第4話_ビオトープでの短い作業
ガデニアの中枢を占める地区で一際目立つ、栄華会館。
だだっ広い敷地を持っておきながら、建物の占有面積は大したことなく、また高さも四階建て、一階あたりの高さこそ4.12メートルと無駄なくらい高いものの、結局全高は20メートルにも満たない低さ。高層建築の多いガデニアを統べる花一族の本拠地とはとても思えない。質実剛健な造りで外装はそこそこではあるが。
それでもここを初めて訪れたミコはやはり意表を突かれたようで「これが栄華会館?」と立ち尽くしてしまっていた。まあ当然ね――サクラと萌枝は頷き合う。と同時に、邪悪な笑みを見せ合いもする。目に見えるものが全てではない――そう、ミコが及びもつかないような秘密がこの栄華会館には備わっているのだ。
「さ、入りますよミコさん」
サクラが音頭を取る。ミコはハッと気を取り戻し「え? ええ……」と頷いた。
そこに前を見ていた萌枝が正面エントランスを指差して続ける。
「あっ、あそこにツバキさんいるよ」と。
その指摘を受けたサクラはミコとほぼ同時に振り向き、目を凝らす。すると確かにそこにいた。黒い詰襟の委員会委員のみ着られる礼服を着込んだ金髪の上司――ツバキの姿が。
サクラは兄貴分でもある彼の姿を確認するとまずは手を振った。彼は頼りがいのある笑顔でそれに応えたが、次の瞬間、突如その姿を消した。
それと全く同じタイミングで、サクラと萌枝の後ろにいたミコの気配も消えた。萌枝はミコの消失跡を見て「どこ、どこ?」と顔をキョロキョロさせる。サクラも最初はその状態だったが、曲がりなりにも花一族、すぐに二人の気配を察知した。
「上!」サクラは上空を指差し、上を向く。
「上?」萌枝がサクラの叫びを鸚鵡返しに繰り返して、自分も上を見上げる。すると――いた。
上空で一戦交えている、ツバキとミコ=R=フローレセンスが。
「って兄さん葉切剣ウーゾケルト抜いてる! 本気だわ!」
元対外戦闘部隊、歴戦の勇士でもあるツバキは花一族有数の剣士として知られている。特に彼が使う植物の葉を使役し作り出す葉切剣ウーゾケルトは、花一族の最強剣と畏れられた名剣だ。それを遠慮なく使うのか――サクラはこれが戦場で知り合った二人なりの挨拶・戯れの儀式であると見抜いていたが、ツバキの意気込みを見誤っていたことを思い知らされ、少なからず震撼した。
だが。ミコの方も負けていなかった。あの影帽子のがま口チャックから無数の黒い腕と足を展開し、六本の手による白刃取りや手づかみでウーゾケルトの斬撃を受けきり、そして足による蹴撃を全方角からお見舞いしたのだ。それをツバキは全身に枝骸装甲を纏って喰らう。
一撃同士、撃って撃たれてを繰り出した二人はそのまま組んず解れつで地面に落下してくると、頃合いを見計らって離れ、着地した。ツバキは枝骸装甲で強化した自分の足でだったが、ミコは攻撃に使った多数の黒い足を蜘蛛のように使って着地。自分の足は使わなかった。そういうなにもかも影帽子任せなところが実にミコらしいとサクラは思えた。
そして馴れ合いは終了。二人は武装を解除し、手持ちぶさたとなる。
「相変わらず影帽子頼みの戦法かいレイン……いや、ミコ=R=フローレセンスだったな」
「汎用性に富んでる上に、身体と違って使わないと感覚と技術が鈍るからね。ツバキ、葉切剣ウーゾケルトでの挨拶、久しぶりにお姉さん震えたわよ」
「どうも。ともかくよく来た我が好敵手よ。今宵は客人として歓待しよう。ほれ」
そう言ってツバキはミコにプレートらしきものを投げ渡す。もう危険はないわね――そう判断したサクラは事の顛末を固まって凝視していた萌枝の手を取り、ミコの隣へと二人して駆け寄る。そして覗き込んでみると、それは紛れもなく、栄華会館の施設、設備使用を許可する、特別ゲスト用のキープレートであった。萌枝のゲスト用キープレートより使える代物である。
まじまじと眺める三人に、ツバキが説明をしてくれた。
「委員会にフリーランスになったレインが来るぞって伝えたんだよ。そしたら緊急会議になってな。議論は紛糾、でも最終的には貸しを作って利用してやろうってことで話はまとまり、その大盤振る舞いだ。全く……昔からお前の演算は外れないな、ミコ」
「ミコって呼んでくれるのね……気象一族の元お仲間達にも見習ってほしいわよ、ほんと。それにしても買収も偽装工作もせずに済むとは……わたし自身ちょっぴりびっくり。この借りはちゃんと返すとしましょう」
ミコはそう言ってキープレートを指先で角ひとつを乗っけるかたちでくるくる器用に回してみせるとしばらくそのまま遊んでいたが、やがて指二本で挟み保持する。そのタイミングでツバキが踵を返して告げた。
「じゃあついてこい。俺の研究室に案内してやる」
「ええ。わたしはあなたについていく。今だけね」
「待ってくださーい。ほら、萌枝ちゃん」
「サクラちゃん。わたしも一緒に入れて」
三者三様――一人多くて四者四様のかけあいを見せた四人は結局一丸となって正面エントランスを通過した。もっとも、一人ずつキープレートを認証しなければ入れなかったが。
中に入るとそこはさらに広い四階まで吹き抜けのエントランスホール。前にはデカいエレベータが12基、横一列に並んでいる。
「よし、行くぞ」ツバキが手を前に振って合図する。そこにミコの質問が入る。
「あんたの研究室って何階なの?」と。こりゃわかってない。サクラは確信した。
するとツバキは澄ました顔で、ミコの方も振り向かずに、
「地下77階だぜ」と答えたのだ。
サクラは決定的瞬間を目撃すべく萌枝の手をかなりの力で握りしめながらミコの顔を見上げていた。手を握られていた萌枝も一緒になってやはりミコの顔を見ていた。彼女もわかっていたのだ。力を込められたのは二人揃ってベストシーンを見ようという声にできないサクラの合図だと。二人して見上げる先にあるミコの顔。その顔は――。
ぼーぜんと、間抜け100点満点の、顔の芯まで抜け落ちた面白顔でした。
(はい! いいモン見させていただきました!)サクラと萌枝は脇の下で親指立てた拳をこつんとぶつけてガッツポーズの代わりとした。こういうのは当人の知らぬところでひっそりと楽しむものですから――いまどきのエンジョイマナー、サクラも柿之本萌枝もそのマナーを修得している人間なのである。
「地下があるの……ここ?」
知らぬはレインばかりなり。レインことミコがようやく我を取り戻して放った第一声がこれ。ハハハ、やはりわかっていなかったのね。サクラは自由の利く片手でポンとミコの背中を叩く。ミコは柄にもなく「ひゃっ!」と怖じ気づいたような悲鳴を上げる。そのリアクションがますます面白い――ついにサクラと萌枝、そして顔を向けなかったツバキの三者は声を出して笑い出した。はははははと。
「おいおいミコ、仮にも都を統べる一族の本拠地が四階建てで十分だと思ったかい? 俺はそうとは一言もいってねえぞ。なあサクラ、萌枝」
「うん」「そうですね」サクラと萌枝がツバキよろしく澄ました顔で続く。ここに至って初めてミコは、自分が無知であったことを知らされ羞恥にその身を悶えさせた。
「あーっ、やられた! 騙された! 敷地が広いから花用の庭にしてんだろとか狭くても上手く使ってんだろとか別館でもあるんだろとかって勝手に納得しちゃってた。悔しぃ〜」
「勝ったぞ……サクラ、萌枝。俺達はあの気象一族のレインことミコ=R=フローレセンスに勝ったんだあー!」
雄叫びを上げて豪快に拳を突き上げ、ガッツポーズをとるツバキ。サクラと萌枝もそれに続く。相手に気を使うこともなく盛り上がれるときはとことん行け――エンジョイマナー第五条――を三人はこの身この心で実践していたのだ。そしてミコはその拍子に崩れ落ちる。悔しいだろうと同情する気持ちもなきにしもあらずだったが、九割九分はミコの自業自得。なのでほっとく。歓喜の瞬間とは悲哀の瞬間と並び人生の道の中で遭遇することが稀なイベントなのだ。ミコには悪いが楽しもう。とことん笑ってやるのも礼儀である。
そんな構図がしばらく続いたが、楽しい時間は短く過ぎる。1分もせずに四人は冷めてしまい、落ち着きを取り戻し元に戻る。盛り上がっていたツバキ、サクラ、萌枝の三人も。落ち込んでいたミコの方も。
「じゃ、今度こそ行くぞ」ツバキが先導するとサクラ達は素直に、犬のようについていく。ツバキが入ったエレベータにこそこそそそくさと入り込み、地下77階を指定するツバキの様子を信頼して見守る。まもなくしてミコが沈黙状態を破り、質問という名の口火を切った。
「この栄華会館って、地下埋没型の建物だったのね、ツバキ」
「ああそうだ。だが厳密には建物じゃないな。球体状の空間を地下にいくつも掘り続け、その心柱として栄華会館のビル棟が貫かれているわけだ。地下階層は365階まであるぞ」
「深いわね。地震の起きないこのご時世でこそできる御業だわ」
「ふふ……気象一族として地震を司るクエイクを知っているお前が言うと詞の重みが違うな。サクラ、萌枝。こいつの元いた気象一族にはな、クエイクっていう地震を使う奴がいるんだぜ」
「えっ……どういうこと、サクラちゃん?」気象一族の事情など露程も知らない萌枝がサクラに尋ねるが、戦争を知らないサクラも詳しくは知らない。なので視線をミコに泳がす。元気象一族のメンバーに話を振った方が、有意義と幼いながらに判断したのだ。
ミコもその視線を受け取り、サクラの頭に手をのせ「いい判断ね」とサクラを褒めてから語り出した。
「わたしのいた気象一族ってのはね、気象だけに留まらず、地震っていう大地の振動災害や津波っていう山まで飲み込む水害災害といった、古代天災と呼んだ広義の自然現象を契約か封印によってその身に宿す『端末』達の集まりなのよ。端末には2タイプある。先にも述べた契約型と封印型ね。わたし、レインや他の気象現象の大部分は契約型端末。適性を持って契約することで自分の意思でその自然現象を行使するタイプ。で、もうひとつが封印型端末。起こりうる自然現象を適性という名の器でもって全てその身に封印し、その現象を必要時に解放するタイプ。クエイクはまさにそれ。この人間・生命世界で地震が古文書や歴史の教科書でしか知られていないのは気象一族に属した歴代のクエイクがそのエネルギーを全てその身に封印し続けてきたからなの。それだけにその力は代を経るごとに増してく一方でね。しかも当初は契約型だったのを封印型に切り替えたという曰く付き。文明そのものをリセットできる力を持つがゆえ、古来より決して実戦では使われなかった、されど気象一族の抑止力としての役割を担ってきた、ヒストリークラスの強者よ。でもね、歴代のクエイクが封印型でもってその端末に地震を封じ込めてきたからこそ、今の時代に地震はなく、こうして地下の名城栄華会館は成り立っているんじゃないかって、そういう話だったのよ」
「なるほどですー」萌枝がその意を得たりといった返事をする。詞にはしなかったが、サクラもまたミコの話に聞き入っていた。契約型と封印型などいう分類から端末、ヒストリークラスといった用語まで、初めて聞くことが目白押しだったからだ。聞いていて思ったのは花一族と似ているようでやはり似て非なるものであるということ。その力を求め得たところは対象が自然現象と植物という違いこそあれ、サクラの属する花一族と気象一族、その成り立ちはほぼ同質だと思えた。でも対象が違うだけに、その力の源泉や力の扱い方には差異が多いとサクラは結論する。自分達のことを『人基』と呼ぶサクラ達花一族にとって、気象一族の『端末』という単語はその最たるものに思えた。似て非なる存在――サクラの脳裏にそんな表現がよぎる。
と、そこまで考えきるとエレベータの下降に伴う無重力感覚が消える。と同時にツバキの詞。
「着いたぜ。降りるぞ」
ミコの長い口上を聞いている間に、サクラ達の乗ったエレベータはツバキの研究室がある地下77階に到着していたのだった。再びツバキの先導し、サクラ達はその後をてくてくぽてぽてと辿る。
目に入ってくるのは、一面開けたビオトープ。遠目に見えるガラス張りの窓が、ここがまだ建物の中であることを改めて認識させる。その先に広がるアンダースフィアのカラーが夜を告げる黒なので、ビオトープを照らす室内の明かりが際立つのだ。
「すごいわね……地下の球体空間に心柱のビル、しかもなにここ? 外とほとんど変わりないビオトープじゃない。研究室とは思えないわ」
ミコが心底感心したと言った感じの口調で、心を震わせた声で感嘆する。その様子を見ていたサクラはなんだか嬉しくなり、威張って胸を張る。
「どうですか? 花一族の栄華会館は」などとのたまってもみる。隣の萌枝まで真似している。その様子をツバキは微笑ましげに見守ってくれていた。
そして、ミコもわかっていてくれていた。サクラと萌枝の遊び心……無邪気な子供心を。
ミコは両の手をサクラと萌枝、二人の頭に載せて優しく、しかし力強く撫でてやると、二人と同じ位置まで進み出て、そして駆け抜け追い抜いていく。残されたサクラ達が振り向くと、大きな背中が眼に入ってくる。
それはこのアンダースフィアよりも大きいのではないかと、そう思わせるくらいに――。
「で? お前は俺の研究室でなにがしたいんだ」
ツバキがいまさらにミコの目的を問う。ミコはそれに応えるように影帽子の中から花の墓所で収納した荷物を吐き出した。
サクラが使っていた荷台にリバムーク・プロトタイプとキャッシャー。
荷台を横に置き、二本の花を自分自身の『手』で取ったミコがかくかくしかじか説明すると、ツバキはプッと吹き出し爆笑。そんなこと考えんのはお前だけだぜ〜と笑い転げる。しかしすぐに起き上がり、ま、この世の果てまで旅する前なら見つけられんだろうなとも呟き、こっちだと踵を返した。ミコもそっちへついていく。その様子を見届けていたサクラと萌枝も目を合わせ、頷き合い、後に続いた。
程なくして着いたツバキの研究室。ビオトープの中にある、ガラス張りの天候調整室。
その中に皆が入ると、ツバキが空いている机を指差す。
「あそこで待て。受粉に必要な道具は俺達が取ってくる。サクラ、萌枝、手伝え」
「はい」「わかりました」二人も神妙に頷き、迅速機敏に行動する。三者三様の上、それぞれの動きが速い。結果? 言うまでもない。20秒もかからずに、ミコの待っている机の上に必要な機材が揃った。
「ありがと。みんな」ミコが三人の方をいちいち振り向きながら目でも礼を言う。素直な感謝――それだけに心を強く震わせる。サクラはこの上なく満ち足りていた。
「このキットがあれば受粉作業もそれまでキャッシャーを保たせるのも十分ね」
「そうとも言えねーぞ。問題は時間だ。特注の肥料液を用意してやったが、受粉した後種ができるまでは最短でも1週間はかかる。それまでお前をここに泊めておけるかどうかは委員会次第だ。とりあえず一泊ってことでしか、そのキープレートは記録してないからな」
ツバキの冷静な指摘は、別の一族に厄介になる苦労の話。確かに、一族の中枢に一族外の者を一週間も留まらせるほど花一族は機密意識が低くない。協力関係者でゲスト用プレートを持つ萌枝でさえ、2日とここにはいられない。
だがミコはここであの不敵な自信を持った笑みを浮かべる。
「十分じゃない。忘れてない? わたしは元気象一族。そして今でもレインなのよ。雨に加速信号を組み込み降らせれば、この子は翌朝には種をつけるわ」
「あ……そっか」ツバキは一瞬ぽかんとしたが、すぐに合点がいったという顔になる。
一方そうならないのはサクラと萌枝である。加速信号? なにそれ……と頭の中は疑問符だらけだ。だがミコはもう綿棒を手に取り、受粉作業に取り掛かっていた。
丹念にリバムーク・プロトタイプの花粉を綿棒に纏わせ、キャッシャーのめしべに塗り付けていく。そしてそれを終えると、そっとキャッシャーを肥料液のビーカーにつけてやり、手を放す。そして――。
その掌を天井に翳し、何度かくるくる回したのだった。
「来たな」ツバキが懐から携帯電話を取り出すと、なにやらコマンドを打ち込んで電波を飛ばす。すると研究室の上空に光紙ディスプレイが現れ、外の様子を映し出す。
「見てみな。サクラ、萌枝。これがこいつの、レインと呼ばれた女の力だ」
ツバキに言われるまま、サクラと萌枝が外の様子を見る、と――。
雨が降っていた。荒ぶることない優しい雨が、空から地面に降り注いでいた。
「まさか……これ、ミコさんが?」サクラは様々な思考が巡り巡って混乱していた。が、言いたいことは頭で理解するよりも先んじて出た。気象一族のレイン、なら雨を降らせることもできるはず――そういう結論に。
そして事実それは正しかった。手の空いたミコがサクラの仮説を肯定してくれたのだ。
「そうよ。雨を知り、雨を呼び、雨を使う。それがレインの名と属性を持つものの力。今わたしはここガデニアに雨を降らせたわ。特殊な信号――加速信号を混ぜた雨をね」
「加速信号っていうのはなんですか?」今度は萌枝が口を開く。好奇心の塊である萌枝にとって、はじめて見る気象一族の力は絶好の興味対象なのだ。
「雨に直接触れるもの……または雨音や雨の匂いといった雨のもたらす五感影響でもって雨の降る範囲内での時間の経過速度を早めることよ。受粉させてから種ができるまで7日間、ならそれを1日以内で済むように加速させようって話」
「な、なるほどです」
「もっともこの加速信号は雨の範囲次第で無差別に他の人とか巻き込みかねないから、この夜だけにしておくつもりよ。夜に雨が降れば、祭で騒いでいる街の人達も家に帰って寝るでしょうしね。注意して今回の加速信号は寝る人達とかは加速対象外にしてあるから。手を抜いた果てに他の人巻き込んで歳取らせやがってとか言われたくないし」
「ハハ……違えねえ。作業も済んだし、後は時間の問題だ。もう寝るぞ。サクラ、萌枝」
「えっ?」サクラは指示を出したツバキの方を見る。それはミコだけじゃなく、成り行きでついてきた萌枝も泊めるということなのだろうか?
サクラがその旨をツバキに問うと、ツバキは首肯した。
「聞いてなかったか? この雨は起きている奴は加速させちまうんだ。ならもう外に出して帰らせることはできないだろ。元々れっきとしたゲストなんだ。今日一日泊めるくらいわけないことさ。家には俺が連絡入れといてやるよ」
「そっか……。だってさ、萌枝ちゃん。また3日ぶりだけど、泊まってく?」
「もちろん! でもツバキさん、わたしお風呂には入りたいです」
「当然だな。それがレディの嗜みだ。来い、こっちだ。サクラも一緒に入れ」
「はーい。今日は疲れましたー」
「俺は別の風呂場を使って寝る。今日の仕事はもう終わったからな。ミコ、お前はどうする?」
「うん、お世話になるわ。ここでハンモックでも張って寝るわよ。お風呂もね。それにしても……」
「ん?」最後にミコと話していたツバキが突如会話を打ち切ったミコを訝しげに見つめる。
ミコはツバキの方を見ていなかった。視線の先には――萌枝がいた。
「萌枝ちゃん」
「え? は、はい……どうかしましたか?」
「ううん、他愛もないことなんだけどね……漢字こそ違うとは言え、その名前をもう一度聞くことになろうとはねって、ちょっと感慨に浸ってたんだあ」
「え? それって……」萌枝はそれ以上口を挟めなかった。口上に詰まってしまったのだ。
だが、それを見かねたサクラが萌枝の手を取り、隣に寄り添ってミコに訊く。
「つまりミコさんは『もえ』って名前の人と、前に会ったことがあると?」
「サクラちゃん……」
「フン」寄り添う体勢から寄りかかり隠れる体勢に変わる萌枝を庇うようにして、サクラは警戒を隠さない態度でミコに相対する。決して敵意があって対峙しているわけではないが、本当のことを確認するまではこのままのつもりだ。
だが、ミコはプッと笑い出すと、ごめんごめんと涙を拭いながらその通りよと肯定した。
「そう。ここに来る前、こことは別の場所で会ったことがあるのよ。その名前を持つ、とても高貴な方にね。どんな場所でも高そうなドレスを汚すこと前提で着る方だったから、ここがしっかりと憶えているのよ。その記憶が同じ読みである萌枝ちゃんをきっかけに思いだされたわけ。笑っちゃってゴメン。でも……だからかな。ほんと、旅はやめられないわ」
「ミコさん……」サクラは後ろに隠れた萌枝と頷き合うと、警戒態勢を解いた。だがすぐに背を向け、二人して風呂場のひとつへと向かったのであった。後に大人二人を残して。




