54.ちょっと失敗
第1巻大好評発売中!(ダイマ)
「ねぇ、お兄さんもやる気があるからここに居るんでしょう?」
「誤解だ」
そっとドアを開けて外を覗いてみれば、何やら陛下が見知った顔に営業されている。
相手は昔からこのお店で働いていて、私達にもよくお菓子をくれたりしているトリス姉さんだ。
「……」
いったい陛下は何をしているんだと呆れながらも、まぁ邪魔するのも悪いかとモヤモヤしつつ部屋に戻ろうとして気付く――これ以前やった失敗だと。
そう、あれは故ブルニョン伯爵邸での出来事だった――女性達に囲まれる陛下の様子を見て『上手くやってんな』とか呑気に考えて後回しにしちゃった事でベルナール様にめっさ怒られたんだよね。
そうなんですよ、私の仕事の優先順位って基本的に陛下の護衛と偽妃業務が最上位なんですよ。時折出される緊急指令とか、どうしても必要だと判断された行為とかあるし、絶対に順位が固定されてる訳でもないけど、それでもハニートラップからはきちんと守れって再教育されたんですよ。
いくら今が休暇中で、陛下自身からも仕事のことは一旦忘れろと言われていたとしても、ここで私が出て行かなくてどうするというのだろう。
トリス姉さんに邪心は全く無い事は分かってるけど、ここは私が防波堤になるべき場面なのだろう。
「――コホン!」
「「!」」
わざとらしい咳払いで存在を主張し、そっと陛下の袖を引きながら『さて、なんと言ってこの場を収めようか』と数秒ほど思い悩む。
えっーと、陛下と偽妃という身分はバレちゃダメだからいつものノリは出来なくて……でもでも家族には既に職場の上司と説明しちゃってるから、家族とも近しい人に後から実は恋人でした! なんてその場限りの嘘を吐いてもすぐバレるだろうし……な、なんて難しいんだ! 偽妃という肩書きがあった方が楽だったなんて知らなかった!
「レイシー?」
「あら、レイシーちゃん?」
この場をどう切り抜けるのが最善なのか、IQ300越え(自称)のレイシーちゃんの天才的頭脳をもってしても難解極める。
「こ、こ……」
「「こ?」」
いかん、いかんな……先ほどの陛下とのやり取りがまだ尾を引いてて、頭が茹だったまま上手く働いてくれない。顔が熱い。
そんな私が、なんとか、やっと絞り出した言葉がこれだった。
「――この方は、ダメです……」
小さく陛下の袖を摘んで引っ張り、空いた手で熱を持つ頬を抑えながら控えめに主張する――自分でもビックリするくらいか細い声が出た。
あれぇ? 私ってこんなにも誤魔化すの下手だったか? その場限りの嘘や誤魔化しなんて朝飯前だったハズなのに、どうしてこんなにも恥ずかしいんだ?
後になって考えてみれば、もっと他に良い誤魔化し方はあったはず……偽妃としてイチャラブバカップル演技をし続けた弊害でそっちに引っ張られた? どうしてこんなよく分からない主張する事になったんだ?
「レイシー、お前……」
「あぁ、いや、えと……この方は私の職場の上司で、えっと、そう! コンプライアンス! コンプライアンス的にそういう遊びはダメ的な?! ね! ね!?」
「あ、あぁ、そうだな、コンプライアンス的にな……」
ぐぅ、すまない陛下! 私のミスのフォローさせて!
「まぁ! まぁまぁまぁ! そういう事だったのね!?」
「え、あ、はい、そういう事です」
ふむ、どうやらトリス姉さんを誤魔化す事は出来たらしい……ならヨシ!
「あら〜! あのレイシーが! まさか、そんな! ねぇ?」
「えと、じゃあそういう事で!」
「はいはい、お邪魔してごめんね〜?」
「じゃあね! またね!」
また何か言われる前に陛下の手を引いて即座に退散する。
あー、危なかった……多少の失敗はあったけど、これでベルナール様に叱られずに済むな!
「……」
後頭部の辺りに陛下の視線を感じるけれど、気付かないふりだ……多分あれだ、ミスを叱ろうか迷ってるんだろう。
指摘したらそのままお説教が始まってしまうかも知れないのだから、わざわざ藪蛇を突く事はあるまい。
「……?」
それにしてもあれだな、やけに陛下の手が冷たく感じるな――




