第6話_”地震”と”津波”、暴走秒読み
「それはともかく」と、いきなり真面目な顔に戻ったウィンドが仕切り直し。「“クエイク”と“ウェイブ”、どのくらい?」
「9.71×10%ってとこね。もうじき最大展開できるはず。連中もこのまま沈みっぱなしってことはないでしょうし……次が決着ね」
「そっかー」「いよいよだね」
ウィンドの問いにミコの解答、それに理解を示す大人達。内容からしてミコが水中に沈めた“クエイク”と“ウェイブ”についての模様。話についていくために、サクラは勇気を出して口を挟む。
「あの、ミコさんの仰った数字はなんですか? パーセントって行っていたから、なんらかの割合だってことはわかるんですけど……その、言い回しも独特でしたから」
「ああ、あれ? わたしの数値の表記法は有効数字3ケタだからね。その癖が抜けないんだわこれが。要はもうすぐ“クエイク”と“ウェイブ”が全力になって封印していた地震と津波を最大展開するぞってこと」
サクラの割り込みにミコは気を悪くした風でもなく、誠実に答えてくれた。でもその内容は、かなり物騒。今日何度目かの驚きにサクラ達はまたも踊らされる。特に激しいリアクションをしたのは、当人当事者であるクエイクとウェイブだった。
「せ、先輩! 有史以来封じてきた災厄を最大展開させる気ですか? そんなことしたら惑星が原型留めないほどに変形してしまいますよ」
「そうだよ、お姉ちゃん。地震も津波も起こしたら最後だって……忘れちゃったの?」
未だ実体を取り返せず、影法師の身体を纏った状態で食って掛かるクエイクとウェイブ。その発言は深刻真剣そのもので、ミコが取ろうとしている道がいかに危険かを訴えていた。サクラ達にも十分にその脅威は伝わった。しかしミコは、「バカね〜」と嘆息し、ここで本音を白状した。
「気象一族を抜けてなお、あんたたちのことは気にかけてたの。その禁断症状解消のためにウィンドとスノウ、カーレントを呼び寄せたのよ? それに花一族のみんなもいる。これだけ手駒が揃っていれば、地震津波火事親父にだって対応くらいできるのよ。だったら今処置するべきでしょ。そうしないとあんたたちを助けてあげられないんだから」
「せんぱ〜い」「おねーちゃーん」
影のくせに子犬のようにぷるぷるくぅ〜んと震え感動を表すクエイクとウェイブ。これが本体だったならきっと目もウルウルなんだろうなと、その場にいた皆が感じた。それだけに思う。ああ、影でよかったと。
そんな感傷に浸ったひとときも終わるのはいつものことだし突然である。突如湖面が大きく揺らぎ、持ち上がった水は壁となり波となり、ミコ達に向かって襲いかかってくる。
「スノウ!」「はいきた!」
ミコの指示を受けたスノウは、その場の湖面に片足を打ち付ける。するとそこから強烈な冷気が発生し、瞬く間にトニーサ湖の湖面全て凍結させたのだ。
「こ、凍ってはる……」
アキレギアが受けたショックのほどを詞に出したのもつかの間。ミコ達の正面氷面を突き割って、“クエイク”と“ウェイブ”が現れた。
「……凍結。成る程、雪の小娘の冷気能力で我々が起こした津波を湖ごと凍らせたと」
「そのようだな。だが固体になど軽卒。我々の能力を甘く見過ぎだ」
「然り」
二人きりで不気味な会話をする“クエイク”と“ウェイブ”。その間に入ることはできず、そもそも入ろうとも思わせない。詞だけじゃない、表情、雰囲気、気配――全てが人間離れしている。少し怖い――サクラがそう思ったとき、こちら側でもミコ達大人の会話が始まる。
「ふ〜ん、あれが自然現象の意思、そのエッセンスか。怖いわねー」
「ほんとだねー。みんながいないとわたし怖くて夜も寝られなくなっちゃいそー」
「ぱたしたちがいるじゃないか! よかったねコスモス、快眠決定」
「さて、“ウェイブ”はわたしたち気象一族でなんとかできるけど、“クエイク”は? どーすんのさレイン。地震の震動エネルギーを捌ききれる算段があるのか?」
「一応。心預けてくれていいよ」
「だって。預けようカーレント」
「ま、ウィンドがそういうなら」
会話の輪に入れたのはミコを中心にウィンド、カーレント、コスモス、スイートピーの五人だった。サクラ達は入れない。だって子供だから。シクラメン達も入れない。だって裏切り者だから。ツバキはもちろん入れない。だって男だからな!
それでも会話に入りたい気持ちがある――そんな気持ちを持て余した果てに人差し指をしゃぶってしまったサクラ。そんなサクラと隣の萌枝のところに、てくてく近寄る影がひとつ。自分の影法師さんを連れた、灰色のコートの少女、スノウだった。
「サクラちゃんに萌枝ちゃんだよね? 物欲しそうな顔してもダメだよぉ。この世界を動かしているのは決してわたしたちじゃないんだからねぇ」
「ぐぬぅ……正論を言いますね。サクラちゃん、なんか言い返してよ」
萌枝がとんでもねーことを督促するが、そこはサクラの方が社会人。無茶振りをけしかける萌枝を窘め、スノウに友好ムードをアピール。ミコ達の邪魔にならないよう、萌枝を含めこっそりこそこそと会話する。
「わかってますってスノウちゃん。世界っていうのはわたしら子供には理解不能な見えざる手によって作られ動かされているんだよね。その本性はご都合主義、不条理、シュール、ナンセンス! あれよこれよと貪欲で、受ければ善しと過剰介入。そんな世界でひたむきに生きているミコさん達大人の話を邪魔するなんて無粋だよ」
「おぉ、気付いてたんだね。やっぱりきみたちとは気が合いそうな気がしてたんだぁ」
「そりゃ同年代の、子供同士ですからね。でもスノウちゃん、ひとこと断っとくけどね。わたしの親友は、ここの萌枝ちゃんだから」
「サクラちゃん……」
サクラの告白に寄り添うから一転、がばっと抱きつく萌枝。自分の発言も少々どうかと思ったが、萌枝の愛情表現もどうかと思うサクラ。でもスノウは微笑ましげに、自分達を見守ってくれていた。そしてとんとひとこと、断りを入れてきたのだ。
「よければだけどぉ……わたしもその輪に入れてほしいなぁ。わたし、同年代の友達いないからさぁ」
「うーん、まずは文通からでいい? それでよければ……」顔を合わせ、アイコンタクトで萌枝と協議したサクラの口から出た提案にスノウはキツツキみたいに首を振って頷いた。その勢いのままにサクラと萌枝の手を握るスノウ。その手は雪の名に反して、人の温もりを感じさせるあたたかさを持っていた。まるで雪解け時の春のよう――サクラと萌枝はさっきスノウが指摘したように、仲良くなれそうな予感を自分達も感じていた。
閑話休題。ひとときのふれあい。できればずっとこのままで――そう願うのも無理はない。しかし少女たちは未練もなくその手をほどき、大人のもとへと戻ってく。感じていたのだ。時間がきたと。
「萌枝ちゃん、指揮棒を!」
まるで見計らったかのようなタイミングでミコが萌枝に声をかける。萌枝もその声にすぐに応じ、預かっていた黒い指揮棒を元の持ち主に返還した。がま口チャックの中にしまわれる指揮棒。かわりに新たにふたつ、黒い腕が現れた。「準備できたよ」ミコの合図を受けて全員が再び敵と対峙する――。
目に入った敵、“クエイク”と“ウェイブ”は、悠然とこちらを向いて直立不動、ただ立っていた。準備万端ということだろう。なぜこちらに合わせるのかサクラは理解できなかったが、程なくして向こうからその理由を語ってくれた。
「愚かな端末と人基達。どうだ、浮世に残した未練諸々は捨て終わったか?」
「我々の最大解放を受けて生き残れると思うなよ。それこそ愚考の極みだぞ」
「へえ……浮世のしがらみなんて情緒がわかるんだ。あいつら」
サクラと萌枝、そしてスノウは意外に人の事情を察せられる現象意思に一瞬虚を突かれてしまうが、締めの部分は紛うことなき死亡宣告。気を許すなんてことは一切ない。
よく見ると“クエイク”と“ウェイブ”の近辺は微妙に歪んで見えた。地震と津波。有史以来封じられてきた災厄をもたらすべき膨大なエネルギーが溢れ出しているのかもしれない。本当に「終わりのとき」が来る――知らない恐怖に足は竦み、目は距離を放したがる。そう、逃げたい――その思い・本能が身体に纏わり染み込む中。
庇うように、矢面に立つようにミコが前へと一歩を踏み出す。
彼女は震えていない。まるで世界から独立し世界の影響なんて受け付けない、そんな感じの確固たる自律存在のよう。でなければこんな詞は出ないだろう。
「気遣いには感謝します。だけど杞憂に過ぎません。だって災厄が出回ろうとも滅びの解は導かれないのだから。他でもない、ここにいるわたしたちのせいでね」
「貴様……どこまでも甘く見おって」自信満々なミコの言い返しに“クエイク”と“ウェイブ”はますます気分を害してく。今二体が放っている気合いはもしも二体が人だったら絶対「殺気」に当てはまるだろう類のもののはずだ。
そしてついにその「時」は来た。二体の敵が目を見開き「Present!」と叫ぶ。その途端、大地が激しく上下し、軋みを上げ、大きく揺らぐ。これが地震かと理解する暇さえない。立ち続けることにさえ、苦労するくらいなのだから。
「始まったわね。カーレント、海の方は?」
「おおいに物騒。陸に向けて波が立ってる」
「そう……みんな、覚悟はいい? これが自然の災厄ってやつよ!」
ミコがかけた発破、答えたのは例によって大人(それも女仲間)たち。サクラは自分が役に立たないことを誰よりも理解していたから、正直うろたえることしかできない。ゆえにミコの詞に応じることもできなかった。それくらい今現実に感じている地震というものは、紛れもない天変地異であったから。
(大丈夫なんですよね、ミコさん……)
心中かなりの不安を抱えながらもミコを信じようとするサクラ達。必死の思いで少女達が見つめるその背中はこの天変地異の中にあっても、泰然自若を崩していない――。




