Thanks
バレンタイン小話です。
その日わたしは寝不足だった。
だって夜な夜なキッチンで手作りチョコを作っていたわけだし。
それは人生初の今日の告白には必要なアイテムで……でも。
「……なに?菅野さんもなの?」
銀色のフレームの向こうの瞳は冷たくわたしを捉えていた。
どうしてこうタイミングが悪いのか、先客が一足先に彼にチョコを渡していった直後だった。
いつも放課後にこの木の下で本を読んでたり、昼寝したりしてるのを知っていたのはわたしだけじゃなかったってことだ。彼の手には渡された銀色の小さな紙袋が揺れていた。わたしの地味で質素な茶色の紙袋がやけにちっぽけに思えた。
「え、えっと。そ、そうなんだけど。」
クラスでも人付き合いしない方でどこか一線を引いたような彼……手島湊くんとは同じオカルト好きで江戸川乱歩ファンだったとか、そんな些細な事で彼と話す機会が多かった。クラスメイトには「根暗」とか言われてたけど全然そんなことなくて笑ったらドッキリするくらいかっこよくて……前髪もうちょっと切ったらいいのにっていつも思ってた。……でも、それに気付いてたのはわたしだけじゃなかったみたい。
「これ……。」
なんだか居た堪れない空気の中、渡すしかない茶色の紙袋を差し出す。どうしてかな……朝挨拶した時は普通に返事してくれたし、昨日のテレビ番組の話も笑ってくれてたのに。今は別人のように冷たく、仕方ないと投げやりに紙袋を受け取ってくれた。
「ねえ。こういうの、面倒なんだよね。どうせなら靴箱にでも放り込んで置いてよ。」
「え……。」
その言葉でわたしは冷や水を浴びせられたように血の気が引いていくのを感じた。少なくともついさっきまでは少しはわたしに好意をもってくれているんじゃないかと思ってたからだ。「面倒」……面倒だったのか。
この状態で告白できる訳もなく……
「ご、ごめん。す、捨ててくれていいから。ほ、ほんとごめんなさい……。」
目から涙が溢れてきたのはもう押さえられそうも無かった。くるりと踵を返して手島くんを背中に走った。人生初の告白をする前にわたしは振られてしまった。
*****
河原のベンチで三角座りしてぼんやり水面を眺めていた。
こういうの、面倒だから。
手島くんの言葉とあの時の表情を思い出すと涙が止まりそうも無い。バレンタインに渡すものってどう考えてもチョコだとわかるし、わたしって気軽にもらえる「友達」でもなかったんだ。でも、考えたらいつも話しかけるのはわたしだし、本当は迷惑だったのかもしれない。勝手に気が合うとか思いこんでいたのはわたし。毎日、うっとおしかったのかもしれない。
「はあ。」
告白して付き合えるなんて思ってなかった。でも、「好き」って言いたかった。伝えるだけでよかった。もう少ししたら3年になって選択コース別にクラスが別れてしまう。手島くんは国公立理数系コースだし、私は文系で教室の位置だって端と端。もうなかなか会えない。だから毎日の朝の他愛もない会話がわたしの楽しみだったって知って欲しかった。
「明日から気まずいよね……。」
わたしってバカだなぁ。告白した後のこと全然考えてなかった。
だって、手島くんなら「ありがと」ってさらっと流してくれると思ったんだもん。なんか淡白そうだし。
でも、嫌がられるとは思ってなかった。こういうパターンも人生あるんだね。
「目、腫れてるだろうなぁ……帰りたくないなぁ。」
独り言いいながらノロノロとベンチを降りる。あんなに張り切って台所を占領したんだからお母さんにだってどうだったか聞かれるに違いない。
*****
ガツン
商店街でふらふら歩いていたら店頭のワゴンにぶつかる。うう。当たり前だけどバレンタインセール品。既製品のチョコたちがわたしを見ているような気がした。
やっぱり手作りって止めた方が良かったんじゃないかな?毎朝ちょこっと話するだけの隣の席の子にいきなり手作りチョコ貰ったら引かないか?重い?重いよね~。
君がそこにいるだけで
君の笑顔だけで
Thanks for always being there......
聞きなれた音楽が耳に入ってきた。
ああ。昨日この曲を聴きながらチョコを作ったんだ。ボーカルの子が手島くんをヤンキーにしたみたいな子で……だからこの曲を好きになったのかもしれないな。そういえば手島くんに「 pluckのボーカルって手島くんをヤンキーにしたみたいだね。」って言ったら「知ってるの?」って言われていくら流行に疎いわたしでも流行の曲くらいは知ってると怒ったっけ。……わたしの直前にチョコを渡していた大井さんは熱烈なpluck ファンだったな。きっと手島くんに前から目を付けてたに違いない。あ~んな可愛い子がさ!何もわたしの直前に渡さなくたっていいじゃない!神様のケチ……。はあ。
気が重いせいか足取りも重い。足が鉛みたい。とにかく家に戻りたくないのが体に影響してる。
でもさっきまでファーストフード店で2時間も本読んで過ごしたし、辺りも暗くなってきたし、家に帰るより他ないし。
どんなにノロノロ歩いてもわたしの住む集合住宅は見えてくるもので……
仕方なく足を右左と出して行く。
きっとお母さんもわたしの悲惨な顔を見たら察してそっとしてくれるに違いないよ。
うん。
がんばれ、わたし。
自分を奮い立たせて歩いていくとエントランスのところで人影を見つけた。
それは今、一番合いたくない人で……
「菅野さん。」
そう言って茶色の紙袋を掲げた手島くんがわたしに向かって立っていた。
******
「捨ててくれたらいいのに!返しにくるなんてひど過ぎる!乙女心がズタズタだよ!」
私は真っ先に頭に浮かんだ可能性を排除しようと必死だった。だっていくらなんでもいらないからワザワザ返しに来るなんて酷過ぎる。そんなことを考えていたわたしに手島くんは思いがけない行動に出た。
「え……。」
目の前に居た手島くんが消えて……いや、消えたのではなくて……
「な、なんで!?土下座!?」
ガバリとマンションのエントランスで男の子に土下座されてるの!?わたし!!
後ろから声が聞こえてきたのにうろたえたわたしは尚も土下座し続ける手島くんを慌てて立たせてマンション裏の小さな公園まで引っ張っていった。
な、なんなの?
幸いな事に公園には誰も居なかった。手島くんは隙あらば土下座する勢いだったのでなんとか長椅子の隣に座ってもらった。
「ど、どういうことかな……?」
「その前に謝りたいんだ。ひどいこと言ってごめん。」
「え……う、うん。」
なんだろう?誰かに怒られたとか?
「航がメッセージ見て気づいたんだ。このチョコは…その……俺宛だったって。」
「はい……?」
「やっぱり。菅野さんは気づいてなかったんだね。」
「あの……なんのことだかさっぱり分かんないんだけど?」
「pluckのボーカルの「コウ」は俺の従兄なんだ。大井さん……菅野さんの前にチョコ渡しにきた子は実家とか調べまくってて……俺が親戚だって突き止めちゃったんだ。それで何人かにはばれちゃってて。前に菅野さんもpluckのファンだって言ってて、「知ってる」って言ってたからてっきり菅野さんも「コウ」にチョコを渡してくれって頼みに来たんだと勘違いしたんだ。」
「あ、と。ファンじゃないよ……今の曲は好きだけど……。」
「うん。ごめんね。」
「謝りに来てくれたってことは……迷惑じゃなかったってこと?」
謝って返しに来たってこともありうるよね……。
「菅野さんが許してくれるならこのチョコこのままもらいたいんだけど……。」
「はあ。よ、よかった。どうぞ、どうぞ。」
「ぷ。菅野さんっておもしろいね。」
なんだかいきなりのことで頭がついて行かない。でも心がほんわかしてきた。
わたし、嫌われてなかったんだ。そう思って手島くんの笑った顔を見ると熱いものが込み上げてきてしまった
……
……うう。
「す、菅野さん!?」
「ふぇ……。その……ご……ごめ……ひっく……。」
ほっとしたのかなんなのか、わかんない。わかんないよう。
でも、やっぱり好きなんだって思ったりしたら……。
目の前の手島くんがオロオロしてる。そうだよね。いきなり泣き出したら困るよね。
……でも、なんか止まんないよう。
「ご、ごめん!菅野さん!ごめんね!」
「ちが……ひっく……なんか……ホッと……して……。」
初めは戸惑いながら……手島くんがわたしの背中をさする。だめ、優しくされたらまた涙が出ちゃうんだってば~!
「ううっ……。」
困るよね……止まれ!お願い止まって涙!
「ごめ……ひっく……ううっ……。」
「菅野さん……。」
「え……。」
いい加減泣き止まないとと焦るほど止まらない涙を手島くんが止めてしまう。
だって
わたし
びっくりして……。
涙と鼻水ダダ漏れのわたしの顔は手島くんのジャケットを濡らす。わたしの背中にはぎゅぎゅうと抱き寄せる手島くんの腕。手が、手島くんの手がわたしの髪をかき分けてながら頭を抱え込んでくる。
わ、わたし、手島くんに抱きしめられてるよね!?
「……いい。」
むぐ……。い、息が……。
「……すぎる……。」
く、苦しい!手島くんの胸を叩く。だって、息が吸えない!
「ふはっ。」
「ごめん!菅野さん!」
窒息寸前のところで手島くんが肩に手を置いてガバリと体を離してくれた。
「……。」
い、今の、なんだったの!?そう思って手島くんを覗き込むと……。
「その……。ああ~~~っ。」
「????」
なぜか真っ赤な顔した手島くんがちょっと困った顔でわたしを見ている。わたし、鼻、赤いよね?みっともないよね?し、心臓がバクバクして口から飛び出そうなんだけど……。
すると今度は壊れ物を触るようにふわりと手島くんに抱きしめられた。
「菅野さん……かわいい……かわいすぎる…。」
「!!!!」
耳元でささやかれた手島くんの声はやけにセクシーで……
わたしは熱くなった頬を押さえてただ下を向くしかできなかった。
「菅野さん。酷いことしといて厚かましいんだけど、こんど図書館にいかない?」
「う、うん。」
「クラスは離れちゃうけどこれからは一緒に帰ろう。」
「う、うん。」
「その、付き合うってことでもいい?」
「う、うん……!? え……。」
「やった!よかった!」
顔を上げると満面の笑みの手島くんがいた。
なんだか夢みたい。
「菅野さん、ちょっと質問していい?」
急に体を離した手島くんはわたしの肩越しを指差した。
「何?」
「あれ、知り合いの人かな……。」
「……。」
そこには垣根に埋もれながらハンカチで涙を拭いている中年女性が……って、お母さん!
ぎゃ~~~~っ!!
「ど、ど、ど、どうして!?」
「え、だって杞紗ちゃんの帰りが遅いから……。でも、よかったね!初カレ!」
「え、と。手島湊です。」
「よろしくね。湊くん。杞紗ちゃん親ばかながら、良い子だからおススメよ。」
「お母さん!」
お母さんは手島くんを家に誘った。三人でお茶したのは意外にも楽しかった。
それからわたしは数年後に就職してから手島くんと結婚した。
あの時のメッセージカードは今も彼が大切にとっている。
手島湊くんへ
毎朝のあなたの笑顔がわたしの活力です。
菅野杞紗より。
そして今も彼と彼がくれた天使の笑顔はわたしの原動力である。




