大魔王ご降臨?
(アイザック様が…まさかの闇落ち?いや、ヤンデレ化したの…?!!)
私が日本に帰るなら、セラフィーナの姿だけでも愛でると言い出したアイザック様に、私が戦慄したのは言うまでもない。いや、私だけではないだろう。クローディアもセラフィーナも驚き過ぎて表情が抜け落ちている…!
見た目は怖くても中身は爽やかイケメンだと思っていたのに…その本性はまさかのヤンデレ大魔王だったの!?
(嘘でしょー!これってどう考えてもエロゲ展開じゃない?!そんな小説じゃなかったわよ?どうして?どこで何を間違えたのよ、私?!!)
今までとはあまりにも違うアイザック様に、私はまたしてもフリーズするのだった。ちょっと自分、しっかりしろ!最近フリーズするの多すぎやしないか?そろそろ買い替えの時期なのか?いや、頭の中は買い替え不可なんだけど…
その日を境に、私はハットン家に戻れなくなった。アイザック様から、侯爵夫人としての教育を始めるからこれからはここで暮らすようにと言われてしまったからだ。闇落ちしたらしいアイザック様に否と言えるほど私の神経は太くない。それに…こういう時、抵抗しても物事は悪い方向にしか行かないと思うのだ。
ちなみに子爵家は既に承知済みという根回しの良さ。仕事出来るだろうとは思っていたけど、こんな形で知りたくなかったわ…そう言えば家を出る際にシンシアさんに、『未来の侯爵婦人としてしっかりね!』って言われて何だ?と思ったけど…あれはそう言う意味だったのか…そうなのか…
「心配しなくてもいい。貴女が私から逃げ出さなければ酷い事はしないから」
「そ、そうですか…」
「だが、その素振りがあればもう外には出さないし、それに…」
(酷い事って何?それにの後の間は…何?!何なの?いや、聞くのも怖いんですけど―!)
でもはっきりしている事がある。私には逃げる選択肢がないと言う事だ。
ちなみに…一緒に来た二人にも現状維持のメリットを語ると、二人はぐうの音も出なかった。二人にとっても、今の方がずっと快適だったのだ。
いや、違う、いつの間にか戻るデメリットが増えていたというのが正しいだろうか。しかも、このままならそれ相応の便宜も図ると言われてしまえば、否やとは言えなかっただろう。
クローディアが女性としての限界に悩んでいたのを、アイザック様は見抜いていた。王子のままの方がその知識も能力もいかんなく発揮出来るし、存分にその手腕を振るえると言われると…その魅力には抗い難かった。
一方で元に戻った場合、精神的に死んだも同然の王子を婿に迎え、彼を支えながら侯爵と夫人としての仕事を一人でこなさなければならないだろう。
セラフィーナも、このままアイザック様の妻になるよりはクローディアの妻になった方がずっとマシだろう。王子は見た目も女性的だし、中にいるのは女性のクローディアだから、重度の男性恐怖症の彼女にとってはもしかすると最高の相手かもしれない。完璧主義だからセラフィーナにも厳しいけれど、アイザック様に比べたら緊張の度合いは雲泥の差だ。
だが元に戻れば、ヤンデレ化したアイザック様に愛でられる日々だ。これに関してアイザック様は詳しく言及しなかったけれど、彼の妻になるだけでもセラフィーナには十分苦行と言えるだろう。正直言って、私も言葉にするのが怖い…
それに…元に戻った後のアイザック様の精神状態も心配だった…言っている事は理路整然としているが、私を逃がさないという一点においては鬼気迫るものがある。そんな状態のアイザック様の相手を、男性恐怖症のセラフィーナにさせられるわけないでしょ…
私の好みど真ん中のワイルド系イケメンは、ヤンデレ気質の持ち主だった。これはアレか、モテない歴が長すぎたせいか?それとも元からそういう気質だったの?
アイザック様にどう対応したらいいのか、私にはさっぱりわからなかった。何が地雷になるかが分からないので、下手な事も言えない。ヤンデレ化した人の取説が欲しい…と切に思った。
アイザック様の言動に神経をとがらせる日々が続いた私だったが、生活自体は非常に快適なものだった。外にさえ出ようとしなければ、の条件が付くのだろうけど…怖くて外に行きたいなんて言える筈もない。この身体は清いままセラフィーナに返したいのだ。
そして実際、侯爵夫人としての教育も始まった。王族とやらの講師をしたとか言う人達がやってきて、マナーだ教養だ何だと、アラサー頭には苦行なレベルの情報量を押し込まれた。これ、アイザック様からの罰なのか?と思うほどだ。
十代の若い子なら覚えられるんだろうけど、既に日本の常識が詰まっているアラサーポンコツ頭にこっちの常識を詰め込んでも、簡単に上書き保存とはいかないのだ…これ、逃げ出したくなるレベルなんですけど…と思いはすれど、とても抗議など出来る筈もなかった。
まぁ、それでも…18禁ゲームだったらここで監禁凌辱モードになるんだろうから、それに比べたらマシなんだろう。実際、アイザック様はその辺りは紳士だった。今のところは。
いや、逃げるつもりだと思われたらそっちルートに入るのかもしれないけど…でも、私だって他の三人の事を思うと逃げようなんて思わないわよ。だって、誰も幸せになれそうにないんだもの…
それに…悔しい事にここでの生活は快適だった。このパターンだと、子爵家の小娘が侯爵夫人なんて…!と文句を言ってくる親戚の令嬢とか、アイザック様の乳母なんかが現れるかと思ったけど、そういう展開もない。むしろ屋敷の皆さんは大歓迎ムードで、ビックリするほど親切で優しい。むしろよく来てくださいました!って感じだ。
つまり…最大の不安要素はアイザック様その人だった。こうなると王子が自分の身体にいる不快感は些細な事のような気がしてくるんだから、どれくらい怖いかがわかって貰えるだろうか…ヤンデレボタンの見極めがつかないし、地雷が何なのかもはっきりしない。とにかくこれ以上闇落ちしないようにと願うばかりだった。




