久しぶりのお茶会
ローウェル侯爵邸での生活は快適だった。最初はアイザック様に何かされるのでは…と心配していた私だったのだけど…幸い、そんな事は今のところなくて、平和に暮らしていた。そして穏やかな時間とは色んな事を考える時間にもなるわけで…
私は、アイザック様の言葉に落ち込んでいた。
元に戻る必要はない。そう言われた事が…後でじわじわと効いてきたのだ。元に戻る必要がないと言う事は、つまり『私』である必要はないと言う事で、それは『セラフィーナ』の外見が好きで、『私』が好かれているわけではないと言う事で…
(私ではダメ、って事よねぇ…)
元の世界じゃありえないけど、一本一本が透き通るようなピンク色の髪に、ビー玉のような水色の瞳。肌はシミ一つなく真っ白できめが細かいし、顔のパーツの一つ一つが綺麗なだけでなく配置も完璧だ。背も高すぎず低すぎず、胸は少し小さめだけど将来性は感じられる身体で、何と言っても若い。これがセラフィーナだ。
一方の私は…カラフルな髪色のこの世界で無駄に地味な黒髪と黒目、肌は外に出ないから白いというよりも不健康に青白く、お肌の曲がり角を越えてそろそろ小じわが気になるお年頃。造詣も十人中十人が特筆に値するものはないと答える、早い話がザ・平凡だ。胸はまぁ、人よりはあったけど、日本人らしい平坦な身体な上、来年は三十路の大台にのる…
(うわ、自分で言ってて泣ける…)
そりゃあ、アイザック様だってセラフィーナでなきゃ、って言うよねぇ…私だってアイザック様が実はその辺のもやしっ子でした…なんて言い出したら詐欺だろ!って思うし。
最初は執着されている事が嬉しいと感じたりもしたけれど、それは『私』ではなく『セラフィーナ』だと気付いてからの気分は谷底だ…
アイザック様は私がいなくなったら身代わりにセラフィーナを…なんて言っていたけれど、現実はそうではなく、彼が望んでいるのはセラフィーナなのだ。そう思うと胸がじくじくと痛む。痛むけど…悲しいよりも虚しさが勝るのは…年のせいだろうか…
この屋敷で暮らし始めてから二週間後、クローディアとセラフィーナが遊びに来てくれた。どちらかと言うと、無事かどうかの生存確認かもしんない。それでもアイザック様はこの二人と会う事は反対しなかった。但しローウェル侯爵家で、という条件付きだったけど。
「聖那、無事だった?無体な事されていない?」
「そうですわ。私、ずっと心配で、夜も眠れなくて…」
クローディアもセラフィーナも、前に会った時よりも疲れているように見えた。随分心配をかけてしまったらしい。まぁ、あのアイザック様を見たら心配になって当然だろうけど…
「心配してくれてありがと。でも、快適にやっているよ」
「そうなの?無理しているんじゃ…」
「それはないよ。お屋敷の皆さんも親切で優しいし、ご飯は美味しいし」
「そ、そう?」
「だったらいいのですけど…」
あからさまにほっとした表情をする二人に、一層申しわけない思いが強まった。特にセラフィーナは自分の身体が心配なのだろう。そこは何としてでも死守する気だ。
「それよりも…二人の方はどうなの?アイザック様に圧力とかかけられてない?」
「私達は大丈夫だよ」
「ええ」
苦笑を浮かべながらクローディアがそう答え、セラフィーナが同意した。どうやら大丈夫らしい。まぁ、中身はともかく身体は王子と侯爵令嬢だから、アイザック様だってそうそう無体な事は出来ないとは思うけど。本来は優しい人の筈だからね。うん、その良心に期待したい…
(って、二人が不安なのは私のせい、だよねぇ…)
ああもう、何やってるんだ、私。しっかりしなきゃ!若い二人に心配されているのに悩んでる場合じゃない。
「私の事は心配しないで。それよりも…二人とも本当にいいの?このままで?」
そう、確かに二人も今の方がメリットは大きいんだろうけど…人生とはメリットだけでは測れないものもある。彼女たちにも家族や友達などの人間関係もあるし、すんなりこのままでいいとは限らないだろう。
「クローディアもセラフィーナも、ご両親とかは?そう簡単に割り切れるの?」
「それは…」
「…お母様…」
両親の事を出したら、二人は途端に表情を曇らせた。やっぱり…彼女たちもウエルカム状態で受け入れたわけじゃないよね。
「本当の気持ちを話して欲しいの。本当にいいの?今言わないと死ぬまでこのままになっちゃうかもしれないんだよ?」
私の問いかけに、二人は一瞬驚きを露にした後…神妙な表情になって黙りこんだ。それぞれに思うところがあるのだろう。
入れ替わって半年余り。それなりに今の身体にも生活にも慣れて、元の生活に戻る必要性が薄れている…そんな感じに見えるけれど、実際のところ詳しく突っ込んで話を聞いた事はなかったように思う。元に戻るのが前提だったからだ。
「私は…このままでもいい、かな。いや、元に戻る方が大変だからこのままの方が有難いと言うべきか…」
そう言ったのはクローディアだった。理由はアイザック様が言っていた通りで、このまま戻っても既に異母兄と恋仲の王子と一生を共にするのは難しい、そう感じていた。
それに関しては…私も同感だ。精神的に不安定な王子のお守りだけでも大変だろう。
「私は…ローウェル侯爵様との婚約がなくなるなら…元に戻りたいです」
一方のセラフィーナは、やはり両親と仲がよかったのもあり、元に戻りたい気持ちが強かった。シンシアさんとは姉妹のように仲がいいもんね。
それに下位貴族として育ったセラフィーナには、クローディアの立ち位置は荷が重いらしい。セラフィーナも読書家で教養などはなんとかなるが、人間不信だから社交がどうしても辛いのだという。
「申しわけございません…私が至らなくて…」
「そんな事ないよ、セラフィーナは十分すぎる程頑張っているじゃないか」
意外にもセラフィーナを庇ったのはクローディアだった。完璧主義だからセラフィーナの至らないところが目に付くだろうと思っていただけに、ちょっと意外だった。
でも、この二人は半年近くも一緒にいたから、それなりに友情が育まれてきたんだろう。訳も分からない状態の中、今まで二人は支え合ってきたのだろうから。
二人の本音を聞いても、直ぐに解決には至らなかった。もし二人が今のままがいいと言うのなら、それもありかと思ったんだけど…物事はそう簡単に都合よくいかなかった。




