お約束の洗礼を受けました
聖那と王子の捜索が続く中、また夜会の招待状が届いた。今度は王太子殿下の誕生日を祝う夜会なのだそうだ。王宮はまだハードルが高くて気が進まなかったけれど、アイザック様が私を王太子殿下と妃殿下に紹介したいと言うので断れなかった。
ただ…状況がはっきりしてくると、アイザック様との事をどうするべきか、私はその事で悩むようになった。
もし「聖那」の身体が日本にあり、元に戻れないのならこのままになるのだろう。だからその時は問題ない。
問題はそうでなかった場合だ。他の二人は元に戻る前提だ。それは当然の事で、その為に王子を探しているのだ。
ただ、そうなるとアイザック様との婚約はどうなるのか…戻る事はないと思っていたから深く考えなかったけれど、こうなってくると婚約を継続していいのだろうか…
アイザック様は素晴らしい方だ。この世界のイケメンの定義がアイザック様と合っていないから非モテとされているけど、私からしたらこの上もなく素敵な相手で、今の私は間違いなくアイザック様に惚れている。出来る事ならこのままずっと側にいたいとも思う。少女の中に入ったせいか、私の枯れていた恋愛脳が復活したけれど、それも相手がアイザック様だからだ。
それでも、まだ十七のセラフィーナには怖くて受け入れ難いだろう。年齢差もあるし、元に戻るのであれば、このまま婚約継続と結婚は難しいような気がする。ディアはフレディですら緊張しているくらいだから、アイザック様とはさらに無理なんじゃないだろうか…
そう思うと、早い段階で本当のことを話すべきなのだろう。その方がアイザック様にとっていいのは間違いないのだから…
そうは思うのだけれど、フレディに口止めされているのもあって、私はまだ話す決断が出来なかった。ずるいとは思うけれど、王子が見つからない可能性もあるとなれば、そちらに期待する自分がいた。
王子も見つからず、アイザック様への態度もはっきり出来ない私だったが、夜会の日はこちらの事情に関係なくやって来た。今回もアイザック様からドレスが贈られてきて、それを嬉しく思いながらも申しわけなく思う自分がいた。
それでも…届いたドレスを見るとテンションは上がる。今回はスモークピンクのドレスで、差し色はもちろん青と黒だ。ここは譲れないらしい。本当に大切に思ってくれているのが分かるだけに、嬉しさ半分居た堪れなさ半分だった。
夜会は貴族にとっては戦場だ、とは誰が言ったか。アイザック様のエスコートがあっても、下位貴族の私なんぞには太刀打ちできない世界だ。精々アイザック様の側から離れずに大人しくしているしかない。んだけど…
「どういうことですの?フレデリク様を誘惑するなんて!」
「そうですわ。あの方はクローディア様の婚約者なのよ」
「婚約者がいる身でありながら汚らわしい!」
私は数人の令嬢に絡まれていた。その中の一人は、この前の夜会で見かけた前髪の長い令嬢だった。そう言えば最後まで挨拶に来なかったな…と今になって思い出した。
アイザック様と一緒にいたのに、人の波に流されて気が付いたら一人で今に至る…んだけど…どうしてこうなってしまったのか。
それに私が王子を誘惑したって…どこでそんな話が湧いて出たんだ?そりゃあ、最近王子とは会っていたけど、そこはマクニール侯爵家だし、クローディアも一緒だったのに…
「誘惑などしておりません。一体どうしてそんな話になっているのですか?」
ご令嬢方はすっかりヒートアップしているから、直接聞いた方があっさり喋りそう。そう思った私が尋ねてみたんだけど…
「なんですって?しらばっくれて!」
「貴女が頻繁に殿下の元を訪ねているのはわかっているのですよ!」
「しかも、クローディア様もいらっしゃると言うのに!」
…令嬢達の怒りが一層増してしまった。あれ?もしかして火に油注いじゃった?
でも、訪ねて行ったのは王子の元ではなくマクニール侯爵家で、クローディアも一緒にいたんだよ?呼び出したのも向こうだし。私から王子や侯爵令嬢に何か出来る筈ないじゃないの…想像力豊かなのは若い子の特権だけど…妄想では残念でしかない。
「身の程を弁えなさい!」
一際大きな声がしたと思ったら、冷たい感触を顔に感じて、どうやら何か液体を掛けられたのだと悟った。我が身を見下ろせば…せっかくのドレスがオレンジ色に染まっていた。ワインかジュースを掛けられたらしいけど…これ、アイザック様が贈って下さったドレスなのに…!
「何とか言いなさいよ!」
「…このドレス…」
「ふん、そんな安物が何か?」
「アイザック様からの贈り物ですのに…」
「は?」
「え…?」
私の言葉に令嬢達が、いや、周りにいた貴族も凍り付いた。うん、さすがにこれは許し難かったから爆弾落としてやったわよ。悪鬼とか悪の化身と言われているアイザック様が贈ったドレスを、わざと汚したとなれば…ねぇ…
案の定、令嬢達は顔色を青く染め、震え始める子もいた。
「お前達、何をしている?」
怒りをはらんだ声はしかし、私が待っていた声よりもずっと高いものだった。誰が?と思って声の主に視線を向けると、そこにいたのは王子とクローディアだった。王子は薄青の生地を使った正装で、それはクローディアのドレスと同じ色だった。差し色やデザインもシンクロしていて、まるで両想いの恋人同士のようだ。
「…で、殿下…」
「フレデリク様…」
「あ、あの…これは…」
よりにもよって王子とクローディアが揃って現れたため、令嬢たちは益々表情を強張らせていた。端から見たら自分達が私を虐めていたように見えるから、この展開は嬉しくないだろう。まぁ、やっていい事と悪い事の区別がつかなかったんだから自業自得だけど…
「彼女は…ローウェル侯爵の婚約者と聞いているが?」
「そうですわね。アイザック様から先日、ご紹介頂きました。仲良くして欲しいと仰られましたので、先日もお茶にお誘いしたばかりです」
王子とクローディアからの援護射撃という名の説明は、令嬢達に動揺をもたらした。そりゃあ、そうよね。アイザック様のお願いで交流を深めていたのに、それで浮気だなんだといちゃもんつけたら、二重にアイザック様に喧嘩を売っている様なものだから。
「これは…どういう事か、説明してもらおうか?」
割り入ってきた声は王子のそれよりも一層低く重く…紛れもなく怒気を含んでいた。




