『戻る必要がない』の意味
セラフィーナの貞操を死守しなければ…と思っていた私は、自分の身体の貞操の事をすっかり失念していた。迂闊としか言い様がない…
でも、中にいるのが王子だし、男同士だからいきなりそういう関係になるとは思っていなかったのだ。そもそもこの世界に同性愛とかBLの概念なんてあるのだろうか…そのせいか、あの二人が恋仲と言われても、未だにピンと来なかったのだ。気の弱い王子だから、異母兄に強引に迫られて…なんて事も考えたけど…
(…あれ?それって余計マズくない?)
今になって気が付くなんて!自分のポンコツ加減に腹が立った。
こうなってくると、問題は益々面倒くさい方向になっていると改めて感じた。異母兄はまぁ、見た目は私の好みの範囲内だけど、今の私はアイザック様一筋だ。だから他の人となんて考えられないんだけど…その私が自分の身体にいないのだからどうしようもない。どうしようもないけど、知らないところで勝手にそういう関係になられるのは…許容し難かった。
でも、それが普通じゃない?そもそもこんな状況になるなんて想定する事がないのだから。
それに、クローディアやセラフィーナの事も心配だ。クローディアはともかく、セラフィーナは、この身体に戻りたがっている。だからこそ清い身体のままで返してあげたいと思っているのだけど…アイザック様のヤンデレ化がそこに暗い影を落としていた。
一方で、それはアイザック様が好きなのは『私』ではなく『セラフィーナ』だと言う事実に、鬱屈した思いが募っていた。優しい言葉も眼差しも、全部『私』に向けられたものじゃないという事実は…日に日に私の心を抉っていった。それが自業自得だと分かってはいるのだけど…
(あ~あ、どうして最初にちゃんと話さなかったんだろう、自分…)
そう思うと、重くて長いため息しか出てこなかった。今更だけど、そう思わずにはいられない。アイザック様との婚約を喜んでいた能天気な自分を、今はぶん殴ってやりたい気分だ。本当に、どうしてアイザック様と婚約しちゃったんだろう…
いや、それよりもずっと拒んでいたアイザック様が婚約を受け入れたのはどうしてなのか…それも不思議な話だ。やっぱり見た目なのだろうか…そんな事で相手を選ぶような人には思えないけど…
「愛しい姫君は何を憂いているのかな?」
「ひゃぁ?!」
突然かけられた声に、私は飛び上がらんばかりに驚いた。声がした方に視線を向けると、部屋の入り口に騎士団長の制服姿のアイザック様がいた。いつの間にかお帰りになっていたらしい。
「お、おかえりなさい。すみません、お出迎えもせずに…」
「それは気にしなくていい。それよりも…どうしてそんなに愁いを帯びた表情を?」
かけられる声は優しくて、この姿だけならヤンデレ化するなんて想像出来ない―そんな感じだった。その落差が却って怖いのだけど…
「そ、それは、その…アイザック様は、どうして私と婚約されたのかと…」
焦っていたせいか咄嗟に得てきたのは…まさかの本音、しかもたった今考えていたものだった。思わず口に手を当ててしまったけれど…時既に遅し…しまった…またポンコツ頭が余計な事を…
そう思ったのだけど…アイザック様は一瞬キョトンとした表情をした。
(え?この人でもこんな表情するの?)
そんな、今気にするのはそこじゃないだろうとセルフ突っ込みしている間に、アイザック様は私の側までくると、隣に腰を下ろした。ソファがずしりと沈み、その身体の大きさを実感した。えっと…?
「貴女を気に入った理由、か…」
「え、ええ…」
「そう、だな…私が貴女を好ましく思ったのは…この傷を受け入れてくれたからだ」
「傷…ですか?」
「ああ、この傷を、職務を立派に務めている証拠だと、尊いと言ってくれた。ずっと恐れられていた私には…あの言葉が何よりも嬉しく、身に染みたのだ」
…そう言えば、そんな事言ったわ、私。婚約が内定した直後に。そんなに大層な事を言ったつもりはなかったんだけど…そっか、アイザック様はずっと傷の事を気にされていたのか…
「あの言葉を聞いて、私はそんな言葉が自然と出てくる貴女に恋をした」
「こ、恋…?」
「ああ、だから…貴女が貴女であるなら、私は身体の事は気にしない。貴女が元の身体に戻りたいのなら、それでもいいと思っている」
「…は?……え、えええっ?!」
(ちょ、ちょっと待った―!!!え?何言ってんの?言っている事、この前と違うんじゃ…?)
アイザック様の告白に、私のポンコツ頭がまた混乱した。だって、この前言っていた事と違わない?
「あ、あの…」
「何だ?」
「も、元の身体って…でも、戻る必要はないって…」
「戻れば、貴女はこの世界からいなくなってしまうのだろう?だからその必要はないと、それだけだ」
「……」
「貴女が元の世界に戻らないのなら、私はどちらの姿でも構わない」
ここ最近で最大の衝撃がやってきた。て、てっきりセラフィーナの姿でないとダメだと思っていたからだ…
「最初は戸惑いもした。だが‥貴女が私をありのまま受け入れてくれたのだ。だったら私も…ありのままの貴女を受け容れなければフェアではないだろう?」
「…っ」
思いがけない言葉に、私は何と答えればいいのか言葉が見つからなかった。まさか、そんな風に考えてくれていたとは思わなかったからだ…
まさかこっちの世界で、自分を丸ごと受け止めて貰えるなんて思いもしなかった。私好みのイケメンは、どこまで私を喜ばせれば気が済むのだろう…
この世界に来て初めて、ずっとサボっていた私の涙腺が自分の役目を思い出したらしい…アイザック様はそんな私をそっと見守ってくれた。




