脱出
転移されて1日が経った頃。
レイ達は領主館を目指して、下水道の中を歩いていた。
領主館の真ん前とはいかないまでも、下水道からある程度近い場所までいける。
臭いが少し気になるがゾンビに襲われるよりはマシだと、レイを先頭に領主館に一番近い出口に向かっていた。
「それにしてもレイさんは変わってるわ。リリース直後からの最古参プレイヤーなのに、有名レギオンの名前も王の名を冠するプレイヤーの事も知らないなんて」
呆れた様子を隠そうともせずにため息を大きく吐き出すアヤメ。
「それは仕方ないだろ。輸送兵ってだけでレギオンだけじゃなくて、即席のパーティーすらほとんど入れてもらえなかったんだから。ずっと気ままなソロプレイだったし、後半は他のプレイヤーと関わるどころか、見かけることすらなかったし」
「いや確か兄貴の話だと、そもそもソロプレイ出来るようなゲームじゃなかった気がしたんだけど・・・」
「ん? どうした?」
アヤメがぼそっと小さく呟くが、肝心の本人には聞こえていないようで、レイは首を傾げていた。
「いやなんでもない。でも少なくとも有名レギオンの名前と、王の名を冠するプレイヤーについては知っていて損はないと思うんだけど」
「確かにアヤメちゃんの言うとおりだな。大丈夫。一応昨日アヤメちゃんから聞いた話は頭にいれたよ」
「えっ!? 一回聞いただけなのに?」
「社会人やってるとな、一度聞いたことは嫌でも覚えるようになるんだよ。じゃないととてもじゃないがあの地獄の世界は生きていけないからな」
「あぁ・・・そう。深くは聞かないでおくわ」
急に遠い目をしながら、悟ったような顔を見せるレイを見て、深入りしてはならない領域だと察するアヤメ。
昨夜レイはアヤメから他の有力プレイヤーとそのプレイヤーが率いるレギオンについて教えてもらっていた。
アヤメ曰く、ZWには王の名を冠する10名のプレイヤーが存在するらしい。
そのプレイヤーのプレイスタイルから狙撃王、爆撃王、慈悲王、冒険王、絡繰王、謀略王、殺戮王、格闘王、防衛王、不滅王と呼ばれており。
格闘王と不滅王以外はレギオンのトップとして君臨しており、最終目的地であるマリアは慈悲王率いるレギオン「慈悲の心」の拠点とのこと。
慈悲王は女性プレイヤーらしく、その名の通り、新人プレイヤーや困っているプレイヤーに積極的に手を差し出す、聖人君子のような人らしい。
本当に言われているような人物の拠点であれば、新人プレイヤーにとって安息の地になるだろう。
アヤメから本当に覚えているのか怪しまれ、アヤメの出す確認テストに答えながら進むこと30分。ようやく出口へと辿り着いた。
「ここから私語は禁止だ。前もって言ったように、互いの死角を守るように三人一組になって行動してくれ。アヤメちゃんは俺の背後をお願い。よし。いくぞ」
レイを先頭に下水道を出て、街道に続く階段を登っていく。
先程まで問題を出していたアヤメも、緊張からか表情が固くなっていた。
幸いにゾンビに出くわすこともなく、領主館を視界に捉えた頃、それとは別に血の気が引くような光景を目の当たりにする。
「これは・・・」
「うっ・・・」
「お゛え゛ぇぇぇ」
領主館まで続く一本道は真っ赤に染まっており、所々に人間だった物が転がっていた。
生臭い鉄錆びの臭いが充満するその道は、まるで地獄への入り口のようにも見える。
「これは阿修羅の仕業だな。あの馬鹿どもが。新人を唆しさえしなければこんなことにならなかったかもしれないのに」
目を覆いたくなるような光景を前に短い黙祷を捧げるレイ。
黙祷を終えたレイは、血の滲む地面を踏みしめながら、領主館へと進む。
アヤメもレイの背後を守るように付いていき、キータ達も二の脚を踏みながらも、恐る恐る領主館へと進んでいった。
「やっぱり結界は破壊済みか。まずは俺が入る。安全を確認したら扉を開けるから、それまでは館を背にしてゾンビが来ないか見てて」
「一人で大丈夫なの?」
「なあに。こう見えてもそれなりに強いんだぞ」
心配そうに見てくるアヤメ達にわざとおどけた感じで返事をするレイ。
アヤメ達が頷いたのを確認した後、ドアノブに手をかけてゆっくりと扉を開ける。
その時、隙間から玄関ホールを覗いたレイの顔に緊張が走った。
「レイさん? 本当に大丈夫なの?」
レイの表情の強張りを見たアヤメが、他のプレイヤーには聞こえないように小声で再度確認してくる。
「どうやらめんどくさいことになりそうだよ。俺が開けるまでは絶対に開けちゃ駄目だから」
レイは軽く笑みを見せると、館の中へと入る。
館の玄関ホールには、館までの一本道と同じような光景が広がっていた。
食い散らかされた多数の遺体が血溜りを作り、室内故に、血生臭さは一本道の時とは比較にならない。
(あれは・・・もしかして結構ヤバめなゾンビがいるのか)
髭面の男と一緒にいた仲間と思われる遺体を見つけたレイ。遺体は顔以外のほとんどを食べられており、残った顔も苦悶の表情を浮かべていた。
彼らは見た感じ、それなりの技量を持つプレイヤーだったはず。
それに周囲には1体もゾンビが倒れていない。
(とりあえず、警戒モードに変更っと)
レイが警戒値を最大まで上げた瞬間、2階から何かが飛んできた。
「よっと」
レイはそれを半身になって避ける。
床に勢い良く刺さったのはテーブルナイフ。
すぐさまサブマシンガンを構えて、ナイフが飛んできた方角へ標準を合わせる。
「オッキャッックサマ」
そこには電池が切れかけたお喋り人形の様な口調で「お客様」と連呼する、執事服を着たゾンビが一体。
そして、背後には使用人と思われるメイドのゾンビが5体控えていた。
(こんなゾンビ見たことない。ここにいる奴らはこれにやられたのか)
執事ゾンビとメイドゾンビは、レイを歓迎するように下手くそなお辞儀をすると、執事ゾンビはナイフを投げ、メイドゾンビは飛びかかってくる。
「歓迎が手荒過ぎないかな?っと!」
レイはサブマシンガンをメイドゾンビの膝に合わせて連射。同時にシールドを局所的に展開しナイフを防ぐ。
三体のメイドゾンビは膝を撃ち抜かれ、倒れこむが、残り2体のメイドゾンビは、銃弾を避け、そのまま加速しながら、レイへと向かってくる。
(思ったより速い!? ならこっちはあえて速さを捨てて、固さ重視でいきますか)
2体のメイドゾンビがレイに肉薄した瞬間を狙い、シールドを前方全面に展開。シールドによって押し出されたメイドゾンビ達は、仰け反ったようになり、レイにリロードの時間が生まれる。
すかさずリロードしたレイは、銃形態をショットガンへと変更。至近距離にてメイドゾンビの頭部に発射。
2体のメイドは頭部を爆散させながら仰向けで倒れる。
レイは倒れるメイドゾンビには目もくれずに、残った弾丸を執事ゾンビに向けて放つ。
甲高い金属音が響き、レイの足元には砕けた金属片が散らばった。
「メイドに相手をさせて、隙を見てナイフ投擲なんて。ただのゾンビとは思えない知性だな」
レイはガン形態を再度サブマシンガンに変化。執事ゾンビに向けて発泡する。
執事ゾンビは壁に張り付き弾丸を回避。その後、壁を這うようにしてレイの周囲を走り回る。
(ナイフ投げという遠距離攻撃持ちでありながら、中級偵察兵並みの速さ。こりゃあの人達がやられたのも頷ける。だけど!)
マシンガンの発泡を止め、銃形態をショットガンに変化。展開していたシールドを解除する。
そして余裕綽々な様子で執事ゾンビに語りかける。
「君は単なるゾンビにしては凄い速いし、並み程度のプレイヤーなら瞬殺だろう。けどね」
シールドが無くなったのがわかったのか、執事ゾンビは壁を強く踏み込んで、猛烈なスピードでレイに迫る。
「君以上に早くて複雑な動きをするプレイヤーがこの世界にはいくらでもいるんだよ」
「オッキャッックサマ!」
レイの喉元に牙を立てようと、飛び込んだ執事ゾンビの視界に映ったのは、丸い銃口だった。
至近距離にてショットガンを喰らった執事ゾンビは上半身が木端微塵に吹き飛び、肉片が壁に散乱する。
下半身のみとなった執事ゾンビはゆっくりと膝を着き、そのまま多量の血液を撒き散らしながら倒れた。
「これは地下も注意が必要かな」
足を撃たれ、もがくメイドゾンビに止めを刺しながら、一人ごちたレイは、前途多難な近い未来を想像してため息を吐いた。
「お待たせ」
「レイさん長いよ! 中から発砲音するし。こっちは心臓止まるかと思ったよ!」
「レイざぁ~ん!」
扉を開けると、アヤメは口を尖らせながらも心配そうに。キータは号泣しながら側に駆け寄ってくる。
「ごめんね。予想外のゾンビがいてね。前もって言っておくけど、中はかなりきついから」
レイは一言告げると、中にアヤメ達を入れる。
「これは・・・!」
「さすがに立て続けにこれは・・・」
アヤメ達は口元を押さえながら、必死に胃から込み上げてくるものを抑える。
「レイさんは平気なんですか?」
「あぁ・・・そう言われれば。もちろん気持ちの良いものではなかったけど、みんな程ではなかったかな」
(これもレイの記憶の影響なのかな)
新人プレイヤー達が全員、吐き気を催しているのを見て、自分に異常とも言えるグロ耐性があることに気付いたレイ。
確かにレイは阿修羅に襲われている時も、プレイヤーの死を見た時も、慌てることなく、むしろ日常的な一幕のような感覚を覚えていた。
(もしかして入ってきたのは記憶だけじゃないのかな。う~ん。わからん! これはまたマリアに着いてから考えるか)
思考の迷宮に入りそうになったところでソーラ攻略に意識を向け直したレイは、未だに吐き気が収まらないアヤメ達を比較的綺麗だった応接室のような場所へと移動させる。
「じゃあ、さっきと同じようにまずは俺一人で地下に入ってみるよ。ゲームではいなかったゾンビが領主館内で出てきたってのもあるから、地下も確認しないと」
「レイさんちょっと待って!」
レイがそういって地下に向かおうとした時、青い顔をしたアヤメが呼び止める。
「私付いていったら駄目かな?」
「もしかしたら危険なゾンビも出てくるかもだし、止めておいた方が良いと思うんだけど」
「それはわかってるわよ。でもさっきレイさんを待ってた時とてもじゃないけど生きた心地がしなかったわ。それに仮に地下にゾンビが居たとして。それがレイさんでもどうにか出来ない相手なら、どっちにしろ私達に出来ることはないわ。どっちにしろレイさんに縋るしかないなら私は一緒に付いていきたい」
アヤメは吐き気を抑えながらも、強い意思を感じる口調でレイへ同行を求める。
「うーん。もし相手がやっかいな者であれば、助けれないかもしれないよ」
「それは覚悟の上よ。それに私もこのままじゃ駄目だってわかってるから。今はレイさんが助けてくれてるけど、このままずっとレイさんにおんぶに抱っこは嫌。レイさんの戦いを見て、技術を学んで、自分一人の身ぐらい守れないと」
「・・・わかったよ。他の人達はどうするの?」
アヤメが決して退かないことを察したレイは、額に手を置き、軽くため息をついてから仕方なさそうにアヤメの同行を許す。
「ぼ・・僕も行きます。正直残される方が怖いから」
「俺も!」
「私も付いてく!」
気弱なキータが付いていきたいと手を上げたのを皮切りに、全員がレイに付いていくことを選んだ。
その光景を見て、レイは更なるため息を深く吐いた。
物音一つしない地下に人の足音だけが小さく響く。
「嵐の前の静けさ」
「レイさん。不安を煽るようなことは言わないでよ!」
「いやぁアヤメちゃんも気付いてるくせに。この臭いは絶対血だよ。他のプレイヤーが先に地下にいるゾンビを倒しているって線もあるけど、玄関ホールの惨状を見る限りそれは楽観的すぎるしね」
「うぅ~考えないようにしてたのに」
微かな風邪にのってくる鉄錆びの臭い。
それは間違いなく、ここで人が死んでいるという何よりの証。
慎重に歩いていると広間のような空間が見えてくる。薄暗いせいで奥までは確認出来ないが、強まる鉄錆びの臭いがそこに何かがいると如実に語っていた。
「ふぅ~。よし。みんなはここで待機していて。もし危ないと思ったら退避すること。それだけは約束して」
アヤメ達はレイの言葉に静かに頷く、それを見たレイは満足そうに笑みを見せたあと、広間へと入っていく。
「こんな時に聞くことじゃないんですけど。なんでレイさんはあんなに余裕があるんでしょうか? ここは死んだらやり直せるゲームじゃないのに」
「私に聞かれてもわかるわけないじゃない。でも・・・確かに不思議よね」
レイのまるでコンビニまで行ってくるかのような気負いのない姿に、キータが思わず呟く。
アップデートされた後に始めた彼らにはゲームキャラの記憶の流入は無い。
逆に言えば、リリース直後から五年以上、ZWをプレイしているレイには濃密なゲームキャラの記憶が流入していた。
それがプレイヤーの人格や性格にどのような影響を与えるか、それを知らないアヤメやキータはもちろん。レイですらわかっていなかった。
「さぁて。鬼が出るか蛇が出るか」
広間はかなり広くなっており、天井は優に5メートルはあった。
シールドを前方のみに集中して展開させたまま、サブマシンガンを右手、手榴弾を左手に構える。
広間に入ってすぐ、鉄錆びの臭いの正体に出会う。
「やっぱりあんただったか」
そこには顔、両腕、両脚、胴体の6つに千切られた髭面の男が、広間の中央に投げ捨てられていた。
「マモラナクテハマモラナクテハ!」
「ママイタイママイタイ!」
「アナタアナタアナタ!」
レイが広間中央まで着いた時、奥から同じ言葉を連呼する三人の声が聞こえる。
一人は壮年の男性の声。後の二人は女性で片方はまだあどけなさのある声だった。
レイが警戒しながら奥を窺っていると、地下全体が揺れるような地響きが発生する。
震源が段々と近づいてくるのを感じながら、視線を声が聞こえる方から外さないでいると、急に人の身の丈程もある火球がレイを襲う。
「よっと」
速度自体はあまり速くなく、余裕を持ってバックステップで避けるレイ。
元々レイがいた場所が激しく燃えあがり、広間が一気に明るくなる。
「マモラナクテハマモラナクテハ!」
「ママイタイママイタイ!」
「アナタアナタアナタ!」
明るくなったことで見えた震源の正体。
それは胸部に赤い宝石が埋め込まれ、腹部に歪な窪みのような穴が空いている阿修羅であった。
正面に男性の顔があり、その左右に女性の顔が生えている。腐ったように崩れ落ちてはいるが、生前はさぞかし美丈夫、美人、美少女であったのだと窺える。
(言葉を話す阿修羅なんて初めて見たな。さっきの執事といい、こりゃゲーム時代の知識も当てにならないかもな)
同じ言葉を連呼する阿修羅を見ながら、気持ちを引き締めるレイ。
阿修羅の6つの虚ろな目がレイを捉えると、腹部の空間から炎が噴出された。火炎放射のような炎は真っ直ぐにレイへと向かう。
レイは横に走り抜けて回避を試みるが、阿修羅は体を捻ることでレイを追撃。
走る足を止めればたちまち全身を燃やしてくるであろう炎は、勢いを止めることなくレイの後を追ってくる。
「これはやっかいなっと」
レイは小手調べとばかりに手榴弾を阿修羅の足元に投下。手榴弾の爆発と同時に火炎放射が止む。
「やっぱり固いなぁ。速度重視ってのもあるけど、手榴弾で表面を焦がす程度か」
阿修羅の右脚全体は焼け爛れたようになってはいるが、内部までのダメージは無かった。
レイは阿修羅のダメージ量を見て、長期戦になると感じ、顔を軽く顰める
「ママイタイ! アシイタイ! ママイタイ! アシイタイ!」
すると阿修羅の少女の声がこれまで連呼していた言葉とは別の言葉を叫び出す。
ひとしきり叫び続けた後、阿修羅の右脚がほのかに緑色に淡く輝く。淡い光が止むと、右脚の皮膚を再生されていた。
「あれは回復弾のエフェクトの時の光・・・? いやいやゾンビが回復魔法って。嘘でしょ」
レイは顔を引き攣らせながら、回復中である阿修羅の隙をついて、少女の顔へとマシンガンを放つ。
「ムスメ! マモラナクテハ!」
すると今度は壮年の顔した男性の顔が違う叫び声を上げる。叫び声と同時に薄い光の膜が少女の頭部を覆う。
光の膜は大きなひび割れを作るも、マシンガンの弾丸を全て防いだ。
「待て待て。これは何の冗談だよ。回復にシールドも使える阿修羅とか、鬼畜にも程があるだろっと!」
レイがマシンガンをリロードしている間に、阿修羅が再び火炎放射を放ってくる。
レイも回避を続けながら、銃弾をしこたま阿修羅に向けて放つが・・・
弾丸はシールドで防がれ、仮にシールドを越えてダメージを与えたとしても、すぐさま回復される。
「これはキリがない。このままだとこっちのMPが無くなって終わりだな」
プレイヤーが使うマジックガンや手榴弾、地雷などの兵器は、プレイヤーのMPを消費することで使用出来る。
MPは一定時間に一定の割合で回復し、またアイテムを使用することでも回復可能である。
もちろんレイもMP回復薬は持ってはいるのだが、回復薬の使用上の都合のせいで、使用出来ない状況だった。
回復系アイテムは手のひらサイズのキューブの形をしている。これを握り潰したり、投げたりして割ることで効果を発生させるのだが、5秒の間その場にはいなければ効果を受けれないという非常に扱い辛い特徴を持っていた。
阿修羅との戦いで回復薬を使おうものなら、その5秒の間に燃やし尽くされてしまうだろう。
その為、現在レイは回復薬を使用出来ず、ジリジリとMPだけが減っていく状態になっていた。
普通であれば阿修羅のようなゾンビはパーティーを組み、互いにカバーしながら回復薬を用いて攻略していくのが定石ではあるのだが。ソロプレイばかりしており、今もまたソロにて阿修羅に挑んでいるレイはその事にまるで気付いていない。
「長期戦は悪手だな。かといって火力特化で爆破系を使ってしまえば倒せそうだけど、天井が崩落する可能性もあるし。どうしたもんかね」
MPが5割を切り、少しずつではあるが、確実に劣勢に立たされようとしていたレイは、ひとまず回避重視で阿修羅の様子を窺う。
(多分だけど、少女が回復、男性がシールドってことは女性が炎を発射しているはず。何かしらの前兆を捉えられれば、倒す方法が見つかるかも)
レイはひたすら火炎放射を避け、反応を見るかのようにマシンガンを放ち、阿修羅の細かい動きまで観察する。
そして残りMPが2割を切った頃。ある事に気付いたレイは火炎放射が止んだタイミングで意を決して阿修羅へと接近する。
阿修羅はレイの急速な接近に一瞬反応が遅れたものの、レイに目掛けて6本の腕を振り落とす。
「マモラナクテハマモラナクテハ!」
「ママイタイママイタイ!」
「アナタアナタアナタ!」
レイは接近寸前で右側へとサイドステップを踏み、阿修羅の腕を回避。ゼロ距離にて左側2本の腕目掛けてショットガンをぶちかます。
弾け飛ぶとはいかなかったが、関節部位を狙ったこともあり、撃たれた腕は肘から垂れさがった状態になる。
「ママイタイ! ウデイタイ! ママイタイ! ウデイタイ!」
すぐさま阿修羅は2本の腕の回復を始める。
淡い光に包まれ再生していく腕。しかし先程の右脚とは違い、内部まで破壊されている2本の腕はなかなか再生が終わらない。
「やっぱりいくら回復魔法とは言えど、ダメージ量に応じて掛かる時間が違うかっと!」
レイは予想通り左腕の再生に時間が掛かるのを見て、ほくそ笑む。
レイはそのまま常に阿修羅の左側を陣取るようにして、阿修羅の攻撃を躱す。
「マモラナクテハマモラナクテハ!」
「ママイタイ! ウデイタイ! ママイタイ! ウデイタイ!」
「今だぁ!」
レイはそれまでとっていた回避行動をやめ、シールドを前面に展開。そのまま阿修羅の懐まで潜り込む。
レイがシールドを腹部の穴へと押し付けた瞬間。阿修羅の身体が勢い良く燃え始めた。
「ムスメ! ツマ! マモラナクテハ!」
「ママイタイ! カラダアツイ! ママイタイ! カラダアツイ!」
「アナタアナタアナタアナタアナタァ!」
全身が炎に包まれながら、断末魔のような叫びを上げ続ける阿修羅。
何とかしようと身体の至るところをシールドで囲ったり、淡い光を纏わせるも、炎の勢いは収まらず。
10分程度暴れた後、阿修羅は燃える身体のまま地面に突っ伏した。
「ふぅ~。ギリギリだった・・・」
未だに目の前で燃えている阿修羅を見ながら大きく息を吐くレイ。ステータスを見ると、シールド残留はのこり10%、MP残量は1割を切っていた。
「レイさーん!」
レイが肩で息をしながら呼吸を整えていると、アヤメ達が駆け寄ってくる。
そして一様に燃えている阿修羅をまじまじと見つめた後、アヤメが我先にと疑問をぶつけてきた。
「レイさん。この阿修羅どうやって倒したんですか?」
アヤメ達は阿修羅の火炎放射によって周囲が明るくなったことで、レイと阿修羅の戦いを見ることが出来ていた。
そんなアヤメ達にはレイが肉薄した途端、勝手に阿修羅が燃えたように見えていたのだった。
「あぁそれは簡単な理屈だよ。俺はただ腹部の穴に蓋をしただけ。行き場の無くなった炎が阿修羅の身体に移って後は見た通りって訳さ」
「蓋をしただけって・・・何で閉じたの?」
「シールドだよ。正直危なかったけどね。今シールド残量1割になってるしね。いやぁほんとに成功してよかった」
「そう。あははは・・・」
もう少しで死んでいたかもしれないのに、いつもと変わらずお気楽な様子のレイに、アヤメは表情筋が麻痺したかのような顔で乾いた声をあげた。
阿修羅との戦いで、レイが気付いたのは魔法を放つ前の動きの違いだった。
シールドを展開する男性と、回復魔法を使う少女は必ず魔法を使用する前に連呼する言葉が変わった。
では炎を放つ女性の行動の変化とは。
それは言葉を発さなくなることだった。
男性と少女が常に絶叫のような声を出していた為、最初はそれに気付くことはなかったが、それぞれの顔に役割があると気付いた段階で、レイは女性の言動にのみ注意を向け、炎を放つ前の変化に気付くことが出来ていた。
後は実際にやったように、炎を吐き出すタイミングに合わせ、出所である穴をシールドで塞ぎ、阿修羅を自滅へと追い込んだのだった。
それが如何に命知らずであり、普通はわかっていても出来ない行動であるか、レイは理解していない。
「もうレイさんのやる事で色々考えても意味ないことに気付いたわ」
「ゾンビでバリケード作ってる時点で、レイさんは僕たちが理解出来る範疇を優に越えてる存在だって気付くべきしたね」
「そんな人間じゃないみたいに言わなくても・・・」
アヤメだけでは無く、気弱なキータにまで悟った顔で人外認定されたレイは、頭をわざとらしく垂らし、落ち込んだような素振りを見せるが、見事にアヤメ達はそれをスルーする。
誰一人慰めの言葉をかけて来ない中、頭を下げたまま微動だにしないレイを見て、さすがに悪いと思ったアヤメが声をかけようとした時。
「っとまぁ俺が人間かどうかであるかは置いといて。こんな所にいてもなんだし、ひとまずは外に出ようか」
落ち込んだ様子が嘘であったかのように、ケロッとした顔でレイが出口に向かって歩き出した。
差し出そうと中途半端に宙ぶらりんとなった手を引っ込めながら、アヤメは非難するようなジト目をレイに向けるが、残念なことにレイがそれに気付くことはなかった。
ほどなくして上に上がる階段に辿り着いたレイ達。階段を上がろうとした時、階段の二段目に古ぼけた日記帳のような物が置かれているのを見つけた。
「これは随分と風化しているな」
何気なく手に取り日記帳を開いてみるが、かなり長い間放置されていた日記帳のページはボロボロになっていて、何が書かれているかわからない。
この世界についての情報を得られるかもしれないと期待していたレイが落胆した様子で最後のページを開くと、何とか読める程度の薄さで、英語ともイタリア語とも見えるなぶり書きのような文字が書かれていた。
「これ何て書かれてるの? 英語? それともヨーロッパの何処か?」
「見たことあるような無いような文字ですね」
レイの肩越しから、ひょいと顔を出したアヤメとキータが文字を見ながら首を傾げる。
「これはソーラの領主が残した手記みたいな物らしいよ」
「えっ!? 何で読めるんですか!?」
「やっぱりレイさん人じゃない・・・」
アヤメは驚き、キータは畏敬の眼差しをレイに向ける。
「これに関しては詳しいことは俺も良くわからないな」
(多分ゲームキャラレイの記憶によるものだと思うけど)
何故読めるのか聞こうと詰めよってくるアヤメを軽くいなしながら、キータ達に聞かせるように続きを朗読するレイ。
手記の内容はお世辞にも読んで良かったと思えるものではなかった。
『私の名前はデル・カイゼ・ソーラ。貿易都市ソーラを治める領主だ。いや領主だった者といった方が良いか。
もはやソーラは邪神のせいで化け物が蔓延る巣窟だ。いち早く異変に気付いたアレンのお蔭で妻と娘と共に地下へと避難出来たのは良いが。既にあの黒い霧を吸ってしまった。娘は倒れたまましきりに痛い痛いと喚き、妻も青い顔で私の事をうわごとのように呟いている。私も下半身が既に動かず、辛うじて動くのは右腕だけだ。
私もいずれあの化け物のようになるのだろう。
これを見た者に願いたい。もしそこに化け物が居れば、それは私だ。
私を見つけたら殺してくれ。そして赤い魔法石を持っていってくれ。その魔法石は邪神の・・・』
書いている途中で力尽きたのだろう。手記はそこで終わっていた。
「赤い宝石・・・・!」
手記を呼んだレイは駆け足で来た道を戻る。
もはや炭と化した阿修羅の元まで来たレイは炭の中で微かに光る物を手に取った。
透明度が高く、ルビーのような深紅の宝石。手の平で包める程度のそれはほんのりと神秘的な光を放っていた。
「この世界の領主が死ぬ間際に書くぐらい大事な物か。邪神に対して何か有効な物かもしれないしもらっていこう」
レイは炭と化した領主とその家族に深く頭を下げた後、階段下で待つアヤメ達と合流。
そして・・・
「ようやく第一関門突破かな」
貿易都市ソーラからの脱出を果たした。




