第21話 ……ありがとう、ね
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バイトを始めてから約一ヶ月が経った今日は、初給料日だ。すでに口座を作っていたため、そこに振り込まれている。
お金を引き出すやり方は、姉ちゃんに教えてもらった。それを実践、確認。
自分の労働を対価に得たお金。それは、小遣いやお年玉よりもよほど価値があるように思えた。
「……よし」
その足で向かう目的地は、ショッピングモール。以前、詩乃さんとデートをしたときも来た場所だ。楽しかったなぁ。
数並ぶお店。その中の一つに、目を向ける。
店の入り口に"それ"が残っていることを確認。取り置きはしてもらっていたとはいえ、一安心だ。
そして俺は、店内へと足を踏み入れていく……
――――――
「いっただきまーす!」
「いただきます」
その日の夜、俺の部屋には明るい声が響いた。手を合わせてから、それぞれ手を伸ばす。
今日も、詩乃さんと二人きりの晩ご飯だ。いつもの光景に、すっかり慣れた……
いや、未だに憧れの人との食事は緊張する部分はある。
「……うまそうに飲むなぁ」
いつものように缶ビールを開け、詩乃さんはごくごくと飲んでいく。
この姿だけ見たら、実に男らしい飲みっぷりだ。
「ぷはぁ。やっぱり、仕事終わりの一杯が格別においしいねぇ。甲斐くんも飲めればよかったのに」
「高校生に飲ませたら犯罪ですよ」
続いて、食事に手をつけていく。
相変わらず、俺の作った料理を食べている姿はかわいらしい。つまみにも手を伸ばしている。
……さて、本格的に酔っ払ってしまうと困る。なので、タイミングは今しかない。
「あの、詩乃さん、これ」
「んぅ?」
俺は、側に置いていたそれをを差し出す。丁寧にラッピングされた、プレゼントだ。
ただ、気の利いた言葉は出てこなかった。唇が震えている。
詩乃さんはお肉を摘まんだ箸をそのままに、口を開けたまま動きが止まっている。
「えっと……わ、私に?」
ようやく動きを取り戻し、箸を置き、確認する。
「そりゃそうですよ」
あぁ、なんかすげえ恥ずかしい。顔が赤くなっていないだろうか。てか、あっつ。
「あ、ありがとう。……開けても、いい?」
「は、はい」
詩乃さんはどんな気持ちなんだろう? 動揺した様子を見せつつも、受け取る。
手渡しする瞬間でさえ、心臓が張り裂けそうなくらいに緊張する。
丁寧にラッピングを解いて、中身を確認する……
「こ、これ……」
それを見て、詩乃さんは一瞬目を丸くした。見覚えのあるものだったからだろう。
それは、ショッピングモールデートをした日……とある店の入口にあったもの。
ショーウィンドウの中に飾られた、犬のぬいぐるみだ。両手で抱えるサイズだ。
『わあ、これかわいい!』
詩乃さんはそれを、かわいいと言って見ていた。
犬が好きだが、実際に飼ってはいない。グッズは結構集めているようだ。
『ほしいんですか?』
『え? うーん……かわいいとは思うけど、そこまでは、ね』
あのとき、こんなやり取りをした。
多分、俺の前で買うのが恥ずかしかった……なんて理由はあるだろうな。詩乃さん、変に見栄っ張りだからな。
だけど、俺はあのとき気付いていた。
「ど、どうして……」
「それ欲しがってたでしょ。それくらいわかりますよ」
だから、決意した。
せっかくバイトを始めようと思っていたのだ。その初給料で、このぬいぐるみを買おう、と。
「……もしかして迷惑、でしたか?」
「そんなことない!」
ぬいぐるみを見つめ黙っていた詩乃さんだったが、両手で自分の胸元にかき抱いて……ぎゅっと力を込めた。
「そんなこと、ないよ。……すっごく、嬉しい」
口元を隠すように抱き、俺を見つめる。やばい、破壊力ありすぎだろ。
喜んでもらえたなら、プレゼントしてよかった。
「でも、これ……結構高かったはず……」
「……初給料で、買ったんです」
「そ、そんな大切なものを私に使っちゃったの!?」
初給料……それは特別な意味を持つものだろう。どう使うかは、個人の自由だ。
自由だからこそ……
「だからこそ、最初は詩乃さんになにかプレゼントしたいなって思ってたんですよ」
「……!」
その言葉に、なにを思ったのか……ついには顔全体をぬいぐるみに押し付けるようにして、隠してしまった。
なにか、まずいことを言ってしまっただろうか?
それから、なんとなく声をかけるタイミングが見つからず……気まずい沈黙が流れた。
しかし、沈黙が破られるのもまた、突然だった。
顔を離した詩乃さんが、缶ビールを手に取り一気に飲み干したのだ。
「っ、んぐ……!」
「あ」
その顔は赤く染まっている。耳まで赤い。酔いが一気に回っただろうか?
そんな心配をよそに、詩乃さんはじっと俺を見ていた。
「あの、詩乃さん?」
「大事なバイト代を使うなんて。……こ、こんなことなら、先に買うんだったよ、まったく。甲斐くんはまったく」
若干目が据わっている。嬉しいと言っていたが、やはりまずかったかな?
しかし、その心配も杞憂に終わる。
「……ありがとう、ね」
恥ずかしそうに、その言葉を漏らしたからだ。
それがなんに対するお礼なのか、考えるまでもない。
そして、顔が赤い理由はお酒じゃなくて……きっと……
「どういたしまして」
「……!
お酒! おかわり!」
「はいはい」
その様子がおかしくて、顔が緩んでしまう。
お礼を言うのに素直になれないから、酒の力を借りたのか。不器用な人だ。
冷蔵庫から、常備されている缶ビール一本を手に取り、詩乃さんに渡す。
「飲み過ぎそうになったら、止めますからね」
「わかってる〜」
にひひと笑う詩乃さんは、俺が渡したぬいぐるみの頭を撫でていた。
この笑顔を独り占めしたい、このまま詩乃さんの胃袋を掴んで離れられなくしてやろうか、なんて感情さえ出てくる。




