迷子の迷子の王子様…
その後の事は…夢の中にいるような気分だった。想定外の事態に脳の処理能力がフリーズしたらしい。平均的で常識とかに固まっているアラサーの私には、柔軟で高等な処理能力なんかないのだ。
だが、それも無理ないと思うのよ?だって、四人だよ、四人。四人で人格シャッフルってあり得なくない?しかも今、私の体の中にいるのは、王子殿下らしいのよ?これで動揺しない人間がいたら尊敬するわ、マジで。
状況をまとめると、私、セラフィーナ、クローディア、殿下の四人が人格をシャッフルされたらしい。私はセラフィーナに、セラフィーナはクローディアに、クローディアは殿下に、そして殿下は私、聖那の身体にいるらしい。
らしいと言うのは、殿下と私の身体が行方不明で確認のしようがないからだ。こうなってくると、四人どころか更に人数が増える可能性がないとも言い切れないとクローディアが言い出し、それを誰も否定できなかった。
そもそもこういうのって一対一が定番じゃないの?三人でもあり得ないのに四人ってどういう事よ…
「それでは、貴女はセイナ=クラハシさんと仰るのね」
「ええ、まぁ…」
「どこの出身ですの?」
「日本です」
「ニホン?聞いた事がありませんわね」
「そうでしょうね…この世界ではない、全く違う世界にある国ですから…」
それからはお互いに自己紹介した上で情報交換の場になった。もう、正直に異世界から来ましたって言ってしまったよ、私…
だって、この想定外の事態に何らかの関りがあるかもしれないじゃない?下手に隠して元に戻る障害になったらたまったもんじゃないし。正確な状況把握はトラブルシューティングの基本なのよ。
まぁ、私の頭の中がパニックになっていて、冷静な判断を失っていたのもあるけど…
でも、四人で人格シャッフルなんて誰が想像できる?そんな小説、読んだ事もないよ…いや、どこかにあるかもしれないけどさ。
二人の反応が気になったけれど…二人も私の中が殿下じゃなかったショックが大きかったのか、まさかの四人シャッフルに驚きすぎたのか、意外にもすんなりとその事実を受け入れてくれた。若いから頭が柔らかいのもあるかもしれない。
その日私達は、持ち得る情報を全て語り合った。聖那の中にいるであろう殿下が心配だったからだ。私は直接知らないが、クローディアに言わせると殿下が一番精神的に弱くて生活力がないだろうとの事で。しかも異世界から来た私の中となれば、保護してくれる筈の親兄弟や友人もいないのだ。どこかで野垂れ死にしているか、酷い目に遭っているのではないかと不安を感じたのは、三人とも共通していた。
「何が何でも殿下をお探ししませんと」
「でも、どうやって…」
「セイナは…何か心当たりなどはありませんの?」
二人に尋ねられたけれど、私にも全く見当もつかなかった。想定する可能性は、大きく分けて二つあった。一つは日本にいる事、そしてもう一つは、この世界にいる事だ。
日本にいる場合は…もうお手上げだ。戻る方法があるなら別だが、今のところ帰れる方法が全くわからない。二人に聞いたけれど、別の世界から人が渡ってきたなんて話は聞いた事がないと言う。
ただ、日本に身体があるのなら、殿下の身体の安全は保証されているんじゃないかと思う。王子のじゃ「私」としては生きていけないだろうけど、あの国は生活保護もあるし、アパートで倒れていたら誰かが助けてくれるだろう。あっちの知識がないせいで変人扱いされるかもしれないが…少なくとも野垂れ死にする事はないように思う。この世界よりは…安心出来そうな気がした。
問題は…こっちの世界にいた場合だ。身分制度もあり、平民の生活水準も低く、夜盗だの人買いだのが当たり前にいる世界だから、小心者の王子ではどんな目に合うかわかったもんじゃなかった。
下手すると人買いや奴隷商人に捕まって売り飛ばされている可能性も…ないとは言えない。しかも身体はアラサーと言えども女だ。最悪娼館に…なんて可能性もある。
そりゃあ、王子だからこの世界の知識はあるだろうけど、王族のボンボンがいきなり市井に放り出されても何もできない気がする。多分、この四人の中で最も頼りなくて危ないのは殿下だろう…二人の反応から私もそう判断した。
「とにかく、セイナの身体的特徴を教えて欲しい」
そう言われた私は、自分の身体の特徴を思いつく限り二人に話した。最後の記憶の時に着ていた服や持ち物もだ。こっちとは服のデザインなどはかなり違うので、もしかしたらそこから足取りがつかめるかもしれない。
「こんな事なら…直ぐに確かめに行けばよかった…」
殿下姿ののクローディアが唸る様にそう呟いた。影も付けていたから安心していたのだろう。セラフィーナの身体で間違いないとの思い込みを、今になって強く後悔していた。それには、影からの報告も関係していた。私が入ったセラフィーナは性格が大人しくなり、服装なども地味になったために、それで一層殿下だとの確証を深めていたのだ。
(疲れた…)
さすがに王宮に泊るわけにもいかず、私は夕刻には屋敷に戻ったけど…さすがに疲れたし、まだ頭も感情も混乱していて、消化するには時間がかかりそうだった。
とにかく、今の気がかりは私の身体だった。頼りない王子が中にいるとなれば、どうなっているのか…想像すると悪い方にしか向かわないのが辛かった。三十年共にあった身体に愛着がない筈がない。正直に言えば、今でもこのセラフィーナの身体よりも自分の身体がいいと思うし、戻れるものなら戻りたいのが本音だ。
そうなればアイザック様との婚約もなしになるかもしれないけど…それでも、自分の身体を他人に明け渡すのは…簡単に納得出来る筈もなかった。
(とにかく…王子を探さなきゃいけないんだけど…)
そうは思うのだけど、どこからどう探すべきか、私には見当がつかなかった。




