第25話 ごめんね、私全然、そういうつもりなくて
「あーんっ」
俺の複雑な気持ちを知るはずもない詩乃さんは、りんご飴を一口かじった。
しかも……俺がかじったのと同じ部分を。
「……!」
顔が熱くなるのを感じる。だって、それは間違いなく……間接キスじゃん。
高校生にもなって、間接キスでドキドキするなんて……と、言われるかもしれないが。
憧れの人と、こんな不意打ちでなど、動揺するなというほうが無理だ。
「んー、あまーい」
……どういうつもりだ? そこは俺が食べた部分だと、わかっているはずだ。
詩乃さんと俺と、かじった跡が二箇所あった。もしかして、間違えたのか?
いや、それは無理があるような……
「ん? さっきからじっと見てどうしたの?」
指摘され、動揺してしまう。見ていたのは事実だが、詩乃さんではなくりんご飴だ。
しかし、詩乃さんが自分の唇を……りんご飴の影響で若干赤くなった桃色の唇を舐めるもんだから……意識は唇へ。
その仕草さえ、ドキドキしてしまう。
「まだ足りなかったかな?」
「え……」
「しょうがないなぁ……なーんて。はい、あーん」
そう言いながらも、もったいぶる様子はない。りんご飴を再び俺の口元へと差し出し、にこりと笑っている。
……祭りの明かりに照らされるその微笑は、妖艶に見えた。
もしかして、俺はからかわれているのか? 間接キスに動揺している俺を、内心楽しんでいるのか?
そういう人ではない……と思いたいが、初対面の築野さん相手に姉を自称する人だしな。
「……じゃあ、いただきます」
ガキだと、からかわれている? 間接キスに動揺してるなんておかわいいこと……と思われている?
ええい、やってやる! 俺はガキじゃない!
間接キスが意図的かどうかなんて、関係ない。
今度は、俺の番だ。
「あー……んっ」
だから俺は、俺の意思で、詩乃さんのかじりかけ部分を……ぱくりと、食べた。
味は変わらないはずなのに、さっきよりも甘く思えた。
どうだ詩乃さん。俺だってこれくらい、平気なんだ……
「あ、おじさん。これください」
「!?」
しかし当の詩乃さんは、別の屋台でお面を買っていた。どんな表情をしているか見たかったのに。
会計を済ませ、ようやく振り向いたと思えば……
「なんで……?」
買ったばかりの、デフォルメされたエイリアンお面を顔につけている。そのため、表情を見ることはできなかった。
せっかくのりんご飴が食べられないのではないか。そもそも、なぜこのタイミングで?
「な、なんでもない。……行こっか」
歩き出す詩乃さんの耳が、目に入った。その耳が、赤く染まっていることに気づいた。
祭りの明かりがそう見せているのか? いや、違う……
「まさか……」
間接キスを今更、意識してしまった……そうだとしたら……?
可能性を感じるだけで、胸の奥が熱くなる。
「あ、待ってください!」
その背中を追いかけ……手を伸ばす。が、思った以上に大胆に、彼女の手を取ってしまった。
離れていた手は、再び繋がる。今度は、事故ではない……俺の意思で。
「!」
「……ま、また転びそうになったら、いけませんから……」
「そっ……そう、だね」
柔らかくて、小さくて……少し熱い。これは俺の手が熱くなっているのか、それとも……?
ちらりと、横顔を見つめる。お面のせいで、相変わらず表情は見えない。
けれど……その耳が、先ほどよりもさらに赤くなっているような。
あぁー、詩乃さんとのデート楽しすぎる!
でも、詩乃さんはどう思ってるんだろう……
〜〜〜
『え……あ、デートのつもりだったんだ。変な期待させちゃったね。ごめんね、私全然、そういうつもりなくて。というか、甲斐くんのことは弟としか思ってないから……あーでも、姉弟で出掛けるのもデートではあるし、そういう意味なんだよねきっと。私の方が勘違いしちゃったのかなあははは』
〜〜〜
……こんなことを言われたら。俺は耐えられない。
確認するのが怖い。だから……俺が勝手にデートと思う分には……許して欲しい。
好きな人と、夏祭り巡り。これをデートとせずしてなんとする!
「あ、あそこの金魚すくい、人多いよ」
表情が見えないのが難点だが、はしゃいでいるのは声のトーンでわかる。かわいいなぁ。
うん、いろんな屋台を見て回ろう!
「並んでる……いや、違う」
人が多いが、それは行列ではなく……誰かが金魚すくいに挑戦し、周りに野次馬が集まっている、ってところか。
こんなに集まってるってことは、中心にいる人はよほどうまいのだろう。
「女の人だ」
なかなか近づけないな。後ろからだとよく見えないが、詩乃さんが言うには女の子。
さらに、両脇には小さな子供がはしゃいでいるのが見えた。
「お、お嬢ちゃん、やるねぇ……けどもうそろそろ、いいんじゃないかな?」
このままでは、金魚を取り尽くされてしまう……屋台のおじさんの、そんな悲痛な声が聞こえるほど、辺りは静かだ。
これだけ人が居るのに、それだけギャラリーは静かに集中している。
いや、彼女の集中を切らさないよう見守っている。
しかし……
「姉ちゃん! もっと取っちゃえ! 取っちゃえ!」
集中なんて何知らぬ顔。傍らの弟が、おじさんにとって絶望的な言葉を叫んでいた。
さらに……
「おねえちゃん、ふぁいとー!」
姉を応援する声に、おじさんの顔が青くなっていく。
弟妹の声援を受け、女の子は張り切るかのように腕まくりをした……仕草をした。ノースリーブだからだ。
浴衣を着ている弟妹とは違い、普段着っぽい。
「よぉし、お姉ちゃんもっと取っちゃうぞー」
そして張り切る女の子が、声援に応えるのだが……
気のせいか、聞き覚えがある声だ。いや、よく見れば、その後ろ姿にも。
加えて、弟妹の顔が見える。それが確信となり、つい言葉を漏らしてしまった。
「……築野さん?」
「……!」
ギャラリーが静かとはいえ、彼女の周りは騒がしい。
ポツリと呟く程度の声。この人混みの中、聞こえるはずがないと思っていた。けれど、彼女の肩はぴくりと震え……ゆっくりと、振り向いた。
……その顔は間違いなく、俺の知った人物……築野 浪さんだった。
ってことは、あの子供は宇宙くんと楓ちゃんか。
目が合い、しばらく沈黙。……その顔は徐々に、赤く染まっていく。
「し、しし……白鳥……!?」
その瞬間、集中力が切れてしまい……そのせいだろう。
「あー!」
宇宙くんが、残念そうな声を漏らした。
金魚すくいのポイが……穴が空き、だめになってしまったのだ。
あれ、これ俺のせい?
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