第30話 悩みなら、お姉さんに言ってみ?
俺たちは、言葉少なく歩いていた。
どんな話をすればいいのか、わからなかったからだ。築野さんは、赤くなってもじもじしてる。
気まずい雰囲気が流れる中、「おや?」と声がした。
「やっぱり、築野ちゃんじゃん」
「! 椎名ちゃん?」
笑顔を浮かべて近寄ってくるのは、バイト先の先輩椎名 太郎さん。ラフな格好をしている。
幼く見えるが、これでも大学生。海でも会ったし、偶然が続くな。
「奇遇だね、こんな所で会うなんて」
「う、うん、驚いたよ」
「椎名先輩は、一人ですか?」
「あぁん、一人で祭り来ちゃ悪いのか?」
串を食べつつ、先輩のジト目が俺を射抜く。
そこまで言ってない……とんだ言いがかりだ。
しかし、途端に先輩は「ぷっ」と吹き出した。
「冗談冗談。私より、そっちこそ二人で夏祭りなんて、まさか……」
「! た、たまたま会っただけです!」
「ふぅん」
先ほどの空気を持ったまま、今にも築野さんは沸騰してしまいそうだ。
俺がフォローできればいいのだが……
すると先輩は、俺を見つめて……
「それにしても白鳥ぃ、お前要領いいよな。物覚えも悪くないし、接客態度も評判だぞ」
「は、はぁ」
突然褒められた。驚くが、悪い気はしないな。
それから俺の背中をバシバシ叩き、肩を組むではないか。
「せ、先輩、近いです……」
「んん? なんだ照れてるの? かーわいい奴だな、うりうり」
……頬を指でつつかれている。なんだこの状況は。
先輩、妙にスキンシップが激しいんだよな。
「ひひっ……って、どしたの築野ちゃん、すごい顔してるけど」
「! そ、そんなことないですが!?」
指摘され、築野さんは慌てる。
俺からは見えなかったが……先輩は「ははーん」と呟き、離れた。
なにを納得したんだろう。
「ま、お互いお祭り楽しもうよ。じゃねー」
「あっ……」
小さな背中は、人混みの中に消えていった。
……嵐のような人だったな。
だけど、先輩のおかげで……少しは気まずさが、なくなった気もする。
――――――
「あ、おかえりー」
元いた場所に戻ると、待っていた三人がぶんぶんと手を振っていた。
買ってきたたこ焼きと、ジュース……詩乃さんの分を、差し出す。
「ど、どうぞ……」
「ありがとうー」
たこ焼き一つに嬉しそうに頬を緩ませている。
いつもなら見惚れてしまう表情なのだが……
正直、それどころではなかった。
「それじゃ、私たちも……」
「なんだ、二人とも食べちゃえばよかったのに」
「それだと、待たせちゃいますから」
先輩のおかげで築野さんとの気まずい空気はなくなったとはいえ……
彼女に、俺が詩乃さんを好きだという気持ちがバレているという事実が、頭から離れない。
それ以上に、涙を流した彼女の告白は……絶対に忘れられない。
一旦落ち着くと、鮮明に思い出す。
『好き』
おそらく一度は、花火にかき消され断念した告白。だが、彼女は諦めなかった。
好きな人への告白……自分に置き換えると、そのすごさがわかる。しかも、一度目が伝わらなかった上での、二度目の告白。
俺は築野さんを友達だと思っていた。
仲が良ければそれだけ、関係が変化するのが恐ろしくなる。受け入れられても、拒絶されても。
「お姉ちゃん、すっきりした顔してるね。トイレ行った?」
「もう、バカなこと言って。
……宇宙、ありがとね」
「なにが?」
……関係が変わるとわかって、それでも告白してくれた。しかも、俺に好きな人がいると知った上で。
彼女の勇気は、尊敬するべきものだ。
そんな彼女に、俺も真摯に応えなくてはならない。
「返事はすぐじゃなくていい、とは言われたけど……」
本当に、それでいいのか?
これまで俺は、詩乃さんのことしか見てこなかった。
かわいいなと思う子や、きれいだと感じる人はいたが、そこまで。気持ちが変わることはなかった。
きっと、俺の気持ちはこの先変わらない。ずっと想ってきたのだ、俺が一番わかっている。
「なら、早めに返事をした方が……でも……」
……告白されて、嬉しかったのも事実だ。だって、人生で初めてのことだ。
詩乃さん一筋の俺は、誰かに告白した経験はない。
逆に、誰かに告白をされた経験もない。
だから……『好き』だと伝えられる意味が、よくわかっていなかった。
「……はぁ……やっばい」
手で顔を覆う。多分、今真っ赤だ。
心のどこかで、思っていた。誰かに告白されたとしても、気持ちが揺らぐことはないと。
……とんだ思い上がりだ。
誰かの『好き』が、こんなに心をかき乱すなんて思わなかった。勇気がいるのは、告白する方だけだと思っていた。
とんでもない。告白された方も、同じくらいの勇気で向き合わないといけない。
「……」
何度だって、思い返される。
もちろん、心が乱れたからといって、詩乃さんを好きな気持ちに変化はない。が……
「……こんな気持ちになるんだな」
以前恋愛もののマンガで……好きな人がいる主人公が別の女の子に告白されて思い悩んでいる姿に、はっきりしないなと思ったことがある。
そのときの自分を、ぶん殴ってやりたい。
実際に好意を伝えられて、ようやくわかった。その気持ちが。
……わかっている、頭では。詩乃さんを好きなら、築野さんの告白は断るべきだと。
それがお互いにとって、誠実な答えなのだと……
「でも、勇気を出してくれた相手に……この先気持ちが変わらないから無理です、なんて曖昧な言葉で断っていいのか……?
気持ちが変わらないなんて絶対はないのに……いや好きな気持ちが揺らがない自信はあるんだけど……わけわかんなくなってきた」
「おーい、甲斐くん!」
「うひゃお!?」
うんうんと悩んでいた所に、声がかけられる。
それは詩乃さんのもので、つい変な声が出てしまう。
「ごめんね、驚かせるつもりはなかったんだけど……考え事?」
「な、なんでもないですよ……」
「……浪ちゃんと、なにかあった?」
「!」
……その瞬間、息が止まるかと思った。
鋭い指摘に、動揺してしまう。詩乃さんの目が細くなる。
「な、なんで……」
「だって、買い出しに行く前と帰ってきた後じゃ、明らかに様子が違うんだもん。
悩みなら、お姉さんに言ってみ?」
「いや、それは……」
言えるか! 親切心なのはわかるけど!
築野さんに告白された。でも俺はあなたが好きなので断るべきだけど俺の気持ちを知った上で告白してくれた相手にそんな断り方でいいのか……
言えない!
「ごめんなさい、言えません」
なにより、勝手に築野さんの気持ちを明かせない。
「そっか。二人の問題だもんね……でも、あんまり悩むようならちゃんと相談するんだよ?」
忠告し、詩乃さんは築野姉妹の所へと戻っていく。
その時……
「……私も花火、…………と見たかったな」
背を向けた詩乃さんが、なにか呟いた気がしたが……聞こえなかった。
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