婚約の行方
夜会でアイザック様に甘酸っぱい経験をさせて貰って浮かれていた私だったが、それは長くは続かなかった。
夜会から五日後、私はマクニール侯爵家に来ていた。定例のお茶会と称した情報交換会のためだ。クローディアから、王子としての公務で遅れると連絡があったので、今はセラフィーナと二人だ。そこで私は以前から聞いてみたいと思っていた事を思いきって聞いていた。
「ね、セラフィーナ、元に戻ったらの話だけど…アイザック様との婚約、どうしたい?人生がかかっているから正直に話して欲しいの」
今更言葉を飾っても仕方ないし、誤解や勘違いをする愚は犯したくなかった私は、直球で聞いてみた。元の身体に戻るなんて思いもしなかったからアイザック様と婚約しちゃったけど、元に戻る可能性が出てきた以上、その時の対策も必要だったからだ。
この結婚は上位貴族の令嬢達に押しつけられたもので、陛下まですっかり乗り気になっている。更にアイザック様との仲も良好で、大層仲がいいと噂になっているのはこの前の夜会でもよく分かった。要は、簡単に解消出来るレベルをとっくに通り越えているのだ。
でも、これは私が中にいるから問題ないのであって、セラフィーナに戻れば話が変わってくる。まだ若い彼女に、私のした事を押し付けるのは…さすがに良心が痛むのだ。
「…アイザックは素晴らしいお方だとは思います。でも…」
「やっぱり無理?」
濁した言葉尻で言いたい事はわかったけれど、ここはハッキリさせたくてもう一度問うと、セラフィーナは気まずそうにしながらも、はっきりと首を縦に振った。
(う~ん、やっぱりそうだよねぇ…)
それでなくてもセラフィーナは重度の男嫌いなのだ。子どもの頃から性的な目で見られる事が多く、一方的に好意を寄せられて襲われそうになった事が何度もあったせいで、本人は一生独身でいいとすら思っている。男性で平気なのは父親くらいだ。
そんな彼女の答えに強い罪悪感が覆いかぶさってくると共に、どこか安堵している自分がいた。もし彼女が首を横に振ったら…それはそれで複雑な気持ちになっただろうから。
「ごめんね、セラフィーナ。私がもっと考えて行動していたら…」
「聖那様は悪くありませんわ。急に他人になった上、右も左もわからなかったんですもの。それにこの婚約は…エレノーラ様達が押し付けたものでしょう?聖那様が嫌だと言っても断れなかったと思います」
「でも…私も実際にお会いしたら乗り気になっちゃったから」
そうなのだ。アイザック様も最初は私が断れるように気を使って下さったのに、それを蹴って婚約に持ち込んだのは私だ。私は元の身体に戻ってもアイザック様がいいけど、アイザック様はそうじゃないだろう…美少女で若いセラフィーナと、平凡なアラサーの私じゃ、比べるまでもない…アイザック様にとっては詐欺も同然だよね…
正直なところ、この問題に対する有効な解決策って、全く思いつかない…双方にいい様にしたいとは思うんだけど…片方を立てるともう片方が立たずで、アラサーポンコツ頭は有効な手立てが思い浮かばなかった。
(セラフィーナがもう一人いればいいのになぁ…)
そんな非現実的な事ばかり浮かんでくる私の頭が情けない…脳みその容量とか処理速度がパソコンのようにヴァージョンアップ出来たらいいのに…そう思うのだけど、残念ながらそんなに都合のいい話はなかった。
「セラフィーナは、今の身体はどうなの?」
「クローディア様ですか?」
「うん。ずっとこのままだったらどうかと思って。マナーとかも違うし、大変じゃない?」
「そう、ですわね。確かにクローディア様は優秀と誉れ高いお方ですし、王子妃と侯爵家当主としての教育も受けられていたので…私ではとても…」
「そっか、じゃ…早く元の身体に戻りたいよねぇ」
「…それは…」
セラフィーナが返事に詰まった。現状にかなりプレッシャーを感じていると思っていただけに意外だ。これはあれか、アイザック様との婚約が障害になっているとか?だったら本当に申し訳ない。アイザック様に何と言われようとも、セラフィーナの名誉は守ってあげなきゃいけないよね。
聞けばセラフィーナは、高位貴族になったお陰で卑陋な言動を被るのがかなり減ったのだという。その手のストレスが減った上、元より読書家でエレンたちからは本の虫とも言われていたセラフィーナにとっては、勉強自体は苦ではないらしい。人付き合いでは苦労しているようだけど…
「すまない!遅くなった」
何となく気まずい空気の中、他愛もない話をしているとクローディアがやって来た。パッと見た目は颯爽とした、まさに理想の王子様だ。王子は女性にしても遜色ない程綺麗な顔をしているが、今は意志の強いクローディアが中にいるせいか凛々しく見える。王子が中にいる時に見た事はないけど、きっと纏う雰囲気は違うんじゃないだろうか…
クローディアもその辺を気にしてはいるけど、元来の性格は中々隠しきれていないようだ。
「気にしなくていいよ。公務だったんなら仕方ないし」
「そういう訳にも行かない。それよりお水を…」
どうやらかなり急いできたらしく、息が上がっていた。いつもは冷静沈着なクローディアにしては珍しい事だ。
「え?あ、はい。どうぞ…」
「ああ、ありがとう」
セラフィーナがグラスにいれて差し出した水を、クローディアは一気に飲み干した。う~ん、よっぽど急いできたみたいだ。別に今日が無理なら別の日にしてもいいのに…私やセラフィーナは時間に融通が利くんだから。そう思っていると、一息ついたクローディアが改まった表情を浮かべた。
「二人に聞いて欲しい事があるんだ」
「え?何?」
「どうかされましたか?」
何だろう、こんなに慌てた様子で聞いて欲しい事って…
「聖那らしい人物が…見つかったんだ」




