膝枕と私の憂い
久しぶりに涙腺が働いたら、凄く眠くなってしまい、私はそのまま寝落ちしてしまった。泣いた私をアイザック様が優しく抱きしめてくれたのまでは覚えているのだけど…気が付けばソファでアイザック様に膝枕をして貰った状態だったのだ。これ…立場逆じゃない?と思った私は頭が固いのだろうか…
いや、押しに膝枕して貰うなんて、ときめきしかないけど。それでも、いい年して泣いて寝落ちした自分が恥ずかしかった…
「…セイナはやはり、元の世界に戻りたいのか?」
ヤンデレモードが鳴りを潜めたアイザック様は、目を覚ました私にそう問いかけてきた。元に戻る…そのフレーズが物凄く複雑な思いをもたらすのは…いいのか悪いのか…
「…正直、よくわからないんです…他人の身体にいる事よりも、他人が私の身体にいる事に違和感が凄くあって…でも、ア、アイザック様と離れたくなくて…」
うう、言ってしまってから恥ずかしさが込み上げてきた。でも、それが私の紛れもない本音なのだ。アイザック様が驚きの表情を見せた後でじっと私を見つめてきたため、居心地の悪さが倍増した。
「…そうか。離れたくない、か…」
「え、ええ…」
「嬉しいよ、セイナ。私もだ」
そう言うとアイザック様は私の手を優しく握りしめた。固くて大きな手に包まれて、何だか泣きたい気分になった。でも…
「でも、私はよくても、戻りたいと思っている子もいますし…そもそも自分じゃない身体にいる自分は何だろうと思ったりもして…簡単に答えが出せないんです…」
これは私の紛れもない率直な気持ちだった。戻るのが正しいのだろうと思う。そもそも現状があり得ないのだから。
でも、元に戻れば私は元の世界に戻る事になり、そうなればアイザック様とも永遠にお別れだ。それに、そうなれば王子が精神的に病むだろうし、そうなった場合、クローディアが苦労するのは目に見えている。それに…異母兄だって愛する女性を突然失うのだから、ある意味被害者だろう。
一方で現状維持にした場合、セラフィーナの気持ちはどうなるのか…彼女は両親と仲がよかったし、クローディアの立場にも苦労していて、彼女は戻りたがっているのだ。そんな彼女の気持ちを無視する事なんか出来そうもない。
「なるほど。それで…セイナはこの世界にいてもいいと思っているのだな?」
「え?ええ」
「でも、自分の体の中に他人がいるのが嫌だと」
「そう、ですね」
「そして…セラフィーナ嬢の事が気がかりだと」
「はい」
うん、自分の事だけなら確かにそうだ。アイザック様とは離れたくないけど、自分の中に他人がいるのが気持ち悪くて、セラフィーナの事も心配だ。王子やクローディアに関しては…今の状況が気に入っているらしいから問題なさそうだけど…
「そうか…確かに自分の身体に他人がいる…というのは許容し難い気持ちは、俺にもわかる」
「アイザック様にも?」
「ああ、この身体は俺にとっては三十年かけて鍛え上げてきたものだ。正に俺の努力の結晶とも言えるだろう。それを他人に奪われるのは…正直面白くない」
「そう、ですね」
アイザック様の場合は、騎士として長年鍛錬を続けてきたのだから、より一層思い入れがあるのだろう。傷跡だって彼の武勇の象徴だと思う。
私の身体はそこまで大層な何かがあるわけじゃないけど…三十年近く共にあったのだから思い入れはある。私になりに健康にも気を配っていたのだし。その事をわかって貰えたのは…凄く嬉しかった。
「次はセラフィーナ嬢の事だが…彼女は何が不満なのだろうか?」
「不満、というよりも…ご両親との縁が切れるのを憂いているのが一番です」
「ご両親か…」
「ええ、セラフィーナは下位貴族で何れ嫁に行くからと、割と自由に育ったようです。そのため、両親との仲も良好で、特に母親とは姉妹のように仲良しなんです」
「そうか」
「それに…クローディアの様には振舞えないらしくて…彼女、可愛いから幼い頃から男性に迫られて男性不信ですし、女性からは嫉妬で嫌がらせを受けて人間不信でもあるんです。だから…社交が苦手らしくて…」
「なるほど…」
そう言うとアイザック様は、顎に手を当てて考え込んでしまわれた。うん、考え込む姿も素敵だ…
「さすがに直ぐにはいい案は浮かばないか…だがセイナ。少し待ってくれないだろうか?せめてセラフィーナ嬢の事だけでも解決出来ればと思う。さすがにあなたの気持ちに折り合いを付けるのは簡単ではないだろうが…」
「ありがとうございます」
これでいいのかな?と思わなくもないけれど、アイザック様が私に寄り添って一緒に考えて下さったことが嬉しかった。はぁ…やっぱり優しい人なんだよね。ヤンデレかと思ったのはきっと気のせいだったのだろう…
「他に気になる事は?」
「そうですね。あの…言い辛いのですが…その、元の身体の貞操が…」
「……」
「私もセラフィーナの身体にいるから気になるのかもしれませんが…自分の知らないところで何とも思っていない人に触れられるのは…やはり気持ち悪いと言うか…」
「…なるほど」
「あ、あの、決してアイザック様が嫌なんじゃなくて…そうじゃなくて、殆ど知らないライナスさんに自分の身体を触れられるのは…ちょっと…」
私がそう言うと、アイザック様が眉間に皺を寄せてしまった。しまった、今の発言は地雷だっただろうか…でも、紛れもない本音なのだ。
「それは…確かにそうだな。私も…セイナの身体を他人に触れられるのは…許しがたい」
「え?」
「それはそうだろう?あの身体も貴女なのだ。私は嫉妬深いからどちらの貴女も俺以外の者が触れるのは面白くない」
きっぱり断言されたアイザック様に、私の心の中には喜びが広がっていった。気持ちを分かって貰えると言うのは、なんて心が軽くなるのだろう…それに…『セラフィーナ』の私ではなく『本来の私』も同じ様に思ってくれるなんて…
「わかった。この件は私に任せてくれないか?」
「え、ええ。お願いします」
目元を和らげてそういうアイザック様に鼓動が跳ねるのを感じた。
(ど、どこまで男前なのよ!)
どちらも『私』だと認め、大切だと言って貰えた事が、何よりも嬉しかった。この世界だけではない、日本にいた時にも感じた事のない幸福感に包まれているのをじんわりと感じていた。




