第10話_むかしのへやはすてたのよ
「ここだよ、ミコおねーちゃん」
祝がブレステンポとでも言えるような楽し気で、かつ神々しく祝福してくれるような口調でミコの個室を指し示す。したらば素早く哉が動く。黒い腕をしまって今や自分の両手で“ファニータイム”の箱を抱えているミコをエスコートと言わんばかりに動き、ドアを開け、「ささ、どうぞ」とミコに道を譲る。そしてミコの背後からは「入って入って♪」と魚がミコの背中をさすりながら押してミコを個室内へと案内……もとい押し込め閉じ込めようとする。さすがのミコも神様たちに極楽トリオ相手に自分のペースを保つことはできなかった。されるがままに案内された個室へと入らされた。
そこがどんな場所かと言うと、一言でお節介と言えただろう。なにしろその部屋の内装は、ミコの人生一周目。まだ気象一族のレインを名乗る前に住んでいたあの家自分の部屋、そのままの配置になっていたのだから。一瞬タイムスリップかと疑ったほどだ。
そして同時に悪趣味との感想も抱くミコ。現在人生三周目の彼女にとって、一周目の頃の人生は、ゴミ歴史にしておきたい、捨ててしまいたい過去だったからだ。
「うわー懐かしい。8歳頃まで住んでた部屋そのままじゃないの。魚さんも哉ちゃんも祝ちゃんも、よくこんな悪ノリに乗りますねえ?」
「そりゃわたしたち神様は始末が悪いことで知られてますから。そして大事なことを付け加えて言うよ? ついでにわたしたち、後始末はしませんから」
魚の詞にミコは手で顔を覆ってげんなりする。まあ、どうせそういうことだろうとも薄々どころか結構あからさまに感じ取れていたのでそこに関して野暮なツッコミはしない。
だが、それならこっちもこっちで遠慮なく動くだけのこと。手で覆い隠したミコの口元がニヤリと悪そうな笑みを形作る。
「それじゃあ大掃除しないとね。がま口チャック、OPEN!」
ミコの宣言とともに影帽子外見上最大の特徴であるがま口チャックがずざざと開き、そこから黒い手が次々現れ部屋の調度品をどんどん拾っては口の中へ放り込み始めたのだ。
これには神様最大の神望神徳を持つ魚さんも唖然。声をかけようとしてくるが、ミコの方が35歩も上手。魚が行動に移るより先に全ての調度品を飲み込み完了。黒い手も全て引っ込めて、礼を失することのないように優雅に魚に向き直り、両手を開いてまっさらになった部屋を魅せる。
「これこそが今のわたしにふさわしい部屋の内装よ。荷物は全部ここの中。出したまま放置なんてしないんだな〜これが。それに、このなにもないまっさらまっしろな空間こそ、今のわたしの心そのもの。余計なお世話ごくろうさま。魚さん哉ちゃん祝ちゃん♪」
「ぷむ〜。環ちゃんや牙くんに葵ちゃん透ちゃん達他お世話好きなみんなの努力を『余計なお世話』で片付けるなんて。あいかわらずミコおねーちゃんはヒドいなー。人間とは思えない所業。すぐにチクりに行っちゃおーっと! 『ごくろうさま』って言ってたよって!」
「待って祝! あたしもいっしょに行くー!」
さすが俗世からかけ離れた神様。見当違いの行動で動こうとする祝とそれについていこうとする哉。師匠の魚も置き去りに、泣いているのか喜んでいるのかわからん表情で仲良く走り去っていく。残ったのは魚さんだけ。
その魚さんもしきりに開きっぱなしのドアをチラチラと覗き見。普段とは打って変わって実にそわそわと落ち着きのない様子。それだけ気にかけているのだろう。祝と哉、二人の愛弟子たちのことを。
ミコはそのことを最初出会った時から見透かしているので、手で追い払う仕草と一緒に言ってやった。
「魚さん、ここに案内してもらったんだからあなたももう用無しなんですよー。デッキはわたしが一人で作ります。絶対に魅せませんから。それともなんです? 愛弟子たちを放ってでもわたしをスパイしろと翠様から命じられているんですか?」
ミコの挑発的な詞。でも魚は気を悪くする風でもなく澄ました顔で返事をする。二人とも常識から外れた者同士だから、乱回転しても落ち着いてしまう。
「まさか。ミコちゃんには此処でひとりぼっち、ひとりきりで作業してもらうわよ。助けを求めても無駄だよーだ。付け加えておくと、ライフラインも一切禁止。そのルールブックとカードのテキストだけが、あなたに与えられたヒントだよ。ちゃんと熟読しておくことね。ルール違反は即敗北だから」
「上等。それくらい緊張感がないと闘いとも呼べないでしょう。じゃ、今からルールブック読み込むから、さささと出てってくださいね。早くしないと祝ちゃん哉ちゃんに追いつけなくなっちゃいますよ?」
「それはいやーん。じゃミコちゃん、わたし行くから」
「行ってらっさーい」
本気で常識が通じない者同士の、妙に噛み合ったコントのようなやりとり。そんな軽妙な小芝居を挟んでミコはあてがわれた個室でようやくひとりっきりになった。床にへたり込み、手に持っていた箱を横に置いてからう〜んと手を組み背伸びをし、すぅ〜と深呼吸をするミコ。うん、やっぱりこの『なにもなさ感』が心地好い。
その快楽に溺れてしまう前にミコはパチンと指を鳴らす。あのとき翠がしたように。
したらば当然起こることも同じ。物体操作術で箱の中身をなにもなくなった部屋の全面に展開させたのだ。上に。下に。右に。左に。そして前に後ろにと、ミコの全周を囲む壁をカードが覆いつくす。
そして一点開いた眼前白地の場所に、ルールブックが静かに置かれた。
「さてさて……犬が出るか猫が出るか、お手並み拝見と行きますか」
ミコは不敵な笑みを零しながらそう呟くと、“ファニータイム”のルールブックを開いた。




