第6話_神様達の敗北(エレーヌ編)
メビウス・ラウンズ2階の大規模店舗、家電売場。
チケットらしき術を使って其処に跳んだ自然学派の女を負かすべく、あの会見の場にいなかった三人の神様が向かっていた。
爆発の神、哲=ヘヴィワーク。
節目の神、茂=エマージェンシィ。
そしてかつて偽名で縁結びの町イトムラサキに追いかけに現れた粋の神、希=ニックネーム。
三名は正直全員が戦闘向きとは言えない。希なら未だしも、茂は足手纏いの領域だ。
故に陣は予見の利く茂を後方に、空間爆発で対象を焼きつくせる哲と騙し討ちを得意とする希が女学者と闘う格好だ。
「まどろっこしいわね。この家電群、邪魔で邪魔でしょうがない。哲」
「任せな。そらよ」
そう答えて哲が右手を翳すと、其の手を向けられた領域の空間が炸裂し、其処に在った家電製品を吹き飛ばした。だが、此処で神様達は奇妙な現実に出くわす。哲は隠れる場所など微塵も残すまいと、家電販売売場を全て吹っ飛ばしたつもりだったのだが、実際には手を出した右手側だけが爆散しており、左手側の領域は全く無傷で残っていた。明らかな違和感と人の手による干渉――哲も希も茂も理解した。「どこにいるかは知らないが、いることだけはわかった」と。
「どう読む?」希が訊くと後ろから茂の予言が届く。
「向こうはこちらの出方をうかがっているようだよ。景気付けにもう一発やっちゃいな」
「ならやるか……」哲が左手も前に出し、両手で爆破の音頭を取ろうとした。そう、そのはずだったのだが……。
次の瞬間起こったのは、想像外の現実。爆散したのは哲の腕で、さらに床下から散弾が一斉に3名の身体を貫通したのだ。あまりにも急な敵の仕掛けに、痛みも遅れてやってくる。
「痛ぅ……」下から身体を穴だらけにされた希はそのダメージに狼狽えながらも、取られていない設計図の効力で急速に快復し、粋の神として、欺瞞を得意とする神として、一計を案じ、取り敢えずその場から離脱した。前線に残されたのは快復に手間取っていた哲だけとなる。膝をつき、全身の穴だけでなく、失った両腕を再構築するのには希以上の時間がかかった。すると其処に現れた、役者じみた衣装を着た、自然学派の女学者。
彼女は散弾銃を降ろすなり、無条件降伏を突き付けてきた。
「もう終わりです、なんてね。ミコから対処法を言付かってきたから、その傷は神をも脅かす毒素の塊。もう手遅れです、なんてね」
「いいえ! 騙されてはいけません、軍師様!」
女の宣告に対抗するように声を上げたのは、今駆けつけた風という感じの女神――紛れもない希の姿。しかし彼女は見られてないであろう事実を逆手に取って、こんな虚言を宣った。
「私は62体いる神の一角にして、粋の神希=ニックネームの姉、医療の神薬=サウザンドリーフです。どうか其の手を止めてください。私はこの闘いの外にいる非戦派。でも妹が、仲間達が心配で……魚様の言付けを破って此処に馳せ参じた次第。するとやはり目撃したのは愛しい希と哲、茂の痛々しい負傷姿。無論わたしは姉ですから真先に希を治療し、遠くへと退避させました。残る茂と哲も治療してやりたいのです。お願いします!」
土下座までして頼む希。騙すためなら己の傲慢もなんのその、彼女にとっては騙しを仕掛けて其れを見破られる事こそが何よりの屈辱、そして傷なのだ。
が。
目の前の自然学派の女は「いいえ、貴女の出番はここまでです」と役者ぶった台詞を吐き、「ミコから貰ったこの片眼鏡で、貴女の正体バレているんですよ。希=ニックネーム」と希の正体を見抜いた発言をして今度は近接戦用に十手を二本取り出して希の頭蓋目掛けて突き刺してきた。
希は背を逸らし、後ろに手を着け身体を回転させる事で非難し、最小限の被害に留める。
しかし其の顔は、攻撃を躱した安堵より嘘を見破られた苦悶と憤怒の方が勝っていた。
「成る程ね。因果律や時間軸に谷の特殊加護で断層を作る事で起こるべき事象の因果線を幾重にも分岐させ、有り得ない可能性との未来線を繋げてしまう。それがあんたの得意技か……ならこっちも形振り構ってられないわね! 宣告する。わたしたちが受ける負傷は全て作用反作用の法則を無視してあんたに跳ね返る。嘘だと思うなら信じなくていいよ」
希の突拍子もない内容の反撃発言、聞かされた女は理解に苦しむ顔をして、十手を散弾銃二丁に持ち替え断層を発生させた床下斜めに発射した。散弾は床面に音越えの速度でぶつかった後、なぜかそのまま反射して、また希、哲、茂の身体を、今度は正面から撃ち抜いた。すると打った側からも血飛沫を吐く音。正に希の言った嘘の通り、神様達に当てた傷が、攻撃手本人である自然学派の女学者へと戻ってしまっていたのである。もっとも希達も受けた傷は治さなくてはいけないので、双方痛み分けだが――。
と、思うのは大間違い。負傷しても設計図の効力で即時快復が可能な神様達は治癒速度で圧倒的優位だし、抑この戦況は神様3名に対して攻撃してくる女はたった一人。つまり3名相手の攻撃を一人で食らう事を強いられる訳だ。しかも相手が攻撃をやめてくれればこちらは哲の空間爆破で攻め立てられる。詰んだ――希勝ちを確信した時。
「おっと! そうはいかないわよ。わたしに見逃された嘘吐きさん」
振り向くと、上空に黒いレールに黒い歯車そして何より黒い影帽子。ミコ=R=フローレセンスがそこにいた。
「えっ! ミコ? 早い! 扉と羽と羅、取られかった組屈指の実力者達をもう負かしたの?」
「希、わたしにとっては盗んだ相手がどうとかなんて関係ないわ。ただ、おおまかの神様は役者不足。それだけよ」
きぃ〜と怒り心頭の表情を見せる希。勝負に負け、盗まれるはずだったのに盗まれずに見逃されたという神様仲間でも唯一の例。あれが何れだけ自分にとって屈辱だったが。其れを蒸し返され希の寛容は0になる。
「哲! もう腕も治ったでしょ。最大爆破よ。この家電売場全部吹っ飛ばしなさい!」
実際腕を再構成させていた哲が頷くより早く、ミコは動いた。こっちへ向かって突進してきたのだ。すれ違いざまに呑気な茂に一撃加えて動きを鈍らせると、希と哲を飛び越え、其の先にいた自然学派の女を抱えて自ら家電製品の溢れる売場内に乗り込んだのだ。戯れに影帽子から葉巻に火をつけて放り投げていが、其れが何を意味するかなんて些細な問題。今哲は能力の負荷を全開にして爆破できるし、万が一此方が負傷しても、今は希の神業、“嘘から出た実”で全部3名分二人に押し付けられる。比率でも有利だ。
なので、意気揚々得意満面に哲も最大出力で空間爆破を施した。途端、家電売場から商品は消えた。スプリンクラーが水を撒く中、黒煙と配電の特徴的な音が静かな現場に木霊する。
と、事態は急変する。スプリンクラーから鎮火の為に撒かれていた水滴が一斉に方向を変え、希、茂、哲に飛礫のように当たりに来る。ミコの使う密室用雨、それなりの痛さを覚悟して受け止めきった3名は、粉塵と黒煙を掻き分け姿を見せたミコと自然学派の女を見据える。只只鋭利な、鋭い目で。
次の瞬間、自然学派の女が動いた、床面に谷らしき断層を張り、其処目掛けて散弾銃を再度発射したのである。無駄な足掻き――そう思っていた。
が、其れは大間違い。散弾銃は着弾と同時に電流を発したのだ。放雷弾――そう理解した時にはもう遅い、ミコの密室用雨とスプリンクラーの消火散布で水浸しになっていた床面を、電流が地を這う雷のように襲いかかり、希、哲、茂の3名を猛烈に感電させたのだ。皮が焦げる程の電気の過反応、当然身体は沈黙する。悠々と歩いて来るミコと女。何故か希の嘘は効いていないようだった。其の事実が、認識が、苦しみ藻掻く希の意識を苛立たせ、要らぬ負けん気を起こさせる。
だから既に死んだも同然、ピクリとも動かない薫製と化した仲間も無視し、希は一人這いつくばりながらも必死に首を持ち上げて、丁度視線の先に顔が捉えられる処で停まっていたミコと女に焼け焦げ変わり果てた声で憎悪の詞を吐き出した。
「どういうことよ。なんで私の嘘が実にならないの? 先まで確かに発動していたのに……」
「それがいつまでも続くもの……と思っているのが、あなたの限界よ、希」希の問いにミコはそう答え、影帽子のがま口チャックから黒い腕を二本取り出す。一本は希の首根っ子を掴んで倒れていた希の身体を持ち上げた。そしてもう一本の腕――元い手は、希の右腕を掴んで、希自身に其の腕を見せるように向けてきた。其れで希は原因を察し、一層の悔しさに見舞われる。
「雨紋刻印!――あのスプリンクラーの水滴は密室用雨だけじゃなく、雨を当てて、其れで証印を刻む為のものだった……げふぇっ! ゔっ……成る程、確かに今回も化かし合いはわたしの、負けの……ようね」
「そういうこと。さっきの雨紋刻印であなたの神業封じと今日一日での再起不能のまじないを施した」
「奇しくもわたしの切札には放雷弾があったのよ。ミコの援護とそちらさんの……えーと、そうだ哲だ、哲が起こした爆破でスプリンクラーの水が撒かれれば一撃必殺の公算は立てられたけど貴女の神業が厄介でした。3名分のダメージを押し付けられたらわたしはオーバーキルで死ぬ。でもミコが合流して助力してくれたからこの攻撃に打って出れたんです。ちなみにわたしたち自身への雷撃防御もミコの雨装活化ですよ。わたしが『因果の断層』を張ったのは攻撃のためだけ、楽しすぎ? そうかもしれませんね」
そう言って談笑し合うミコと自然学派の女の話も、聞かされている(主観)希からすれば苛立ちに火を注ぐガソリンでしかない。首まで締め上げられたこの状況で、何を感じろというのか。
だからさっさと言ってやった「終わらせてよ」と。
其れが勝負に負けた者への、剰え神様でも共通の、敗北者への労いだろうと。
そう、思っていたのに――。
「ふん!」ミコは腕を掴ませていた黒い手で希の手をへし折ると、残る首を掴んでいた黒い腕を振り回し、希の身体を直ぐ近くの売り物にも使い物にもならなくなった家電製品のゴミの山へと放り投げた。隣にいた自然学派の女も吃驚したという顔をする。希も気持ちは同じだ。いや、捨てられた当人の抱く気持ちはより深刻だ。なにせ腕を折られた際、雨紋刻印に細工がされたようで、痛みもあいまって暫く意識が消えそうになかったのだ。それはつまり、希が望んだ闘いの決着の、全面否定。
「ミコ、あんた……」
ガラクタを背景に希が今にも掻き消えそうな声で訴えるが、ミコは訊き入ることもせず、勝手に喋り出した。
「希との化かし合い、楽しかったわよ。“嘘から出た実”も実にいい神の業だしね。でも悲しいかな、あなたはそれを活かしきれてない。言い換えるとまだまだ伸びる余地があるのよ。それさえできれば間違いなく神様61名の中のトップ10に入れる程にね。だから――」
また見逃してあげる――この女は、そう宣ったのだ。
それが、それこそがこの希=ニックネームにとってどれほど悔しく、屈辱なのか。声を大にして叫びたかったが、そうしようとした途端、時間を計っていたかのように声が出なくなった。その様を眺めていたミコは「これで9、10、11人目。一緒に行くわよエレーヌ。捕まって」と言い、あの黒いレールと黒い歯車でここからさっさといなくなったのだ。
残された3名の神様の残骸。内意識もないのは2名。残る希=ニックネームだけは、動けず傷を追いながらも、意識だけは、はっきり保っていた。
だが其の心中は、消して穏やかなものではない。怒りと憤怒に満ちた、不穏極まる激情が噴火する。声の出せない身体を無視し、心の中で心底恨む。
(畜生、畜生、ちくしょおぉぉ! ミコの奴、また私を素通りして! 絶対強くなってやる。強くなって、見返してやる……)
そう決意する希の目には、一点の塵さえない、澄んだ涙が溢れていた。




