第9話_ノイマン家の花畑、再生作業に入りました
ミコ=R=フローレセンスと出会い、母の死後飢えていたところを助けてもらったキティ=ノイマン。出会った日に空腹の危機を助けられた。それだけにとどまらずミコはあれこれ世話を焼き、あまつでさえ父クェンティンが手に入れられなかった花リバムークの種まで提供してくれた(まあプロトタイプ……だが)。そしてしばらく厄介になる、姉妹ごっこをやってあげると言ってくれたミコが提示したノイマン家再生計画。幼いキティと兄アイズの目から見ても実に至れり尽くせりだと思ったその内容の最後で最初、町の人々への名誉回復を掛けた勝負を挑むという項目は余りにも無謀だし余りだけに余計だと思った。確かにクェエンティンの育児放棄にアイズのドジで町一番の資産家だったノイマン家の評判は地に落ち池に落ち奈落に墜ちたが、そもそも大事なのは小さなひとつのノイマン家という家族であり、町での評判など二の次。わざわざ町の人々までゴタゴタに巻き込む必要はないんじゃないかとノイマン兄妹は思っていたのだが、姉に興じたミコは仮の妹、弟の詞にも全く少しも耳を貸さず、勝手にささっと勝負を決めてしまったのである。決まった内容は相手115,115人に三人で挑む三本勝負。もはや玉砕死にに行くのかと思っていたのだが……。
結果は、三本総取りこちらの圧勝完勝大勝利。
町に勝負を吹っかけたミコの無茶苦茶な挑戦は見事実を結び、目論見通り町の人々のノイマン家への評価はV字回復したのである。115,115人総土下座など、キティははじめて見たものだ。街中を埋め尽くす土下座の光景は壮観や快感というより、震撼する類のものだったが。
3本勝負、『千畳大広間枕投げ合戦』、『町内大かくれんぼ大会』、『持久走料理対決』で町民たちをことごとく消耗疲弊させた後、最後の料理対決で作った料理を「ノイマン家秘伝の味」と平気で嘯いて恵むという戦略を採ったミコ。それも含めて、全ての対決の過程で魅せた影帽子の機能も臨機応変変幻自在な戦術も全部圧巻だった。それらが総合的に絡まり合い、あの光景に繋がったわけである。それが前日の話。
そして翌日今日の午前、勝負前からミコが使った影の秘術、焼却影炎で燃やし始めていた母ベアトリクスをも死なせた病源花たちは、ミコが放った黒い炎によってようやく元素レベルで分解され、無害な無機物へと還元されたのだった。実は前日勝負を終えてノイマン家屋敷に帰ってきてから今日になるまでの夜、雨が降っていたのだが、ミコの黒い炎は雨に濡れても消えることなく、影のもとを象る病んだ花々を跡形もなく消し去るまでただただ燃え続けていたのだ。ミコ曰く、黒いから寝るときも気にならないとのことだが、キティはそんなこと思ってもいなかった。やはりミコと自分たちとでは“基盤”と“構造”が違う模様だと、ミコと一緒に寝る間際、思い知らされたものだ。
そして再び今日の話。屋敷の木々に夜中の雨の雫が滴る中、雲が空を灰色に隠す丘、ノイマン家が誇った花畑は完全に焦土と化した。そう、焼畑後の畑みたいに。
そこには草ひとつ残っていない。あるのは火傷を負った裸の土だけ。母を死なせた病気持ちの花は花、葉、茎、そして根に至るまでミコの黒い炎に焼却分解され、毒も持てないミクロな元素とされ、炎の発する熱と少々気流に乗って、もうここからいなくなってしまったのだ。その事実をミコから聞かされたとき、キティは複雑な思いを持った。母お殺した直接要因である病原菌が消えて清々したと思うのと同時に、理由はわからないが一抹の寂しさも覚えたのだ。きっと世間知らずの子供特有のモノだろう――キティはそれ以上考えることをやめた。
だって姉であるミコが、「早速作業をやるわよー」と号令をかけたから。
そしてキティとアイズを置いて、ひとり悠々当然のように焼けた大地へと足を踏み入れてしまっていたから。
「あっ、姉様。待ってー」「姉上、ボクを置いてかないでくださいよ!」
キティとアイズも我先にと焼けた野原に足を踏み出す。ほぼ一日中燃えていたので乾燥カチカチの踏み心地かと思いきや、夜中降っていた雨の影響で土は程よくしっとりしており、踏み出すごとに土は凹み、足跡を残す。そう、例えるなら純白の雪原や霜を踏んでいる感触にこれは近かった。おおっ……というちょっとした驚きとともに、思わず足元の焼土を覗き込むキティ。赤黒く色を変えた土はまるで冷えた溶岩みたいで、それを踏み砕く感触が溶岩など図鑑でしか知らないキティには初体験でおもしろかった。気付けばその場で立ち止まり、何度もその場の土を踏みしめる。地ならしでもあるまいて。
そんなキティの脱線行動、結構長くつづいていた。なぜか――?
もう遠い場所ベストポジションに辿り着いていたミコが、見ているだけ見守っているだけで全く声を描けなかったからだ!
キティがそれに気付いたのは、相当かなり後のこと。土踏みに熱中しつつもマンネリを覚えてきた頃、ふと自分の熱中ぶりとは明らかに温度差のある、生暖かい視線を感じたので頭を持ち上げ見上げてみると――ミコの視線が注がれていた。というわけである。
そのとき少女が感じたのは、横道にそれた心配に対する後悔ではなく、原因不明の恥ずかしさだった。それに伴い発した熱は、さっきまでの土踏みに対する熱など比べ物にならない高温。なんせ顔が一瞬で赤くゆで上がってしまったのだから。
赤面した顔で視認したのはなにもミコ姉様だけじゃない。自分同様焼土踏みに興じ、そのうえまだミコの視線にも気付いてない素朴すぎて純粋すぎる単純で幼稚な兄の姿。この場三人の全体像を把握したキティは、ますます真っ赤になっていく。もう、火が出るくらい恥ずかしい。だから行動は速かった。
純朴すぎる兄の頬にストレートパンチをお見舞いすると、その首根っこを引きずって、ミコのもとへと全力疾走。なにもわかってないバカ兄を連れて、保護者になっている姉のもとへと。
辿り着いたときにはもうへとへとで、肩で息をする有様だったが、そんなキティをミコは優しく抱きしめる。
「あらあら、そんなに急いで……疲れたでしょう、癒してあげる」
(いや、急がせたのは姉様で……はぁ〜もうどうでもいいかぁ〜)
キティは上述の詞を声に出して台詞とし反論反撃したかったところだったが、昨日同様ミコの胸に顔をうずめられてしまい、そのふくよかであたたかく、なにより気持ちいい&心地いい感覚に完全にふやけてしまい、文句など言えない状態になっていた。籠絡されたと言われればそれまでであるが、しかたない。だって本当にホッとするのだから。もういっそ死んでもいいくらい。
「あっ、キティズルい! ボクも姉上に抱かれたいよ。大体姉上もヒドいよ。お風呂も寝るときもボクを除け者にして! 差別反対! 男女平等を主張する!」
やっぱ昇天するわけにはいかないか――キティは極楽気分に浸りつつもぐいと後ろ髪を引かれた気分にもなった。このバカ兄を残しては死ねないわ。賢妹キティは生きることを選んだ。
かといってこのバカ兄を説得しようだなんて、これっぽっちも思わない。それはミコに丸投げするのが、賢い妹クオリティ。
そんなキティの思考が多分電波で伝わったのだろう。間を置かずにミコはアイズに男女区別の大義を説く。
「あのね、アイズ。君は立派な男の子。いくら姉弟ごっこに興じている仲とは言え、キティとあなたを同列に扱うわけにはいかないのよ。それはね、君がとても初心で染めがいのある無垢な男の子だからイケナイの。一度でも一緒にお風呂に入ったり一緒に寝たりしちゃったら……きっとわたし、自分を抑えきれなくなる。起きてても寝ててもあなたに首ったけ。そうなったらマズいから、距離を置いてるわけなのよ。わかる? 君はそれほど女殺しの素質を持ってる。まだ荒削りだけど価値は消えない。立派な宝石なのよ」
「姉上……」
ミコの見事なほめ殺し説得に、アイズも納得したような素振りを見せる。我が兄ながらホント単純だとキティは呆れを通り越して感心してしまう。まあ、自慢の兄でもあるのでミコが兄の『男(漢)』を褒めたことはちょっぴり嬉しかったりもしたが、それよりもなによりも、9歳の少年相手にそこを攻めるというのがスゴい。大人の女性ならではの御業だろう。下手すれば自分が少年相手に劣情を催す変態と認識されかねないリスクさえあったはずだ。それを知りつつあえてやり、しかも賭けに勝つ手腕。アイズの単純さを見抜き、深読みさせずに自分たちは清純な乙女と健全な男子とのイメージを植え付け、だからこそ清い関係が必要だと摺り込ませたミコの手練手管は有能を通り越して超能力と言って差し支えない気がキティにはした。マジでしびれた。震えました。
勿論ミコの説得内容がほとんど嘘偽りだということもキティにはわかっていた。それは兄アイズとは違い、一緒にお風呂に入り、一緒のベッドで寝た、裸の付合いもなにもかも体験した経験者だからわかること。ミコは少年相手に裸を魅せるくらいどうってことないと思っている方の人種なのだ。ではなぜアイズを隔離したのか?――多分めんどくさかったからだろうというのがホントのところ。姉妹ごっこに興じているとは言え、それまで一人旅に興じていた女性がいきなり二人の迷える子羊を1から100まで全部世話できるはずもない。ましてや自分たちは介護を受けるような障害持ちでも病気持ちでもないのだから。ただの窮地持ち。それは十二分に助けてもらった。あとは最低限の世話だけするよ――そういうことなのだろう、ミコの真意。アイズは兄だ。ゆえに妹である自分をいざというときには世話したり導いたりする立場になる。あえて突き放しているのはそのための修行。自立を促すためのミコなりの教育である。キティとアイズは同じ境遇同じ血を分けた兄妹、でも決して同じではない――つまりはそういう結論。
それに、アイズに責め立てられる状況も解消された。ミコは抱きしめていたキティを引き剥がしたのだ。名残惜しい気を抱えつつもキティは大人しく従った。もう十分とも思っていたし、これ以上本題を外れるのはどうかという思考が心を律したのだ。ナイス自分。
キティがミコから離れて、三人家族が焼土の中立っている。そこからミコは影帽子のがま口チャックを開き、中からたくさんの黒い腕、そして昨日トランスフェイクの町で入手していた芝とシロツメグサの種が入った袋など、荷物一式を取り出した。
そのなかにはもちろん、メインであるリバムーク・プロトタイプの種の袋もあった。
「わたしは急いでないけれど……頃合い逃すは勿体無いってね。さあ、いよいよ始めるわよ。わたしの黒い腕と黒い足達に遠くの方の芝植えはやらせるから、キティとアイズはここでシロツメグサとリバムーク・プロトタイプの種を蒔いてね」
「は〜い」キティとアイズは半分ずつシロツメグサとリバムーク・プロトタイプの種を受け取り(もっとも、リバムークの種は19個なのでキティ10個アイズ9個だった)、ミコから軍手を受け取って、準備を整えた後、ミコの足元にひとつひとつ、種を植え始めた。一方のミコは影の秘術で作った黒い腕・手で大量の芝を遠く近くとこれまた大量に展開している黒い足で踏みつけ地ならししていた。結構広い花畑なのだが、瞬く間に芝が設置され、面積の大半を埋め尽くしていく。これこそがミコの決断だった。メインとなる花、リバムーク・プロトタイプの種は19粒しかない。それを引き立たせるために、花畑全体の99.96%もの面積は花ではなく草、芝を植えるというこの決断。昨日の勝負が終わった後、買い出しに付き合わされた最中聞かされたキティとアイズは驚いたものだ。だって一面花で溢れかえっていた、その美からくるりと曲がって方向転換し、花は一種。多くとも二種と決めてささやかな引き立て役にとシロツメグサを買った。他全部芝。それが昨日の話。
よくもまあこれだけの面積を埋め尽くす芝を買えたもんだと思ったり、ミコのやはり余所者他人姉様由来のノイマン家のしきたりに縛られない自由な発想に困惑したりもしたのだけれど……一方で悪くない選択、それもありかとキティとアイズは目を見合わせて頷き合った。これも昨日の話。
なんせメインたるリバムーク・プロトタイプは19粒しかないのである。ひとつの種から3〜4個の花が咲くだろうかというレベル。うちの花畑の面積からすれば……どうにも寂しい量である。
「もし周りも綺麗な花にしちゃったらきっとリバムークの美しさが霞んじゃうってお姉ちゃんは思うのよ。それだけ他の花にだって美しさがある華がある。なので、圧倒的少数派であるリバムークを一目瞭然と分からせるために、周りは芝にするわよ。添えるのは善くてシロツメグサまでね。はい、決定」
ミコのそんな詞がキティの頭に甦る。目を閉じて再生したミコの声はまるで歌のように心地良い。
(さて……わたしもやらないと!)
思いだし作業で身体を休めていたキティは昨日とは違うガーデニングドレスのスカートをミコから貰った軍手を嵌めた手でパパンと払うと、ミコの作業に夢中になっているバカ兄に一発軽く蹴りを入れて、ついでに詞もかけてやった。
「兄様、リバムークの種蒔き、やりますわよ。姉様の傍で。姉様の見守ってくれている中で」
バカ兄のリアクションを見ることもせず、キティはその場の焼土にぺたんとしゃがみ腰を落とすと、ミコから拝領したリバムーク・プロトタイプの種10粒を取り出して1個1個指で土を指し、窪みを作っては埋め始めた。子供の指が作る深さの穴に、瑠璃色の種を零していくのだ。綺麗に咲いてねという願いを込めて――。
キティの行動を見てようやくアイズもバカ兄から愛しい兄様へとスイッチを変えて、女の子顔負けの慈愛に満ちた眼差しで種を埋め始めた。田園男子の本領発揮である。
しかし、なんせ与えられた種の数は、キティとアイズを合わせても19粒。ミコが芝を設置しなかったミコの周囲にちょびちょび種蒔きしていても、あっという間に終わってしまった。ミコの足元を中心にミコの目が見守る中でリバムーク・プロトタイプもシロツメグサも、全部蒔き終わってしまった。ミコはその様子をちゃんと観察しており、種を蒔いた場所以外の残る隙間にも芝をトントン設置する。まるで城を守る堀や垣のように。
それは芝でもって花を守る、ひとつの陣形だった。その感想を思ったままにキティが口にすると、ミコは顔の輪郭さえあやふやにするように柔らかく微笑んで、キティの頭を撫でてくれた。
「そうね、キティの言う通り。これは陣形。花を守る草の守護神。これだけ周りを芝で覆いつくせばきっとリバムークもシロツメグサも綺麗な花を咲かせるでしょう。さ、これで作業はお終いね。帰りましょう、わたしたちの家に。今日はクッキー作り教えてあげるわ」
あっさりあっぱれあっけらかんとしたミコのガーデニング終了コール。本当にこれで終わりにしていいのか――キティはあまりにも早く、かつ簡単に終わってしまったガーデニング作業に一言もの申すことはないかと内省してみるが、そんなものは露程も見えず聞こえず見当たらず。きっと母ベアトに付き合わされた頃のガーデニングとは違うタイプのものなのだろう――キティはそう自分を納得させて、既に兄妹放ったらかしで家に足取り向けていたミコの背中を兄共々追っかけて、その腕に抱きついた。珍しく不満げな表情を見せるミコに、「姉妹ごっこだからいいんです」とキティは断言して、ミコの体勢を崩すことも厭わず繋いだ手をブンブン振り回し帰り道の主導権を握る。少しでも長くミコと姉妹でいたいから。ミコとの思い出がほしいから……。キティを動かしている動機とはそんなものだった。だってこれは姉妹ごっこ。期間限定の上カウントダウンはもう始まっているのだ。本当の家族並みに愛せるミコとの思い出を。もっともっとと願うのは、無垢な少女の素直な願いだった。
やがてミコも観念したのか、それともキティの想いが伝わったのか、キティのリードに従ってくれた。ちなみに、反対側で同じ行動に走ろうとしたアイズのことは番犬のごとく牽制して寄せ付けない。徹底した姉妹の絆がそこにあった。
笑う妹泣く兄貴。姉を得た者取り損ねた者。ミコという大きな存在は実の兄妹でさえ的にしてしまう魅力を持っているのである。
そんな悲喜交々を織り交ぜ繰り広げながら、三人はノイマン家屋敷へと帰っていった。




