第11話 彼氏に作ってもらってる?
―――詩乃side
「〜♪」
仕事から解放されるお昼休憩。この時間、私は大好きだ。
お腹の音が鳴らないように最新の注意を払いながら、私はお弁当箱に手を伸ばした。
「わぁ……!」
二段重ねのお弁当箱。蓋を開けると、一つにはご飯が敷き詰められていて、一つにはおかずが並んでいる。
卵焼き、ウインナー、ミニ春巻き等々……春巻きは、昨夜の残りをお弁当箱用に細かく切ったものだ。
その光景に、食欲がそそられる。
「今日も美味しそうですね、花野咲先輩」
「詩乃ったら毎日毎日すごいわー」
この時間、私のデスク周りに集まってくる二人の同僚が、それぞれ声をかけてくる。
後輩の三田 夏菜子ちゃん。きれいな黒髪をセミロングにしていて、赤縁のメガネをかけているおとなしめの女の子。
同期の今咲 奈津ちゃん。短髪を金色は染めているのではなく、実は地毛だ。活発な性格は羨ましくもある。
性格のまったく違う私たちだけど、お昼を一緒に食べるくらい仲が良い。
「へへー、すごいでしょー」
「おっと、自画自賛か?
でも、見た目から美味しそうだなって伝わってくんのよね、あんたの弁当」
それを聞いて、ちょっと誇らしい気持ちになる。私が作ったわけじゃないのにね。
そう言うなっちゃんのお弁当も、美味しそうだけどな。
「私は妹に作ってもらっているので、尊敬します」
「そこは妹に作るくらいの気概を見せんかい」
かなちゃんは、どうやら高校生の妹さんに作ってもらっているようだ。
少し恥ずかしそうな、嬉しそうな。そんな表情。
「わ、私料理苦手で……妹からも、教わったりはしてるんですが」
「いい妹さんじゃないの。自分のために、年下の子が一生懸命作ってくれたのが萌えるわー。
そう思わない、詩乃」
「え、あ、あぁ、そうね」
なっちゃんの言葉が突き刺さる。なぜなら私のこのお弁当は、私が作っていることになっているからだ。
誤解しないように言っておくが、これは作った本人からの要望だ。
『俺が作ったのは……内緒にしてもらえませんか? 幼なじみとはいえ、年下の男が弁当作ってるって知れたら、詩乃さんの立場が……』
……以前こう言われたのだ。他ならぬ甲斐くんの頼みなので、私に悪意はない。
どうやら私の世間体を気にしてくれているみたいなんだけど……甲斐くんの手柄を取ったみたいで、もやもやする。
ただ、私にウソをつかせるのを良しとしていない……というのは、彼の表情でわかった。
私のためにウソをつくように頼んで、でもウソはついてほしくない。ひどい矛盾だ。
甲斐くんらしいけどね。
「あ、またその顔」
「? なにが?」
「あんた、弁当食べてるとすごく幸せそうな顔するわよね。無自覚?」
なっちゃんの指摘に、私は顔を触る。そんなに顔に出ていたかな?
お弁当が美味しいから、顔も緩むのは自然だ。昨夜の残り物でも、充分に美味しい。
ううん、残り物だと甲斐くんは言うけど、わざわざお弁当用に詰め合わせてくれるのだ。その手間を思うと、ありがたくて仕方ない。
今回なんか、春巻き切ってくれてるし。
「もしかして詩乃、そのお弁当……彼氏に作ってもらってる?」
「!?」
「だって、そのお弁当を食べると愛しの彼氏の顔を思い出しちゃう……ってね。それなら納得がいくわ!」
くっくっく、と笑うなっちゃんの言葉が、愉快そうに指を立てた。
私、そんな顔をしてるの!?
実際に、甲斐くんの料理はおいしい。
おいしいものを食べれば、幸せな顔になるのは当然のこと。
「……彼氏、かぁ」
彼氏という単語。私にとっては、複雑な意味のある言葉。
あまりいい思い出がない。昔の話ではあるんだけどね。
「花野咲先輩、彼氏いるんですか?」
「い、いないよ」
「はぁー、ちょっと憧れるよねー。彼氏に弁当作ってもらうってさ」
まだ続けるのか、彼氏の話。
それにしても、憧れるっていうのは?
「大好きな彼氏が、自分のために早起きして弁当を作ってくれるわけじゃん? すごく良いわ……」
「そんなもんですかね……でも、女たるもの男の人に作ってあげるべきでは?」
「妹に作ってもらってる子が言うことじゃないわね。それに、古いねぇ夏菜子は。そんな考え方に縛られてちゃダメよ。
ちなみに私は、私のために彼氏が弁当作ってくれる工程にすげー萌えるタイプ」
「知りませんよ、今咲先輩の趣味じゃないですか」
二人の会話を聞きながら、私は水筒に注いでいたお茶を飲む。
……甲斐くんは彼氏じゃないけど。お弁当は本当に感謝している。
もちろん、自分の分のついでっていうのはわかってるんだけど……
『はい、詩乃さん。お仕事頑張ってください』
昨夜の残りを詰めたお弁当箱をもらうそのときに、いつも声をかけてくれる。その瞬間が、私は好きだ。
お弁当を食べる瞬間も、もちろん好きだけど……
私のために、その笑顔を向けてくれる。それを思うと、ドキドキする。
「彼氏とかじゃないし、そもそもこれは私が作ったものだから」
ただ、甲斐くんが私のことを考えてくれる以上、お弁当は私が作ったってことにしておかないと。
「ふぅん。じゃあ、以前は食堂や購買で済ませてた詩乃が、こんなお弁当を作れるようになるなんてどんな心境の変化?」
「ま、まあ、自炊した方が、安上がりだしぃ?」
つい、楓ちゃんが言っていたことを言い訳に話す。楓ちゃんも料理は得意だし、自慢げに話してたっけ。
ふと、なっちゃんが手を叩く。
「そうだ。そんなに上達したならさ、今度私にも料理教えてよ! 私のはまだまだだしさー」
「私も教わりたいです」
「え、まあいいけ、ど……え? ん?」
なんだ、今流れでとんでもない話にならなかったか?
そして私、流れで『うん』と答えなかったか?
「いや、今のは……」
「あ、そろそろ休憩終わっちゃいますよ」
「やっべ、急げ!」
「ちょっとぉ!?」
楽しくも慌ただしい、お昼の時間。甲斐くんにお弁当を作ってもらってから、私の世界が変わった気がした。
おいしいものを食べて、それをおいしそうだと言ってもらえて……すごく、充実しているのだ。
迷惑をかけてばかりなのに、私に良くしてくれる……素敵な男の子。彼の顔を思い浮かべて、私は小さく呟いた。
「ありがとね、甲斐くん」




