第1話_宴の後の約束
村人達が持ち寄った食材、おかみさんとフランがそれを料理し、食卓に並べ、みんなが集まって、ほどなくして宴が始まった。
皆思い思いに楽しむ。ある者は食事に食らい付き、ある者は酒に溺れ、ある者は伝統音楽に洒落こみ、またある者は騒いだり踊ったりする。酒場でなかったら近所迷惑だ。
もてなす側のフランとおかみさんも、用意が終わると一緒に騒ぐ。それがアルコ村の習わし。フランも看板娘として、音楽にのせて踊りだした。酒は苦手でも踊りができるから看板娘にされた経緯もある。久々の宴なのもあって、フランの舞は上り調子だった。
何より今日は特別だった。踊りにパートナーがいたからだ。言わずもがな、相手はミコだ。最初一人で踊っていたフランに自分から名乗り出てきてくれたのだ。訊けば学都スコラテスで学問を修めたころ、芸事の一環として覚えたらしい。二人で踊るなんて初めてのことだったけど、ミコの踊りは不思議とフランの踊りによく合った。見ていた村人達からも大好評、大成功で幕を閉じた。
そして踊り終えて舞台から降りた時、ミコはこう宣言した。
「わたしはこのへんで遠慮しとくわ。みんな、今日はごちそうさま!」
村人達からの大歓声を背に、ミコはまだ踊っているようなテンポで階段を上って行く。フランはそれを最初眺めていただけだったが、やがて意を決して、後を追いかけることにした。
「わたし、部屋まで送ってきます。ミコさん、大分飲んでましたし……廊下で眠ったりしちゃうといけませんから」
そうだね、行っておいで――酒を飲んでいつもにも増して威勢の良いおかみさんに発破を掛けられ、フランは階段を駆け上がって行った。早く、早く追いつかないと。その思いを胸に、ぎしぎし悲鳴を上げる階段を踏みつけた。
「ミコさん!」階段のなくなるまさに終盤、終点、終着地帯でフランはミコの姿を捉えた。見るが否や、声が先んじて出た。不思議な感覚だった。
「あら、フラン……ひょっとして、見送りに来てくれたの?」
ミコが振り向いて答えてくれた。全身――特に頭が暗闇の中際立って目立って見えるのは、真っ黒な帽子のせいだ、多分。でも着ている服が明るい色調だから、首だけしか見えずに怖いとか思うことはなかった。フランはそれも含めて安堵した。
「はい。お客様に快適な就寝をお届けするまでが、宿で働く者の務めですから」
「えっ? わたし、別に他になにもしないわよ? 部屋についたらすぐ寝るけど……?」
「えっ?」フランは鸚鵡返しにミコの詞を繰り返した後、頭が完全に固まってしまう。ミコがなにを言っているのか、すぐには分からなかったからだ。
そしたら、ミコはそっぽを向いて、顔を赤らめだした。
「それに、ほら……女の子同士っていうのも、ね?」
そこまで聞いて、ようやくフランは回路が繋がった。にしても酷い誤解である。すぐに否定しなければと思い、捲し立てる。
「あやわわわ、違います。ミコさんが思っているようなことはしません! この宿は健全な宿ですよ!」
「そ、そうなの……」ミコが気圧されたふうに頭を後に仰け反らせてフランの声を受け取る。
「そうです!」フランは大声を張り上げた。酒場ではないので今度こそ近所迷惑だ。でもそんなこと構っている余裕はない。自分は普通の女の子であると、ミコには分かっていてほしかったから。
そしてフランの大声が収まるのを待って、ミコが口を開く。
「よかった。じゃあわたしとあなたはいいお友達でいられるってことね」
「はい……」動揺したのとさっき怒鳴ったことの代償で、肩で息をしながらも、フランはそれを肯定した。受け止めた、と言った方がいいかもしれない。初めて「お友達」と言ってもらえたのだ。
「さ、行きましょう。話すなら階段より部屋がいいわ」
「そ、そうですね。さ、お送りいたします」
二人して連れ立って残った階段を昇りきる。部屋に入ると、ミコは蝋燭の灯りをともすこともなく、一目散にベッドへ飛び込んだ。
「ふぃやぁ〜。天国だわぁ〜」曇り空ゆえ決してふかふかとは言えない枕を抱きしめながらミコがゴロゴロ寝転がる。まるで猫のようなその意外な一面に、フランは胸がキュンとなった。思わずこうなってしまう自分の不覚を慌てて否定する。さっき健全だって主張したばかりなのに。
でも、ミコさんなら――。
そう思えたフランは、今にも眠りそうなミコに、勇気を振り絞って声を掛ける。
「あの、ミコさん、明日、予定ありますか?」
するとミコの転寝行動が止まった。ちゃんと首と腰から上を上げて起き上がり、フランの方に顔を向けて、答えてくれる。
「わたしの予定? 明日も雨っぽいから、一日中子本親本を読書するつもりだけど……」
「なら、一時間だけ、わたしに村を案内させてくださいませんか? ミコさんにぜひ見てほしい場所があるんです――」
どうですか?――そう訊くつもりだったのにそれは遮られた。阻まれた。
なぜか――ミコが先んじて「いいわよ」と賛成してくれたからだ。
フランは胸が高鳴るのを確かに感じた。その後のことはよく憶えてないくらいだ。確か「約束ですよ? じゃあ、おやすみなさい」と別れの詞を告げて、ミコの「そうそう、レインさんには気をつけて」との詞を賜り、階段を下りてきて宴の終わるのを見守り、やがて主賓のレインが部屋へ戻るのを合図にみんなが雨の中各々の家へと帰って行くのを見届けていた。
気付いてみれば、あれだけ賑やかだった酒場にいたのは、自分と酔いどれたおかみさんだけ。そのおかみさんも久しぶりにベロベロの泥酔状態だ。こうなったら自分が片付けるしかない。
「よぉーし!」
明日のためにも。飛ぶ鳥後を濁さず、である。フランは一人片付けのいう名の闘いに突入した。




