侯爵様がやって来た…!
エレノーラからローウェル様との婚約が内定したと聞かされてから二日後。我が家にローウェル様からの書簡が届いた。内容は一度会って話がしたいというもので、出来れば早い方がいいと記されていた。
それを見た私は、あ~やっぱりな、と思った。王家の血を引く侯爵様が、齢十七にして身持ちが悪い子爵家の令嬢を娶るなんて、やっぱり嫌だよね。陛下だってこの前は初めての立候補者に舞い上がったかもしれないけど、時間が経って冷静になれば…ちょっと待って!となるのは当然だろう。私だって身持ちの悪い相手なんてお断りだからね。
そうは言っても侯爵家からの要請を無視する事も出来ず、二日後にはローウェル様が我が家に来ることになった。やけに張り切っているシンシアさんやエリンとは裏腹に、私は重い気分で彼の来報を待っていた。
今日はレイトン侯爵に頂いたドレスの中から若草色のものを選んで着ているけど…可愛い自分の姿に対して、私の心は沈んでいた。だって、いくら可愛く着飾ったって断られるんだよ?それも好みのイケメンに。私としてはドナドナの時よりも気が重かった。
やって来たローウェル様は…今日もかっこよかった。黒を基調とした騎士服は文句なく似合っていたし、姿勢がいいせいか一層凛々しく見えてため息が出るほどだ。どうしてこんな人が非モテなのか理解出来ない。うん、この世界のイケメンの基準もね。
服の上からもわかるご立派な筋肉は…ぜひ一度生でお目にかかりたい代物だ。あ~もう白状します、私、筋肉フェチなのよ。そんな私にとって…ローウェル様はご馳走だったりする。そんな事、口が裂けても言えないけど…
「これをセラフィーナ嬢に」
「え?あ、ありがとうございます?」
そう言って渡されたのは…オレンジ色を基調とした可愛らしい花束だった。えええ?なにこれ?男性から花束貰ったなんて生まれて初めてなんだけど…いやだわ、筋肉に妄想ふくらましていたから、予想外の展開にいきなりテンパってしまった。何で疑問形なのよ、私!
(どこまで男前なんだー!!!)
見た目とは真逆の、可愛らしい花束とのギャップが凄い。でも、ツボに嵌る…また惚れ直しちゃったじゃないか…私はドツボに嵌っていく自分を自覚しながらも、それを止める手立てが思いつかなかった。これ、蟻地獄ですか、そうですか…
今日は天気がいいから庭の四阿でお茶をしてはどうか、とシンシアさんが提案したため、私達は庭の四阿で話をする事にした。う~ん、話の内容が内容なだけに、外よりは室内の方がよかったんだけどなぁ…
でも、ローウェル様もそれはいいと仰るからどうしようもない。まぁ、身持ちの悪い令嬢と室内で二人っきりなんて、ローウェル様だって嫌なんだろう…そう思うとツキンと胸が痛んだ。だって、私自身はか~な~り身持ちがいい方だから。
「…セラフィーナ嬢はどうして私との結婚を望まれた?」
四阿に移動してお茶やお茶菓子を置いた侍女が下がると、ローウェル様がそう切り出した。うわ、さすがは騎士様、切り口が鮮やか過ぎる…うう、ど、どう話せばいいのよ…本当の事なんて、口が裂けても言えないし…
「そ、それは…」
「それは?」
何と答えようかと思いながらちらっとローウェル様を見上げたら…ひぃいい!視線が突き刺さりそうな鋭さだった…!アラサーでパワハラモラハラにも耐えてきた私だったけど、これまでの上司と比べるとローウェル様は威圧感があり過ぎだわ。
で、でも何か言い返さないと…そう焦れば焦るほど、私の頭が白く塗りつぶされて行った。
「やはり、な…」
「…?」
小さな呟きだったけれど、それは確実に私の耳に届いた。こんな状況だけど、神経が妙に研ぎ澄まされている感じがして、小さな呟きもはっきり聞こえた気がした。
「貴女…は両親か主家の誰かに、脅されたのであろう?」
「…は?」
帰ってきた答えは、想定外のものだった。えええ?私が?脅された?そう言われて、確かにそういう流れではあったし、断る選択肢はなかったな、とこうなった経緯を思い出した。んだけど…今はそれを望んでいたりする。
「お、脅されたりはしていません」
「だが、だったら何故私のような男と?」
「しょ、しょれは…」
何で噛んでるのよ、私ー!直球すぎる質問に動揺してしまったわ。落ち着け私、相手は同年代のアラサー、怖気づく理由なんかないのよ!ローウェル様は薄らハゲのモラハラ部長やポンコツ頭のセクハラ課長じゃないんだから!
「その…わ、私、逞しい男性が、好みなんです…」
「……」
「その…なよっとした男性は、生理的に受け付けないと言いますか…苦手で…」
うん、それは本当だから嘘は言っていないわよ。私は中性的なイケメンは苦手なのだ。どこがどうって言われても困るんだけど、単に好みじゃないのよね。だからこの小説で恋に落ちる予定の王子も、年齢だけでなく見た目も好みじゃないからスルーしたのだ。
「…私が…恐ろしくないのか?」
「え?ええ」
「だが…若い令嬢は私を見ると怯える。顔に傷が出来てからはなおさらだ」
「そうですか?でも…その傷はお仕事でついたものなのですよね?」
「そうだが…」
「だったら、それはローウェル様がご立派に職務をお務めになっている証拠です。尊いと思いこそすれ、厭うなどあり得ませんわ」
私がそう言うと、ローウェル様が驚きの表情を浮かべられた。そんなに変な事を言っただろうか?
でも、ローウェル様の傷は騎士の仕事を立派に務めた証であって、それを厭わしく思うなどとても失礼だと思うのだ。ローウェル様達騎士が身体を張っているから、私達は平和に過ごせているのだから。私だって自分の仕事には誇りを持っていたし、だからこそ人の仕事を軽く見るなんて事はしたくなかった。
「…セラフィーナ嬢は…他のご令嬢とは違うのだな…」
「へ?」
上から降りてきた言葉が思いがけず、思わずローウェル様を見上げると…心なしか雰囲気が緩んでいる様な気がしたけど…その理由が何なのか、私にはわからなかった。




