第6話_自然学派、攻略
さて、もうひとつの戦線では、サクラ達が湖面から狙撃して自然学派と操られた花娘達五人の陣形を乱したところを、空中戦を請け負ったツバキとデルタフラワーズがあるときはバラバラに、またあるときは戦力一転集中で臨機応変に攻め立てており、それによってできた隙をまたサクラ達が狙撃したりと、完全にこっちのペースで攻め立てていた。自然学派の二人は休む間もなく翻弄され続け、遂にはこんな妄言を吐き出す始末。
「てめえら、23対5だぞ! 卑怯だと思わねえのか!」
イヴァンとミヒャエルの絶叫。それにツバキ達が即座に返す。
「戦争だからいいんだよ! 大体七人掛かりの犯行でミコ一人を貶めようとしていたお前らにいわれたくない! これだから学者はイヤなんだ」
「全くでございます隊長。所詮こいつらは空論の徒、戦闘好きを公言していても学者風情にこの理はわかりますまい」
ツバキとホウセンカの反論を聞いたイヴァンとミヒャエルはますますその顔を顰めさせる。そこにさらなる追撃が入る。
「抑、貴殿等は大変貴重な自然の『加護』を使える身でありながら、それを活かしきれてない。勿体無いこと甚だしいでござるよ」
「全くじゃ。しかも『加護』を受け取る御主等の実力はそれでようやく操っとるシクラメン達ととんとん。嘆かわしいのう、それじゃ専守防衛が精々じゃろうて。攻めることなど叶わぬよ」
サザンカとビンカの詞が刺さる。ことここまで言われるに至って自然学派の二人は堪忍袋の緒が切れたようだ。「だったら見せてやろうじゃねえか! 自然学派脅威の理論をよ!」と叫び、呪文のような文言をなにやらブツブツ呟きはじめた。その機を逃すわけもなく、サクラ達は一斉にミコのくれた砲塔からレーザーを放った。ところが一体不可解なことに、これまで避けていたイヴァンとミヒャエル、自然学派の学者二人は見知らぬバリアを展開させてサクラ達の撃ったレーザーを受けきり、かつピンピンしているのである。
「なんです……あれ?」
小声で囁いたサクラの質疑に答えてくれたのは、同じ水上待機組の年長者、コスモスとスイートピーだった。
「あれが『加護』だよー、サクラ、萌枝ちゃん。自然学派は苗字に必ず自分が司る自然の名前が漢字一文字で入っている。イヴァンは苗字が山野辺でしょー? 山の『加護』を難攻不落と解釈して得たのがあのバリア発生能力ってわけー。ねースイートピー」
「ぱったく……厄介だよねーコスモス。んで、もう一人のミヒャエルは河野の通り川を司るの。あいつは川の『加護』を流すもの・削るものとして解釈して身体を超攻性流体膜で覆うんだよ。だからまだ本気じゃないってこと。イヴァンはガンマン気取りだったし、ミヒャエルは有機電波の操作に精一杯だった。ほんと……そのままにしとけば楽に終わったのに。ツバキ達ってば変に挑発しちゃったよ」
「ミコさんの方も相手をからかっているようですけど、役者が違うってことですか?」
二人の回答を受けた萌枝の新たな問題提起に、コスモスとスイートピーは全然歴然と手を振る。
「ぱったく別物だよ。ミコちゃんとツバキ達じゃ味も格も輝きも違うよ。ツバキ達じゃ及びもつかない。ミコちゃんはまだ挑発しても対応できるだけの手練手管があるだろうけど……こっちのあいつらにはそれが足りない。そこんところわかっているのかなあ」
萌枝の指摘を肯定し、そこに一抹の不安を匂わせるスイートピー。コスモスと目を合わせ、音を出さずに会話すると、それまでいた位置から移動し、二人してサクラと萌枝のいる場所に移った。手を伸ばせば届きそうな間隔で、四人の「本体」が集結する。
「コスモス様? スイートピー様?」
「イヤーな予感がするよー。ぶっちゃけあいつら、フェードアウトー?」
「うん、退場(Good-bye)フラグを立てた感じするね。そうなると敵はこっちにやってくる。ガチで私達が戦闘の矢面、サクラ、萌枝ちゃん、気合い入れときなよ」
「お……押忍」サクラと萌枝は居残り委員二名の忠告を受け、身構えるサクラと萌枝。
そしたらほんとにコスモスとスイートピーの言った通り、事態は急変した。
バリアの消滅に伴い、消えたイヴァンとミヒャエルの身体。それと同時に別の場所――空中戦を担っていたツバキ、ビンカ、サザンカ、ホウセンカの四人をそれぞれ一人ずつ囲い隔離するように現れた四つの小さなバリア。四人はその中に閉じ込められたのだ。
「うおっ、なんだこりゃ!」
閉じ込められてから叫ぶツバキ達だがもう遅い――もとい後の祭り。ツバキ達空中戦闘部隊を隔離しているバリアは頑丈で、中から殴っても叩いても撃っても全然壊れない。
というより、撃った種子島が中で無限反射しているのだ。銃器を使ったホウセンカ、血まみれダメージ自業自得と墓穴を掘って沈没した。
その様子を見届けてから、踵を返しこっちへと向かってくる敵。
この一変した状況にサクラ達よりも早く、影法師達が反応した。一斉にミコから支給されたガトリング砲を連射し、横断幕ならぬ弾幕で歓迎する。
しかし敵もさるもの、向かってくる弾幕を継ぎ接ぎのダンス――というか見ていて小気味悪い、もっと言うと薄気味悪いムービング体操(?)なる動作で全て紙一重で避けきり、サクラ達と同じ湖面上に降り立った。
降り立ったのはミヒャエルに有機電波で身体を操られたシクラメン、アキレギア、スオウバナの三名。やはりイヴァンとミヒャエルはいない。
考えるだけ五里霧中。なので直球で訊いてみた。
「あなた……誰です」
するとシクラメンとアキレギアの身体が第二言語のネイティブ風に「HAHAHA」と笑う。スオウバナの身体だけはさっきと変わらず、沈黙無個性無表情。
「オレがイヴァンだ」「オレはミヒャエル」「まあ身体は借りモンだけどな」
シクラメンの身体はイヴァン、アキレギアの身体はミヒャエルを名乗った。そして最後に二人同時に言ったこと、この身体は借りモンだと――。
「どういうことです? 私達の身体を乗っ取ったのですか? なんのために?」
影法師に意思を移した本心体のシクラメンがサクラに変わって問い詰めると、イヴァンとミヒャエルは他人の身体でそのイメージを傷つけるような奇矯な笑い声を上げて解説を始めた。説明したがるのが学者の性――スイートピーが小声でそう呟いたのでサクラと萌枝はすこぶる納得できた。説明などという行為、自爆行為も甚だしいのにとちょうど思っていたところだったのだ。
「オレ達自然学派はな、自分という存在を質量でも波動でもない、理論・法則ってモンにできんだよ。解るか低能共、理論だぞ、理論。己にお前らの及びもつかない厳しい修行を課し、かつ自己改造をすることで己の存在を理論法則へと昇華させたのさ!」
「しかもオレたちゃ意識を消さずに他人の身体を乗っ取れる玄人。どうよ、机とノートが結果を出した俗世でただひとつの例ですよ?」
「……はあ?」
サクラにはチンプンカンプンだった。えらく得意気に解説されたがなんのこっちゃと言うしかない。困りに困って目を萌枝の方に向けるが、サクラの視線に気付いた萌枝も掌上に向けて、肩を竦めてお手上げポーズ。御丁寧に首振り付き。それを確認したら、なんか気が楽になった。自分より知能指数高い萌枝でもわからないなら、自分がわかるはずないじゃんという安堵――屁理屈だけには頭の回るサクラだった。
若手のサクラと萌枝はこんな感じ、問い詰めたシクラメン達や黒子を通り越してほとんど背景のクエイクとウェイブも同様だったが、さすがに委員ともなるとわかるらしい。コスモスとスイートピーはなるほどねーと返したのだ。
「あー、そーゆーことねー。チバトロン、完成させてたんだー」
「チバトロンじゃねえ! 自我理論だ!」
コスモスのボケた返答をイヴァンとミヒャエルは徹底的に否定する。他人の顔だけにその違和感は半端じゃない。シクラメンとアキレギアはあんな怒り顔しないからだ。
と、ここで残る片方の居残り委員、スイートピーが要約して話してくれた。
「要するに、自然学派の二人は自身の肉体や精神といったものをこの物理世界の中から消したってこと。ね、ミコちゃん」
簡潔なまとめ。それだけで終わるのかと思いきや……突如投げられた当てずっぽう。陳情受付係スイートピー、なにを思ったか空中で別の敵と戦っているミコに説明捕捉を依頼したのだ。
返事帰ってくるわけないよーと(勝手に)思っていたサクラだったが、そこは深淵宇宙は広い。ミコからの反応が帰ってきたのだ。「そうそう」って。びっくりして水上にいた全員が空中を見上げてみると、ミコはこっちを見下ろして、こっちに話しかける気満々だった。背を向けた“クエイク”と“ウェイブ”の方は半自動的に動く黒い手足で翻弄しあしらっており、本人はこっちにかまける余裕がある模様である。その余裕が恐ろしい。
まあ、なにはともあれ見下される構図ではあるが、ミコの説明が始まった。
「今のそいつらはこの物理世界における生命の存在基盤、自分の身体や魂の持つ質量やエネルギーを0にしたのよね。でも意識だけはパターン化して因果律に『加護』ともども割り込ませている。要はそいつらが各自持っていた『加護』のある因果律の在り処――法則界に意識だけを逃がして残りは全部解体したってこと。ゆえになにもないところから『加護』の力が生きているように出現する。でもね、リスクがないわけでもないのよ」
「なんですかそれ、教えてください」ミコの惹句に反応したのは影法師に意識を移されていたシクラメンだった。影が立っているだけでもシュールなのに、それが平気で会話に加わっている姿というのは……もうなんというか、失ってしまうものがある。詞とか、いろいろ。
それでもシクラメンの質問は闘う自分達に取って大事なこと。ミコもちゃんと答えてくれた。
「自我理論っていうのは法則界へ意識だけを転送し他を解体するんだけどね、元々因果律しか存在しない法則界には自意識なんて長持ちできない。だって自我がないところだもの、法則界って。意識なんて異物なのよ。だから時間をおけば法則界のルールに削られて自然とそいつらの意識は消滅して死ぬから」
「マジで?」
「マジで。でもそいつらも学者のはしくれ、リスクはちゃんとわかってるからね。身体と魂の構成情報――いわゆる遺伝子とかそういうものをこの物理世界のどこか依り代に宿しているのよ。今回それに当てはめられた不幸な人物――それがミヒャエルの有機電波に操られていたシクラメンとアキレギアなの。多分二人に刺さっていたアンテナに入っているはずよ」
「変態やん……」「良かった、ボクはハズレで」
ミコの説明を聞いたシクラメン、アキレギア、スオウバナの三人の内、シクラメンとアキレギアは乙女の身体を男に弄ばれた事実にげんなり拒絶反応を示した。「変態やん……」というアキレギアのつぶやきがそれを如実に表している。そして唯一その被害を免れたスオウバナだけはホッと一息ついていた。そりゃ安堵もするだろう、サクラは深く同意する。
と、ここまで黙ってミコの話を(一緒に)聞いていたイヴァンとミヒャエルがシクラメンとアキレギアの身体で過剰に笑って話しだす。
「そういうことだ。理解したか能無し共? オレ達は自分達が使う『加護』の法則そのものになったのよ。黙っていたけど正解だったな。レインの講義は解りやすくていいぜ」
「ああ、そうだな。リスクについてもおおむね正しい。レインの言う通り、オレ達はこの操っている身体――そこの女共の身体に挿したアンテナに己の設計情報を仕込んでる。だがな、オレ達がこうして身体を乗っ取っているのはそのリスクを低減するためさ。こうして物理世界の依り代に意識を表しておけば法則界の浄化作用を低減し、レインの言う消滅までのタイムリミットを先延ばしに出来んだよ。ぶっちゃけ今日この決戦においてはオレ達が消えることはねえぜ。オレ達は完全ノーダメージのまま、力と人形を操れる。今のオレ達は気象一族にも匹敵する災厄なのさ」
「そう、それに加えてもうひとつ、お前らにとって都合の悪い事実を教えてやるぜロック&ロール。このオレ、イヴァン=山野辺の使う『加護』=『山の特別加護』からなるバリア発生能力は空中でもがいてやがるあの四人を隔離するのに使ってるのでもう使えません。わかるか? これからオレ達は防御ガン無視でお前らの攻撃に専念するってことだ。でも何の問題もない。なぜなら自分自身の身体と魂は俗世から消したし、この依り代は傷ついても全然構わないからだ。他人様のものだからだよ!」
「ま、傷つけられるもんならしてみろってことでもある。このオレ、ミヒャエル=河野の使う『川の特別加護』が作り出す、超攻性流体膜で覆った操り人形三体を傷つけられるもんならなあ!」
そこで話は終わった。ミヒャエルが操り、かつイヴァンとミヒャエルの意識の依り代ともなったシクラメン達三人の身体が水のようなものでその身体を覆われ、こっちに突進してきた。間髪容れずにコスモスとスイートピーは「飛んで! 避けるよ」とサクラと萌枝に告げ、二人を持ち上げ飛び上がらせてから自分達も飛んだ。その真下を水化粧でもした怪人と化した敵が紙一重の差で通り過ぎる。その痕跡を見てサクラはビックリ。なんと湖から水煙が吹き出ていたのだ。敵の通り道に沿って立ちのぼる蒸気の煙とその下で窪み暗い色に変わった湖面の痕跡が、ただならぬ脅威を知覚させる。
「うえっ……なにあれ」サクラはこうとしか言えなかったが、隣で雨装活化の推進器でもって滞空している萌枝はこっちに真剣な目を向けて説明を始めた。
「もう……ちゃんと見てなきゃダメだよサクラちゃん。シクラメンさん達の身体――自然学派が人形なんて宣って操っている身体を覆っている液体膜、あれが湖面を……ううん、触れているものは空気もなにもかも削り取ったんだよ。攻撃力の要は回転。あの液体膜、滑らかに全身を覆っているように見えてその実大小多様な大きさの渦で埋め尽くされている。大きいものでも直径は1センチ以下、そんなマイクロサイズの渦が大量に高速回転して触れるもの全てを削り剥離させているんだよ。しかも渦の回転方向も隣り合うものでさえ決して一致しているわけじゃない無作為回転。あんな凶悪な工作兵器に触れられたら皮膚はブチブチ捻り取られ、肉はボコボコ穴まみれにさせられちゃうわ……うぷ、グロいこと言ってたら吐き気が」
「萌枝ちゃんよく言ったよー」「ぱあ萌枝ちゃん、深呼吸して」
解説途中で吐き気に口を抑える萌枝の背中をコスモスとスイートピーが優しくさする。実に絵になりそうなものだが、枝骸装甲と雨装活化の鎧をお互い纏っていること、そしてなによりさすっている一人が幼女外見のコスモスであることから違和感しか感じない変梃な構図であった。しかも途中でスイートピーの携帯電話に着信があり、スイートピーが離脱してしまったので、さすっているのがコスモスひとりになってしまったことが変梃さに拍車をかけていた。見かねてサクラがスイートピーの代わりにさすってやると、すぐに萌枝は回復した。いや……もはや快復と言ってもいいくらいの露骨な態度の違い。
「あら素敵ー。これが友情パワーなのねー」
やたら友情を揶揄するコスモスの賛辞を、顔を赤らめつつも受け取りながら、サクラは低空から下の様子を観察した。逃げた自分達が追撃を受けることもなくこんな小芝居やってられるのが不思議だったから。でも下を見てすぐに納得した。湖面上では影法師達が遠巻きに敵を包囲し、注意を惹き付けるかのようにちょっかいじみた狙撃を繰り返していた。敵は攻防一体の流体膜で身体を覆っているので傷ひとつつけることはできなかったが、なにせ相手はイヴァンとミヒャエル。ツバキ達の挑発に乗った件といい、バカにされると目の前の相手しか見えなくなるのは確認済み。影法師達には意識を持ち喋れる者が五体いた。シクラメン、アキレギア、スオウバナ、そしてクエイクとウェイブ。キャラクターに似合わない罵詈雑言が狙撃の合間に挟まれており、敵はそれにカッとなって四方八方縦横無尽に八つ当たりを繰り返していたのだ。超攻性流体膜の攻撃力をどうやって処理しているのかと思いきや、なんと影法師達は敵がやってくる寸前に元の影に戻ってやり過ごしていたのである。なるほど影に戻ってしまえば物理攻撃は影を落とした物体の方に流せる――なんともセコいが上手いもんだと、サクラは心底感心した。
と、ここで携帯電話を弄っていたスイートピーが驚愕のひとこと。
「ぱいへんだねミコちゃんも。黒い手足で“クエイク”と“ウェイブ”を翻弄し、こっちでも影法師たちを黒いタクトでリードしてるんだから」
「えっ……あれ、ミコさんが操っているんですか?」
「そうだよ。だってキクの配下のシクラメン達があんな罵詈雑言言えると思う?」
「あ、そうか……」
すこぶる納得するサクラと萌枝。キャラに似合わない言動だと思っていたが、ミコが操っているならむしろ自然だ。ミコならあれくらいのこと、嬉々としてやるだろう。昨日今日一緒にいたからわかるものもある。
と、そんなヒントをくれたスイートピーは、まだ携帯電話をポチポチしていた。いくら余裕があるからって戦闘中に――そう思ったサクラは諌言してみることにした。といっても、実際には質問って形だが。
「もースイートピー様、さっきから携帯電話カチカチって……誰からですか?」
「え? ミコちゃん」
悪態じみた口調をサクラは後の祭りと即恥じた。まさかミコからのメールとは、思いもつかなかったから。その様子が顔に出ていたのだろう、スイートピーから「ドンマイ」と励まされる始末。わけもわからず自分がとてつもなく情けなく思えた――少女の日の思い出。
それでも会話の突破口を開くことはできたらしい。後から続いたコスモスがおいしいところを持ってくように会話に加わった。
「自然学派のチバトロンを講義したときは口頭ー、なのに今回は携帯電話かー。つまりーあいつらに聞かれちゃマズいこと、でしょー」
「ぱすがコスモス、その通り! ミコちゃんがメールで教えてくれたのはね、自然学派の攻略法だよ」
――は?
(こ……攻略法?)
サクラと萌枝は固まってしまった。無理もない。今闘っている相手の攻略法などという極めてタイムリー、だけど突拍子もない情報に呆然としてしまったのだ。そりゃありがたいのは確実なんですけど……あまりにも展開が突飛すぎる。そうとしか思えない。それは幼いサクラと萌枝のひとつの限界でもあった。
だが大人の世界はさらに奇妙な不思議世界。スイートピーがこんなことを語り出したのだ。
「自然学派の連中が持ってる『加護』は厄介だからね。古くから気象一族や伝承楽団を始めとする有識者がその対策研究をしてたんだって。んで、まとめた攻略法はネットの片隅に自然学派攻略サイトとしてまとめてあるからってメール。あとはそのサイトのリンクとサイト会員であるミコちゃんの会員IDとパスワードが貼ってあるの。ほら」
そう言ってスイートピーが見せた携帯電話の画面には確かに彼女が語った要旨とサイトのURL、そしてIDとパスワードが書かれていた。
「口で伝えるようなことじゃないからね。メールが一番安心なんでしょ。カチッとな」
ミコの配慮を感慨深げに語るスイートピーが携帯電話を手元に戻し、メールに貼付けられていたリンクをクリックし、ログイン画面にささっと入力。すると彼女の瞳孔が大きく開く。目にした情報の衝撃だ。サクラはそれを直感した。
そしてスイートピーはぱるほどねと呟きながら、同じ高さにいるサクラ達三人に再び携帯電話の画面を見せた。画面が移すサイト名は紛れもなく、「自然学派攻略サイト」。
その中でも今下で影法師達と水上戦を繰り広げているイヴァンとミヒャエルの個別対策ページがタブで別ページに分けられている。スイートピーはまずミヒャエルのページを見せていた。まあ妥当だと思う。今先に攻略すべきは下で暴れている脅威のミヒャエルの方だと子供でも(ここ大事)わかるから。
見てみると……出るわあるわの情報オンパレード。氏名学名電話番号生年月日に身長体重血液型に体脂肪率といった(後にも先にも絶対どうでもいい)個人情報の箇条書き。そのページ中盤能力パラメータの欄にミヒャエルの持つ『川の加護』について書かれていた。川の自然での役割――水の循環・流し下流へ運ぶ・自然を削る造形――などなど川の解釈例が書かれていた。そして当代『川の加護』を使うミヒャエルのあの超攻性流体膜の構造についてもホントに書かれていた。分子構造はシンプルだがそれゆえに強固な分子結合を作れるようになっており、なるほどあの高速回転に耐えられるわけだとサクラも萌枝も合点する。
そして肝心なその攻略法は、大別してふたつあった。
ひとつは流体膜の分子そのものを分解する化学的アプローチ。
もうひとつは流体膜の運動そのものを制限する熱アプローチ。
化学的アプローチの趣旨は流体膜の分子そのものを化学反応で別の脆い分子に変えてしまおうということ。熱アプローチの方は率直に言って凍結作戦。流体、即ち液体だから膜上で高速回転ができる――なら冷やして固体にしてしまえということだ。
「わっかりやすいー。私達にできるのはー、化学攻撃だよねーみんなー」
コスモスの感想、そして作戦選択。その判断は的確でさすが委員よと唸らされる。サクラも萌枝もその決断を妥当と見る。だって自分達は花一族、化学分野は十八番なのだから。
情報を見せたスイートピーもそうねと頷いた。されど同時に「ぱやとちり……」とため息もついたのだ。彼女は画面を下にスクロールし、もうひとつ、ミヒャエルを攻略するのに必要な情報を見せた。そう、有機電波の攻略法を。
それを黙って注視し黙読するサクラ、萌枝、コスモスの三者。読み終わったとサインを出すと今度はもう一人、イヴァンの攻略ページをタブで切り替えるスイートピー。あーすっかり(存在自体)忘れてた、と遠い目をしつつも、相手にせずに捨て置くこともできないので、そっちの攻略法も学習する三人。難攻不落のあのバリアを破壊する方法もしっかりこのサイトには載っていた。その徹底ぶりが、ちょっと怖く感じた。
ともあれ、最後のページも含め、対策は全て理解した。頭の中に叩き込み、神経を通して身体でもちょこっと予行練習。準備は万端だ。
そこに届くはまたメール。差出人はやはりミコ。スイートピーが先に見ると、「ぱお……」と感嘆の声を上げる。
「これからの私達の戦闘で萌枝ちゃんは後衛になるだろうから黒いタクト渡すってさ」
「ええっ!」度肝を抜かれた萌枝の叫び。そこにミコの「受け取って〜」との幽かな声が届く。四人して振り向いてみると、すでに黒いタクトがこっちに向かって落ちてきていた。その矛先にいるのは萌枝……全くブレない照準に、サクラは心底震えてしまう。程なくして萌枝の手に、影法師達を指揮する黒いタクト――もとい指揮棒が握られた。
「ミコさん?」タクトを受け取った萌枝やメールを受け取ったスイートピーにコスモスとサクラを加え、四人はミコの方を見上げるが、この間事態は急展開。ミコはさっきまで同様自身の四肢を使った戦闘こそしていなかったが、さっきまでとは違ってこっちに背を向け、相手をしている“クエイク”と“ウェイブ”に集中していたのだ。空中に静止しているのは変わりなかったが、“クエイク”と“ウェイブ”の攻撃が激しさを増していた。いつの間にか速度も威力も段違いのものとなっているらしく、ミコの方も余所見しつつ対応できるものではなくなっていたらしい。相変わらず構図としては、ミコが中央不動で相手がその外側から攻撃って形なのだが……攻撃を受けたミコの黒い手足が少々押され気味であった。
固唾を飲んでその戦闘風景を見守っていたサクラ達に、背中を向けたミコの声が届く。
「見てるわね。こういうわけでこっちもそろそろ本調子みたいだし、影法師の指揮は萌枝ちゃんに譲るわ! オーケストラとかと同じ要領でやれば意思が命令として伝わるから。そっちの自然学派バカ二人の処分、任せたわよ」
「わかりました。ミコさんもお気をつけて!」
萌枝が代表して声をかけると、ミコはこっちにグッとサムズアップした右手を向ける。いちいち絵になることをするなあ――サクラ達は羨望の眼差しでそれを見つめる。
しかし今は戦闘時。名残惜しい気持ちを堪えて、サクラ達はミコに背を向けた。そして攻撃を受け持つサクラ、コスモス、スイートピーの三者がそれぞれ得物を携える。といってもサクラとコスモスが自前の枝骸装甲からそれぞれレイピアと一直線・円筒状の棒を作っただけで、スイートピーは「もう持ってる」とのこと。それよりも攻略サイトに載っていた「アレ」の密造である。それができるのは花一族だけ。だから萌枝は後衛なのだ。
「できた?」「うん、できた」
萌枝の確認にサクラが答える。コスモスとスイートピーも○サイン。準備は整った。
改めて下――湖面での戦況を見てみると、シクラメン、アキレギア、スオウバナの身体を乗っ取った&操った自然学派の攻略対象、イヴァンとミヒャエルはシクラメン達の身体三体でバラバラに動き、みっつの戦線を作っていた。これはサクラ達に取っても好都合。攻撃は三人個々のつもりだったから。
「わたしが影法師さん達を指揮して連中を引き離します。影法師さん達へ攻撃する瞬間を見計らって急襲してください」
「了解、萌枝ちゃん」「おーけー」「異議なし」
サクラとコスモス、スイートピーは頷くと上空三方向へと散った。ちょうど上空で正三角形を作るように他の二人と等間隔、間をとって待機する。
その中央で下の影法師達を見守っている萌枝が、やがてタクトを振り出した。じわじわと自然を装い、サクラ、コスモス、スイートピーの方へと三極化され誘導される影法師達に敵三体。上空でタイミングを見計らうサクラ達。そして遂にそのときが来た!
萌枝の指揮のもと挑発する影法師達。カッとなって性懲りもなく突進してくる敵。
そのときこそサクラ達が静かに無言で耐え忍び、今よまだよと待ち望んだ「チャンス」だった。真下、斜め下とそれぞれ攻め方は違ったが、サクラ、コスモス、スイートピーの三人はそれぞれの武器を敵の頭上から突き刺した。サクラが手に握ったレイピアは高速回転かつその渦自体が循環する流体膜を溶かし貫通し、膜の中に閉じ込められたスオウバナの脳天に一撃。軽く刺して傷を付け、それが終わると即退散。湖面に降り立ち攻撃を回避していた影法師達と合流する。サクラの方に駆け寄った影法師の中に都合よくスオウバナがいたのは、もはや僥倖というべきか。正三角形の頂点から中央の湖面へと降り立つサクラ達、そこに別戦線を担当していたコスモスとスイートピーにそちら側の影法師達、そして上空から萌枝も降り立つ。上空でイヴァンのバリア牢獄に隔離されているツバキとデルタフラワーズの本体四人を除いた19体が、湖面の一転に集結する。
背中を預け、三方向に分けた敵を注視するサクラ達。攻撃の成果は――確かに出ていた。
攻略サイトに載っていた超攻性流体膜を化学反応で溶解させてしまう対策用体樹液による「塗装」を施した攻撃は回転剥離もなんのその、いとも簡単に流体膜を貫通し、操られていたシクラメン達の本体に申し訳程度の傷を打ち込み、本命の仕込み――抗有機電波ワクチン兼設計情報破壊ウイルスの投与を終えたのである。
結果? そんなの目に見えていた。自然学派のアホ共はおもちゃにしていた身体をくねらせ、ダイナミックに苦しんでいた。もちろんあの厄介な超攻性流体膜もgo to lose、展開することも叶わずもがき苦しんでいるのであった。当然である。自我理論のリスク低減とミヒャエルが有機電波で乗っ取っていたシクラメン達の身体を依り代としていたのに、それが今のサクラ、コスモス、スイートピーの攻撃でワクチンを体内に注入されてしまい有機電波は徹底駆除されているのだ。これではシクラメン達の身体を依り代とすることもできず、イヴァンとミヒャエルはこれまでの余裕が一変、一気に窮地に転落した。
「くそ! 攻防一体の流体膜を突破しただけにとどまらず、抗ワクチン剤まで投与されちまった。まずい……まずいぞイヴァン! このまま依り代を失っちまったら抑えていた浄化作用の大反撃大攻勢を受けてオレ達あと一分で消滅しちまう!」
「マジかよミヒャエル。ちいっ……ここは一旦離脱するか!」
「おうよ!」
そう言ってシクラメン達の身体を脱ぎ去るイヴァンとミヒャエル。後に残った無害な身体は、しっかり「当人達」が萌枝の指揮のもと、影の両手をぐいんと伸ばして本心体たる影法師の元へと回収した。意識のある影法師が身体を抱きしめている図というのは、見ていてなかなかにシュールである。
と、ここで聞こえるイヴァンとミヒャエルの悲鳴。
「なんじゃこりゃあ!」
悲鳴のした方向にサクラ達が振り向くと、そこにいたのは――。
継ぎ接ぎのキモ可愛くないぬいぐるみが二体、並んでいた。人型ですらない。強いて言うなら四足動物型ではあるが。
わけもわからず絶叫する自然学派のアホ学者に、コスモスとスイートピー、二人の委員が前に踊り出て教えてやる。なぜそんなことをとサクラと萌枝は顔をしかめたが、二人が小声で言うには、「学者は勤勉だから教えてあげないと可哀想」らしい。大人の世界は本当に深い。
「自然学派の『加護』対策、わたしたち花一族及び気象一族、伝承楽団がしてないとでも思ったー? ざーんねーん、そうは問屋が卸しませーん。ちゃーんと対策知ってるよー」
「ぱはは、その通り。私達三人の急襲奇襲には得物に三重の仕込みをしていたんだな――」
その後詳細な解説を聞いて、敵二名、特にミヒャエルは屈辱に塗れたといった感じに拳と顔を震わせる。
「得物を化学反応物質でコーティングしてオレの流体膜を突破し、その一撃でオレの有機電波とアンテナに保存してあった設計情報を破壊しやがったのか……ぐぬぅ」
「ぐうの音は出せるみたいね。さて、ミヒャエル、イヴァン――」
スイートピーはそこで一旦詞を区切って、一歩一歩と近づく。それに同調しコスモスが。それに従いサクラ、萌枝、影法師達も敵に詰め寄る。
そして放たれるスイートピーとコスモスの決め台詞。
「遺言状の準備はできた?」
かあぁっくいぃ! 見事までに決まっている。今この瞬間は多分映画とかで一番監督が渾身の演出をする、何テイクもかけて決して妥協を許さない、だからこそ必然的に盛り上がるクライマックスシーンに匹敵する。サクラはそれを確信した。子供だってバカにしちゃいけない。エンターテイメントの感情反応は全世界共通、3歳児だって理解できるシンプルで破壊的なものなのだ。
ジリジリと詰め寄るサクラ達。気圧されるのは当然で、敵じりじりジリ貧に――。
と思ったら一転! ぬいぐるみボディの分際でこっちに向かってくるではありませんか!
しかもその身体ふたつに、またも超攻性流体膜に覆われたのである。正直そうくるかと――ちょっと驚かされた。
だけど驚きもそこまで。既に対応策が摺り込まれている、勝手知ったる技である。なら自分でもできるだろう――サクラは先陣切って前に飛び出し、先程と同様の化学溶解体樹液を得物に塗りたくり、レイピア状葉切剣の二刀流を持って迎え撃とうとしたのだが……。
前に飛び出した矢先、コスモスとスイートピーの制止が聞こえた。
「待ちなさいサクラ! 匂いが違う、化学組成が変わっているわ!」
え――と後ろを振り向こうとしたが手遅れだった。サクラの施した塗装は効かずに超攻性流体膜に剣は粉々にされてしまった。向かってくる向こうと飛び出したサクラ、出会い算の前提に従い、その距離はもう目の前に。「サクラちゃん!」と叫ぶ萌枝の声が聞こえた頃にはもう目と鼻の先まで敵は近づいていた。その一連の光景がなぜかスローモーションに見える。
(やば……死ぬ?)
短い時間のはずなのに、やたら考えることのできる「かんかく」のマジック。その中でサクラは遂に死を意識した。水門連絡のときのように、死ぬから意識は暗転し消え去ると思った。が。
その直後。
身体を覆うふたつの感触。消えかけたサクラの意識は再び点灯する。その目が見たものは――。
水に覆われた自分の身体。
風に攫われた自分の身体。
そして、凍結した敵二人。
「え……なに?」
まるで敵二人と同じような自分。なぜか開いた距離。凍結してしまった自然学派の二人。そしてなにより空中に浮いている自分達――サクラは事態が呑み込めなかった。一体なんの介入があってこんなに状況が変化するのか。
わからなかった。知りたかった。そして教えてほしかった。
そこに、女性と思しき声が木霊する。優しい抱擁を思わせる、透明な声が。
「もう大丈夫よ。レインちゃんが守ってくれているから」
「えっ、誰……?」そう問い返すサクラだが、声は答えない。というかそれどころではなくなった。視界の中にいた敵二人――同じように浮いていた、そしてなぜか凍っていた自然学派のイヴァンとミヒャエルが上下から猛攻を食らったのである。
下は萌枝やコスモス、スイートピー、シクラメン達花売り子達とクエイク、ウェイブの影法師達。では上は?
ツバキ達だった。そう、攻略サイトに載っていたのだが実は自然学派とは自我理論から復活する際、展開していた『加護』の力を消さねばならないらしい。敵二人は自分達の身体をいじられたことで喚いていたため、それに気付かなかった。潜伏効果が映えたのだ。
上空から雨霰と撃ち込まれるホウセンカの種子島。
次いでツバキとサザンカの剣戟が叩き付けられる。
そのまま湖面に落ちた敵に、ビンカの拳が決まる。
空中に浮いたままのサクラを通り過ぎて敵諸共湖面へと舞い戻ってきたツバキとデルタフラワーズ。またデルタフラワーズの歌と決めポーズかとも思ったが、そうはならなかった。あの声が、再び聞こえたのだ。
「来たわレインちゃん。気象一族風のウィンド、スノウとカーレント引き連れて、招集かけられ只今見参!」
声がそう言い放つと、水の塊に守られたサクラの目の前空中に、みっつの人型が現れた。
ひとり、灰色のコートを着込み白いシャギーショートの髪をした女の子。
ふたり、スポーティーで身体のラインがしっかり見えるスーツを着た女。
そして最後、裾がふんわり広がったどこかの軍服らしき服を着ている女。
ミコと同様に小さな羽根らしきものを女の子は上腕部に、スポーティーな女は腰に装着して空中にミコみたいに静止している。なぜか軍服調の服の女だけは羽根も使わず浮いている。ただ彼女を中心に風は猛り蠢いており、薄い色素の水色の髪が、空に隠れるように靡いていた。
だが、その軍服調の女こそ、ここに響いていたあの声の持ち主だった。ということは、彼女がウィンド……?
正解だった。唐突にサクラを全周覆っていた水球が弾ける。呼吸にも不自由しなかった不思議に後ろ髪を引かれつつも、それ以上にサクラの注意を引いたのは同じ空から届く声――ミコの声だった。
「いいタイミングで来てくれたわね、ウィンド。サクラちゃんの保護に一応雨装活化・水星球の防御をかけたけど、同時に対策打ってくれて助かったわ。スノウもね、敵の凍結ありがと」
「どういたしまして」「褒めないでくださいよぉ。まるでほめ殺しじゃないですかぁ」
振り向いた三人はサクラの方――を通り越してサクラの後ろにいるミコと会話する。最後の一人が「わたしには挨拶無し? ま、何もしてないけどさ」とぶっきらぼうに言うと、ミコの「やーねカーレントったら、あなたの出番はこれからよ」という詞が帰ってきた。なので、スポーティーな服の女はカーレントで間違いない。
残る二人はミコの方に向けていた目を突然サクラの方に向けてサクラに話しかけてきた。瞳孔の収縮にサクラは驚く。すっかり油断していたから。
まず灰色のコートを靡かせている、白いシャギーショートの女の子が喋る。
「はじめまして。わたしは気象一族の一人、雪のスノウ。こっちがウィンド姉さん。あなたは?」
「わたしは……花一族の一員、サクラ」
挙動不審気味にサクラが答えると、スノウに紹介された渦中の人物――ウィンドが爽やかな笑みを向けて改めましてと自己紹介。
「よろしくね、サクラちゃん。わたしがご紹介に与った風のウィンドよ」
「そして最後の一人、君を助けなかったわたしこそ海流のカーレントさ」
ウィンド、そしてカーレントからの自己紹介を戴き、サクラは三人を識別する。無言で頷くサクラの手を取り、ウィンド達は湖面へと降りた。落ちたと言っても間違いではないだろう。なにせ、着水点には集中攻撃を受けてゴミスクラップと化していた自然学派の敵二名がいたからだ。相当なダメージを受けて動くこともできず、ぷかぷかぷーかぷ〜かと浮いているだけだったぬいぐるみ学者のイヴァンとミヒャエル。サクラ達はそいつらを踏みつぶしたのである。温く鈍い悲鳴も着水音に掻き消され、こんどこそイヴァンとミヒャエルは戦闘不能となったのだった。
「サクラちゃん! 大丈夫?」「もー無茶なことして―」「ぱなり肝を冷やしたね」「お前になにかあったら、俺達が叱られるだろ!」
帰ってきたサクラに駆け寄り、萌枝、コスモス、スイートピー、ツバキの順にみんなが百花繚乱のコメントをくれた。これを聞いたサクラは改めて軽率な行為に及んだ自分の未熟さを恥じた。ストックにも言われていたことなのに……戦闘の高揚感と誘惑に負けてしまった。不覚……サクラは心底悔やんだが、なぜかその様子を見守ってくれていた周囲は感心したような反応。なぜと顔色を伺うが、みんな全然戻らない。と、そこに背後から肩に置かれる手。裾の部分でカーレントの手だとわかった。彼女はこう解説したのだ。
「いや〜すっごいじゃんキミ! 悩める反省思案顔がすっごくいいフェロモン出してたね。みんなそれにメロメロ蕩けちゃったのさ! うーんこれが花一族の次代を担う有望な逸材の可能性かあ。へへっ、わたしたち気象一族も精進しないとな。結局のところ、突き詰めたらやっぱ人なんだよな」
(……はあ?)
サクラはカーレントの状況説明を聞いてとぼけてしまった。顔で悩殺? わたしの? にわかには信じられない解説である。なぜならサクラは自分が子供であることを誰よりも自覚しているから。
そう、自分が未熟な子供だと……。
「いいえサクラちゃん、あなたは今現在まさに進行形で大人の階段を昇っているヒロインなのよ!」
空にこだまするミコの声。広大な空虚を丸ごと響かせるような届く声での発言にサクラ達が目を空に向ける。ミコは影帽子から巨大な――具体的に言うとがま口チャックではそれほどの大きさでもないのだが、先へ先へと末端に向かうにつれ、無限に達するグラフのごとく巨大化した黒い巨足で“クエイク”と“ウェイブ”にダブル踵落としを食らわした。
「ぐぬぅ!」「がっ!」
大分身体の扱いに慣れてきたようで、“クエイク”と“ウェイブ”も頭上で腕を交差させ受け止めようとするが、大きさの差、そしてシーソー勝負にすらならない質量差と力の差はいかんともできず、二人は真下に突き落とされ、湖面に叩き付けられ、それでも勢いを殺せずに水中に沈むまでに墜ちていった。なんという威力、もとい暴力。
しかしそれだけでは終わらなかった。“クエイク”と“ウェイブ”を湖に沈め、唯一空中戦力となったミコもまた下に降りてきたのだ。その際大量に展開していた黒い手足は剣と鞘を握っていた一対だけを残してしまわれ、かわりに人一人包み込める、巨大な黒い車輪が飛び出した。中が空洞のその車輪はその中身にミコを入れると黒い座席を用意しミコを座らせ、それと同時に猛回転を初めて空中から湖面へと急降下したのである。
「避けるわよ」「ほいきた」
ウィンドの指示にスイートピーが応え、それに従い全員がその場から離れる。なぜか?――みんながいたその場こそ湖面に降りたミコが車輪を後転させて向かってきている場所だったから。おそらくは味方勢力との合流が目的なのだろう。
ミコの騎乗した黒い車輪は空を垂直に走り落下したかと思いきや、湖に着水後は回転を前後方向に使い逆回転してサクラ達が集結していた場所に後ろ向きに走り迫って停止した。
その過程でかつてサクラ達が着水の際に踏み潰したぬいぐるみ学者のイヴァンとミヒャエルが轢かれていたが、サクラ達の誰一人として心配なんかしなかった。なぜって?――ぬいぐるみだし、そもそも敵だから。敵に情けをかけるな――戦場の鉄則である。
ともあれ、空に飛んでからようやくまともに帰ってきたミコ。黒い車輪が削り飛ばした水飛沫はスチームとなって霧のようにミコの周囲を曇らせる。その様子を左右に散って避けていたサクラ達は各自自由な気持ちで眺めていた。サクラの目は仰天色であった。
「すごいです……ミコさん、あんなものまで持っているなんて」
いっそ(一周回って)清々しいくらいの気持ちでサクラが呟くと、同じ方に避けていた気象一族の面々が感慨深げに懐かしい思いを語るのであった。
「久しぶりに見たなあ〜レインの馬一駆!」
「そうですね。レインさんの誇る馬一駆! かつて疾走伝説を築いた伝説の影騎ですよぉ」
「バ……バイクって言うんですか? あれ」
すぐ近くの至近距離でのことだったので丸聞こえのサクラが話に加わると、話していたカーレントとスノウはなぜかこわ〜い顔をしてこっちに詰め寄ってきた。
「サクラ、語句が違うわよ。アレは馬一駆! バイクじゃない!」
「え? バイクじゃない……」
「そうだよぉ。サクラちゃんは勘違いしてる。あれは馬一駆。アルファベットでもカタカナでもない、漢字三文字『馬』『一』『駆』と書くのぉ」
「馬、馬一駆?」
サクラは改めて仰天した。隣に一緒にいた萌枝と顔を合わせて仰天した。二人ともちゃんと仰天していた。そりゃそうだ、仰天しない方がおかしい。だって、だって……。
気がついても既に手遅れ。サクラは口に出していた。
「なんです……その痛々しく病的なセンスを感じさせるネーミング? 誰の命名ですか?」
「レインちゃん」ウィンドの即答に、二人はさらにたまげてしまう。まさか……ミコがそんなセンスの持ち主だったなんて――二人の頭の中にあったミコの愛と優しさに溢れたイメージが音を立てて崩壊していく。いくら、いくら大人でも、こんな病んだセンスを白昼堂々と使うなんて!
抵抗感の強さが理解したい気持ちを上回りついに拒絶反応が出てしまうサクラと萌枝。そんな二人に同年代の少女――スノウが進み出てポンと手を置き、ポンとひとこと。
「ま、認められないのは人の性だけど、あれがレインさんの真実よぉ。憧れるんだったら、ああいう大人像も知っとかなきゃねぇ」
言うだけ言ったら後ろでうんうんと頷いていたウィンドとカーレントが「じゃ、行くよ。本人とこに」とパンパンと手を叩きながら告げて、そそくさささっとそのミコの元へ足を進めて近づいていく。完全に流れだった。急かされたわけでもないのに、勝手に足は動いていた。原因は不明。なので流れ。
ともあれそのおかげで変に出遅れることもなく、他の方に散っていたみんなとも合わせてほぼ同時に馬一駆の中でふんぞり返っているミコのもとへと辿り着いた。増援の気象一族、元からいた花一族、ミコが敵味方問わず実体化させた影法師達、しめて総勢29体の面子がミコのもとへと壮挙した。そう、ここに来た瞬間から増援であるウィンド、スノウ、カーレントの影も実体化し、影法師となっていたのだ。
「うーん、いいねーこのフォルム。わたしも欲しいなーこーゆー馬一駆」
近づいて合流したらいきなりコスモスのそんな台詞が聞こえてくる。これが大人のトレンドなの?――サクラは本当にわからなくなる。
そんなことを考えていたらミコは足元でトンと馬一駆を叩く。すると馬一駆――黒い車輪は元の影状のものに戻り、がま口チャックの中に消えていく。羽根は消えていなかったが、ミコの身体は重力に任されていたようで、湖面の水面に足を着ける。
「ごくろうさま」その様子を見守っていたウィンドが発した第一声。ミコもあの顔を――昨日と変わらぬ柔らかな微笑みを称えた顔を向けて応える。
「ありがと。悪かったわね、急に戦場に呼び出しちゃって。相手にクエイクとウェイブがいたから、どうしても人手が必要でさ」
「いいんじゃない。お節介。わたしは嬉しかったわよ。レインちゃんと再びタッグが組めるって聞いて。ねえ、スノウ、カーレント」
「わたしは二回目ですから」「ま、ウチの若手の不祥事だしな」スノウとカーレントも憎まれ口を叩きながらもミコとの再会を喜んでいる模様。なんとなく理解できる気持ちにサクラが浸っていると、横槍に声が入ってくる。発信元はコスモスとスイートピー。
「なるほどねー。現地集合ってのゆーのは気象一族の面々かー。いやーミコちゃん抜け目なしだねー」
「ぱしかに……助かったよ、ウィンド、カーレント、スノウ。うちのサクラを助けてくれてありがとう。まだ若いけど、この子、由緒正しき“桜”の属性を受け継いだホープだからね。ほら、サクラはちゃんとお礼言ったの?」
「あ、はい……あのときは助けてくれてありがとうございました」
スイートピーが促すままにサクラが感謝の辞を述べると、ウィンド達は「いいのよ」と言いつつも顔をふにゃりとニヤケさせた。喜んでいるようだ。




