第6話_0÷0が示すもの→開戦&神様達の敗北(ミコ編)
栄華会館地上1階に到着し、エントランスホールから外に出たミコ、ウィンド、カーレント、コスモス、スイートピー、カトレア、エレーヌの七人。花の都ガデニアは17のゾーンで分けられている上、各ゾーンに自然公園配備の義務がなされている。高層ビルの立ち並ぶオフィス街などもあるにはあるが、この都に「空が小さい」という表現は似合わない。三千世界に散らばる星は十方世界の夜空を彩る。満天の星天が、明りの消えた都で穏やかな道標となっていた。
そんな星空を見上げるミコ達。皆思い思いの感情に浸って空に瞬く遠い星を見つめている。それが二分ほど続いただろうか、一団を率いるべき立場にあるミコが、「それじゃ、行くわよ」と帽子で空に輝く星達から自分の顔を隠し、足で道を蹴り駆け出した。
エレーヌ達もそれに続く。決して見失わないように。同速――若しくはそれ以上のスピードでもって。それでも集団の先頭を走るのは、行き先を知っているミコでしかなかったが。
そのことをエレーヌが指摘したのはちょうどゾーン1を抜けたあたりだった。ガデニアのどこに行くのか、流石に気になりはじめていたから。
「ねえミコ、今更だけど教えてもらっていい? これからわたしたちが向かう場所――あの暗号文が指し示していた場所はどこなの? ひょっとして天国、なんてね」
いつも通りの自然体を崩さず語るエレーヌの軽口じみた質問。場の空気を悪くしないようにとの年長なりの配慮であった。一応効果はあったようで、ミコも溜息混じりだったが答えてくれた。
「そうね。教えてあげましょうか。そもそも数学で数を0で割ることがタブーなのはどうしてかわかる? カトレア」
「えっ、除算は乗算と蜜月関係にあるからでしょう? ○÷△=□(式①)だったら、同時に○=□×△(式②)でなければいけないというのが数学の基本。ここで△が0の場合、式②に当てはめると○=□×0。右辺の計算結果は0になり、左辺が0以外であった場合辻褄が合わなくなり、答えは『全然ない』になりますね」
「そーだねー。さらに○も0だった場合、つまり0÷0=□(式③)だとしたら0=□×0、即ち全ての数が当てはまるんだよねー。だから0の除算は解答の余地がない。でしょー?」
「そう。数学的には大正解の答えよ二人とも。でもね、その答えには夢がない。いや、ロマンがないというべきか。ふむ……」
カトレアに続いたコスモスの答えを正解と言いつつも、夢やロマンなどといった学問に一際似合わない単語を入れてきたミコ。その人を食ったような文句に、みんな虚を衝かれ間を停める。そこからミコのワンマンショーが始まったのだ。
「詩的に考えてみなさいよ。0÷0の答えは『全てのものが当てはまる』。その式が導くのって、数学的なナンセンスじゃなくて詩的なミステリィなものなのよ。0=無を無で割ったらあらゆるものが誕生した――これって無から有が誕生するって意味にならない?」
あっ……聴いていたエレーヌ達の顔が素に変わる。そんな考え方、思いもしなかった。
ミコはさらに続ける。「無から有が生まれるならそれは宇宙の誕生に例えられる。この問題の出題者――ミス・ブラックナチュラルもそこを狙ったのよ。ここガデニアで宇宙に因んだ名前を持つのはただひとつ。ゾーン12のコスモタワーだけよ!」
「はぁ……」聴いていたエレーヌ達六人は気の利いた返事さえ出せない。咽は乾いた息を吸って吐くだけで精一杯で、とても会話に使えない。それくらいミコの深淵で奥底見えない解釈――答えに魅せられていたのだ。数式をそんなふうに解いてみせるとは――やはりこの子は『選ばれし存在』なのだろう。成る程実に、詩的で素敵な答えだった。
エレーヌ達はミコの方に目を向けつつ走り、感動の余韻に浸っていたのだが、それでは時間が勿体無いと件のミコは判断したらしい。さっさと次の要件を口走る。
「コスモタワー。他の高層建築よりかなり低いけど、ゾーン12では一番の高層ビル。しかしなにより厄介なのが、低層区域に全周を覆う広大なショッピングモール、メビウス・ラウンズがある。だから厄介なんだよね。暗号文にはだれもいないとあった。0÷0が場所を表すならこっちは時間。誰もいない時間帯――閉店後のメビウス・ラウンズを通り抜けた誰もいないコスモタワーでリバムークを競り落とした神様は待っているってこと。これがどういうことかわかる? コスモタワーに辿り着くまで、わたしたちは神様連中の徹底的な待ち伏せを受けるってこと。神様連中はわかってる。ここにわたしがいることも。あの謎掛けを解けるのもわたしだと。どうせ逃げ切れないとはわかっているわ。それでもちょっと憂鬱ね。神様の仕掛けた罠の中にステップ踏みながら乗り込んでいくんだから」
「おおぅ……ってことはわたしらに求められるのはただひとつ、危機を突破する能力ってことさな?」
いち早く喋る機能を取り戻したカーレントが要点を纏めて言い聞かせる。自分は勿論、全員に――。
「へえ」「ぱるほどね」「くふふー」「いいですね」「そうね。なんてね」
カーレントの告知を受けてウィンドの短い返事。スイートピーのぱで始まる個性あふれる返事。コスモスの間延びした能天気な返事。カトレアの丁寧口調を崩さない、女性にしては低い声色の返事。そして最後にエレーヌが、自他ともに認める口癖を織り込んで返事をする。返事をすること――それは覚悟を決めたということ。これから向かう先は神様達が罠を張り、待ち構えている魔窟なのだと理解した合図。その覚悟と高揚感を胸に秘めた女性七人は、目的地たるメビウス・ラウンズ&コスモタワーへと到着した。
エレーヌ達が到着したのはメビウス・ラウンズ5番入口前。ゾーン1の栄華会館から最短距離で来たのだから、この番号以外はあり得ない。メビウス・ラウンズには入口が移動するような大仰な仕掛けはない。
(となると、当然……)
エレーヌが思考を巡らせた矢先だった。メビウス・ラウンズの中央にそびえ立つコスモタワーから響く一発の銃声。ミコがすかさず頭上に煙幕弾を放り投げ、銃弾を防ぐと同時に、六人の仲間を神様達からの捕捉から逃した。
ミコは煙が充満する中、影帽子のがま口チャックからむっつの巾着袋を取り出し、エレーヌ達に手渡した。そして小声でこう言ったのだ。
「それ、神様を攻略したわたしの対神様用秘密道具一式が入っているわ。とりあえずコンタクトかモノクルは着けなさい。それが絶対、役に立つ」
さあともほらとも急かされることもなかったが、エレーヌ達は素直にその指示に従い、各自コンタクトレンズと片眼鏡を装着した。もっとも、モノクルを選んだのはエレーヌだけという笑えない結果に終わったが。やはりわたしは学者なのね――そう自虐するエレーヌだった。
そして煙が引き始める頃、続け様に第二陣の攻撃が来た。古の物語に出てきそうな古代兵隊の大群がメビウス・ラウンズの屋上から200、いや500人単位で一斉に襲いかかって来たのだ!
「ここはイヤ! 戦場は中に移すよ。文句ある?」
「異論はない!」ミコの指令に即座に賛意を示し、エレーヌ達六人はメビウス・ラウンズの入口をブチ壊し、閉店後のショッピングモールの中へと突入した。危険なくして宝なし――今、ミコ達七人の女性と神様達の勝負が始まった!
「チッ……中に逃げ込んだか。語、言霊兵士を中に入れろ。俺は次の狙撃ポイントに移る」
「フッ……お前の命令は金色に輝く夕日のようだぜ。いいだろう、了解した極。俺は彰達の方に行くぜ」
そう言ってメビウス・ラウンズの屋上――ではなく、中央コスモタワーの垂直な硝子壁面に落ちることもなくへばりついていた二人の神様は己が道を行くかのように、別方向へ分岐した。
ミコに率いられた七人はメビウス・ラウンズの5番出入口を破壊して建物内に突入する。そしてすぐにやったことは左右に別れることではなく、一丸となって左側に曲がることだった。そして一定の距離を稼ぐと破壊した5番出入口から追いかけてきた兵隊達が埋め尽くすように入ってくる。ミコはその様子をがま口チャックを開いて出した、黒い目でつぶさに観察していた。
そして十数秒ほど経ったあと、エレーヌ、カトレア、コスモス、スイートピーに指示を出す。
「よし! 全員入ったわ。エレーヌ、逃げられないよう『因果の断層』を。カトレア達はその中に花粉を充満させて焼きつくして!」
「合点承了!」その返事とともに、エレーヌが敵の兵隊達を取り囲むように自分の特殊加護である谷を作って断層を発生させ閉じ込める。間髪容れずその中に淡い色から枯れた色まで様々な色の花粉が充満する。花君ストックほどではないが、粉塵爆発は中級秘伝。委員ともあろう者達なら修めて然るべき技なのだ。
「ぱっか!」スイートピーがそう叫んだ途端、スイートピー、コスモス、そしてカトレアの三人掛かりによる粉塵爆発がエレーヌの断層結界内で炸裂する。瞬く間に敵共は逃げ場のない爆炎に焦がされ焼かれ、人の形をした灰と化して塵芥としてその場に崩れた。
次の瞬間、迷う暇もなく、次なる敵の気配がした。5番出入口の左側に曲がったミコ率いるエレーヌ達。目を向けていたのは出入口に使った5番出入口の方だったが、気配――いや足音がしたのはその背後。つまり5番出入口から左に曲がったエレーヌ達の更に奥から聞こえたのだ。
背筋が震える。全身が総毛立つ。冷や汗が流れる。それでもエレーヌは全く動じず後ろを振り向くミコに倣って勇気を振り絞って後ろを向いた。
そこにいたのは――十数体の人に似た“なにか”。
皆輪郭は人の形を象り、服を着て靴を履き、仕草も総じて人間らしい。
が、その“存在”から放たれている“威光”と“名前”は訊かなくてもわかるもの。この者達こそ、神様だと。
「やっと会えたでぇ〜。ウチのミコちゃん」
十数体の中にいた、着流しを着て右手に扇子と、明らかに戦闘向きではない格好の男神がミコに落語家よろしく満面の営業スマイルを向けて開口一番、こう言い放ったのだ!
「さあミコちゃん、ウチと契約してお笑いコンビになってよ」
と。などと。とにかく唖然とさせられる詞だった。
ある意味こういうのが“神様らしい”というのかもしれないが、ミコがそんな誘いに乗らない人物であることは、自分達の方が神様よりも知っている。案の定、ミコは口先だけを可笑しくユーモラスに動かして断りの文句を垂れたのだ。
「おことわりですわぁ〜。わたしぃ〜、時間無いんですものぉ〜。それにぃ〜、そんな副業しなくてもぉ〜、路銀にゃ困ってませんからねぇ〜」
「なんでやねん! 神様一のお笑い通と言われたウチとそれを負かしたミコちゃんが組めば、世界を、宇宙を笑わせられるんやで! ミコちゃんはそれに興味ないん?」
「ない!」再度誘いをかけるもののミコに(笑顔で)言われたこの断言を目の当たりにし、着流しの男神は大きく狼狽し、顔を両手で覆う。そしてブツブツ思考を零していると、代わりに中央付近にいた長袖長ズボンの女神が進み出てきて詞を発する。
「まあ、魚ちゃんに許しをいただいていることだから、そこは勘弁してちょうだい。あの日あなたが設計図を盗んでこの人間・生命世界に逃げてから約一年……ようやく捉えた尻尾だもの。御丁寧に魚ちゃんがあなたを餌で釣ってくれた。そのチャンスを逃さずに、自分達の目的にも挑んでみたらというのが魚ちゃんの談。さて、ここの落クンはあなたをお笑いコンビの相方にしたいし、私はといえば……やっぱり泉さんの死の真相が知りたい。教えてほしい本心があるけど、私貴女の本質がいたずらっ子の天の邪鬼だって知っている。教えてほしかったら……いや、こっちの願いを聞き入れてほしかったら力づくで押し通してみろってことなのよね?」
「それが叶うなら、わたしの人生もっと楽でしたけどね」
ミコの返答は本当に気難しく、小難しい。どう捉えていいのか判断に困る。まるで正解と不正解の間に引かれた線のよう。
ともあれ、話をしていた女神様の主旨は概ね許容範囲だったようで、ミコは静かに身構え、一見してそうとは見えない臨戦態勢を整えた。なぜこれが戦闘準備かわかったのかと言われれば、その身体から静かな闘気が穏やかに充溢していたからだ。
その様子を眺めていた相手神様の一角――頼り無さげで挙動不審気味に見える男神女神達がその外見に似合わない、物騒極まりない台詞を吐く。
「返してくれないんだね、ボク達の設計図」「そうみたいですね。では神罰です」
物議をかもす発言にミコ以外の人間六人がギョッとなる中、その詞を発した二人の神様は更にもう一人、ハーフパンツに編み上げブーツ、七分袖のシャツに陣羽織のようなコートを羽織った目立つ女神の方を向いた。その女神は詞を発さず、下を向き、俯き様にぶつくさ小声で呟いて、うだつの上がらない体勢だ。それだけにエレーヌには不可解に映った。この神様、何者なのかと――。
その答えはすぐに出た。注目の的となっていた女神は一転発起したかのように見るも喜ばしい(狂い気味の)笑顔を見せると、「壊していいなんて素晴らしい……ブチ壊す! “引装壊発”!」と叫んで左手を回廊店舗の壁と屋根に向けると、そこを簡単に破壊したのだ。
そしてそれだけでは終わらなかった。破壊された壁や屋根の構材の破片が、その女神の手元、破壊した元凶たる左手に引寄せられ、引っ付き、装甲と化したのだ!
「何あれー? 枝骸装甲みたいなものー?」
コスモスの緊張感の欠片もない、しかし意外と核心を突いた指摘に、ミコは柔らかい声で応えてくれた。
「そうよ。あれこそが瓦礫の神の通り名を持つ焰=スピーカノイズの神業“引装壊発”! 破壊の限りを尽くすほど、その瓦礫を己が鎧として纏う神様の持つ反則のひとつ。相手するならコスモスかしらね」
「だろーねー。でも先手はわたしじゃなくてもいいでしょー? カーレント、おねがーい」
「あいさ!」そう返事してカーレントがしゃがみ、床下に手をつけると、辺り一面床下から、一気に水が――海水が溢れ出したのだ。
「昼間ウェイブから譲り受けたこの海水、正直持て余していたんだよね。まずはこの吹き抜け二階建て回廊店舗の一階部分を海水プールにしてやるさね!」
カーレントの宣言とともに、海水はどんどん増えるし満ちる。程なくして彼女の宣言通り、2階あったショッピングモールの1階部分は丸ごと水槽と化したのだ。でも水漏れなどは一切ない。神様は今回の罠を張るに当たって、幾重にも周囲からの邪魔や、周囲に気付かれないように、幾重にも防護境界を展開しているのだから。「全く、神様は優しいです」とでも褒めたくなるくらいだ。もっとも、そこのカーレントにはそんな気遣いは望めなかったが。
「さて、ガス抜きもできたところで……上手い具合に舞台も整った。レイン、もういいよ」
「Thank you my mate カーレント。じゃ、お詞に甘えさせてもらいますか!」
ミコは唐突にそんな会話を終えると、影帽子のがま口チャックから左右に巨大な黒いレールを二回頂上付近の高さの両側面に展開する。更にそれにがっちり合わさるように、これまた巨大な黒い歯車を左右ふたつ、それぞれのレールに合致させる。最後に中央部で結合した歯車の継ぎ目の下に、二本のワイヤーでふたつの歯車から影帽子ごとぶら下がると、一目散に方向転換、神様達に背を向けて逃げ出したのだ!
「ちょっ! ミコちゃんどこ行くん! 待て……待ってぇ!」
海水プールの上に立っていた着流しの男神がそう叫んで慌ててミコを追おうとするが、そうは仲間が認めない。その男神の動きは花一族の中級秘伝、粉塵爆発でもって無理矢理留め置かせてもらった。腹部を焼きつくされ、同時に押し退けられる爆風の衝撃で水面に膝をつく男の神――その形相が激しく歪む。
「ジャマする言うんか? ウチのスカウトにちょっかい出すんか……なら敵や! ミコちゃんへの契約土産にお前らの首級貢いだるわ!」
「落! やる気が出たのはいいけど退きなさい。先ずは私が挽肉にしてやるわ!」
背後から聞こえる狂気の声とそれに比肩する巨大な怪腕。ミコのご紹介にも与った瓦礫の神、焰=スピーカノイズが二階の店舗を更に壊し、鋼材、ガラス、セメントなどを取り込んで強大化させた拳による、見るも無慈悲な一撃をこっち目掛けて繰り出してくる。
「コスモス!」「はいよ!」
ウィンドの掛け声に、珍しく間延びさせない『本気』の口調で応えたコスモスが枝骸装甲で作り出した昼と同じあの杖を伸ばし、焰の拳と接触させた。その途端、廃材でできた拳の動きが止まる。
「なに……これは?」
「わたしは音の秘術を修めた少女。花一族が環境管理等活委員コスモス。この杖を介することであなたの拳がもたらしたであろう破壊の力は、同在する音を殺すことで無力化した。だからさっきから行っているでしょー? わたしこそあなたにうってつけだってー」
「くっ!」反論できない焰の周りから、別の神々が一斉に飛び出し四方八方からコスモスに攻撃を仕掛ける。数で圧倒しようというのか――成る程、神様は計算ができるようだ。
しかしその無数数多の攻撃もこちらにしてみりゃ想定内。ウィンドの起こした風の壁、カーレントの起こした海水の壁、そしてエレーヌの生み出した『因果の断層』に護られて、コスモスは傷ひとつ負うことなく、悠々自適に間合いをとった。
が、その時。想定外の死角から6発、逃げたミコを見送り残った六人を狙った狙撃行為が発覚した。発覚の段階で済んだのは、いち早く勘付いたスイートピーの対処の御陰。
それはつまり、同じ穴の狢としての、少なからぬ対抗意識――。
「ぱっちは私が請け負った……意義はあるかな?」
「ないわ。私はミコさん同様、臨機応変にこの棍棒秘具を使わせてもらいましょうか……」
スイートピーの潜伏連中相手取り宣言を認めたカトレアが、得物として丸くなだらかな太さの差をつけられて削られた棍棒を取り出す。とは言ってもその棍棒、人を打ち付けるというよりは、手に握れるサイズのボールを打ち付けるのに適した太さだった。
が、その得物の姿を目視した神々からは阿鼻叫喚の声が上がる。中には露骨に挙動不審気味になる神様までいた。
「莫迦な……ホームランバットだと!」「伝説の競技“YAQOO!”の名器が、まだ残っていたというのか」「あの子……遺品使いなの?」
神々の中にどよめきが広がる。それはこちらにとっては好機。自分達のペースで戦闘できるし、個々にミコを追跡できたりと、至れり尽くせりだ。
故に、宣戦布告はこっちが切る! エレーヌ、スイートピー、カトレア、コスモス、カーレント、ウィンドは己がもっとも得意とする戦法で、個別に闘いに打って出た。
罠を張っていた神様達にとって、目の前の展開は予想外の斜め上だった。舞台をセッティングした魚は「闘ってくれるよ」と語っていたのに、事実は全く逆。ミコは一目散に逃走し、目の前には6人の女が邪魔立てしている。これが魚の“意図せぬ狙い”なのか、それともミコの“気まぐれ風来人”というものなのか――。
まあ、選択などは些細な問題。今重要なのは、この6人を打ちのめし、ミコを求めることに尽きる。
なので邪魔者は排除する。気持ち悪いくらい善く出来た神様の思考回路である。
そこにいた中でリーダー格の透がコスモスという名の少女と抑えあっている焰に指示を出す。
「一度退いて! 時間を稼ぐからその間にもっと瓦礫を集めなさい!」
「それがベストだね。みんな、よろしく!」
焰は透の指示を受け入れると拳を引っ込め、既に5メートルを超えていた巨体を吹き抜け2階の空中に翻し、回転しながら辺りの者を片っ端から破壊する。
商品も、陳列棚も、施設も何も関係ない。“あれば壊す”――それが瓦礫の神、焰=スピーカノイズの心の片隅を占める破壊賛美の衝動なのだ。それを纏うことで、破壊の暴力度は更に増す。
が、敵もさるもの。距離を取られた杖使いの少女は杖を伸ばして追撃の構え。それを防いでくれたのは神様仲間の整と帳。整が伸びた杖にのしかかって狙いを捩じ曲げ、帳が鋼の髪で一刀両断。切断する。その間に焰はもっともっと、メビウス・ラウンズの実に1/12もの区画を壊し吸収し、優に全長30メートル、下半身は気象一族の女が呼寄せた海水プールに浸かるほどの巨神兵となっていた。此処までくれば物量作戦で攻められる。
「湊、務、愛、環、援護して! 集中砲火で先ずは杖の少女ちゃんを潰す!」
「了解したよ!」代表して湊の声が聞こえ、四人はそれぞれ、短槍二対、極小機巧蟲群、幾つものチョークとボールを投げつける。焰もそれに呼応して、巨神兵となった瓦礫塗れの両手から更に力を込めて飛礫並みの大きさにしたモノを上方角度から雨霰と射出する。
湊の槍は竜巻を描くかのように回り迫り、愛と環の投げたボールとチョークはまるで推進コントロールでもしているのかと言わんがばかりに不規則に推進軌道を変え、目的地を読ませない。そして務と焰が数に任せて繰り出した機械蟲と瓦礫の雨。逃げ場はないぞ――そう言ってやりたかったが。
少女は逃げた。否、護られた。
少女の背後から見えたのは大波からなる大飛沫。それが少女を丸ごと包んだかと思いきや、なんと海水の防護球体となって、攻撃が着弾する前の少女の身体を完全防御してのけた。弾性高い厚い水壁はチョークとボールを明後日の方向に弾き飛ばし、中に取り込んだ機械蟲は海水でショートし融かされ、瓦礫の雨も受け止められる。
そうなったら残るのは湊の投げた槍二本だが、少女の方が上手だった。少女は枝骸装甲なるものからなる杖をもう一本作り出し、二杖流でもって水球内から杖を伸ばし、不規則に動く湊の槍を捉えると、こつんと当てて粉砕した。音の共振効果でも使ったのだろう。
とにかく、攻め手は全て失敗に終わった。
そして、次の攻め手を考えている暇もなかった。少女を護っている防護球体、それを作っているあの気象一族の女が有無を言わさず攻めてきたのだ。その手法がまた海流を司る女らしい――なんと水面に巨大な背鰭を10枚並べ立て、此方へ向けて襲わせてきたのだ。
鮫や海豚、そして鯱を彷彿させる水から成るその背鰭は、向かってくる最中途中の障害物、2階の床などを尽く切り裂いていた。詰りは刀と同義って訳か――神様達はその脅威を実感し、上下逆転天井着地の技でもってやり過ごそうとした。身体が巨神兵に成ってしまい、逃げることも適わぬ焰は防護の加護をかけて真正面から受け止める気だったが。
そして焰以外の神様達が上下逆転して天井に貼り付こうとした時――。
身体が止まった。否、これは無理矢理弄くられ止められた感覚に近い。なんだ?――見えたのは空間を分割する、膜のようなもの。それに触れた箇所は、脳に逆らった動きをする。避けられない。結果――。
「ぐぎゃ!」「ちっ!」「きゃっ!」「がっ!」「きゃあ!」
湊、務、透、環、愛に海水で出来た背鰭が接触し、巨大微細な傷を夫々に受ける。
それが――引き金だった.
5人の身体は傷元から発生した黒い影に飲み込まれ、抵抗もできずに黒い封印状の形へと変えられてしまったのだ。同時にその封印状は、消えて何処かへいなくなる。
残った神様達の一人、整が目の前の状況を察知し口を開く。
「ミコ謹製の封印術か。おそらく封印状にされた連中はあいつのがま口チャックの中だろうな。全く、透も呑気が過ぎるぜホント。拙いモノ位、勘で見分けろってんの」
「でも……焰ちゃんが生きてますから、まだ戦局は動かせますね」
整と帳の会話の通り、一番図体が大きく、背鰭の傷を避けられるはずのない焰は、多少縮んだとは言え、封印されることなくそこにいた。避けられないと判断した彼女は、一度全ての装甲を脱ぎ捨てることで背鰭が齎す傷と封印術をやり過ごし、残った瓦礫で再び巨神兵となっていたのだ。
「私達の攻め手に的確な対処……なるほど、ミコちゃんの入れ知恵か」
「そーゆーことです」焰の愚痴に防護球体で護られていた少女が答えた。厄介な連中を封印した結果だろう。気象一族の海流を司る女もその少女を護っていた防護球体を解除していた。
が、そこが狙い目!
突如轟く銃の雷鳴。狙撃配置に着いていた極が得意の銃撃を喰らわせたのだ。防御解除の瞬間など、暗殺の神の通り名を持つ極にとっては好物そのものなのである。
「コスモス!」仲間達の悲鳴が響く。神様達でさえ少女の負傷は疑わなかった。
しかし……秒針が動いた先、視界に映る少女は傷ひとつ負っていなかった。後二人いた花一族の女、そのうち一切得物を持っていない方の女が狙われたコスモスと狙撃した極の対角線上に立ちはだかり、その掌に極が撃った即死信号配合の銃弾を粉々に握りつぶし、「お返しよ」とだけ小声で呟くと、袖を振り払うかのように手をひと振りする。すると、極のいた屋根一帯が酸か溶解剤で解けるように一斉に消滅したのである。足を着けるのが危険と判断した極は飛び上がり屋根に大きく開いた穴に見える夜の空に静止する。
「言ったでしょ? ぱなたは私が請け負ったって。ぱなたと私は同じなのよ。暗殺術に長けた、狂気じみた凶器……」
「ほお……俺の暗殺術を尽く看破し封殺するその手口、俺と張り合う腕はありそうだ。面白い、あの泥棒猫を仕留める前に、そこのお嬢さん方を始末する前に、お前を殺してやろうじゃないか」
「ぱりがと。暗殺の神、極=セキュリティホール。私は花一族陳情受付係の委員、人格改造医スイートピーよ」
「お前、俺の名を……」極が疑問を口に出すより速く、枝骸装甲の羽根を展開したスイートピーが目前に迫り、刺しに似た蹴りを入れようとする。神様が人間に遅れをとった――不快な現実を脳裏に刻まれながらも、極は背後に飛び退き、紙一重でその蹴りを躱す。続けて身を隠すために、下へ屋根へと突っ込んで、メビウス・ラウンズの中に消える。暗殺者は決して表に出てはならない――その鉄則に則った行動であった。其れを追い、スイートピーと名乗った女もまた回廊店舗の中へと消えた。
どっちが隠れ、どっちが見付け、そしてどっちが仕留めるのかのチェイスが始まった。
その様子を眺めていた自然学派の女が其れまで黙っていた口を開く。
「さて、戦局は動いてる。正確を記すると分極化している、なんてね。既に神様五体を封印。ミコは一番狙われているのがわかっているから基本かくれんぼに興じるんでしょうし……そうなると私達も別れた方が良さそうね。連携が出来るほど器用でもないでしょうし、なんてね」
その詞に反応したのは、気象一族、風を操る女だった。
「そうね。ここで出会った十数体だけじゃなく、随分とこの回廊店舗内に隠れている神様達がいるみたいだものね。まあ、動けば出会えるでしょ。わたしはしばらく遊んだ後、レインちゃんに合流するよ」
その詞に先の攻撃から生き残っていた落が色気付く。途端に現金な声色で。
「言うたな……ミコちゃんに合流する言うたな。ならウチも連れてけやぁ! 礎、雷、球、幽、失! そこにおる空色の髪した女逃がすなや!」
落の大号令とともに、風の女の周りに現れる多数の神様達。号令をかけた落を含めて動いたのは6名。普通なら完全に包囲できるはずだった。されど敵は奇策で応じる。風の女は自らの身体を透明な風と変えて、メビウス・ラウンズの空気層と一体化したのだ。勿論それだけなら神様達は困らない。ミコの近くで身体を出すのなら、然るべき風が起こるから。
しかし、それは甘すぎた予測だった。風の女がいた場所に姿を見せていた落率いる6名の神様。そこに集中攻撃をかけてきた敵がいたのだ。音の秘術と杖を使う花一族の少女じゃない。1階を水浸しにした気象一族の海流の女でもない。戦況を解説した女でもない。じゃあ誰が――残るは一人しかいなかった。
かつてこの人間・生命世界が成果・競争世界と呼ばれていた頃、太古の昔に存在した競技、“YAQOO!”のホームランバットを得物に持っていた花一族最後の一人の女が落、礎、雷、失、幽、球の順にその得物で彼等神様の身体を打ち飛ばしたのだ。素早く放たれた六連打。打たれた方向は丁度ミコ達が入ってきた5番出入口の直線上、身体は壁を突抜け駐車場へとかっ飛んだ!
「あっちは私がやります。外にも防護境界張ってるみたいですしね」
一聞したら女性と男性の区別がつきにくい中性的な声色で、ホームランバットを持った花一族の女はメビウス・ラウンズの外へと、自ら飛ばした敵の相手に、枝骸装甲の羽根を飛ばす。
ミコを含めて対面の際六人いたはずの面子が、今やたった三人にまで減っていた。
そして、其れでさえ結末とならない。焰と対峙していた音の秘術を使う少女が、頃合い善しとでも見計らったのか、瓦礫で出来た焰の巨体に杖を向け、衝撃波らしきものを発生させて其の巨体を吹き飛ばした。下半身は1階の海水プールに沈んでいるほどの焰の巨神体が咆哮にも似た轟音に押退けられ、身体は飛び上がり、天井を突抜け、そこに着地する。其れを追うように、整、帳、加えて外からもう一人男神が加勢に現れた。どうやら少女の相手には四人掛かりで挑むらしい。
「じゃー、わたしは屋上で闘ってくるねー」と、能天気に其の少女は喋り、花の羽根を羽搏かせ、自ら突き飛ばして開けた夜空への大穴へと神様4名を追いかけ、星になる。
そしてもう一人の女――自然学派の女学者も「じゃ、わたしも鬼になって遊んでくるよ。童心に返って、なんてね」と呟いてその場から自然学派の加護と思しき技で消えた。どこに消えてもここは神のテリトリィ。ミコという異分子以外に関しては追跡可能であるし、出現場所は筒抜けだった。然るべき場所に追手の神様達が向かう。
最初会話に臨んだ神様に応じた人間はとうとう気象一族海流の女だけとなった。其の女も事態がこうなった以上、闘いと無縁ではいられない。静止している其の女に浴びせかけられる幾重もの包丁。女は其れを気象一族の去なし技、水霧体操で軽々と防ぐ。そして人間無勢のくせにこう言うのだ。「隠れてないで出てらっしゃいよ。残ったあなたたちの相手はこのわたしなんだからさ」と。
そう言われると出たがるのが、其処に残った神様――萌、巴、そして禊の3名だった。臆病なくらい間合いを取り、挟み撃ちにも近い三方から彼女を囲む。姉妹の契りを交わしている程仲の良い萌と巴が隣り合っているせいで、実質直線上だが。
一方包囲された気象一族の女は片足で体重を支えもう片方の足は爪先立ちで添えるだけ。随分と打ち解けた調子で話しだす。
「やーっとこさわたしたちも本気で暴れられそうさね。戦局はわたしたち七人に合わさるようにあなたたち神様達の闘る気ある連中がバラけてくれた。レインいえども追いかけられているようだし、見事に神様達をバラけてみせたわけさね。付き添いのわたしたちもぶちのめさないと、レインは決して負けを認めない。あなた達としてもそうでしょう? 神様の問題を解いたレインに勝っても、連れのわたしたちに負けるようなことがあったらプライドズタズタだもんね。そこんとこを自覚しているからあなたたち神様もわたしたちレインが連れてきた六人を無下に出来ない。でしょ?」
「話が判って助かるわ。正にその通りよ。あなたの担当はわたしたち」
「他の娘達の相手は神様仲間達。すぐに終わらせてミコを追詰めるわ」
女神2名が自信たっぷりにそう告げるが、話相手の気象一族の女、其れは無理だと一蹴した。
「あなたたちはここでわたしが負かすのさ。神様の問題は解けなくても、ガチの勝負で神様に負けない人種がいるって、教えてあげる。まずはこいつらを躾けてみせな」
無礼千万な台詞を吐いた気象一族の海流の女は手と足を着けている海水プールにしゃがみ落とすと其の海水から空と海の獰猛種を多数生み出し、水中・水上・空中から使役して萌と巴、禊を攻め立て出したのだ。其れに応じる神様3名。最後の戦局もまた、開戦と相成った。
いち早く、一目散に黒いレールと黒い車輪で回廊造りの無限ループを悠々自適に回っていたミコ=R=フローレセンス。其れを捕捉し尾行する影が3名。
標識の神、羽=ブルーバード。
算盤の神、羅=モノトーン。
そして泥棒の神、扉=カレイドスコープの3名であった。
飛行能力に長けた羅、逃亡を許さない能力を持つ羽、そしてミコから盗むべく選抜された泥棒の扉。一件噛み合ないようで、其の実神様的に実践的な面子がミコを追いかけていた。
だがただ追いかけるだけでは何周も回るだけの繰り返し。羅の指示の元、羽が技を繰り出した。
「速度規制表示。“停止標識”全周展開」
羽が箴言を唱えると、追いかけていたミコの移動速度が落ち始める。そして其の先に現れた停止標識の眼前を以て、ミコの動きは停止した。すかさず羽は行動禁止の標識をミコの全周囲に展開する。即座にミコは身動きひとつできない状態に追い込まれた。
抵抗も、反撃も出来ない状態に――。
「やった……やりましたよセンパイ! わたしの標識戦術で無事に見事に完封です!」
羽は得意満面の笑みで慕情を向ける羅に評価を求めるが、当の羅からの返事は素っ気ない詞だった。
「善く出来たな。だが油断はするな。其の女は我等が問題を解いた異彩の女だ」
「ぶー。わたしよりミコさんを評価ですかあ? 腹立ちますね。嫉妬しますね。ならとっとと決着着けましょう。扉さん、泥棒の神の通り名に違わない神の手口でちゃちゃっと全部取り返してください」
「其処は“盗り返せ”って言って欲しいぜ。まあいいさ。宝箱弄りは俺の趣味だ」
扉が羽から特殊許可の封緘紙を受取り貼付けて、行動禁止の領域内での行動権利を会得すると、動けないミコの目の前にやってきて、自慢の泥棒七つ道具でミコの影帽子の最大の特徴たる、がま口チャックを開いてみせる。
其の瞬間、事態は急変した。
開いたがま口チャックから黒い霧が工場の煙突から出るかの如く辺り一面を埋め尽くし、羽、羅、扉は互いを視認できないまでに視界を封じられる。突然の事態に戸惑う羽の頭に、頭蓋に響くような衝撃、堪らず身体諸共下に打ち付けられる。海水プールへの墜落を覚悟した羽だったが、水面の墜落時点で羅が抱きとめてくれた。敬愛するセンパイの劇的な救援に胸がときめく羽だったが、現状は予断を許さなかった。頃合いを同じくして全身を切り傷まみれにした扉の敗北体が霧から現れそのまま海水プールに着水した。扉は取られていない組なので死ぬことはないはずだが、恐らく種々の毒素信号を斬ると同時に塗りたくられ、其の影響で以て行動不能にされているのだろう。取り敢えず、扉はもうリタイアだ。
だが羽の頭には謎が残る。なぜ行動禁止の標識で囲っている中、ミコは斬るなんて行為が出来たのか。
けれども次の瞬間、より信じ難い光景を羽と羅は目の当たりにした。ミコの行動を縛っていたはずの行動禁止の標識がひとつ残らず原形を留めないスクラップとなって落下していく様を。
羽は正直な神様なので羅に抱えられたまま、事の説明を要求する。しかしミコは笑い声を出すだけで一切答えず、有無を言わさず襲いかかった。
黒い霧の中から飛び出す幾つもの黒い腕、其の黒い手には黒い影で出来た背心刀・雨。オリジナルの一本も混ざっている。羅は羽を庇うように前に出て、無双の剣戟に備えるが、剣は羅と羽には目もくれず、剣同士で金切り音を奏でていた。其れこそが罠だった。
其の金切り音を聴いた途端、身体の自由が奪われていったのである。抵抗も出来ず、算盤の神羅=モノトーンと標識の神羽=ブルーバードは意識を消され沈黙した。
ミコは黒い霧を吸い込むと丁寧にがま口チャックから黒い拘束具を3セット取り出し、羽、羅、扉の身体を海水プールの水面に拘束する。そして呆れたように一人言を呟いた。
「まったく、何でもかんでも知ろうとして……謎はわからないから心を惹き付ける。それは引力、つまりは魅力。それを解いちゃったら、興味を失って離れちゃうじゃない」
そう言って服のたるみを直したミコは、これからに連なる締めの詞を唱えたのだった。
「これで6、7、8人目」と――。




