夜会には想定外がいっぱい
「ローウェル侯爵、久しいな。ハットン子爵令嬢も」
「アイザック様、ご無沙汰しておりました」
「これはフレデリク殿下とクローディア嬢。お変わりなく何よりです」
「お久しぶりです、フレデリク殿下。クローディア様もご機嫌麗しゅう」
さすがに夜会ではいつものようなフレンドリーな態度をとるわけにはいかなかった。私達は入れ替わりがあったから親しく話が出来る関係になったけど、対外的には王子と侯爵令嬢であり、私はしがない子爵令嬢でしかない。こうして声をかけて貰えるだけでも破格の待遇なのだ。
今日のフレディとディアは、薄青を基調とした衣装だった。フレディは青の差し色が多めだけど、ディアは金色の差し色が聞いていた。互いを意識したコーデなのは一目瞭然だった。二人共魔道具が壊れてからは元の身体への未練などすっぱりなくなったのか、前向きに今の身体での生活を楽しんでいるようにも見えた。
「おお、ローウェル侯爵、お探ししましたぞ」
「これは…ローガン公爵とバニスター辺境伯」
アイザック様に声をかけてきたのは、アイザック様と同じか少し年上の男性二人だった。公爵と辺境伯ならアイザック様と同じか上くらいの地位の方だ。アイザック様の態度も恭しさが感じられた。
「セイナ、暫くいいだろうか?」
「え?ええ、大丈夫ですわ」
「セイナなら私がご一緒に」
「そうか、クローディア嬢。少しだけ頼む」
ディアにそう言うとアイザック様は、二人に連れられて人混みに消えていった。どうやら私には聞かせられない重要な話があるらしい。あのお二人は騎士の正装だったから、騎士団の関係者なのだろう。うん、仕事の話に部外者が口出しするのは厳禁だ、仕方ない。
「クローディア様、ありがとうございます」
「いいのよ、アイザック様と結婚なされば私達も親戚同士ですもの」
「そう言って頂けると恐縮です」
「私も忘れないで欲しいな。婿入りしたら私も親戚の一人だ」
「恐れ多い事にございます」
畏まった話をしながらも、二人が面白そうな光を目に宿らせていた。私のマナーの点数を付けているんだろう。今度会った時に採点を聞かせて貰えるだろう。これは私が二人に事前に頼んでいた事でもある。これから貴族として生きていくには、細かい所作の気配りが重要なのだ。
「フレデリク殿下、クローディア様、陛下がお呼びです」
「何?父上が?」
「まぁ…アイザック様がまだお戻りでないのに…」
「お気にかけて頂きありがとうございます。でも、大丈夫ですわ」
「しかし…」
「陛下のお呼びとあれば、お待たせするわけは参りません。私は壁際で少し休んでおりますわ」
私がそう言えば、二人は渋々ながらもその場を離れるしかなかった。陛下からのお呼びとあれば何を置いても最優先しなければいけないのは明白なのだ。私のせいで遅れるなんてとんでもない話だ。
後ろ髪を引かれるように去る二人を見送った私は、壁際のテーブルで給仕からジュースを貰う事にした。挨拶が続いて喉が渇いたからだ。グラスを受け取り、ホール中央でダンスに興じる人々を眺めながらジュースをちびちび飲んでいると、後ろから衝撃を受けた。
「うわぁっ!」
「っ!」
思わず転んでしまい、無様にも倒れてしまった。慌てて起き上がろうとするけれど、ドレスの裾が邪魔をして上手く立ち上がれなかった。
「大丈夫ですか?」
声を掛けられた方を見ると、ダークシルバーの髪と深みのある緑色をした瞳の、二十歳前後と見られる背の高い男性がいた。どうやら前を見ていなかったらしく、私にぶつかったらしい。手を差し出されたので、少し躊躇したけれど、さすがに倒れたままでは恥ずかしいので手を取って起き上がった。
「あ、ああ、申しわけなかった。前を見ていなかったもので」
「いえ、こちらこそぼんやりしておりましたので…」
幸い、グラスの中身は空だったし、相手も手ぶらだったのでドレスに被害はなかった。前回の夜会では盛大にジュースをかけられて台無しにされたから、今回は特に気を付けていたのだ。うん、踏ん張ったしドレスは死守した。それだけでも私の心には軽い満足感が広がったけれど…問題は目の前の御仁だった。
「すまない、ご令嬢。怪我はありませんか」
「ええ、大丈夫です」
そう言って手を放そうとしたのに、かえって強く握り込まれて私は焦った。なに、この人?見た目は優しそうでまぁ、イケメンと言えるけど、知らない令嬢の手を握って放さないなんてマナー違反もいいところなんですけど。
「お怪我はありませんか?」
「ええ、大丈夫です…」
「痣が出来ていては大変だ。直ぐに医師を…」
「いえ、それには及びません。どうかお気になさらず」
「そういう訳には参りません。このまま放っておけば家名にも泥を塗る事になる。どうか確認だけでもさせて下さい」
「あの、大丈夫ですから…!」
必死に問題ないという私の声などお構いなしに、青年は私の手を引いて会場から出てしまった。アイザック様と離れるわけにはいかないのに…会場を振り返ったその時、後ろから口元に何か布を当てられた。
「え…?」
この匂いはどこかで…そう思う間に私の意識は途切れた。




