勉強した成果を披露する夜会ですが…
ルシアの悪阻がまだ終わらない中、私はアイザック様と一緒に国王陛下主催の夜会に来ていた。本来なら子爵家の私は出られない夜会なのだけど、アイザック様の婚約者だから是非にと国王陛下からお声がかかったのだ。
陛下はずっと婚約者が出来なかったアイザック様を大変心配されていて、あれからも時折仲良くやっているかとアイザック様にお尋ねになるらしい。陛下の御子で未婚なのはフレディだけだけど、既にクローディアとの結婚が決まっているし、入れ替わってからの二人は以前に比べて格段によくなっているように見えるらしく、陛下も安堵されているのだとか。
そんな訳で陛下の関心は、仲のよかった姉君の忘れ形見でもあるアイザック様に向かっているのだ。並々ならぬ武勲を上げ、英雄と称されているにもかかわらず、女性には怖がられているのが不憫らしく、婚約した今でも心配らしい。
そんな状態での夜会参加なだけに、私も緊張感満載だけど…絶賛勉強中のマナーや教養のテストの場としてはもってこいだった。
今日の夜会のドレスは、アイザック様の瞳の色と同じ濃い青色を基調としたドレスだった。差し色は水色とピンクで、これまでパステルカラーのドレスが多かったけど、ちょっと雰囲気が違うのは…私の実年齢が関係しているからだろうか。
うん、今回もアイザック様が用意して下さいましたよ。ハットン子爵家では絶対に手が届かないだろう一級品。お値段が怖くて聞けません…なレベル。
汚さないかと、いや、汚されないかと緊張が高まる。この前の夜会ではわざとジュースか何かを掛けられて汚されたからね。あんなヘマはもう二度としたくない。
「まぁ、セラフィーナ様、とってもお似合いですわ!」
「腕によりをかけた甲斐があるというものです」
「これでアイザック様も…ですわね!」
「ええ、ええ。旦那様の要塞のような…もきっとこれで…」
「そうですわ。今度こそ陥落して頂きたいですわ」
着飾った私を前に、侍女さん達がベタ褒めで無駄に盛り上がっていたけれど…
(一体何を…ようさいって何の事?)
何と言うか、暗黙の了解というか、内輪感満載の会話を繰り広げる侍女さん達に、私の頭の中はクエスチョンマークが飛んでいた。何の事かと聞いてみたけれど、皆さんにっこりといい笑顔をするばかりで、終いには旦那様にお聞きください、と笑顔で返されてしまった。
「ああ、セイナ、綺麗だ…」
「アイザック様も…とっても素敵です」
迎えに来たアイザック様が開口一番、私を見て感無量と言った感じでそう言った。いやいや、そんな大層なもんじゃございません…と思ったけど、そう言えば今の身体はセラフィーナだったな…と思い至り、ちょっとだけ浮き上がった気持ちがしぼんだ…
うん、でもまぁ、仕方ない。自分の身体で私自身が言われたわけじゃない事に少しモヤッとするけど、それを選んだのは私だ。こういうのも、いつか慣れるといいな、と思った。
一方のアイザック様は、今日も黒を基調とした黒晶騎士団の正装がお似合いだった。普通の貴族が着る服も似合うんだろうけど、私はやっぱり騎士服の方が好きだ。素晴らしい筋肉に包まれた身体が引き立つ様は眼福でしかない。ず~っと眺めていても飽きない自信がある。何ならお仕事をされている様子をずっと見ていたいと思う。
王宮の夜会は、今日も安定の煌びやかさだった。私のような庶民にはやっぱりハードルが高いと思ってしまう。マナーを死ぬ気で身に着けたけど、付け焼刃なのは否めないので、ぼろを出さないように気を付けねば…
「おお、ハットン子爵令嬢、よく来たな」
「陛下、お招きありがとうございます」
「よいよい。アイザックとも仲がいいと聞くが、大事ないか?」
「はい、アイザック様にはいつもよくして頂いております」
「そうか、それは何よりだ。今宵は楽しんでいくといい」
陛下に挨拶に伺うと、気安く声を掛けられて面食らってしまった。普通、貴族から挨拶を受けても「うむ」とか「大儀である」とかそういう単語しか発しない筈なんだけど…他の人に比べて気安さが割り増しになっている気がする。これが身内効果なのか…
アイザック様も和やかに会話しているけど、私は緊張し過ぎて何を言ったのかも覚えていないくらいだった。だって、相手は国王陛下だよ?会社の社長なんかよりもずっと偉い人だよ?そんな人相手に元社畜の私がどうしろと…!
「陛下はセイナの事が気に入ったみたいだな」
「ええっ?」
御前を辞した後、アイザック様にそう言われて私は面食らった。一体どこら辺が気に入られたのか、皆目見当もつかない。そりゃあ、見た目は可愛いけどマナーとかは付け焼刃で、会場内にいる他の令嬢と比べても場慣れしていなさが際立っているだろうに…
「セイナの初々しい態度がお気に召したのだろう」
アイザック様はそう言ったけど…中身アラサーの私としては、そんな風に言われても素直に喜べなかった。あれは初々しいんじゃなくて、世間知らずが過ぎているだけだろう。
それに、陛下と会話をしたせいか、周りの貴族の視線が痛かった。きっと子爵家の小娘風情が生意気に…!と思っているんだろう。
一時はアイザック様の婚約者に選ばれたくない令嬢やその親たちから、救世主のような目で見られた時期もあったけど、それも日が過ぎればすっかり忘れ去られて、今は侯爵家に取り入った子爵家の小娘…みたいな感じに言われているらしい。勝手なもんだよね、全く…
そうは思うけど、そのお陰で私としてはストライクど真ん中のマッチョイケメンの婚約者になれたので僥倖だ。侯爵夫人になれば文句を言われる事も減るだろう。そう思いたい。
ただ、まだまだ勉強不足なところは多々あって、今度はどんな「こちらの世界の常識」を言われるかと思うと冷や冷やものだし、何なら今だって胃が痛くなりそうだけど。
(日本で愛用していた胃薬が今欲しい…)
本気でそう思った。こっちの世界は効き目の弱そうだし、粉薬がメインなのだ。日本の飲みやすかった錠剤が懐かしく感じた。
「ローウェル侯爵、セイナ」
聞き慣れた声がした。そこにいたのは、フレデリク殿下とクローディアだった。




