22 そして、彼らは出逢う(前) 『幻想』
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『俺の、僕の、あたしの――』
● ● ●
『かつて』
『それは確かに存在した時間だった』
『僕がいて』
『俺がいて』
『互いに笑い合えたことの、なんて幸福なことだろう』
『何処にでもあるありふれた光景であったとしても』
『それはもう遥かに遠く』
『彼岸の彼方のようで』
『目を閉ざし』
『心を削り』
『夢見ることでさえも望めないからこそ』
『そのかつての記憶をなによりも尊く感じている』
『いつだって』
『お前に逢える全てに、心からの感謝をしている』
『それが今生の別れを導く呪われた邂逅であったとしても』
『何時か何処かで刻まれた亀裂が、いつかは奇跡を招くと信じていた』
『故に』
『――あぁ。』
『ようやく辿り着いた』
『その可能性に』
『君が出逢わせてくれたんだ』
『導いてくれた』
『本筋から逸れてまで、こんなつまらない物語に関わった君に』
『心からの謝罪と感謝を』
『そして――』
『ほんの少しの手助けを』
『こんなところで喪われてしまうのは、あまりにも無意味だから』
『そんな結末を俺たちは望まない』
『だから、どうか――』
『最後まで』
『………精一杯、生きて欲しい』
『君の望んだ人生を』
● ● ●
「――あれ?」
ふと気づけば、そこは何の変哲もないありふれた喫茶店のカウンター席だった。
適当な――手抜きという意味ではなく――軽食が目の前で湯気を立てており、世羅は食事の途中のように紅茶の注がれたカップを傾けている途中だった。
自分は他に何かをしていたような気がするのだが、それがなんだったのか思い出せない。
些細な疑問はすぐに風化していくのだが、頭の片隅でこれは夢なのだと自覚していた。
不思議な感覚だった。
時計の針が示す時間は昼下がり。
客の数は疎らで、そんなに繁盛しているようには見えない。
けれど、紅茶の味は味わった経験のない領域だった。
隠れた名店なのかも知れない。
「美味しい」
唇をほころばせていると、横に座っていた誰かが口を開いた。
「いや、それは君の達成感による上乗せ効果だ。ここの紅茶は飲めたもんじゃない」
「?」
横に座っていたのは、知らない相手だった。
いや、正確には誰だかわからなかった。子供であり、少年であり、青年であり、男性であり、老人であり、容姿も千差万別。髪や肌の色も変われば、体型さえも変化する。数秒おきに変化する姿は、まるで安定しない。
しかし、その『誰か』は根本的な何かが同じで、それはまるで可能性の入り乱れた万華鏡を垣間見ているかのような感覚だった。
一向に落ち着かない変化だが、その中に一つだけ知った顔が混ざるのを見て、なんとなく理解した。
「戒……?」
そのたったの一言が安定のための何らかのファクターになったのか、『彼』の姿は世羅の知る篠宮戒のものとなった。
「最近はその名で呼ばれているな」
世羅をじっと見てから、彼は口元を綻ばせた。
自分の知っているものに比べたら、明らかに表情が多彩でわかり易かった。違和感はあるが、それは同時に違和感にはなりえない――そんな不思議な感覚だった。
『彼』は戒で間違いないが、同時に世羅の知る戒ではない。けれど、『彼』という存在の根幹は全て同一である。
ひたすら面倒な言い回しになるが、そういうことなのだ。
つまり――
「特異点における可能性の収束体……みたいな感じ?」
そんな仮説を導き出す。
普段ならば荒唐無稽と切って捨てるようなものだが、今は妙に頭の中が冴え渡っているような感じがしていて、それが正解なのだと確信していた。
「目を覚ました直後なのに理解が早いな。説明する手間が省けるのはありがたい。
俺はどうにもこうにも、わかり易い説明と言うのが苦手でね。根本的な部分が感覚派なのはいつも変わらない」
「面倒なのは他人任せというか、そういった類の世界の仕組みを暴くのは、どちらかというと『魔術師』の領分なわけだしねぇ」
新たな声が混じる。
いろんな音が入り混じったその声もまた可能性の収束体が発したもの。
老若入り混じる数多の面影を持つ『彼』が、戒――厳密にはそう言っていい存在ではないのだけど、面倒なので戒で統一する――の逆隣に座っているのは……。
「……爽馬?」
「そうだよ」
世羅の呟きで、荒んだ印象の払拭された年相応の表情を浮かべる爽馬に姿が固定された。
「うわぁ……、違和感が凄い」
「………………第一声がそれデスか」
憮然とした表情になる爽馬。
口元を軽く隠しながら含み笑う戒。
「確かにな。俺からしてみれば、あっちのお前の方が違和感あるんだが、彼女からしてみればそうなるのが必然だろうな」
「好きでああなったわけじゃねーよ」
「五割はお前の責任だ」
「ぐぬぬ……」
「………………………………………………この光景も違和感の塊ね」
和気藹々と喫茶店で憩いの時間を過ごす友達同士のような光景だった。
それを喜ばしいと思うよりも先に、「うわぁ……」とか思ってしまった。
「いや、すまない。置き去りにしてしまったな。こうした機会が設けられるのは、『特異点』が発生しているわずかな時間に限られるのでね」
「ついつい会話を弾ませてしまうんだ。
まあ、それよりも先に本題をちゃんと片付けておかないとな。わざわざ招待した意味がなくなる」
「………んぅ? そもそもここはどこなの?」
何の変哲もない喫茶店の店内をぐるりと周囲を見渡す。思い思いに寛いでいる疎らな客の姿を含めても違和感はないのだが、窓の向こうの景色は彼方までが白い地平線だった。
どう考えても普通の場所ではないだろう。
「俺たちの『領域』だ」
「もう少し正確な言い方をすると、『特異点』が発生した時に自然と用意される『超越者』専用の観覧席――とでも言うべきなのかな?」
「自分で言っておいて、俺に結論を振るな。
……まあ、概ねは間違っていないはずだ。この喫茶店は適当に記憶の中から選んで再現してるだけのものだが」
それでなんで食事をしている途中みたいな状態で目を覚ますのだろうか?
「よくわかんないけど、要するに『特異点』におけるあんたたち専用のスペースみたいな感じの解釈で……いい?」
なにはともあれ、この二人は教師役に向いてないという確信を得た。
世羅が知っている二人よりも経験値が高そうなのにこの体たらくとは………。
「ああ。それが妥当な感じだ」
「流石だね♪」
この二人にあっさりとこちらの言葉を受け入れられるとなんか背中がムズムズする。
「もう少し細かく補足すると、現在・過去・未来・可能性が混在する『特異点』でないと、俺たちみたいな連中は『世界』に干渉が出来ないからな。まあ、中には触覚を紛れ込ませてる奴もいるにはいるが」
「………触覚って、なんぞ?」
小さな呟きは、あっさりとスルーされた。
「僕たちは擬似的な『超越者』だからね。普通の『超越者』と同じように既存の法則には縛られていないがゆえに、こうした『特異点』においては、かつての『僕たち』の総体としての意思が表出するんだ。平たく言えば、混ざってるような状態だね。そこが本家本元との明確な違いで、擬似的な分だけ僕たちの自由度はかなり制限されているんだ」
「えぇっと………あのねぇ」
知識にズレがあるのは承知の上で話しているのだけど、そっちは完全にあたしの無知をスルーですか。言いたいことを垂れ流しですか。マジでわけわからんのだけど。
「そもそも『超越者』ってなによ」
何度か耳にした記憶があるが、詳細な説明は得られていない。
「ついでに『資格者』についても教えて欲しいわね」
この単語も似たような扱いをされていたような気がする。
………多分だけど、この二人はかなり重要なことを口にしていると思う。
目が覚めた時に覚えているかどうかは別問題として、知識としての蓄積はされるはずなので聞いておくのは無駄ではないはずだ。
「神様の創った世界の法則を超えて『外側』に出た存在が超越者。資格者は神様になんらかの役割を果たすために『力』を与えられた者。
現状で教えられるのはそれぐらいだが、それでほぼ全てとも言えるな。細かい疑問はあるだろうが、それはいずれ来るべき刻に、その役割にある者が勝手に語ってくれる」
「………はぁ、なるほど………」
――とは言うもののほとんど理解できていないのが実情だ。
魔術師としての視点からの解釈でいくつかの仮説が組み立てられるが、そのどれもが少しばかりぶっ飛んでいる。
要するに。
戒が言っていたように、まだ得るには早すぎる知識のようだった。
………………………ん?
なんか普通に会話が始まってその流れを続けていたけれど、根本的な疑問が解決していない。彼らがある種の『外側』からの干渉者であるならば、根本的に存在の階層が異なる――『下』という意味で――世羅はそもそも彼らの『領域』に存在しているはずがない。
つまり爽馬が言っていたように、この場に『招待』されたわけで………………って、あぁ、思い出した。
ここで目を覚ます直前の出来事を。
爽馬をぶん殴るために無茶苦茶やって、自滅したんだっけ……。
「………あぁ、そっか。あたしは死んじゃったのね?」
「「いやいやいやいや……」」
二人がパタパタと手を左右に振る。
………………………………………………うはっ。ナニコレ、萌えるんですけど。
「確かに死にかけってゆーか、十中八九は死んでるような状態だったけどさ」
「心配しなくていい。俺たちの面倒にあれだけ巻き込んでおきながら、その上で解決の糸口を得るためにあそこまでの献身をしてくれたんだ」
「僕たちのちっぽけな誇りにかけても、君は死なせない」
「それは絶対だ」
「………あ、ありがとう。でも、あの状態から何とかできるの? 自分で言うのもなんだけど、相当の無茶をしたわよ」
想像力の範疇を超越した親身っぷりに軽く引きながら、世羅は疑問を口にする。
「うん。アレは無茶苦茶だったね。いくら『特異点』の特性がああでも、ああいう発想をして、実際に実行する無謀な人間は君ぐらいのものだと思うよ」
心の底から感心しましたというようにウンウンとうなずく爽馬だが、口調はきっぱりと呆れたものだ。
………ある意味、事の元凶のクセに。この野郎……っ。
「たった十秒足らずで、この有り様だからな」
パチンと指を鳴らす戒。
パソコンのモニター映像が虚空に投影されるような感じで、目の前にウィンドウみたいなのが開く。
「………なんか近未来的なノリね。どーやってんのよ?」
「さあ? ちなみに、これが今の君の惨状だ」
「………………………………………………………………グロテスクね」
一身上の都合で具体的で詳細な描写は避けるけども、真ッ赤ナ肉ノ塊ヲ戒ガ抱キシメテイルヨウニ見エル。
ぅわ……うわぁぁ……。我がことながら酷い有り様だった。
「いや、もう無理でしょ、コレ」
手の施しようがないというか、手を施せる場所が既にない。
「確かに『現実』では無理だな」
万物を消し去る『闇』に、向こうの世羅が包まれる。
不要な傷だけを消し去るために。
「だけど、ここは『特異点』という『幻想』の中だからね」
万物を切り裂く『刃』が振るわれる。
向こうの世羅を内側で蝕む不要な法則を切り裂くために。
「その意志があれば、不可能も可能となる。幻想で現実を塗り替えられる」
「格上であったはずの『僕』を、君が打倒したように」
他にも。
他にも。
彼らの可能性の数だけ得た異能の力で、瞬く間に世羅を癒していく。
より正確には『可能性』を拾い上げているのだろう。
爽馬を打倒するために『爽馬よりも強い自分』を世羅が求めたように、より強い幻想で『それでも死ななかった世羅』という可能性を重ねているのだ。
それは『特異点』だからこそ可能なのであり、それを行うのが彼らだからこそ叶う『奇跡』だった。
「………………非常識よねぇ……」
どんよりとした目でその光景を見続けた世羅は、一分程度で血塗れではあるものの完璧に再生・蘇生――正しい表現ではないが、それが一番わかりやすい――した自分の姿にそうコメントした。
向こうの戒の驚く様が、微笑ましい。
あんな戒は、あっちでは早々見られるものではないだろう。
「はい。治療完了。後遺症の類もないけれど、もうあんな無茶は控えるよーに」
「ありがとう」
「気にするな。恩返しの一環だ」
「……恩?」
思わず首を傾げてしまう世羅。
「お前のおかげで奴の『呪い』を一時的にしろやり過ごせた。
次の『特異点』が発生すれば、また繰り返しになるが、それまでに少しでもこのバカがマシになっていれば、同じようにやり過ごすのも可能だろう」
「………………」
そういう風に受け取られているのかと、内心で世羅は納得する。
個人としては単なる自己満足としか認識してなかったので、相手方がどのように自分の行いを受け止めているかなどは完全に失念していたのだ。
「あるいは亀裂を拡げて、縛鎖を砕くのも不可能ではないかも知れない。今回の……前回のもそうだが『器』が優れているからね。また自力で『超越』にまで至れるかもしれない」
「それが叶えば、ようやくこのバカげた繰り返しにも幕引きの時が訪れる。
今度はこのバカが間違えないように、ちゃんと傍にいてやるさ」
「だから――」
「ああ、そうだ。だから――」
「ちゃんと言葉にして伝えたかった」
「確かにこの胸の内にある気持ちを」
そして、二人は席を立ち、同時に頭を深々と下げた。
「「ありがとう」」
そのあまりにも真摯に告げられた謝意に、胸中が暖かなもので満たされた。
「あれは自分のためにしたことだから、そんな風に受け取られるとむず痒いわね」
思わずにやけそうになるのを必死に我慢しながら、世羅はそんな風に返す。
「照れてる照れてる」
「そんなんじゃないわよ」
茶化してきた爽馬の肩を軽く小突く。
くすくすと自然に笑い声を漏らしながら。
それは爽馬に伝染し、声こそ上げないまでも戒も唇を緩く上げていた。
「………うん。でも、まあ、そうなればいいわね。
勿論、こうして生命が助かったのなら、あたしも徹底的に協力するわよ。絶っっっ対に更生するまで逃がしてなんてあげないんだからね」
「ああ。頼む」
「助かるよ」
「我ながら面倒な性格をしていると自覚はしているから、先に謝っておこう」
「もっと面倒な僕に関しては、くれぐれも見捨てないようにお願いしておくよ」
「任されました。ふふっ。当の本人のお墨付きがもらえたのなら、もう遠慮なんかする必要はないわね。最初からするつもりもなかったけれど、手加減抜きでいくわよ」
「手のかかる奴だと思うがよろしく頼む」
「任せてよ」
「君はここでの会話を記憶に留めずに目を覚ますわけだけど、これまでの行動を振りかってみると本当に最後まで面倒を見てくれそうだね」
「あんたらに関わるって決めた段階で、そのつもりだったからね。
でも、そっか。やっぱり、これは夢みたいなものなんだね。起きたら忘れちゃうんだ」
それを残念に思う気持ちもあるが、それが世界の辻褄合わせなのだろう。
「この場を設けたのも、直に逢ってお礼を言いたかったってだけの僕たちのちっぽけな自己満足だからね」
「本来ならば在り得ない邂逅は、現実では塗り潰される」
「――それでも、魂に蓄積された記憶を、あたしは忘れないわ」
忘れたとしても、今のあなたたちと同じ笑顔にさせてみせる。
それなら条件は同じだ。
「お前らしいな」
微笑んだ戒の手が、頭の上に伸びる。
撫で撫で、と子供にするように撫でられる。
拒否感などまるで湧かないそのその心地よさは、まるで兄にされているかのようで。
だらしなく頬が緩みそうになる。
………………なんとなく気づいた。
あたしは家族みたいな関係に飢えてるんだなぁって。
「それじゃあ、そろそろ――」
夢の終わりを告げる爽馬の声。
「………そろそろお別れなんだ」
それを自覚したからだろうか。
急速に喫茶店の光景が希薄になり、ゆっくりと白に塗り潰されていく。
「なに、すぐにまた逢える」
きっと忘れない。
絶対に忘れたくない。
「棘だらけの問題児とね」
穏やかに。うれしそうに。
暖かな笑顔を浮かべた二人のその顔を。
「うん。絶対に矯正してやるから、楽しみにしてなさいよ」
「ああ」
「うん」
白の中に飲み込まれていく二人が手を振っている。
そして、その白が全てを塗り潰した時。
桜堂世羅は、あの世界に再誕する。
あんまり想像できないように書いてるけど、こんな『呪い』に縛られていなかったら戒と爽馬はすげぇ仲よしになれるんですよね。それこそ女に嫉妬させるレベルで。
そんな二人の仲よしっぷりは、某物語の前日譚で書く予定です。あっちはあっちで遣る瀬ない結末が手加減抜きで約束されているわけですが、だからこその友情を感じてもらいたいとは思っています。上手く書けるかなぁ……。
まあ、そっちを本格的に書く前に、最低でもこっちの序章を終わらせておかないといけないわけですが……何で序章がこんなに長くなってるんでしょうね? 『静謐なる刃』に纏わるアレコレはまだ中盤の山場に過ぎないんですよ?
この調子だと、序章が一番長くなりそうだなぁ……。たった三日の話なのに。
これはやっぱりアレですね。斉藤悠が全部悪い。いやマジで。




