53.兆し
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「あの、陛下? ここ……」
「……」
陛下に所謂お姫様抱っこと呼ばれる状態で運ばれていく。
お店の階段を昇り、本来なら裏の接客をする為のフロアへと進んでいるのが分かり、いったいどうすれば良いんだとオロオロしてしまう。
陛下にここは娼館でもあるんだよ、ちょっといかがわしい事をするフロアだよって教えてあげた方が良いのか、それとも皇帝陛下にそんな下賎な事を伝えたらダメなのか……陛下ってどこまで教育が済んでるんだ? 分からねぇ、そんな事を聞くのも不敬だろうし。
というか陛下、もしかしなくても怒ってる? 怒ってるよね?
うむむ、やはり調子に乗って大道芸を披露したのはマズかったか……お世話になってるお店が繁盛すればと思ったんだけど、こんな所に妃の顔を知ってる奴なんて居ねぇとはいえ、流石に目立つ真似をし過ぎたかも。
「えっーと、陛下……? ここって、そのですね……」
「知っている」
「え?」
私を抱えたまま器用に部屋の扉を開き、中に入っていく。
知っているとはどういう事なのかと尋ねるよりも先に、陛下は私をベッドの上へと寝かせた。
「あの――」
「レイシー、お前には自覚が足りないと常々思っていた」
ギシリと寝台が音を立てる――私に覆い被さるように見下ろす陛下の目、妖しい魔力を持った瞳に睥睨され、つっかえた言葉が喉を震わせる。
薄暗い部屋、カーテンの隙間から射し込む夕日だけが頼りの重苦しい部屋で、一足早く顔を見せた月のような眼に映る私は、自分でも見た事のないくらい情けなくて困った顔をしていた。
「この薄着はなんだ?」
深いスリットから覗く太ももに、陛下の指が掠ってビクリと脚が跳ねた。
跳ねた先にある陛下の太ももに、自分の太ももを擦り付ける形になって少し気まずい。
そんな私の様子に気付かないフリをして、陛下は手を上へと進め、丸出しとなっている臍の周囲を指先で撫でた。
あまりにも甘く、擽ったくて小さく声が漏れる。
「仮初とはいえ、お前は私の妻だ――他の者にこんな姿を見せるな」
陛下の親指が私の唇をなぞり、口紅を拭い去る。
彼は私の目を見詰めたまま、口紅で染まった親指を自らの唇に押し当てリップ音を鳴らした。
なんか、すごく恥ずかしい事をされている気がする……けれど、何がそんなに恥ずかしいのかがよく分からない。
「え、えっと、薄着はやめましょう的な……?」
「男を誘う言動を止せと言っている」
「男を誘う言動」
陛下の返答に瞳が揺れる。そんな言動には心当たりが無いからだ。私がやっていた事は観客を湧かすスーパー大道芸である。
お客様を誘う、盛り上げるという事なら合っているかもだけど、普通に女性客も喜んでいたしな……男性に限定する意味が分からない。
「本当に分からないのか? この状況で?」
「この状況とは、陛下にお説教され――」
言葉の途中で陛下の顔が降ってきて、咄嗟に顔を背けた――
「――こうして異性に押し倒されている事だ」
耳元で低く囁かれた言葉に、下腹部にピリッとしたものが走った。
陛下に指摘されて、初めて私は今自分がどんな状況なのか客観的に認識する事が出来た。
あくまでも私にとって陛下は仕えるべき主君で、私は陛下にとって便利な駒でしかないと思っていた。
先ほどまでのやり取りも、休日に羽目を外し過ぎた部下への上司のお説教だと思っていて、だからこそお説教に相応しくない場所である事を遠回しに伝えようとしたり、上司が本当に怒っている原因は何かと余計な頭を回していた。
それがどうだろう……わたし、いま、とても、はれんちな、じょうきょう、ではなかろうか?
「わ、わたっ、わたし押し倒されて……?」
「そうだ、お前は今、自分よりも力の強い男に押し倒されている」
そういえば、私って陛下に捕まって逃げられた事なかったな。
「艶やかな化粧で、蠱惑的な格好で、扇情的な動きを沢山したな?」
「……化粧と格好については、そうかもしれません」
だって、リーリャさんって人が私を他のお店からの応援――同業者だと思って飾り立てたらしいし、化粧と格好に関しては確かにちょっとはそういった要素があるかも知れない。
でも扇情的な動きについては否定したい。あれは暗部として培った技術を応用した、超絶スペクタクルなショーだった筈だ。
「はぁ……自分が女であること、そんな格好で動き回れば他者からどう見られるか、ベルナールには何も教わらなかったのか? 人前で肌を晒せと教わったのか?」
「ベルナール様からは、なるべく肌を晒すなと……」
何処で活動するにせよ、ほんの些細な傷から行動不能になる事がある。
特に屋外、それも森で活動する時は毒草や毒虫で死んでしまう事もあると教わった。
「……私が言いたい事と意味が違っていそうだな」
「……そんな不満そうな声を出されましても」
「はしたない、という概念はあるか?」
「流石にありますけど」
「じゃあそれだ」
「なんか雑になってませんか?」
まぁ、うん、確かにはしたなかったかも知れない……元ストリートチルドレンである私は気にしなかったが、皇帝というこの国の最上位の身分の陛下からしたら眉を顰めるものだったという事だろう。
「――丁寧に教え込まれたいのか?」
「っ、その耳元で低く囁くの止めてください」
未知の感覚に襲われてびっくらこく。
「何故だ?」
「なんかムズムズするからです」
「……そうか」
納得してくれたのか、陛下は私の上から退いてくれた。
「またムズムズさせられたくなかったら人前で肌を見せないようにしろ」
「分かりました、着替えますね」
「……今着替えるつもりか?」
「レイシーちゃんの早着替えを目で追えた者は居ません」
「ほう? あれだけ言ってやってまだ分からんか……良いだろう、今目の前で着替えてみせろ」
こめかみに青筋を立てた陛下が腕を組み、私を正面から見据える。
いざ早着替えしようと思っても、陛下に見られていると思ったら自然と手が止まった。
おかしい、誰であろうと視認できないスピードで着替えられる自信はあるのに。
「……やっぱり部屋の外で待ってて下さい」
「なんだ、やらんのか」
「どうかお外でお待ちを」
「仕方ないな」
悔しさで口元をキュッと引き結びながら、グイグイと陛下の背中を押して部屋の外へと移動させる。
私を見下ろす陛下の目がなんだかちょっぴりだけ優しくて……「良かった、もう怒ってない」――なんて、無意識に思ってしまった。
「――ふぅ」
陛下を追い出し、パタンと扉を閉めてその場にズルズルと崩れ落ちる。
「…………………………………………なんか、へん」
この日、久しぶりに、ただの着替えに数秒の時間を要した。
芽生えるか……!?(色々と)




