異母兄の決意
ルシアとの逢瀬を終えた未来の義兄を、俺はセイナには内緒で離れに招いた。
ここは出産後落ち着くまでルシアを療養させる場所だ。本邸のすぐ側にあるこじんまりとした建物で、私の祖母が余生を過ごした場所でもあった。
侍女や護衛を配置しやすくしてあるので、何をするかわからないルシアを置くにはうってつけの場所とも言える。ライナス殿もここなら訪ねやすいだろう。最も、領主教育が始まったら、滅多に顔を出す事はないだろうが。
ルシアが過ごす別宅を紹介しておくと言って連れてきたが、それには理由があった。どうしても確認しておきたい事があったからだ。別宅の応接間にライナスを招き入れると、既に魂が抜けかけていた彼は素直に従った。
この二人への対応をどうしようかと悩んでいたセイナに、今回の案を提案したのは俺だ。あの二人は考えが甘くて礼節を軽視するという、貴族としては致命的な欠点があった。
このままクリフォード殿から当主の座を譲り受けても、家を傾ける可能性が高い―そう考えた俺は、彼を領主として教育し直すという名目で、鬼教官の元に送る事にしたのだ。
真面目で礼節には厳しいハロルド殿だ。甥がやった数々の非礼な振る舞いを、きっと看過しないだろう。夫人もその点には厳しい方なので、逃げ道もない。きっとしっかりと躾し直してくれる。そう言えばセイナも一石二鳥だと言ってこの案に乗った。
だが、問題はそれだけではなかった。
「ライナス殿、一ついいか?」
「は、はい…」
「ルシアをリット子爵家の養女にして、婚約が可能になったのに、どうして順番を違えた?」
そう、気になったのは二人が形式を無視して先に子供を作った事だ。貴族としてはこれは非常にまずい事で、後々悪影響が出るのはわかっていた筈だ。特に下位貴族では主家への裏切り行為にも等しいと言える。分家は主家の存続のため、また支えるために存在しているからだ。
「そ、それは…」
心の準備を与える間もなく聞かれたせいか、ライナス殿は目を泳がせながら言葉に詰まった。
「ルシアは…悪くありません。悪いのは…俺…いえ、私ですから…」
俯き、両手を握りしめながらそう答える姿は、自分達の行いを恥じているようにも、悔いているようにも見えた。
「それでは答えになっていない。どうしてそこまで急がねばならなかったのだ?答えろ」
セイナには向けられなかった謝罪の言葉がここで出るとは…そう思いながらも俺は、さらに追及を続ける事にした。部下がまとめた報告書に記されている、重大な懸念材料。それを…このまま放置するわけにもいかない。
「それは…わ、私が…理性を保つ事が出来なかったからです…」
「そうか。それで?」
「それで…と言われましても…それ以外は、何も…」
どうやら話すつもりはないらしい。それは彼の彼女への想いの深さ故だろうか。確かに、俺だったとしても同じ事をしただろう、彼女を想う故に。
だが、ルシアとなれば話は別だ。あの身体はセイナのもので、彼女は今だってあの身体を案じているのだ。
「…あの腹の子は、貴殿の子か?それとも、あの痴れ者達の子か?」
「…な…!」
言う気がないのなら、仕方がない。こちらは知っていると知らしめるだけだ。そう、ルシアが…セイナの身体が…複数の男達に襲われたという事を。
「ルシアについて、私も訳あって色々調べた。その中で判明した事だ。彼女が三人の騎士に襲われたと」
「…ど、うして…それ…を…」
まさか知られているとは思わなかったのだろう。ライナス殿は信じられないものを見るような目で俺を見つめていた。
「その時の子か?」
「……」
苦渋の表情を浮かべる彼の表情から、それが事実である事が伝わってきた。想像した通りだ。彼は…ルシアに本気で惚れていて、誰の子かわからない子供を自分の子として育てる覚悟なのだろう。
「…どうか、この事は内密にお願いします。そのためなら何でもします。ですから…」
そう言ってライナス殿は、テーブルに頭をこすりつけんばかりに頭を下げた。
ルシアは…セイナの身体は、不埒な輩によって穢されていた。そして残念な事に、子を身ごもってしまった。その時のショックが大きかったらしく、ルシアはその時のことは何も覚えていなかった。
いや、正確には最初は覚えていた。直後はパニックになり、その後も何度も錯乱状態になったという。そんな彼女を宥めたのが、既に恋仲になっていたライナス殿で、彼女に強請られて嫌な記憶を上書きするべく彼女を抱いたという。
そして…次に目覚めた時には、彼女は襲われた時の記憶をなくしていた。
周りはそんな彼女に戸惑ったが、忌まわしい記憶などない方が幸せだと、そんな彼女を黙認した。彼女を襲った騎士達は身分剥奪の上、鉱山の強制労働五年を課された。
「どうか、その事は誰にも言わないで下さい」
「貴殿はそれでいいのか?生まれてくる子は…ハットン家の血を引いていないが」
「それでも、ルシアが産んだ子です。私の子として育てます」
「だが…両親に似ていない子だったらどうする?」
「それでも…構いません」
彼の中では、誰の子であっても実子として育てる事は決定事項らしい。ある意味一本気な彼らしいとも言えるだろう。単純だし、セイナに言わせれば脳筋というものらしいが、そこに迷いは感じられなかった。
「そうか。そこまでの覚悟があるのなら…もう何も言うまい」
「あ、ありがとうございます!」
そう、彼がこの先もルシアを、セイナの身体を守るというのなら、何も言う事はない。
死ぬまでその心意気を貫いて貰うだけだ。
後は…もう一方の当事者の口を防ぐだけだ。どんな事であっても、セイナの身体につまらぬ瑕疵があってはならぬ。彼女の笑顔を曇らせるような事は、小さな事でも許し難い。そしてこの事は…決してセイナに悟られてはいけない。
彼女を守るためなら何でもしよう。俺は影に、三人の始末を命じた。




