない限り、打ち上がるみたいですよ。本当かは半信半疑でしたけど」
俺たちの視線は、夜空に。
今日第二弾となる花火が、次々打ち上がる光景があった。
「……雨の花火って、なんだかすごいね」
花火を見上げる詩乃さんは、目を輝かせている。
子供っぽいその姿だが、しかし見惚れてしまう。
……それはそうと、先ほどの言葉を確かめたい。なのに、言葉が出てこない。
「すごいな築野さんは」
「え、なんて?」
「なんでもないです」
花火にかき消されても、負けなかった。しかも告白を、真正面からぶつけてくれた。
俺なんて、言葉の意味を聞き出すこともできない体たらくなのに。
雨の中、打ち上がる花火はとても綺麗で……でも、俺の心の霧を晴らしてはくれなかった。




