第13話 白鳥が、初めて、かな
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さて、バイト初日がやってきた。
第一希望は料理担当だったが、一番人手が欲しいのがホールということで、接客になった。接客もやってみたかったから、良いけどな。
「よろしく、築野さん」
「え、えぇ、よろしく白鳥」
そして、俺の教育係が同じくホール担当の築野 浪さんだ。
クラスメイトだし、喋りやすい人に教えてもらうのは、いくらか気が楽だ。
築野さんは、高校入学と同時にこのバイトを始めたらしい。つまり、約三ヶ月先輩。
そんな彼女が教育係を任せられたのは、ズバリ評価の良さゆえだ。
店長曰く、すでにほぼ完璧な接客だと好評らしい。動き、笑顔、記憶力……様々な動きが洗練されていると。
『浪ちゃんは、ワタシのイチオシなのよ。彼女、教えるのもとっても上手なのよね。
だから甲斐ちゃんも、イロイロ教わるといいわ、うふっ』
……筋肉ダルマ店長のウインクは、バイト前から精神力が削られてしまう破壊力があった。
うん、忘れよう。忘れたい。
「それにしても、いきなり忙しい土曜からで災難だったわね」
「いや、そんなこと。どんと来いだよ」
今日は週末……休日のファミレスともなれば、客の数も多いだろう。お昼時なら、なおさらだ。
ちなみに、普段なら休みの詩乃さんは、今日は休日出勤である。そのため、俺の初バイトに行けないことを嘆いていた。
昨夜の詩乃さんはいつも以上に飲み、俺の部屋で夜を過ごした。その結果……
『まことに……まことに、申し訳ありませんでしたぁあああ!!!』
いつかの再現のように、朝一で詩乃さんの土下座が炸裂した。面白い光景ではあるが、あまり見たいものでもない。
『ううぐ……いっそ殺してぇ……』
涙を流し、歯を食いしばる姿は鮮明に思い出せる。「くっ、殺せ!」と女騎士みたいだった。
「……白鳥、顔色悪くない? 大丈夫?」
「大丈夫、問題ないよ」
寝落ちしてしまった詩乃さんをベッドまで運び、俺はいつかのようにソファーで眠った。
初バイト前日なのでゆっくり体を休めたかったが、ああなっては仕方がない。
俺よりも、翌日に仕事が控えている詩乃さんをソファーで寝させるわけにはいかなかったからな。
「ちょっと睡眠が浅かっただけだから。動く分には問題ないよ」
「そう? でも、体調が悪くなったら隠さず言うのよ」
心配してくれる築野さんの優しさが染みる。
酔っぱらいのお姉さんを介抱していて眠れませんでした、とは言えない。
とはいえ、全く眠れなかったわけでもないし、今は元気だ。無理をするつもりはないが、それでも張り切ってやろう。
「……あ、早速お客様ね。いらっしゃいませ」
「はいっ。いらっしゃいませ!」
こうして、初バイトが始まった。
――――――
「おぉおお、疲れたぁ……」
バイト終わり、俺は情けなくも休憩室で机に突っ伏していた。
途中休憩も挟んだとはいえ、約六時間ホールで動き回っていたのだ。それに、お客さんの多いこと多いこと。
「お疲れ、白鳥」
「お、お疲れぇ……」
心身ともに疲れている俺とは違い、築野さんは全然元気に見える。俺以上に動いていたのにな。
それに、いつもの作業に加えて、人に教えるのは余計に体力を使うだろう。
なのに、疲れた様子はない。
あれなら、店長から信頼されるのも頷ける。
「今日は忙しかったわねー、疲れたわ。
お店としては嬉しい悲鳴なんだろうけど」
こう見えても、疲れているようだが……そうは見えないな。
しばらく休んでいきたいが、いつまでもここにいるわけにいかない。動けないほどではないし。
後は着替えて、夕食の買い出しに繰り出そう……
「二人とも、お疲れ様〜」
「お疲れ様です」
「お疲れ様でーす」
扉が開き、店長が部屋に入ってくる。ガタイがよく肩幅がとても広い。
スキンヘッドに強面の顔とは裏腹に、心にはおそらく乙女を飼っていると思わせる口調と仕草だ。
「甲斐ちゃん、初日から頑張ってくれたわね。やる気があって結構なことだわぁ」
「いっぱいいっぱいでしたけどね。築野さんが上手に教えてくれたおかげで、なんとかやり切れました」
「そうなの、浪ちゃんが手取り足取りと……ね、んふっ」
「そこまで言ってないでしょ!」
なぜか意味深にウインクする店長に、顔を赤くした築野さんが吠える。
仲の良い二人だなぁ。
それから築野さんは、チラチラと俺を見ていたかと思えば……こほんと咳払いをし、俺を見た。
「あー……白鳥、せっかくだしこの後、ちょっと遊んでいったりとか……しない? パーッと、さ」
髪先を指でくるくるし、目を合わせてくれないがちゃんとしたお誘い。
初バイト後の俺を気遣ってくれているのか、ありがたい誘いだ。
けど……
「ごめん、この後は大切な用があるんだ」
「あ……そ、そう……」
この後は、詩乃さんとの食事がある。詩乃さんに話したら、「私のことは気にせず遊んできなさい」とか言いそうだが。
でも、俺が一緒に食事をしたいのだ。
それに、本音を言えば疲れが溜まってて、遊びに行く元気がない。……情けなくて言えないけど。
「誘ってくれてありがとう。また誘ってくれると、嬉しいな」
「う、ううん。私こそごめんね。疲れてるのに誘っちゃって」
とはいえ、せっかく誘ってくれた築野さんに悪いことしたよな……謝る必要もないのに。
それに……二人での食事は俺にとって最優先事項だが、だからといって毎回友達の誘いを蔑ろにしていいわけではない。
今日は無理だが……
「……今度、一緒に遊びに行こう。絶対」
「! う、うん!」
次の約束をすれば、失礼には当たらない。……はず。
俺だって、築野さんと遊びたくないわけじゃないし……
……そういえば。
「俺たち、連絡先交換してなかったよね。
この日空いてるって日があったら、連絡するよ」
「……白鳥から? 連絡?」
今更だけど、連絡先を交換していないことに気づいた。一緒にお昼を食べる仲なのに。
いつも学校で話すから、必要性を感じなかったのか。
最も、連絡先交換が嫌な場合もあるだろう。
「もし学校で直接言った方がいいなら、そうするけど……」
「しよ! 連絡先交換!」
食い気味に、築野さんは言う。どこか嬉しそうだ。よかった、断られたらどうしようかと。
遊びの約束以外も、今後バイトでわからないことがあったら聞くこともできる。
お互いに携帯を出し、連絡先を交換。
詩乃さんも予定が入る日はあるだろうし、その辺調整していこう。
「よし。女の子の連絡先なんて、身内以外で初めてだ」
「えっ……そ、そう、なんだ。
……う、嬉しい」
連絡帳を見て、そもそも登録人数が少ないことに苦笑いを浮かべる。
女性なんか、母さんと姉ちゃんを除けば他は詩乃さんだけだ。
詩乃さんは身内みたいなものだしな。
「わ、私も、男の子は……白鳥が、初めて、かな」
「へえ? 空光とは交換してないの?」
「あいつは男としてカウントしてないから」
当たりが冷たい……
二人は幼なじみなんだし、連絡先くらい交換しているだろうが……空光、なんかどんまい。
「ともかく、大丈夫な日は連絡するから。
もちろん、築野さんからも誘ってね。可能なら予定空けるし」
「うん!」
「じゃ、俺着替えるから。築野さんも着替えなね」
連絡先も交換し、今後の予定は応相談……と。
更衣室へと足を踏み入れる……が、扉が閉まる直前、築野さんがなにか呟いたような気がした。
「白鳥の、連絡先……やった、ふふっ」
が、よく聞こえなかった。




