エレノーラからの呼び出し
アイザック=ローウェル様にお会いした後の私は…完全に腑抜けになってしまった。
だって…このお話はなかった事に…って空気になってしまったからだ…
(あああ、私ったら何を呆けていたのよー!)
ローウェル様は乗り気じゃなかったんだから、よろしくお願いします!と言っておけばよかった…いや、それよりも侯爵様がいいですって言うべきだった?
でも、ずっと非モテの人生を歩んできた私には、空気を読む力も、あの場で立候補する必要性もわからなかったのよぉ~重ね重ね経験値のない自分が恨めしい…手を取られて歓喜している場合じゃなかったのよね。でも、あんな理想的なイケメンを目の前にして、そこまで冷静な事考えられる余裕なんか、これっぽっちもなかった…
「はぁ~~~」
という訳で私は今、絶賛失恋引き籠り中だった。人生初の一目惚れを無残に散らしたんだから仕方ないじゃない…暫くは誰とも会いたくなかった。
でもね、ローウェル様の立場からすると、セラフィーナは無理と思うのは仕方ないんだよね。だってあの子、婚約者のいる男性と懇ろになって、令嬢たちを悲しませていたんだから…まだ十七歳なのに尻軽なんて、将来が思いやられるだろう。私だったらそんな女、嫁にしたいとは思わない。だって子供が生まれても種が誰かわからないじゃない?貞操観念の緩い相手は勘弁したいのが普通だろう。
だから…これはきっとローウェル様にとってもいい流れなのよ。いくら相手が見つからないとは言っても、あんな素敵な人、妥協せずに彼の良さを理解出来る人が現れるまで待つべきだと思うの。そう自分に言い聞かせながら、私は鬱々と過ごした。
端から見れば鬱陶しい日を五日ほど過ごしていたら、レイトン侯爵から茶会の招待状が届いた。主催者はエレノーラだ。ローウェル様と婚約しなかった事について、説明しろって事なんだろう…ドレスまで用意したのにどういうことだ!とお怒りなのかもしれない…
行きたくはないけど…きっと傷口を抉られるんだろうけど…行かない選択肢はなかった。だって、相手は主家なのだ。日本でいえば会社の社長のようなものだろうか?だが、相手が白と言えば黒いモノだって白と言わなきゃいけない相手、なんだろうなぁ…気分的には無視したかったけど、長年に渡って身に染みた社畜根性がそれを許してくれなかった。
まぁ、いい。行けば気晴らしになるかもしんない…多分…
「まぁ、セラフィーナ、待っていたわ!」
「お招きありがとうございます」
レイトン侯爵家につくと、今日は屋敷の応接間に通された。それでも、エレノーラはやけに機嫌がよかった。もしかして私がローウェル様に一目惚れした直後に失恋したと知っているのか?それをネタに楽しむつもりなのか?それだったらどんな情報網もってるんだよ?もはやホラーだ。
「セラフィーナ、よくやったわね!」
お茶とお茶菓子を用意した侍女がドアの向こうに消えると、エレノーラが開口一番そう言った。よくやったとは何がだろうか…身に覚えがあるのはローウェル様との婚約話くらいだが、あの話は流れた筈…
「あの…何の事でしょうか?」
「いやだわ、ローウェル様との婚約よ!」
「あのお話でしたら…流れてしまったのでは?」
「はぁ?何を言っているの?貴女とローウェル様の婚約、内々だけど内定したわよ」
「はぁあ?!」
思わず大きな声が出てしまったけれど…そこは許して欲しい。だって、それはないと思っていたのだ。あれから両親は何も言わないし、ローウェル様からも陛下からも音沙汰なし。となれば、行き着く先は一つしかないだろう…
「やだ、何も聞いていないの?」
「え、あ、はい…あちらからも何とも…」
「そうなの?でも、近々ローウェル様と貴女の婚約が発表されるとお父様が仰っていたわ」
「レイトン侯爵様が…?」
「ええ。お父様が陛下から直々にお聞きしたから間違いないわよ」
「そんな…」
エレノーラの確定的な言葉に、私は驚くしかなかった。
でも、それはどうなんだろう…と思う。陛下はイケイケだったけど、肝心のローウェル様にその気がないのは明らかだった。
「でも、ローウェル様は陛下をお諫めになっていました。私にも、似合いの若い者に嫁すようにと仰っていましたし…」
「そうでしょうねぇ…」
「ええ?」
「貴女は記憶を失っているから忘れたのかもしれないけど、ローウェル様は誰にでもそう仰っているからね」
「そうなんですか?」
「ええ。でも、今回あなたはローウェル様のお手を取ったのでしょう?それで陛下はもう、これを逃したら次はないからと、王命で婚約を命じるそうよ」
「そうなんですか?!」
なんですってぇ?!そ、それじゃ、まだ希望はあるって事?いや、陛下がその気でも肝心のローウェル様がそうじゃなきゃどうしようもないんだけど…
「あ、貴女にとっては残念な結果かもしれないけど…婚約は確定的との話よ」
「確定的…」
この時、私は歓喜で思考が止まっていたけれど…一方のエレノーラは真逆にとらえていた事を私は知らない。彼女は私が絶望して言葉を失くしたのだと思っていたらしい。
「ふふっ、貴女でも人様の役に立てたみたいじゃない。これで貴女に婚約者との仲を引っ掻き回された令嬢は許してくれるんじゃない?」
「そ、そうでしょうか…」
「もちろんよ。彼女たちには妹がいる者も多いわ。あのローウェル様の元に嫁ぐ必要がなくなれば、これまで婚約出来なかった令嬢たちも婚約できるし」
「は?」
「ああ、ローウェル様の婚約が決まらないから、妙齢の令嬢は婚約者を決められなかったのよ。こんな時に婚約なんてしたら、ローウェル様から逃げているみたいだと思われるでしょう?」
なるほど…あの時令嬢が感極まったように私の手を握っていたのは…自分だけの話ではなかったからなのか。そして、ローウェル様の婚約者が決まらないと、他の令嬢が婚約出来なくなる、と。それは盲点だったわ。
そうして、それから十日後。王家から正式にローウェル様との婚約を命じる書簡が届き、私も妙齢の令嬢方も歓喜に震えるのだった。




