55.不殺
暑すぎて死にそう
「あ、レイ――」
階下に降りて来た時、真っ先に駆け寄って来たシリルは、何故か私の顔を見て驚きの表情を浮かべて言葉を止めた。
なんだコイツは、失礼な奴だな……そう思った瞬間、これまた何故かホッとした様子を見せた。なんだコイツは。
「いつものレイシー、か……? お前、何もされてないよな?」
「は? 別に何も――……まぁ、お説教はされたかな?」
流石に全く無かったとは言えないかな……とにかく『はしたない真似はするな』と怒られたんだよね。
久しぶりの休日だからって浮かれすぎるなって事なんだろう。
「本当か? ……まぁ、何かあったとしら流石に早すぎるか」
陛下の方を見ながら微妙な顔をするシリル。……何が早すぎるんだろう? もっとお説教されておけってこと?
「こほんっ――想像している様な事はしていないし、そんなに早くもない」
「あ、あぁ、すまない」
「いや、いい」
さっきから何なんだ。陛下とシリルだけで分かり合ってる気がする。
一般市民のシリルと意思疎通が出来てるって事は、これは暗部や皇族が使う符牒って訳でもなさそうだ。
「早い早くないってなんの事ですか?」
「分からないのならそのままで良い」
なんか陛下も触れて欲しくなさそうな雰囲気を前面に押し出してるな。
私でも分かる。この話題は避けた方が良いと。
「帰るぞ」
微妙な変な空気をぶった斬るように、ギーが私達を促して店の外へと歩き出す。
その背中を見て、まぁいいかと、追加のお説教が無いならそれで良いやと気にする事を止めてギーに付いて行く。
店の外に出れば、気が付けば日が顔を隠し始め、空は茜色と紫色のグラデーションとなっていた。
結構長いこと大道芸やってたんだなぁと考えながら、今日貰ったおひねりの額を数え始める。
といってもこんな往来でお金を並べる訳にもいかないから、財布の重さと音で大体の額を推測するくらいだけど。
ふむふむ、手に伝わってくる情報からして……だいたい五万ライトはあるな! あの短時間でかなり稼げた方だ! こりゃ店の方も繁盛してるな?
「――わかってる」
無言で陛下の手を軽く二回ほど叩けば、小声で返事が帰ってくる。
店を出た辺りから、コソコソと私達を尾行てくる人間が居るのだ。
彼らを撒くか、それともここで撃退するのか……家族が巻き込まれたら嫌だから、私がさっさと昏倒させとこうかな。
「ごめ〜ん、ちょっとお店に忘れ物したから先に行ってて」
「一人で大丈夫か?」
「もちろん、地元ですし」
陛下の確認に問題ないと答え、その場を振り替えって来た道を戻る――途中で腕を掴まれ、そのまま路地裏に引きずり込まれる。
「まさか女が一人になってくれるとはな」
「馬鹿な奴らだぜ」
「アイツらの中に紳士は居ないのか?」
身体を拘束され、口を塞がれながら、この中に陛下が店で追い払った男が居ない事を目視で確認する。
お仲間を呼ぶにしてはちょっと早いし、コイツらは別口か。
「お前、あの婆さんの娘なんだって?」
あぁ、最初から私が狙いだったのね……確かデボラ婆さんが勧誘とか色々追い払ったって聞いたっけ。
なるほど、実家に帰省した娘を拉致して言うこと聞かせようって感じか。
「……あのババァの娘にしちゃ綺麗だな」
「味見するか」
腰からお尻に掛けてのラインを撫でられるけれど、陛下の時と違って何も感じない。
どう見てもただの下っ端だし、このまま大人しくしてても大した情報は手に入らなさそうだな。
「やけに大人しいじゃねぇガッ!?」
ニヤケ面で私の身体に触れていた男の顎を蹴り上げ、同時に肩を外す事でするりと拘束から逃れる。
上体を起こして振り返り、今まで私を捕らえていた男の顔を蹴り飛ばしてから肩をくっ付けた。
チラリと大通りの様子を見て、誰も路地裏に注目していない事を確認したら男共を引き摺ってさらに奥へ。
「テメェ! なにしやがっ――」
情報源は一人あればそれで良い――鳩尾に拳を深く抉り込み、肺の空気を全て吐き出させた直後にこめかみと顎の先をほぼ同時に打ち抜く。
白目を剥いて倒れた男を脇に退け、もう一人の男へと振り返る。
尻もちを突いた男の前にしゃがみ込み、目線を合わせて問い掛けた。
「誰の差し金ですか、目的は共有されていますか」
「あっ、は……え?」
まだ事態が呑み込めていないようなので、もう一度尋ねる。
「誰の差し金ですか、目的は共有されていますか」
「あっ、なん……どう……え……」
男の頬をペチペチと叩き、目を合わせる。
「誰の差し金ですか、目的は共有されていますか」
「……」
ちょっと、きつけが必要かな――男の口を抑えてから小指を関節とは逆向きに折る。
「――〜〜ッ!!??」
くぐもった悲鳴を上げ、涙目になって私を凝視にする男に向かって再度の問い掛け。
「誰の差し金ですか、目的は共有されていますか」
「く、クダン会のナルシスって奴だ! 俺はただババァの娘を連れて来いって言われただけで、その後どうするかは聞いてねぇ! 本当だ!」
「ナルシスの風貌は分かりますか」
「長髪のギザったらしくてナヨってしている奴だ!」
「主観的なものが多くて参考になりません。髪と目と肌の色、年齢、身長、体重、出身地などを教えてくれますか」
「髪と目は灰色で、肌は日に焼けてないのか色白だ! 年齢は多分だが俺とそう変わらねぇ、身長と体重は多分俺より下だ! 出身地は分からねえが、顔立ちからして北部出身だと思う!」
「何処に行けば会えますか」
「か、勘弁してくれ! そこまで売ったら俺が殺されちまッ――!?」
再び男の口を塞ぎ、今度は薬指を折る。
「何処に行けば会えますか」
「か、歓楽街の『星の白鳥』って店だ! そこで普段は女相手に商売してる! もういいだろ!」
「貴方とナルシスの関係、組織での立ち位置」
「クソッ! たまに指示を出してくるくらいでそんなに接点はねぇ! 俺はただのチンピラグループの一人でクダン会の人間ですらねぇんだ! だからナルシスがどのくらい偉いのかも分からねぇ!」
「分かりました」
なるほど、怖い大人が若者の不良グループを下請けとして使ったって感じね。
「『幻水亭』への営業妨害について、何か知っている事は」
「それは……分からねぇが、クダン会の奴らが関わってるらしい」
ふーん? こっちはエマ姐さんが働いてたお店だからなぁ? やっぱり私達絡みか?
まぁ、とりあえず聞くべき事は聞けたかな? これ以上の情報は搾り取れないだろう。
「も、もういいだろ? 許してくれないか?」
「ごめんね」
このまま解放しても別にメリット無いし、デメリットの方が多そうだからね。
「あっ、あっ、そんな……悪かった! 本当にすまないと思ってる! もうアンタ達には関わらない! もちろんここであった事は話さないから! なっ!? だから許してくれ!」
そんな事を言われてもなぁ……休日とはいえ、陛下の身の安全にも関わるから手は抜けないし。
「そうだ! 舎弟! 舎弟になるから!」
「私とナルシス、どちらが怖いですか」
「ど、どっちが怖い?」
「貴方を見逃して、その後ナルシスに私の事を話せと言われて黙っていられますか」
「黙る! 黙ってるから!」
「信用ができません」
男の意識を刈り取り、静かにさせる。ここは弱肉強食の貧民街、こんな暗い路地裏で呑気に寝ている間抜けの末路はだいたい決まっている。
このままここに放置しておけば、後は住民の皆さんが勝手に処理してくれるでしょう。
「回りくどいけど、休日中は不殺って決めてるんだ」
チビ共の教育に悪いからね。
レイシー「血の匂いを付けたまま家に帰りたくない」




