51.頭を抱える
陛下視点
「――ふぅ、こんなものか」
レイシーも居なくなり、ただ留守番するのも暇だからと家の補修と掃除を買って出たのだが……思いのほか熱中してしまったな。
外から見て稼いでいると思わなければ良いのだろうと、内装などをこれでもかと凝ってしまった。
別に華美にした訳ではない。足腰の悪い年配の女性と妊婦が居るという事で、なるべく段差を無くした実用性のある造りにしたのだ。
部屋中の空気を入れ替え、家の中をピカピカに磨き上げた時には既に夕暮れとなっていた。
内政や外交の事など考えず、こうして一つの作業に夢中になるなどいつ以来だろうか……たまにはこういうのも悪くない。
「よくもまぁ、他人の家の為にそれだけ働けるもんだ」
「大事な部下の家で、これから世話になるからな」
「役人にしては殊勝な心がけだね」
これだ……レイシーの家族に過去何があったのかは分からないが、レイシーの家族は公的な存在に対して酷い不信感がある。
その為レイシーが城で働く事にも反対していたし、ベルナールが新たな住まいを用意すると言っても「人質になる気はない」と言って拒んでいるらしい。
ただまぁ、まだ幼かったレイシーを連れ去り、仕事内容も伝えず連絡も不定期となれば不振感が増すのも仕方ないのかも知れないが。
表面上は普通にしているが、今日一日ずっと警戒されていた。それとなく意識を向けられているのが分かったし、ギーとやらは仕事に行く訳でもなく、常に私を視界に入れていた。
出来る事ならレイシーの家族から信頼を得たいが、この様子だと難しそうだな。
「にしても遅いね」
デボラのその言葉でレイシー達の帰りが遅い事に気付く。
既に他の子ども達はみんな仕事先から帰って来ているのに、レイシーとシリルだけがまだ顔を見せない。
「変ね、そろそろお店の形態が変わるからもう追い出される筈だけど」
「追い出される?」
お店の形態が変わるとはいったい何のことだろうか? 追い出されるというのもよく分からないが。
「住所を教えて貰えれば私が迎えに行きますよ」
「……そうかい? じゃあ頼もうかね」
よく分からないが、あの凄腕暗部としての顔を持つレイシーの帰りが遅くなる事態だ。念の為に大人の男が迎えに行った方が良いだろう。
「ギー、案内してやんな」
「……」
「よろしく頼む」
「……」
デボラの言葉にも私の挨拶にも、軽く会釈をしただけの大男の背について行く。
ゴミなのかどうかすら分からない物に溢れた貧民街の路地を、肩身が狭そうに歩いていくギーという男。
歩き方や立ち振る舞いを一目見て分かる――コイツは元軍人だ。それもかなり高い位にあった者だろう。
パッと見でどこか怪我をしたという様子は見受けられない。健康そのものと言える軍人が、なぜ貧民街のボロ小屋で血の繋がらない者たちと家族として過ごしているのか疑問だ。
流石に末端まで全て把握している訳ではないが、それでも私は一定上の地位にある軍人は全て把握している。しかしギーという男の顔に見覚えがない。つまりは私が皇帝になる前に軍から離れた男という事だろうか。
「……詮索はよしてくれ」
「……すまない」
「いい、気持ちは理解する」
私の探る視線に気付くとは、やはり只者ではないようだ。
いや、よそう。詮索はやめろと言われてすぐこんな思考をするのはダメだ。一旦忘れよう。
「――ッ!?」
突然ギーが飛び跳ねるように後退する。何事かと身構えてみれば、そこに居たのは一匹の小さな子猫だった。
「にゃー」
「……」
しゃがんで子猫の頭を一撫でし、何事も無かったかのように先導を再開するギー。
なるほど、臆病でヘタレというのはこういう事か。
「人通りが多くなる。気を付けろ」
「あぁ、気を付けよう」
ふむ、全くの無言という訳ではなく、必要な事は言葉で伝えてくれるのだな。
「これは……確かに、貧民街とは思えぬ賑やかさだ」
まだ日も落ち切っていないというのに、もう既に煌々と鮮やかな灯りが点され、そこら中で着飾った女達が客引きをしている。
パッと見で全て飯屋か何かなのだろうが、奥までそうとは限らないだろう。これでは完全に色街だ。
「……ここにレイシーのバイト先が?」
私の呟きに、ギーは軽く頷いただけだった。
少しばかり早くなる心臓の鼓動。いったいレイシーは何をさせられているのか、底知れぬ不安に襲われる。
「少し、急いでくれ」
不躾なお願いに、ギーはただ黙って歩く速度を速めてくれた。
「そこのカッコイイお兄さん、ちょっと寄ってかない?」
「あ〜ん、めっちゃイイ男じゃな〜い」
「男前だね! 安くしとくよ!」
数歩進む度にかけられる営業に全て「急いでいる」とだけ伝えるも、それでも多すぎる声掛けに次第に無言になる。
いちいち返事をするのも煩わしい。そんな事に時間を取られている場合ではない。
「……ありゃダメだな、既に心に決めた女が居るんだろう」
「くやし〜、あんな色男を夢中にさせるって何処の店の子よ」
あまりの営業の多さにイライラしている事が漏れ出ていたのか、途中から全く声を掛けられなくなっていた。
それでも目的地の正確な場所を知らないせいで、ほんの数百メートルの距離が長く感じられる。
「ここだ」
「!」
まだかまだかと気が急いていたところに到着を知らせるギーの声が降ってくる。
私はここまで案内してくれていたギーへのお礼も忘れ、彼を追い越すように店の扉へと手を掛けた。
「――っらっしゃいせー!」
元気な店員の声、室内に満ちる様々な料理の匂い、そして――
「うぁうぁーん!」
「うおおおお!! すげぇええ!!」
「本当にやりやがった!」
何故か剣を呑み込んで両手を広げてみせるレイシーの姿。
彼女は肌の露出が多く、華美で煌びやかな衣装を身にまとい、剣を呑み込んだまま何処からか取り出した短剣でジャグリングを始める。
状況が理解できず、咄嗟に一緒に居る筈のシリルの姿を目で探す――居た。
「な、なんでアイツ大道芸人に……? 城勤めだったはずじゃ……?」
ダメだ、彼も混乱している。私は分かりやすく頭を抱えた。
ばばーん!




