そのよん
それは千晶の悲鳴と……兵頭くんの叫び声やった。
「二人とも苦手やってんな。」
とにかく進行方向を逆流して千晶と兵頭くんを回収した。兵頭くんは普通に怖がっていて、千晶は……ブルブル震えとった。お化け屋敷にありがちな途中の出口から出てベンチに千晶を座らしたけど、千晶は俺の胸ぐらをギュッと掴んで離してくれへん。
仕方なくその背中を撫で続ける。
「ごめん、宗輔くん。頼まれてたのに俺、余裕なくて……。」
「千晶も兵頭くんも言えば良いのに。あ、そうか。なんで手え繋いでるんやろ~って思っとったら二人とも怖かったんや。兵頭くん男のくせに情けないなあ。」
「木下、ズバズバ言い過ぎやで。誰だって苦手な事あるやろ?それにそういうのに、男とか、女とか関係ないんちゃう?」
「……う。ごめんなさい。……千晶、大丈夫なん?」
木下がしょんぼりと子犬のように俺を見た。千晶はまだ震えている。昔、千晶はマンションのエレベーターに閉じ込められたことがあったんや。誰も気づかへんと30分も一人で電気もついてないのに中に閉じ込められて。だから、暗いところは苦手やねん。
「千晶、ごめんな。ちゃんと止めてやれば良かったわ。」
声をかけて背中を撫ぜる。千晶から蚊の鳴くような声が聞こえてくる。
「そうや……宗輔が悪い…ねん。」
「ごめんな。」
「いやや、許さへん。……こわかったんやもん……。」
「ごめんて。」
それから千晶は落ち着いたものの、俺のシャツの袖を一向に離そうとしなかった。
「はあ、宗輔くんも苦労するね。まるで雛と親鳥や。」
その様子を呆れた顔で木下が見ていた。やっぱり俺の立ち位置「おかん」やんなぁ。なんか、恥ずかしいから離して欲しいんやけど、ここで拒否でもしたら千晶がかわいそうな気もするしなあ。
「まあ、帰れんことないからこのまま帰るわ。ごめんな、木下、兵頭くん。」
「宗輔くんが謝ることないわ。全部千晶が悪いんやもん。いらん意地張るからや。」
「……。」
「まあまあ。木下。俺が悪いってことにしといて。な。」
「ほんま……まあ、ええわ。今日は面白いもんみれたし。宗輔くんのお弁当美味しかったし。」
「うん。ホント、美味しかったよ。またお願いしたいくらい。」
「また今日のお詫びに二人になんか作るわ。じゃ。」
まだ何にも乗ってないのにもう遊園地終わりや。千晶が気持ち悪いって言うから仕方ないけど二人には悪いことしたな。千晶は木下と兵頭くんが手え振ってくれてんのにさっきから下向いてばっかりやし、相当気持ち悪いんかな。
駅に着いた俺は二人分の切符を買う。ベンチに座って待ってる千晶はやっぱり下向いたままや。
「千晶、しんどいんか?吐きそうなんやったらトイレいっといでや。待っといたるから。」
「宗輔は……と……。」
「なんて?」
最近、聞き取りにくいの多いっちゅうねん。俺か?俺が中耳炎なんか?
「っ!だから……比奈と付き合うん?え、えらい仲好さそうやったやん。」
「……。あほか。そんなわけないやろ。」
あんなかわいい子が俺なんか選ぶか。兵頭くんもおってんぞ。誰が比べても爽やか男子に目が行くやろ。
「お前は兵頭くんとまた付き合うんやろ?」
「つきあわへんよ。振られたお詫びに兵頭くんが宗輔のこと見たいから紹介してって。」
「なんやお前がふったんか。もったいない。ええ奴やのに。」
兵頭くんの爽やか笑顔を思い出したら千晶の考えがまったくわからん。あんな爽やかでサッカー部のキャプテンやねんで。男前やし、なに贅沢いっとんねん。
「だって、キスしたくなかってんもん。」
「……ああ。お前はお預け星人やったな。あ、もう電車来るやんか。早くいくで!」
千晶がモタモタしていたのでしょうがないなぁ、と手をつなぐ。千晶は素直に手をつないできた。
なんか、ちょっとだけ握り返されたらめっちゃ照れるわ。
電車がホームに音を立てて入ってくる。俺は小学校以来の千晶の手の温もりに心をすっかり奪われてしまっていた。
だから……
「宗輔とやったら嫌やないなぁ……。」
と千晶が後ろでつぶやいたのを聞き逃してしまっていた。




