異母兄の帰宅
王子が王都に戻ってきた。その知らせを受けた私は…複雑な気持ちが一層深まるのを感じた。自分の身体が無事に戻ってきたのは嬉しいのだけど…そうなれば元の身体に戻るのだ。それは日本に帰ると言う事であり、アイザック様との別れを意味していた。
(戻らない訳には…いかないんだよねぇ…)
当然のことではあるけれど、あまりにもここでの生活が快適過ぎて、日本の社畜生活に戻るのは、気が重い事この上なかった。いっそ、会社も辞めて自分探しの旅にでも出るのもいいかもしれない…ここに来て人生観変ったし。
でもその前に半年も行方不明だったから、会社はクビになっている可能性が高い。住んでいたアパートもどうなっている事やら…とにかく日本に戻ったら面倒な事になっているのは間違いないので、自動的に人生リセットされているだろう。いっそそれに乗じて、自分探しの旅にでも出てみようか…
王子は赤晶騎士団と一緒にいるので、明日にでも王子の身柄を保護する、とクローディアから連絡がきた。王子はマクニール侯爵家に預けて、そこで四人で話合いをすると言う。
王子には遠巻きに影が監視と護衛をしているという。その者の話では騎士団にすっかり馴染み、騎士達から行き先がないのならこのまま騎士団の寮で手伝いをしてはどうか、と勧められているのだと言う。本人もどうやらその気らしく、王都に到着すると直ぐに寮に入ったそうだ。
なんにせよ、無事に戻ってきたのはよかった。怪我をしていないか、病を得ていないかと心配していただけに、まずはそこに安堵したのは言うまでもない。何と言っても自分の身体だ。三十年近く、それなりに健康には気を使ってきただけに、無事との知らせに思わずため息が漏れた。
やれやれと安堵していた私の元に異母兄が帰宅するとの知らせが入ったのは、その日のお昼もとうに過ぎてからだった。てっきり明日以降になると思っていたけれど、どうもクリフォードさんに大事な話があると言っているのだとか。
エレンたちは結婚相手でも見つけてきたのでは、と色めき立った。今までその手の話がなかっただけに、屋敷の者達はやきもきしていたのだと言う。
いや、いくら何でも遠征に行ってそれはないだろう…ナンパツアーじゃなんだから…
とうとう若様にも春が…と家令たちの期待を一身に受けた異母兄は、予定の時間ほぼピッタリに帰ってきた。意外に几帳面な性格らしい。時間にルーズよりはずっといいだろう。
初めて見た兄は、銀色の髪とエメラルドグリーンの瞳をした、少しばかり精悍な男性だった。目鼻立ちもすっきりしていて、日本ならイエメンと言えよう。クリフォードさんに似ているけれど、瞳の色は母親似らしい。
だが、私が驚いたのはそこではなかった。私は、その異母兄が連れてきた人物に釘付けになった…
(ど、どうして…この人が…)
そう、異母兄が連れてきたのは…聖那だったのだ。
色んな思考と感情が脳内を駆け巡って、呆然自失になったのは仕方ないだろう。まさか異母兄がこの屋敷に連れてくるなんて誰が思う?しかも中身は王子なんだよ?どういう繋がりなのよ…
しかし…
久しぶりに見た「私」は、以前よりも髪や肌の艶もよく、青白かった顔も日に焼けた上に血色よく、要するに以前鏡の中で見ていた自分よりもずっと健康そうだった。
濃紺のワンピース姿も、見慣れなくて変な感じだった。私はここ数年パンツスーツばかりで、ワンピースなんか着た事もなかったな…と不思議な気分だった。表情も穏やかで別人のようだ。
でも…あれが「聖那」なのは間違いなかった。その証拠に、私の友達が誕生日プレゼントにと作ってくれたピアスが、まだ耳に残っていたからだ。あれは手作りの一点物だから間違いようもなかった。
異母兄だけではなかったのもあり、私達は急遽応接間へと集まった。家族全員が揃うのはこれが初めてだが…まさかその場に「聖那」まで加わるとは思わなかった。
「ライナス、そのご婦人は?」
さすがにいつも冷静沈着なクリフォードさんも、聖那の存在に戸惑ったのだろう。簡単な挨拶もそこそこに、聖那について尋ねた。
「父上、ご紹介します。彼女はルシア。私達が遠征中に保護した女性です」
クローディアからも話は聞いていたけれど、聖那は兄が所属する赤晶騎士団の世話になっていた。兄が話すには、二人が出会ったのは国境の森の奥だったと言う。森で倒れている聖那を見つけたのが、兄が所属する部隊だったらしい。発見された時は意識がなかった聖那は、その後三日ほど目を覚まさなかったと言う。
ようやく目を覚ました聖那は、それまでの記憶を失っていたが、王都の方が身元を調べやすいだろうとの話になり、そのまま一緒に王都に連れてきたらしい。
「それで…今日はどうしてその女性を?」
「それは…」
そう言うと兄は、口ごもった。隣にいる聖那も不安そうな表情を浮かべたけど…
「父上、私達は愛し合っているのです。今日は、結婚のお許しを得たくて参りました」
「な…」
「まぁ…」
(…は…はぁあああ?!何だってぇえええ!!!)
兄の一言が衝撃となって襲い掛かってきた。




