兄の結婚宣言の相手は…私?
どうしてこうなったのか…私は異母兄の言葉に一瞬気が遠くなるのを感じた。
(…異母兄が私と愛し合っている?でも、「私」の中にいるのは王子なんだよね?王子だよ、男同士だよ…いや待て、身体は女だけど…でも…)
言われている言葉の意味はわかる。わかるが…感情がそれを受け付けなかったのか、全く頭に入ってこなかった。だって…だって…あれは私なんだよ?どうして私が結婚…?
「ライナス、だが…」
「はい。彼女は以前の事は覚えていないそうです。どうしてそうなったのかはわかりません。でも、彼女は心優しく控えめで、しっかりした女性です。それに、記憶がないと言いながらも、貴族としての教養やマナーは心得ています」
兄達は聖那を見つけてからずっと、身元を調べていたという。貴族としての教養やマナーは身についているので、どこかの貴族、もしかしたら上位貴族ではないかと思われた。所作が美しく、下位貴族のそれにしては洗練されていたからだ。もし、高位貴族の女性が森に捨てられていたともなれば大問題だ。しかも記憶を失っているとなると、余程酷い目に遭ったのではないか…そんな憶測が上がった。
騎士団は軍隊だけど、治安維持など日本でいう警察の役割も担っている。事件性がありそうで、しかも貴族が絡んでいるとなれば放ってもおけない。王都だけでなく、倒れていた森がある辺境伯の領地にも連絡をして調べたが、彼女の身元は未だに不明のままだと言う。
「しかしライナス。身元が分からない女性では、その…主家の侯爵がお許しには…」
「それはわかっています。ですが、私は彼女を諦める事は出来ません。どうしてもと仰るのでしたら…勘当して頂いても構いません」
「な…!」
たった一人しかいない嫡男の兄が勘当も辞さないとは…本気なんだろうけど…それって、聖那の中にいるのは王子じゃないって事?それとも…本当に記憶がなくて、女性だと思い込んでるとか?
貴族の嫡男が勘当されるのは相当な事だ。勘当されただけで名に傷がつくし、その傷は今後の仕事や結婚、場合によっては子供にまで影響が残る。一般的には犯罪まがいの事をした場合の懲罰的位置付けだ。貴族社会は非常に狭くて面倒くさく、旧態依然としているのだ。
これが聖那でなけりゃ、私も妹として祝福をするところだけど…物凄く微妙な気分だった。まさか本当のことを言える筈もなく…私は何も言えずその場にいるしか出来なかった。
だが、この状況で何をどうしろと言うんだ?まさかその身体は私のものです、返してください!なんて言える筈もない。そんな事を言ったら私の方が変人、いや、狂人扱いにされてしまいそうだ。
(それにしても…聖那の中は王子じゃないの?)
異母兄がクリフォードさん達と話をしているのを眺めながら、私はその事が気になって気もそぞろだった。王子がどんな人かもわからないから、カマを掛ける事も出来ない。ここにクローディアがいたら一番いいのだけど…
その日の異母兄は、挨拶だけして騎士団に戻っていった。勿論、聖那も一緒に。最初から今日は挨拶だけして帰る予定だったらしい。当分遠征はないらしく、次の休暇にまた来ます、結婚を認めて貰えるまでは何度でも来ます。そう宣言した兄は、こんな状況でなければかっこいいと思えただろう。
王子に聞きたいことは山ほどあったけれど、さすがに今日は王子と二人きりで話をする機会はなかった。元より兄との関係はよくないから、仮に二人がこの家に滞在するとしても、二人きりで話をするのも難儀しそうではあるけど…
「お父様、お兄さまの結婚をお許しになりますの?」
兄たちが帰った後、残された私達は放心していた。クリフォードさん達はどう思ったのだろうかと気になった私は、思い切って尋ねてみた。私の身体の事だけに、その行く末が気になって仕方なかったからだ。
それに我が家は下位とはいえ貴族で、兄はたった一人の嫡男だ。現時点ではセラフィーナはアイザック様の婚約者だから、兄がセラフィーナに爵位を譲って…というのは難しいんじゃないだろうか。アイザック様も一人っ子だから、どうしてもとなれば婚約解消になる。
それに…分家の結婚は主家のレイトン侯爵の許可が必要だ。いくら中身が王子だとしても、現時点で身元不明の女性が相手では難しいのではないか…そもそも聖那はこの世界の人間じゃない。どう頑張っても身元なんてわかる筈がないのだ。
「そうだな。記憶がない上に身元不明では…せめて身元だけでもはっきりしていれば何とかなるのだが…」
「そうね。本人や家族に罪人がいる可能性がないとはっきりしない限り、侯爵様もお許しにはならないでしょうね」
二人も困惑している様だった。それもそうだろう、嫡男がいきなり身元不明の女性を連れてきて、勘当されても結婚すると宣言したんだから。本人はまずは騎士団で足元を固めてからと言うから、今まで婚約者も決めずにいたらしいけど…それが裏目に出たように見えた。
部屋に戻った私は、直ぐにクローディア宛に手紙を送った。先ほどの異母兄と聖那の事を知らせるためだ。書いている間もまだ状況が受け入れ難く、何度も筆が止まったのと書き直しになったのは許して欲しい…
(…とにかく、落ち着こう…)
そう自分に何度も言い聞かせながら手紙を書き終えた私は、お気に入りのソファに倒れ込んだ。行儀が悪いと言われるだろうけど、今はそんな事に気を遣う余裕はなかった。
半年ぶりに見つかった自分の身体は無事だった。一方で、何故か異母兄と恋仲になっていて、結婚まで考えていた。半年の間に、異母兄、手が早過ぎないか…そして聖那の中の人、王子じゃないのか?それともおねぇだったのか?
クローディアに聞いていた王子像と先ほどの聖那の様子があまりにも違い過ぎて、私はもう一つの可能性に思い至って思考が止まった…
(まさかの四人シャッフルじゃなく、五人だったの?)




