第20話 心臓の音、聞こえる。波の音と、どっちが落ち着くかな
「海で飲むビール……最高だね」
「えぇ、期待はしてたけど、それを超えてきたわね。キンッキンに冷えてやがるわ」
みんなで昼食中、缶ビールを飲む詩乃さんと姉ちゃんが満足そうに笑っていた。よかったね。
俺たちは焼きそばをすすりつつ、その光景を見ていた。
相変わらず、豪快な飲みっぷりである。
「わぁ、大人だ……」
そんな二人を見て、築野さんは感銘を受けたように目を輝かせていた。
感激する場面かこれ?
宇宙くんと楓ちゃんはにこにこしながら、焼きそばを食べていた。こっちは和むなぁ。
「おいしいおいしいって、普通の缶ビールじゃないの?」
「わかってないわね、こういうところで飲むから格別なのよ。それに、冷蔵庫じゃなく氷水で冷やしてたのが、おいしく感じるのよ! 知らんけど」
さいですか。楽しんでいるようならなによりだが。
まあ、姉ちゃんは別にいいよ。……ビール片手に海を眺めている詩乃さんは、絵になるな。
しっとり濡れた髪も、少し赤い頬も、細められた目も……俺の目を離さない。
「白鳥?」
「! なんでもないよ、あはは! おいしいなぁ!」
とはいえ、ガン見しているわけにもいかない。
焼きそばを食べ、お腹を潤して……みんなが食べ終われば、また遊びの時間だ。
いつの間にか用意していたらしい、姉ちゃんが取り出したビーチボール。六人のため、度々メンバーを変えながら遊んだ。
「おっりゃー!」
ボールをスマッシュする姉ちゃんは、いつの間にか周りにギャラリーを作っていた。
動きもそうだが、布面積の狭い水着とそのスタイルが人の目を……主に男性の目を惹いたのだろう。
姉ちゃんが目立ったおかげで、詩乃さんがあまり視線に晒されなかったのは良かった。……そうでもないかもしれないが。
「はぁー、遊んだ遊んだ!」
ビーチバレー、砂遊び、スイカ……はなかったので、スイカに見立てた砂の山割り。思いつく限りのことを試し、全力で楽しんだ。
空がオレンジ色になった頃、さすがに全員疲れが出たようで、海から上がった。
宇宙くんと楓ちゃんはすでに眠たいのか、歩きながら船を漕いでいる。転ばないよう、手を繋いではいるが。
「お疲れみたいね」
「やだ、まだあそぶぅ」
目を擦りながら頑張る楓ちゃんだが、もはや眠ってしまうのは時間の問題だ。
近くの時計を見て、築野さんが頭を撫でた。
「そろそろお父さんとお母さんが戻ってくるから、今日はここまでだね」
「えー、やだぁ」
「なら、また今度遊ぼうね」
築野さんの言葉に首を振る楓ちゃんだが、詩乃さんの言葉を受けしぶしぶながらも、小さく頷いた。
それから築野さんは弟妹を引き連れ、待ち合わせをしているという場所に戻っていった。その背中が見えなくなるまで、立っていて。
「そんじゃ、アタシらもそろそろ帰る準備しますかね」
「だな」
「ちょっくらギブスに連絡してくるわー」
ひらひらと手を振り、姉ちゃんはこの場を後にする。
店長を謎のあだ名で呼び、電話番号まで交換しているのか。謎すぎるな。
……って、詩乃さんと二人きりになっちゃった!
夕日の海で二人きりなんて、このシチュエーション……いい雰囲気じゃないか!
詩乃さんもドキドキしていてくれないか。そう思い、隣を見ると……そこには、誰もいなかった。
「あれ、詩乃さん?」
「おーい、甲斐くーん」
手を振る彼女は、いつの間にか波打ち際にいた。
夕日の下、波と戯れている詩乃さん……やっべ、すげえ絵になる。
今携帯やカメラがないのが、本当に悔やまれる。取りに戻る……時間もない。
仕方ないので、心のメモリにしっかり焼き付けておこう!
「詩乃さん、もうすぐ帰りますよ」
「わかってるけど、もう少しね」
久しぶりの海だからか、名残惜しそうだ。俺だって気持ちは同じだ。
ゆっくりと足を進めつつ、迎えに行く……その時、大きな波が迫っているのが、見えた。
走り出す俺に、詩乃さんははっとして後ろを見て……波に驚き、転びそうになった。
俺は咄嗟に手を伸ばし……彼女の手首を掴み、転ばないように抱きとめた。
「ぁ……」
小さな声が、漏れる。腕の中に、詩乃さんの存在があった。結局波は、徐々に小さくなり消えた。
後ろから、お腹に腕を回してから引き寄せた状態だ。
必死なことだったとは言え、この体勢は……かなり、大胆なことをしてしまっている!?
「あ、ありがとう甲斐くん」
「いえ……」
どうしよう、直接肌に触れているから……体温と柔らかさを直に感じる。ヤバい。
うまく言葉が出てこない。すぐに離れればいいのに、身体が固まったように……
「意外と力強いんだね」
くすりと、嬉しそうに笑った。
それだけではない……詩乃さんは少し顔を動かして、俺の胸板に耳を当てたのだ。
「はー……甲斐くんの心臓の音、聞こえる。波の音と、どっちが落ち着くかな」
「……!?」
なになに……なんでこの人、こんなことしてんの!? 俺を殺す気なの!?
心臓の音なんて、多分どんどん大きくなってる。打つ音が速くなってるんだもの。
身体が熱くなる。せっかくの海だし、少しくらい進展したい……とは思っていた。
だけど、まさかこんなシチュエーションが訪れるなんて!?
波の音が静かに、聞こえる。海面は夕陽に輝き……足元を洗う冷たい波が、かろうじて身体の熱を冷ましてくれているようだった。
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