落ち着くと現状が気になってくるもので…
婚約披露パーティーも無事に終わり、私は名実ともにアイザック様の婚約者として貴族社会に認知された。セラフィーナに婚約者を盗られたと言っていた令嬢達からもお祝いの品が届くとちょっと複雑な心境にはなったけれど、彼女たちから及第点はもらえたのかな、と少しだけ気が楽になった。
だって、恨まれたままって結構キツイ。いつ仕返しされるかと不安を抱えているのも疲れるし、相手だってそれは同じだろう。怒るのも恨むのも、かなりエネルギーがいるのだ。
物事が順調に進むようになると、私は不安を感じるようになった。落ち着いて考え事が出来るようになったのもあるだろう。それに…日本にいた時も、仕事が順調に進んでいる時に限って最後にどんでん返しが起きるのが常だった。そんな生活が長かったせいか、物事が順調だと不安になるのはもう、癖のようなものだ。そして今の私には、不安になる要素が多大にあるのだ。
小説なら、誰かの身体に入り込んだらそのまま、その人として生きていく話が殆どだけど、そんなに単純でいいのだろうか…と最近思ってしまうのだ。いきなり他人の身体に入ったのなら、また突然元に戻ったり…場合によっては全く知らない誰かの中に…なんて不安がぬぐい切れなかった。目覚めたら知らない場所かもしれないとの不安が、時折過るのだ。
それに、聖那の身体とセラフィーナの人格はどうなったのか。それも今の私には知る術がなかった。こうなった理由も元の世界に戻る方法も、全く見当がつかないのだ。
「ねぇ、エレン、ちょっといい?」
「何ですか、セラフィーナ様」
「変な事を聞くようだけど…例えば、誰かと中身と言うか、人格が入れ替わる、なんて事がるあのかしら?」
「ええ?何ですか、いきなり…」
実際そうだと身を持って理解しているけれど、さすがに断定出来ないので仮定の話としてエレンに振ってみた。彼女は街の噂話なんかもに通じているから、もしかして何か知っているのかも?と思ったからだ。
「ええ、その…記憶をなくしてから、好みなんかが変わったでしょう?何と言うか、以前の私は私じゃない様な気がするのよね。だから…もしかしたら誰かと入れ替わってしまって、そのショックで記憶がなくなったのかしら?と思ったの」
直ぐにそんな訳ないじゃないですか~と返ってくると思った私だったけど…
「…ない、とは言い切れないかもしれませんねぇ…」
「ええっ?そうなの?」
「あ、いえ、セラフィーナ様に限ってそれはないと思うんですが…実は以前、隣国でそんな事件があったんですよ」
「じ、事件って…」
エレンの答えは、私の想定の上を行っていた。彼女の話では、隣国の王太子の婚約者に選ばれた娘と、候補だった娘の中身が入れ替わったのだと言う。王位継承者の婚約者ともなれば次期王妃になるわけで、一時隣国は大変な騒ぎになったと言う。
「そ、それで、どうなったの?」
「最終的には元に戻りましたが…婚約者になれなかった令嬢が、魔女の力で入れ替わったんだそうです」
「魔女の力って…」
「遥か昔、この世界にも魔術があったんだそうですよ。魔女はその力を受け継いで、不思議な力を持っているんだそうです」
「ええ?本当にいるの?」
「その…そこは本当のところはわからないんです。会った人は殆どないし、会っても口止めされるそうですから」
「そうなんだ…」
「ええ。何でも、強い思いを持つ人のところに現れるんだそうです」
「強い思い…」
いきなりファンタジーな世界が広がった。いや、異世界ってだけでも十分ファンタジーなんだけど、魔女とか魔術なんて存在していないと思っていたから意外過ぎて思考が追い付かない…
しかし。そうなってくると、私が入れ替わったのも理由付けは出来る。私の方は特にないけど…いや、社畜から逃げ出したいとは思っていたけど、でもさすがに他人になりたいとは思わなかったからなぁ…
そうなれば…セラフィーナの方?でも、こんな美少女で若い彼女が、入れ替わりを望むだろうか…
「ねぇ、エレン。以前の私って、何かに悩んでいたのかしら?」
「セラフィーナ様ですか?」
「ええ。私は覚えていないんだけど…エレンは何か心当たりはない?私付きだったのなら、愚痴とか聞いてくれていたんでしょう?」
そう、もしセラフィーナが何かに悩んでいたとしたら…母親よりも年が近くていつも側にいるエレンに愚痴っている可能性が高い気がした。
「う~ん…セラフィーナ様がですかぁ…そうですねぇ…男性に迫られるのをいつも嫌がっていましたね」
「男性に?」
エレンが言うには、セラフィーナは見た目が愛らしかったため、男性からの卑猥な視線や言葉を投げられる事が多かったのだと言う。それが嫌だと常々愚痴をこぼしていたのだと。中には高位貴族もいて、危ない場面も何度かあったらしい。そこは…納得だ。確かにそういう視線はよく感じるから。
「でも…それで他人になりたいと思われるとは…ちょっと考えられませんけどね」
エレンから見た感じでは、いつもの事だからとそれほど悩んでいるようには見えなかったらしい。
う~ん、セラフィーナが何を考えていたかは、さっぱりわからないままね。仲のいい友達でも…と思うんだけど、特段仲がいい人はいないと言うし…こうなってくると、入れ替わりをセラフィーナが強く望んだ、という可能性は…あまり高くないのかもしれず、魔女の力で…というのとは違うような気がした。
(結局は、謎のままかぁ…)
現状を有難く受け入れて何も考えなければ楽なんだろうけど…悩んでも仕方ない事とは思いながらも、私は腑に落ちない自分を自覚していた。




