悪役令嬢との邂逅
クローディア=マクニール侯爵令嬢。
私が読んでいた小説の悪役令嬢であり、私の一押しだったキャラが今、目の前にいた。小説の表現通り、月の光のような青みを帯びた銀の髪と、氷の結晶のような美しさの中に強い意志を秘めた煌めく瞳、国内の誰よりも美しいとされる完璧な立ち居振る舞いと、鈴のように響く雅な声…
(うわぁあああ!なんて可愛くて綺麗なの!!!)
まさに私の理想を体現した令嬢がそこにいた。うわぁ…なんて眼福なのかしら…
「ああ、マクニール侯爵、久しいな。来てくれて嬉しい」
「アイザック様の慶事となれば、どこからでも馳せ参じますよ」
「ええ、きっと母君でもあるアデレイド様もお喜びでしょう」
「アイザック様、ご無沙汰しておりました」
え?もしかしてマクニール侯爵一家とアイザック様は仲がいいの?侯爵もクローディアもアイザック様を名前呼びしているし。もしかしたらクローディアって、王子の婚約者にならなかったらアイザック様の婚約者になっていたかもしれない…とそんな気がした。だって彼に怖気づく風は一切なかったからだ。今も親しそうに言葉を交わしているし、家格的にもお似合いだ。
「それにしても、アイザック様がハットン子爵令嬢とお知り合いだったとは意外でした」
「知り合いではなかったのだが…まぁ、縁あってな」
「左様ですか。そのお話はまたいずれ」
アイザック様が侯爵と話をしている間、私は笑みを浮かべながらその場に佇むしか出来なかった。相手は上位貴族だから私から話しかける事はマナー違反になるし、話を振られても短く返事をするのが令嬢のたしなみだという。この世界は身分差別もあるが、男尊女卑でもあるんだよね。
クローディアは近くで見ると一層綺麗だった。毛穴なんかないんじゃない?と思ってしまうくらい、肌のきめが細かくて透き通るような白さだ。銀糸のように煌めく髪と、アクアマリンのような薄青の瞳も、妖精のようで神々しくすら見える。あんな浮気者の王子なんかに勿体ない!って思っていたけど…それは今も変わらない。
そういえば、王子との関係はどうなっているんだろう…確か優秀過ぎて王子の劣等感を刺激しちゃって、それで敬遠されていたんだよね。頑張ったのに評価されないどころか、それが原因で王子との仲が悪くなるなんて、なんて不憫なんだ…
私は王子との出会いは徹底的に避けたし、出会う前にアイザック様と婚約しちゃったから、この先私が原因で婚約破棄…はない筈。そうは思うのだけど、小説の強制力とかないよね?まだ出会っていないから何とも言えないのが不安要素だ。
結局、言葉を交わすことなく、クローディアとの邂逅はそこで終わった。残念だけど、今はお喋りしている余裕はないから仕方ない。
実物のクローディアは予想以上に素晴らしかった。見た目だけならセラフィーナも負けてはいないだろうけど…あちらは教養の深さからにじみ出る知性と、完璧なマナーで勝負にならない。あれは幼い頃からの努力の賜物で、付け焼き刃でどうこう出来るものじゃない。私が彼女一押しなのは、恵まれた環境にありながらも努力家なところなのだ。
そんな事を考えながら彼女の後姿を見送っていたら、何だか強い視線を感じた。
(ん…?)
視線を感じた方向にいたのは、ハニーブラウンの髪の令嬢だった。離れているけど、視線の主は彼女だろうか…令嬢の殆どが目元をしっかり出している中、前髪が長く目元が見えない彼女は…この空間の中ではひときわ目を引いた。
う~ん、彼女とはまだ挨拶を交わしていないけど、どこの令嬢だろう…目元が見えないから確証はないけど、睨まれている様な気がするのは気のせい?あの子もセラフィーナに婚約者を奪われた令嬢の一人とか?
でも、アイザック様の調べでは、そんな事実はなかったらしいんだよね。噂の出所を調べてくれるとは言っていたけど、それからどうなったかはまだ聞いていないし…
「セラフィ、どうかしたか?」
私がよそ見をしていたせいか、アイザック様が不審そうな声色で声をかけてきた。いけない、いけない、今はまだお客様にご挨拶の途中だった。
「す、すみません、緊張しちゃったせいか、ちょっとボーッとして…」
「そうか、すまないな。もう少し頑張ってくれ」
「いえ、大丈夫です」
うわ、心配してくれるなんて本当に優しい人だよねぇ。見かけは怖いけど、そんなギャップもまたよし!だ。
そんな事を思いながら先ほどの令嬢の方に再度視線を走らせると…そこにはもう、さっきの令嬢の姿はなく、その後もその令嬢が挨拶に来る事はなかった。慣れない招待客への挨拶がその後も続き、私が彼女の事を思い出すのはもっと後になってからだった。
その日はその後も次々と貴族たちに紹介された私だったけれど、後半はもう、表情筋がけいれんしそうでそっちの方が心配だった。だって何時間も笑顔をキープ!なんて経験はこれが初めてなのだ。元々愛想がないって言われていたし、日本では笑顔を大判振る舞いする気がなかったのもある。明日は顔が筋肉痛かも…なんて心配するほどには、私の表情筋は過去最高の働きをした。




