第10話 一緒に行く? 海
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「注文取りに来てくれた子、築野ちゃんって言ったっけ。かわいかったねぇ」
注文した料理が運ばれてくるのを待つ間、詩乃さんはやたらと楽しそうだった。
どうやら、先ほど会った築野さんを気に入ったらしい。……初対面でからかうくらいには。
というかこの人、人をからかうようなことするんだな……またも俺の知らない詩乃さんを見ることができた。
ともあれ、誤解は今度解いておかないとな。
「それにしても、築野さんもここで働いているのか」
つまり俺がここのバイトに受かれば、一緒に働くということになるのか。
働く先に知った人間がいるというのは、気持ちが楽だ。それに、築野さんなら話しかけやすい。
「お待たせしました、こちらミートスパゲティになります」
「わっ、来た来た!」
店員さんの声とともに注文した品が届き、詩乃さんは目を輝かせていた。
ちなみに、料理を持ってきてくれた店員は築野さんではない。
続いて、俺が頼んだ品も届く。
「お待たせしました、こちら天津炒飯です」
「どうも」
どちらも、おいしそうだ。
……そうだ。この味をよく噛み締めて、自分で作れないか試してみよう。
「料理持ってきてくれたの、築野ちゃんじゃなかったね。
……甲斐くん、今度誤解解いておいて」
「はいはい」
もしかしてこの人、すぐに再会できるからその時に誤解を解けばいい……といったノリであんなことを言ったのか?
そんな確証はないのに。やはりどこか抜けている。
……ま、それはそれとしてだ。
「それじゃ、二人とも揃ったところで食べますか」
「そうだね。いただきまー……」
「営業妨害で訴えるわよ! お客だからってナメたことしてんじゃねぇぞこらぁ!」
手を合わせようとしたところに、店内に野太い声が響いた。
まるで、店内が揺れたかのような錯覚さえある。
ここからじゃ見えないけど、店の入り口付近で、なにかやってる……?
「て、店長、他のお客様もいますから……」
「あらやだぁ、皆様大変ご迷惑をおかけしましたぁ! ただいま、営業妨害しようとしてきたクソ客……いえクソ野郎をこらしめているので、少々うるさくなるのをご了承くださいっ。あらやだぁ、私ったらはしたない言葉を、おほほほ」
「ひぃいいい、ごめんなさぁい!」
今の『店長』って呼ばれてたよな……
俺が面接したのも、店長。ゴリゴリマッチョの、がたいのいい男だ。あの人に恫喝されたら、泣く自信がある。
ただ、どうやら悪いのはあの客らしい。難癖つけてタダ飯を食おうとしたが、それがバレて……という顛末。
なんとも情けない話だ。
「……食べよっか」
「はい」
料理が冷めないうちに、食べてしまおう。
俺たちはその後料理を味わい、完食した頃にはお腹も膨れていた。
味も良かったし、満足だ。
「はぁー、食べた食べた。お腹いっぱいだね」
「ですね。でもすみません、俺の分まで払ってもらって」
「いいの、誘ったのは私なんだし。それに私、お姉さんだから!」
昼食を終えた俺たちは会計を済ませ、店外へ。
財布を出す俺を止め、「私が払うから」とグイグイ来る詩乃さんに押し切られ、奢られてしまった。
お腹も満たされ、次は……
「せっかくだから、ショッピングモール行ってみようよ」
「はい、行きましょう!」
「き、気合い入ってるねー?」
少しでも意識してもらいたい。なので気合いを入れ、俺から彼女の手を握る。
こうして意識すると、繋いだ手は柔らかくて、小さくて……これだけの行為が、すごくドキドキする。
自分からやったことなのに、手汗とか大丈夫かな……なんて考えてしまう。
「甲斐くんは、なにか欲しいものとかないの? お姉さんが買ってあげるよ?」
「い、いいですよそんなの」
詩乃さんって、昔から俺を弟として見ていたからかお姉さんぶるよな……大きくなっても変わらない、か。
ただ、弟のまま終わってしまうのはだめだ。それ以上に、男として見てもらえるようにならないと。
「わあ、これかわいい!」
「ん?」
詩乃さんが足を止める。
とある店の入口の、ショーウィンドウの中に飾られた犬のぬいぐるみを見ていた。
そういえば、犬好きだったっけ。かわいいと言ってる詩乃さんがかわいいけどな。
「欲しいんですか?」
「え? ……いや、こういうのは子供っぽいし。大丈夫だよ。行こ」
急かされるように、店を離れる。歩き出す直前、チラッとぬいぐるみを見たのを、俺は見逃さなかった。
お姉さんぶりたい詩乃さんにしてみれば、子供っぽいと見られることは避けたいのだろうけど。
……犬のぬいぐるみか。
「あ、もう水着とか売ってるんだ……って、もう七月だもんね。
ねえ、見に行って良いかな?」
「はい、もちろ……ん!?」
次に足を止めた先は、まさかの水着売り場。それだけならまだしも、手を引かれるまま売り場に突入してしまう。
「今って、こんなに水着が揃ってるんだねー!」
まさか詩乃さんと一緒に、水着コーナーに来てしまうなんて。
俺は果たして、ここに居ていいのだろうか? いや、別に下着売り場ってわけじゃないんだし……堂々としてればいいんだ。
「……もしかして、プールか海に行く予定でもあるんですか?」
目を輝かせている詩乃さんは、まるで子供のよう。先ほど子供っぽいと見られることを避けていたというのに、おかしな話だ。
ここで気になるのが、わざわざ水着を見に来たってことは、水着を着る予定でもあるのかということ。つまり、海かプールに行くのか?
もしそうなら、誰と……? まさか男と……!?
「あはは、着たのはいいけど、今のところ予定はないんだよね」
「そ、そうでしたか……」
予定などない……それを聞いて、ほっとする。
ただ、続けて出てくる言葉に、俺の思考は一瞬停止することになる。
「なら、一緒に行く? 海」
「……はい?」
……これまでの事が、走馬灯のように頭の中に流れる。
昔、海に行った経験はある。俺が小学生の頃か。姉ちゃんや詩乃さんに連れられて。
女子高生詩乃さんの水着……当時の俺は一丁前に恥ずかしがって、水着姿をあんまり見ていなかった。
なんて惜しいことをしたんだろう、という思いは悔やんでも悔しみれない。
であれば、これはチャンスだ!
海という非日常空間で、距離をぐっと縮めることができる! はずだ!
「行きましょう、海!」
問題は、二人きりかどうかだが……
「よかったぁ。なら、楓ちゃんも誘って三人で行こうよ」
「……」
……まあわかってたけどね。逆に、それでこそ詩乃さんらしいと言える。
「ふふ、今度楓ちゃんと水着買いに来よー。楽しみにしててね」
まるで俺のために水着を選ぶというような言葉。深い意味はないのだろうが、俺の心臓は高鳴りっぱなしだった。
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