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ミコの影帽子 夢心背話(ゆめうらせばなし)  作者: 心環一乃(ここのわ むの)
第9話 夭折した母の残した詞――思い出したいつかの誓い
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第9話_ノイマン家の花畑、家族が揃ったその奇跡

「ベアト……ベアトなのか?」

 キティと同様に声を聞いて振り向いたクェンティンが震える声で呟いた。同じく振り向いた兄アイズも目を見開いて驚愕している。こっちは声も出ないといった感じだ。気持ちはわかる。キティも同じだから。だって兄妹だもの。

 すると自らの棺に座るベアトは不敵に笑いながら返事を返して来た。

「そうよあなた、わたしは紛れもないベアトリクス=ノイマン本人。とは言ってもこの奇跡のフィールド上でしか存在できない代用体ね。この身体、光の粒を寄せ集めて作ったものだから。本当のわたしの身体はやっぱりこの棺の中で死んだ停まった眠ったまま。でもね、わたしが死んで以降あなたたちが起こしたノイマン家御家騒動のせいで、わたしの意識・霊魂・心といったものは心配で全然昇天できなかったのよ。そこにあのミコっていう娘が浄化して別ベクトルに向けて育てた新しい花畑が都合のいいことに成長するに従って突然変異を起こして奇跡要素を持つに至った。その奇跡要素の流れに保護されのっかかる形で、今わたしは貸し切った奇跡の場で仮初めの身体を得て、こうして家族と再会したって訳なのよ」

「お……お、おおベアト! 会いたかったぞおーっ!」

 ベアトの形をしたものが、紛れもないベアト本人だと認識した途端、クェンティンは涙に涎に笑みを浮かべるという実に気持ち悪く、見てられない顔でベアトに迫った、走っていった。目的は母様を抱きしめることね――キティにはその魂胆が透けて見えていたので、半ば諦め気味で諦観の構えだったが、光の身体を得たベアトは予想外の行動を取った。

 なんと上段回し蹴りでクェンティンの頭を蹴り飛ばしたのである。足で優雅に弧を描き、その勢いに身体を任せ、自分の棺から浮かぶように、踊るように芝生の上に立つベアト。

 一方側頭部にいい蹴りを貰ったクェンティンはものの見事に顔から地面にダイブ。とはいえ一応ノイマン家家長の意地なのか、受け身をとったようで、すぐに立ち上がってみせたのだけど。それもベアトの計算の内だったようだ。家族みんなと距離を取ったベアトはまず大きなため息をしてから、夫に対して話しかけた。

「あなた♪ いくら愛しいわたしが死んだからってあんな厚化粧を施されたわたしの身体でよくも好き勝手に遊んでくれましたわね。こっちが抵抗できないのをいいことに――何回も繰り返した子作りの時もいつだって奥手で照れ屋なあなたをわたしがリードしてあげたの、忘れたの? それがこの一月は随分積極的になったもんじゃない。あの娘――ミコはネクロフィリアって言っていたけど、あなたそっちの方が適性高かった訳?」

「そ、そそそ、そんなことはない! 俺はいつだってベアトのリードの方が気持ち良くなれた! だがお前は死んだじゃないか。そうなったら俺がリードするしか方法は……」

「いくら綺麗になったからって、子供二人を放ったらかして死姦行為に及んでいる時点で男失格だってことを言ってんのよ! あなたたちが知らないだけで昇天できずに現世に留まっていたわたしはちゃーんと見ていたんだからね! 育児放棄、許すまじ! アイズとキティを放ったらかしにしていたあなたなんて……もう死後離婚よ、死後離婚!」

 死後離婚とは婚姻関係にあった二人のうち一人が死んだとき、もう一人が「独身」の肩書きを得るために行う一方的な離婚手続のことである。この俗世では、再婚するにしても「既婚歴アリ」より「独身状態回復済み」の方が世間体がよろしいのだ。

 にしても、それをやるのは残された父様の方であって、滞留霊状態の母様では手続きどころかサインもできまい。だからキティは驚いた。まさか母様から縁切りを宣告するとは。しかも手続きは父様にやらせようという辺り、無茶苦茶ワガママ言ってるなーと心のホールでツッコんだ。どうやらこの一月で、母の愛も冷えきった模様。

 そして当然のようにそれを拒否る父クェンティン。必死に弁明を始めるのだが、今更何言っても無駄だろうという大勢の見方を覆し、意外な切り口で捲し立ててきた。

「育児放棄! 確かにそれは罪だろう。認めよう。責めも受けよう。だが俺にとってお前を失ったという事実は何を差し置いても優先されるべき悲しみだったんだよベアト! 忘れたのか? ノイマン家においてお前は太陽、俺は月がいいとこだった。太陽を失って俺は永遠の夜の中周りも見えずに苦悶し続けた。お前が死んでからずっとだ! わかるか、俺がお前の気持ちをわかっていないと言うのなら、逆も然り。滞留霊だからって見ているだけのお前にお前を失った俺の気持ちがわかるわけない! そんなときだったよ。伝承楽団の連中がお前の死体に死化粧を施した。太陽が再び現れた――そう感じたんだ。眩しすぎるくらいの光を放つ、俺にとっての、俺だけの太陽。それをちょっと愛でただけだ! 夫婦の愛っていうのはな、子供じゃ代わりにならないんだよ!」

 熱い熱弁。拳を握りしめ力説するクェンティン。その主張を聞かされたベアト、アイズ、キティも一定の理解を示す。そりゃ太陽とまで持ち上げる妻に先立たれたなら悲しいし、太陽を失ったら闇の中、道を見失うのも納得だ。でも。

「それって夫の、夫だけの論理でしてよ父様。父様の眼中にはわたしや兄様といった子供は星にも街灯にもならないのですか? 自分だけの夫としての立場でモノを仰っているので、家族でモノを考えるわたしと兄様、そして母様には言い訳にしか聞こえませんわ」

 キティの反駁。効果は覿面だった。クェンティンの顔が焦りの色を濃くし、反論できずに口をつぐむ。そこに追い討ちをかけるようにベアトが「キティのいう通りね。よく言ったわよ我が愛娘。わたしはそんなキティの味方」と、クェンティンの言い訳を聞いてもなお、対決姿勢を崩さぬことを表明したのでいよいよクェンティン、汗で顔がぐっしょりになった。しわくちゃの顔は一気に老け込んだ老人のよう。さらにベアトはクェンティンに詞を投げかける。

「あなた本当に忘れたの? お見合いで出会って結婚したはいいけど、親戚馬鹿達の反対を押し切ってこの土地買って、ここに花畑を作って暮らすって決めたとき、アイズを身ごもっていたわたしとあなたが交わしたあの誓いを」

「――っ!」

 ベアトの詞を聞いたクェンティンの顔がハッとなって変化する。どうやら妻の指摘に思い当たるフシがある模様。

 しばし時が停まる。それほどの沈黙と長考の後、クェンティンは記憶の台本を読み返すように喋り出した。

「この花畑がまだ更地だった時――君がアイズを身ごもっていた時、二人で並んで此処に立ち、君は宣言した。『わたしはここにわたしたち家族の宝物を作るのよ』と」

「そして続けてあなたにこう言ったはずよ。『だからあなた、守って頂戴。わたしを。そしてこれから生まれてくるわたしたちの子供たちを』って。違う?」

「違わない。記憶のテープはその通りの台詞を再生した……」クェンティンは震えている。それは、身震いしているとはちょっと違う感じの震え方だった。マンガっぽく擬音でいうならよくある「プルプル」じゃなくて「ワナ……ワナ」とか「ビリ……ビリ」と表現した方がしっくりくるような、そんな感じ。それはきっと父様の心にあるのが恐怖ではなく、大事なことを忘れていたことに対する後悔と自責の念からくるものだからだろうとキティには予想がついた。目を向けてみるとアイズも頷く。当然だ。二人はこの一月の間、ミコから本や親でもわからぬことを、色々教わったのだから。

「そうだ、そして俺は言ったんだ。『任せておけ! 俺の家族も家族の場所も、俺が絶対守りぬく!』って――」

「思い出してくれたのね、あなた……」

 初めてベアトがクェンティンの側に立って詞を発する。それと前後してクェンティンの顔色がまた変わる。さっきまでの覇気のない顔から一点、生気を取り戻したかのように逞しさ――いや、輝かしさを放つようになっていく。それは、母の死ぬ前、家族が4人でいた頃の父の顔。素顔じゃないかもしれないけど、父親としての威厳を持っていた、家族を支え守ってくれていた「父の顔」だった。

 ということは――とキティは内心予測する。そしてクェンティンは語り出す。キティとアイズとベアト、3人の方に向かって詞を投げかける。

「悪かった。ベアトを弄んだのも。キティとアイズを育児放棄したのも。全て俺の責任だ。俺はどうやら大事なことを忘れていたらしい。愛するベアトを失ったショックで、残っていた、そこにいた、一緒に生きていた家族も見失うほどに自分を見失っていたんだな……本当にすまない。だから俺は自分の意見はもう取り下げることにするよ。ベアトの埋葬についてはキティの言っていたようにリバムークを添えるのはやめよう。それでいいかい? ベアト」

 ミコに教わった詞を借りるなら、まさに憑き物が落ちたかのように今までとは真逆の台詞を吐くクェンティン。でもミコにこの一月、前もって教わっていたのでキティもアイズも驚かない。実はクェンティンは涙を流しているのだが、それでも驚かない。教わったから。

 さて、やっと真人間に戻ったクェンティンの提案。匙を投げられたベアトは快く了承した。

「ええ、わたしの昇天に道連れなんか必要ない。それがキティの可愛がっている花なら尚更のことね。わたしたちは運がいいわよ。なんせここにあるわたしの死体はこの奇跡の中で火葬でも埋葬でもなく光に還すことができるんだから。世間一般の葬儀よりよっぽど特別だと思わない?」

「ほう、この場で俺が死姦した君の身体は光になると……いいじゃないかベアト。君の言う通り特別な葬られ方だ。君に相応しく、かつ他のモノではまずできない奇跡の消葬、ならば尚更これが最後なんだな」

 そう告げるとクェンティンは一歩、駆け足、急ぎ足とどんどん速度を上げてベアトに向かって走り寄る。ベアトも動じることなく夫を待ち、そして二人は抱き合った。抱きしめ合った。目から恥じらいもなく涙を流し、最後の抱擁を堪能する。

 その光景をキティは落ち着き払ったを通り越して、冷めつつも生暖かい、適温視線で眺めていた。傍らのアイズも同じ目をしている。ミコに一月鍛えられてその目は価値眼に昇華されているからだろう。しかし心の内にあるのは、『よく子供の目の前でイチャイチャできるなこの両親』という思いだったが。

 幼い兄妹はこの一月のことからして、この抱擁はまだまだ続くのではと診ていたが、その予想はなぜか外れた。夫婦の熱い抱擁はなんとクェンティンの方から離れて終わったのだ。堪能しつくしたってことかしら――キティは小さな頭をリリリと働かせ、その推論に落ち着いた。事実この上なく満足した顔をしているクェンティンはその手でベアトの頬に触れ、高らかに宣言したのだ。

「ベアト、さようならだ。だが俺は君一筋、決して死後離婚なんてするもんか。再婚なんてもってのほかさ。これからは君の残してくれた宝物を大切に守り続けていくよ」

(わ〜素敵な台詞〜。とうとう父様も真人間に戻ったみたい〜。ミコ姉様、やりましたよ)

 キティは胸の中でミコの計画がほぼ達成されたことに対する感謝をこの場にいない最大の功労者であるミコに対して無音で行う。ただ、まだ完全に計画が成し遂げられたわけではない。そこのところをわからせるべく修正するべく、キティとアイズは遠慮なく次々に発言した。

「素敵なセリフですが父様、わたしも兄様もそしてここのお花畑も、父様の守りなんていりませんよ。やめてください。世迷い言は」

「そうそう、父上の助けなんて必要ないもんね。ボクたちは鍛えられたし。なにより父上を受け付けられない」

「なっ、なんだと! お前ら、親が折角善いこと言ったのにそれを台無しにすること言いやがって! 残された家族も花畑も俺抜きで管理できるものか! ベアト、お前からも言ってやってくれ」

 キティとアイズ、子供達兄妹の反逆ともとれる発言に、クェンティンは当然食って掛かり、子供とはいえ数で負けている事を理解しているのか妻ベアトに援護を求めた。実に真っ当な人間がするべき行動――キティは今の父がちゃんと真人間に戻ったんだと安堵する。

 が、なかったことにできない過失もある。その点を忘れて自分の都合のいいように進められるほど、世の中甘くはないって話だ。ベアトの詞がまさにその証左だった。

「あなた……悪いけどわたし、キティとアイズを支持するわ。あなたは此処にはいられない。しばらくトランスフェイクの町の方で熱り冷ましてらっしゃい。そうね、ざっと……キティ、何年くらい?」

「最低でも8年は反省してもらいますよ、父様。ご心配には及びません。ね、兄様」

「そうそう。父上が母上の死体に執着してペロペロしていたこの一月の間、ボクらは姉上からみっちり鍛え上げられたからね。そして姉上の花畑に対する方針はご存知の通り、ありのまま。父上の考えているような仕事が入り込む余地なんてないんだなーこれが」

 平然と、素で答えるキティとアイズ。しかもその前にはベアトの前置き。孤立無援の行き詰まり、進退窮まったクェンティンはそれでも「ぐぅぅ」と唸りながら時間を引き延ばそうとする。ようやく絞り出した詞が「お前ら、ノイマン家があの余所者女に改造されてもいいってのか」という意思確認。しかし言わずもがななこと。キティもアイズも変わったのだ。この一月で。あの仮初めの姉――ミコ=R=フローレセンスと共に暮らして。

「ええ。姉様の教えてくれた生き方の方が楽しそうですもの」

「そうだね。キティに3票」

「わたしは31票。三人合わせて35票ね。決まりよ、あなた」

「うぐ……」

「諦めが悪いわねー。この一月であなたが犯した過失行為、その全てを今から守ることでチャラにできるとでも思ってたの? 甘いのよ。こういうのは時間で解決させないと。そう教わったんでしょ、キティ?」

「うん。ミコ姉様にはこの一月、散々鍛えられ色々教え込まれたんです。その教え込まれた中にあったのが『ほとぼりの冷まし方』。曰く、『ああいう場面を見てしまったショックは時間をかけて癒すしかない』とのことですってよ父様。父様がひとり反省するのはもちろん、わたしたちがああいうのを知って慣れて免疫つければ、ようやくわだかまりも解消というわけです。そのための8年。さらに姉様、世話はダメだけど種を植えるのはOKって言っていますからね。これからここの花畑はわたしと兄様が色んな種を蒔いて咲けよ花よとプロデュース。その結果を見せるまでに、やはり8年はほしいのですよ」

 ベアトに指摘された言い逃れようのない事実に加え、キティたちが覗かせた自信。

 今度こそ万事休す。クェンティンも両手を上げて謝意と降参を表明する。悪あがきと抵抗しておきながらも、物事が決まったと悟るや大人しく負けを認める潔さ。本当に真人間の父に戻ったんだ――キティとアイズは目を合わせ、こつんと手の甲を合わせて小さく笑い合う。これにてノイマン家再生計画は完了である。あの日ミコから聞かされたときにはなんと無謀な試みと疑っていたが、トランスフェイクの町の連中への勝負を始め、この一月ミコと過ごして心配は興奮へと変わっていった。ちゃんと家族の和を取り戻せる――こんな光景が見られるような気がする。そんな感じのテンションでやってきたのだ。まあ、キティのワガママに加えなんか知らないけど突然起こった奇跡でもって死んだ母とも再会したりとサプライズもありまくりだったが、そんなこともこうして計画通り、いや計画以上の絵が見られたことを思えばとりあえずは一安心。この胸を満たすのは、さわやかな風が通り過ぎていくのを肌で感じるような、この上ない気持ち良さなのだ。

 そうしてようやくみんなが奇跡の風景を眺める余裕ができるところまで落ち着いた頃合いで、ベアトの詞が奇跡の終わりと別れを知らせる。

「これで一件落着ね。この花の奇跡ももう終わるわ。ここにあるわたしの死体も奇跡終了と一緒に光になって消える。あなたはこれから町のアジトで8年間過ごすこと。でもキティとアイズのSOSがあったらすぐ駆けつけるのよ。離れていても繋がっている、それが家族というものだからね。それじゃ……バイバイ」

 そう言ったベアトの目にはうっすらと涙が溜まっていた。その表情の意味するところをキティたち三人が知るより早く、そのときはやってきた。空間を明るく満たしていた光の粒がどこへともなく消えていく。黄金色の光が破れるように砕けてく。それは紛れもない、奇跡の終了。

 同時にベアトの本当の身体、死体が入っていた棺もまた本当に光に融けるように消え始めていた。そこまで見てキティは二度目の「別れ」が来たことを察し、受け入れた。

 手を振ってくれる母様に、キティたちも手を振り返した。それだけで心と心が通じ合う。

 それを実感すると、死に別れてもやっぱりわたしたち家族なんだなあと思える。キティはこの奇跡を起こしてくれたものに心の底から感謝した。

 奇跡を為していた光が弾けたのは、それからすぐのことだった……。

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