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第六話「クレアの祖父」

 カァン。カァン。カァン。


 小気味よく、甲高い鉄を打つ音が工房に響く。


「えっほ、えっほ!」


「そこ急げー!焼きが入るぞ!」


 工房内では数名の助手たちが、加工途中の金属や工具を抱えて忙しなく走り回っている。


 炉からは赤々とした光。


 壁一面には大小さまざまな槌や鋏。


 棚には剣、槍、鎧の部品。


 そして、その喧騒の最奥に一人。


 まるで、周囲の時間から切り離されたかのように。


 初老の男が、一心不乱にハンマーを振るっていた。


 白髪、逞しく蓄えられた白髭、厚い腕、所々に傷のある大きな背中。


 火の粉を浴びても眉一つ動かさず。


 カァン。カァン。カァン。


「親方、親方~!」


 助手の一人が、少し遠慮がちに近づく。


「なんだ」


 男は振り向かない。


「今は大事な工程の最中だぞ」


「でもぉ、来たんですよぉ!」


「来たって何がだ」


「親方のお孫さんがぁ!」


 男の手、ほんの少し止まる。


「……クレアか」


「そうですそうです!」


 助手はニコニコしながら続ける。


「しかも今回は、お仲間さんを連れてきたみたいですよぉ!」


 ピタリ、今度こそハンマーを振るう手が、完全に止まった。


「……仲間?」



 ――事の発端は、数日前。


 黒の騎士団本部の会議室。


「以上で定例報告は終わりだ。みんな、お疲れ様」


 総団長ユリアは、辞書のように分厚い報告書を。


 ポン、と閉じた。


「くあ~~~~……」


 クレアは、糸が切れたようにそのまま机へ、バタン。


「よ、ようやく終わったぜぇ……」


「クレア」


 サファイア、顔色一つ変えず。


「机に涎を垂らすな」


「垂らしてねぇよ!まだ!」


 クレアはのそっと顔を上げる。


「つーかよぉ、こんなくそ面倒くせぇ報告会、なんで毎回やんなきゃいけねーんだよ……」


「もっとこうさ!」


 急に起き上がり、身振り手振りで。


「『良い感じだった』『あんましだった』とかでいいじゃん!」


 ユリアは、やれやれと困ったように笑いながら首を横に振る。


「よくないよ」


「なんでだよ!?分かりやすいだろ!」


 サファイアは腕を組む。


「クレア。的確かつ詳細な情報共有は、高度化した組織の運営には不可欠だ」


「んなもん、あってもなくても変わんねぇって……」


「変わる」


「変わんねぇ」


「変わる」


「変わんねぇ!」


「……」


 ロロナ、そんな不毛なやり取りはさて置いて。


 じー、と何かを見つめている。


 クレア、その視線の先がふと気になった。


「ん?」


「……」


「おーい、ロロナ、どした?」


 ロロナの目線は、クレアではなかった。


 クレアの椅子、その後ろに立てかけられていた大槍へ向いていた。


「…その槍」


「これ?」


「…うん」


 ロロナは少し首を傾げる。


「…いつ見ても変わってるなって」


 目が真剣だ。武器を観察するように、顎に手を置きながら。


「…他の槍より重心が後ろ。穂先も普通じゃない」


「ああ!これな!」


 クレア、急に嬉しそうに笑う。


 そして、椅子から立ち上がると、大槍を片手で軽々と持ち上げる。


 ブォン。


 その圧力で、空気が唸る。


 ユリア、慌てて止めようとする。


「ちょっとクレア、室内で振るのは禁止!!」


「振ってねーって!持っただけだ!」


「風圧が出てたぞ!」


 クレアは大槍を肩へ。朗らかな表情を浮かべる。


「これはな、うちのじっちゃんが作ってくれてんだよ!」


 ロロナ、それを聞いて目をぱちくり。


「…おじいちゃんが?」


「おう!」


 どこか、自分のことのように誇らしげだ。


「すげーだろ?」


 ユリアも初めて聞いたのか、驚いた様子で。


「え、そうだったの?」


「何気に初耳なんだけど」


「あー……」


 クレア、少し照れくさそうに鼻の下を擦る。


「まあ、その……」


「うちのじっちゃん、職人気質っていうかさ」


「要するに、頑固なんだわ」


 レアも、興味深そうにニコニコと笑う。


「まあ~♪」


「クレアにも、頭の上がらない方がいらっしゃるのね~♪」


「うるせぇ!」


 クレアは少し、懐かしそうな顔をして大槍を見る。


「あたしな、ガキの頃からじっちゃんに育てられてきたんだよ」


 四人全員、その話も初耳なのだろう、少し驚いて静かになる。


「つまり、育ての親でもあったわけなのか」


 そう落ち着いて尋ねるのはサファイア。


「んー……まあ、そんな感じだな、へへ!」


 いつもの豪快さより、ほんの少しだけ声が柔らかい。


「とにかく、じっちゃんは昔からうるさくてさ」


「『火を見るなら火を読め』とか」


「『鉄を叩く前に鉄の声を聞け』とか」


「『女だからって甘えるな』とか」


「毎日毎日、一流の鍛冶屋になれって」


 ロロナ、口をはさむ。


「…クレア、鍛冶できるの?」


「それなりには、できるぞ?」


「えっ」


 全員、気持ちのいいくらい声がそろう。


「いやいや!なんだよその顔!?」


 ユリアは明らかにうん、と言いたい表情で。


「いや……まぁ」


 レアはニコニコとストレートに。


「意外ですわ~!」


 サファイア、表情変わらずいつも通りに。


「相当意外だな」


 ロロナ、目がキラキラしている。


「…クレア、すごい」


「ロロナだけだよ、普通に褒めてくれんの!!」


 レアは可笑しそうに笑いながら。


「でも、素敵ですわね~」


「そんな大切に育てたクレアが、黒の騎士団に入ったから」


  「こうして、専用武器まで作ってくださるのでしょう?」


「……」


 クレアは急に静かになり、気まずそうに目を逸らす。


「いやぁ、それがさ……」


「?」


「じっちゃん、あたしが危ねぇことするの、昔からめっちゃ嫌いみたいでさ」


 サファイア、クレアが言いたいことを悟ったように。


「……まさか」


「あー、うん」


 クレア、思わず苦笑い。


「騎士団に入るの、猛反対だった」


 レアも、珍しく笑顔が崩れて驚く。


「まあ…それは、今もですの?」


「あー……そう、だな」


 クレア、頭を掻く。


「工房に顔出すたびさ」


 声色を変える。おそらく、祖父の真似だろう。


「『まだそんな物騒な仕事しとるのか!』」


「『早く辞めて工房に戻れ!』」


「『どうせろくなことにならん!』」


 すっ、元に戻る。


「ってさ」


 ユリアも、思わず苦笑い。


「結構はっきり反対してるね…」


 クレア、溜まっていた思いがあるのか、身振り手振りで。


「毎回だぜ!?」


「会うたびだぞ!?」


「こうして武器作ってくれるのに!?」


「そこがさ!よく分かんねぇんだよ!」


 サファイアはどうやら、何かを少し考えているよう。


「……本当に分からないのか?」


「え?」


「いや」


 サファイアは、それ以上は言わなかった。


 その時、クレアは何かを思いついたのか、ぱっと顔が明るくなる。


「そーだ!!」


 ユリア、冷や汗。


「嫌な予感がする」


「なあなあ!皆!!」


「みんなでさ!」


「うちのじっちゃんに会いに行こうぜ!」


「ええっ!」


「まあ♪」


「…行ってみたい」


「待て」


 サファイアは冷静に盛り上がりを制する。


「そんなに騎士団入りを反対しているなら、我々が大挙して押しかけるのは逆効果では?」


 クレア、豪快に笑い飛ばしながら。


「大丈夫大丈夫!」


「こんなに強ぇ皆を見せりゃさ、じっちゃんも安心するって!」


 ユリアは頭を抱える。


「そういう問題かな……」


「総団長なんて見せたら一発だろ!」


「ボクを何だと思ってるんだ!」


「最強の安心材料!」


「いや、言い方よ!」



 ――そして現在に至る。


「おーーっす!!」


 工房の扉をバァン!!


 クレアは遠慮せず豪快に開ける。いつものことなのだろう。


「じっちゃん!帰ったぜ!!」


「今日はな、紹介したい仲間がいるんだ!」


 助手たち、一斉に振り返る。


 そこには、ユリア、サファイア、レア、ロロナの四人が立っている。


 助手A「……」


 助手B「……」


 助手C「……」


 全員、もれなく青ざめる。


「く、黒の騎士団……」


「団長全員……?」


「総団長まで……」


 ユリア、悲しそうな顔で小声。


「また怖がられてる」


 レアは、やはり笑顔は崩さずに。


「仕方ありませんわ~♪」


 ロロナ、このような工房に来るのが初めてなのか、興味津々に見渡して。


「…工房、暑いね」


 サファイアがそれに答えるように。


「近くに炉があるからな」


 すると、奥から、クレアにとって聞きなじみのある低い声。


「クレア」


 その一声で工房の空気が変わる。


「おっ!じっちゃん!」


 工房の奥から、白髭の男の姿。


 その名は、イガルド。


 ゆっくりと、歩いてくる。


 クレア、嬉しそうに満面の笑み。


「久しぶり!」


「……」


 イガルド、なぜか無言のまま。


 クレアも、思わず様子を伺う。


「じっちゃん?」


 そしてイガルドはクレアを、上から下まで見る。


「……」


 そして、開口一番に。


「痩せたな」


「は!?」


 クレア、まさかの指摘に大慌てで否定する。


「痩せてねーよ!!」


「頬が少し落ちとる」


「落ちてねぇし!!」


「ちゃんと、飯を食っとるのか?」


「毎日腹いっぱい食ってる!!」


「酒ばかり飲んで飯を抜いとらんだろうな」


「げ!なんで知ってんだよ!?」


「やっとるのか!!」


「があー!しまった!!」


 再開していきなり、祖父と孫娘の喧嘩が繰り広げられている。


 そして、それを眺める四人。


 サファイアは、どこか感心するように。


「なるほどな」


 ユリアは、普段の勇ましいクレアが押されている様子を、どこか微笑ましそうに。


「これは、すごいね」


 レアはからかうような笑顔で嬉しそうに見ている。


「あらあら~♪完全にお孫さんですわね~♪」


 ロロナも、物珍しそうにじーっと眺めている。


「…クレアが小さく見える」


「聞こえてんぞー!お前ら!!」


 ひとしきりの説教を終えてイガルドは、ようやく四人を見る。


「……で」


 その目は、極めて鋭い。


「そちらに居るのが…」


 クレアは気を取り直して、堂々と皆を紹介する。


「おう!あたしの仲間だ!」


「まずこっちが総団長のユリア!」


 呼ばれたユリア、一歩前へ出て丁寧に一礼。


「初めまして。ユリア・エクレシアです」


 イガルド、じーーーー。見つめる。


「え、えっと……?」


「……若いな」


「えっ」


「もっと、化け物みたいな女を想像しとった」


 ユリア、その言葉に固まる。暑いはずの工房内で冷たい風が吹いた気がした。


「………………」


 クレアは、可笑しくて思わず吹き出す。


「ぶはっ!!あはははははは!!!」


 ユリアは顔を真っ赤にして怒る。


「笑うな!!」


 イガルド、もう気にせず次を伺う。


 サファイアが、それに応じるように前へ。


「サファイア・ローレンです」


「……」


 イガルド、黙って一瞥。


「細いな」


「……は?」


「もっと食え。ガリガリ過ぎる。」


 サファイアも、同じく固まる。


「……………」


「じっちゃん、それ全員に言うつもりか!?」


 次はレアの番だ。


「レア・スパイロと申しますわ~♪」


「……」


 レアは、沈黙の間もずっと笑顔を絶やさない。あくまでニコニコ。


「笑い方が胡散臭い」


 レアは動じなかった。いつもの調子のままだ。


「まあ~♪」


「じっちゃん!?初対面でそこまで言うか!?」


 最後に前に出るのは、ロロナ。


「…ロロナ・ブラックウッド」


 イガルド、さすがにエルフは珍しいのか、少し興味深そうに見つめる。


「ダークエルフか」


「…うん」


「……」


「……」


「ここは火が多い。耳、火傷せんよう気をつけろ」


 ロロナ、目をぱちくり。


「…ありがとう」


「ロロナだけ普通かい!!」


 さて、一通り顔合わせをしたところで。


 イガルド、鼻を鳴らす。


「で」


 そして、クレアを見ながら。


「なんでこいつらを連れてきた」


「そりゃあ、決まってんだろ!」


 クレアは、堂々と胸を張る。


「じっちゃんが、毎回騎士団辞めろってうるせーからさ!」


「あたしがどんな奴らと戦ってるか見せりゃ、安心すんだろって!」


 イガルドは、再び四人を見る。


「こいつらが仲間だから安心しろと?」


「おう!」


「全員物騒な顔しとるじゃないか」


「私は笑っていますわよ~♪」


「それが一番怖い」


「まあ~♪」


 クレアは、聞き捨てならないのか真剣な顔で。


「じっちゃん!!そりゃないだろ!!」


 イガルドは、深くため息をつく。


「……クレア、お前は昔から」


「何でも力でどうにかしようとしよる」


「…あ?」


「今回もそうだ」


「強い仲間を見せれば、わしが納得するとでも?」


「……」


 クレアはその言葉を聞いて、少し、言葉に詰まる。


「だってよ……実際強ぇんだぞ!」


「そういう話ではない!」


 イガルドの響くような一声。クレアは思わず黙る。


「…わしはな」


「お前が弱いと思っとるから、騎士団を辞めろと言っとるんじゃない」


 クレア、目を見開く。


「え……?」


「むしろ逆だ、お前は強すぎる」


 工房内、気づけば助手たちも固唾を飲んで見つめている。


「ガキの頃からそうだった」


「転んでも笑う」


「怪我をしても『平気』と言う」


「泣きたい時でも、周りに心配かけまいと笑っとった」


 クレアはうつむいて、今の顔を見せないようにしている。


 イガルドも、気が付くと声が震えていた。


 何かを噛みしめるような表情になっている。


「そういう奴ほど」


「ある日突然、無茶をする」


「……そして」


 イガルドは、目を細める。


「取り返しのつかんことになる」


 クレアは、ようやく顔を上げる。


 いつもは見せない、悲しそうな、戸惑っているような、複雑な表情だった。


「じっちゃん……」


 イガルドは続ける。


「わしはお前に」


「英雄になってほしいわけでも」


「国を救ってほしいわけでもない」


「ただ、生きていてほしいだけだ……」


 クレア、何も言えず、その目が潤む。


 ユリアも、少しだけ目を伏せる。


 サファイアとロロナは、静かにイガルドを見ている。


 レアは珍しく、笑顔に曇りがかかっている。


 どれほど黙っていたのだろう。


 やがて、クレアは頭を掻きながら。


「……ずりぃよ」


「何がだ」


「そういうこと……今まで一回も言わなかったじゃん…」


 イガルド、気まずそうに顔を背ける。


「それくらい、言わんでも分かれ」


 クレア、厳しい表情になる。


「分かるかよ!!」


 久しぶりの、いつもの大声で。


 しかし、その声は少しだけ震えている。


「毎回毎回さ!危ねぇから辞めろとか!ろくなことにならんとか!」


「そんなんじゃあ…あたしだって…!」


 涙が流れそうになり、慌ててうつむく。


「……ただ否定されてるって、思うじゃんか」


 イガルドは、顔を背けたまま。しかし、その眉が悲しそうに下がる。


「……」


「あたしだってさ…じっちゃんの工房嫌いじゃねぇよ」


「鍛冶だって好きだし、あたしの槍だって…」


 顔を上げて、その大槍を見る。


「世界一だと思ってるよ」


 イガルド、自慢気に鼻を鳴らす。


「当然だ」


「うぉい!そこだけすぐ答えるなよ!」


 そのやり取りで、少しだけ空気が緩む。


「でも…あたしは……」


 ゆっくりと振り返り、四人を見る。


「騎士団が好きなんだ」


 四人も、真剣にクレアを見ている。


「ユリアも大好きだ」


「サファイアも大好きだ」


「レアも大好きだ」


「ロロナも大好きだ」


「もちろん、他の団員の奴らも、全部全部ひっくるめて」


 少し照れくさそうに、笑っていた。


「……あたしの、居場所なんだよ」


 ユリアは、驚いた顔。


 サファイアは、ほんの少し微笑む。


 レアは、曇った笑顔が再び満面の笑顔に。


「…私も」


 ロロナが口を開く。


「…騎士団が、大好き」


「…クレアも、大好き」


 クレア、予想外のストレートなロロナの言葉に、頬が染まる。


「お、おう……あーもう!なんだよ急に!!」


 イガルドは、前を向いてもう一度、四人を見る。


 一人ずつ、確かめるようにじっくりと。


 そして、ユリアのもとへゆっくりと近づく。


「ユリア総団長」


「は、はい」


 ユリア、姿勢を正す。


 イガルドは、クレアを顎で示す。


「こいつは、馬鹿だ」


 クレア、愕然とする。


「おい、じっちゃん!?」


「無茶をする、勢いで動く、報告書も嫌いだ」


 サファイア、すかさず前に出て。


「そこは私も完全に同意します」


「サファイア!!こら!!」


 イガルドは少し言葉を選びながら。


「だがな…悪い奴じゃない」


 クレア、その言葉を聞いて再び静かになる。


「……」


 イガルドは、真っすぐにユリアを見る。


「あんた、こいつを…」


「どうか、死なせんでくれるか」


 ユリアは一瞬、息を止める。


 そして真っ直ぐ、イガルドの目を見る。


「……約束はできません」


 クレアは、心配そうに見つめる。


「ゆ、ユリア…?」


 イガルドは、表情を変えない。


 ユリアは、堂々と、真っすぐに伝える。


「ボク達の仕事に絶対はありません」


「たとえ、ボクがどれだけ強くても」


「全員を必ず守れるなんて、無責任なことは言えません」


「………そうか」


「でも」


 ユリアは続ける。


 その拳を、少し強く握りしめる。


「一人で無茶はさせません」


「危険なら止めます」


「傷ついたら、連れて帰ります」


「ボクたちは…」


 ユリアはクレアを見る。


 そして、サファイア、レア、ロロナも。


「誰か一人を英雄にするための、騎士団じゃない」


「皆で帰るために力を合わせる…それが、黒の騎士団です」


 しばらく、イガルドは何も言わない。


 そして…


「……ふん」


「口だけなら立派だ」


「はい」


「だが…」


 ここに来て初めてだろう。イガルドは少しだけ、口元が緩んだ。


「気に入った」


 クレア、心から嬉しそうに、花が咲くように明るくなる。


「じっちゃん!!」


「勘違いするな」


「騎士団を認めたわけじゃない」


 ズコッ。クレア、思わず転びかける。


「じゃあ何なんだよ!」


 しかしイガルド、言葉とは裏腹に、どこか嬉しそう。


「少しだけ」


「お前の仲間を見る目が変わっただけだ」


 クレア、再び満面の笑みで。


「それさぁ、もうほぼ認めてんじゃん!」


「うるさい」


 そして、イガルドは工房の奥へ歩いていく。


「クレア」


「あ?」


「その槍を置け」


「なんで急に?」


「見りゃ分かる」


「穂先が少し歪んどる」


 クレア、慌てて大槍を持つ。


「え!?マジ!?どこがよ!?」


 イガルド、呆れたように首を横に振る。


「まったく……お前ってやつは」


 クレアが近寄ると、その槍を受け取る。両手で大切そうに。


「こんな雑な扱いしおって」


「ざ、雑じゃねーよ!戦ってんだから仕方ねーだろ!」


「道具のせいにするな!」


「うるせぇな!」


「それと、直るまで帰るな!」


「はぁ!?」


 イガルド、少し恥ずかしそうにそっぽを向く。


「ついでに、飯も食ってけ」


 クレアはそれを聞いて、柔らかく微笑む。


「じっちゃん」


「なんだ」


「ありがとな」


 イガルドは、背中を向けたままだ。


「……聞こえん」


 クレア、にっと今度はいつもの、爽やかな笑顔で。


「ならいいや!」



 ――その後、工房の長机にて。


 助手たちも交えて、大人数の夕食会となった。


 出された料理は、珍しいものだった。


 それは、イガルドとその助手たちの間で長年培われた、牛と山菜の煮込みスープだった。


 ユリアは、それを一口味わっただけで、味に感銘を受けた。


「おいしい!この煮込み、コクがあっておいしいですね」


 イガルドは当然だ、というように大なべから次々皿によそう。


「もっと食え。総団長なのに細すぎる」


「サファイアの話じゃなく!?」


 サファイアも、味わう様にしみじみと食べながら。


「そうだぞ、総団長。君は忙しい時よく飯を抜くからな」


「君に言われたくない!」


 レアもとても口に合うのか、全員の中で一番早く皿を空けていた。


「本当に美味しいですわ~♪おかわりいただいても、よろしくて?」


「ああ、好きなだけ食え」


 レア、嬉しそうに笑いながら


「うふふ、素敵なおじさまですわ~♪」


「その笑い方だけは、最後まで胡散臭い」


「あら~♪」


 一方ロロナは、静かに黙々と食べている。


 これは不味いのではなく、普段からの彼女のスタイルだ。


「ダークエルフの娘」


   イガルドが声をかける。


「…ん」


「それ、美味いか」


「…うん」


「もっと食え」


 ロロナ、ほんの少し笑う。


「…好き」


 クレアはその言葉を聞き逃さなかった。


「え!?じっちゃんのことか!?」


 ロロナは動じず、自分の手に持っている煮込みの皿を見下ろし。


「…煮込みのこと」


「そっちかよ!!」


 そんな賑やかな食事会も終わりが近づいた。


 イガルド、帰る支度をしているクレアへ、小さな包みを投げる。


「ほれ」


 クレア、落とさないよう両手でキャッチ。


「うおっ、なんだこれ?」


 開いてみると、その中には、槍の手入れに使う新しい砥石と革製のグリップが。


「次の整備まで、それを使え」


「お前、握り癖が変わっとるからな」


「今の戦い方なら、それを使う方が手に合うだろう」


 クレアは目を輝かせながら、しばらくその道具を見つめていた。


「……なぁ、じっちゃん」


「なんだ」


「結局さ」


 ニヤニヤ。少しからかうような笑顔で。


「あたしのこと、めちゃくちゃ応援してんじゃん~!!」


「……」


「素直じゃねぇなぁ、もう~~!あはははは!!」


 イガルド、雰囲気が変わる。心なしか、オーラが見える気がする。


「クレア」


「ん?」


「表出ろ、稽古をつけてやる」


「いやなんで!?」


「久しぶりに手合わせだ。気も引き締まるだろ」


「ちょ、タンマタンマ!稽古って、じっちゃん今何歳だよ!?」


 イガルド、無言で袖を捲る。


 丸太のような太い腕がはちきれんばかりだ。


 クレア、思わず言葉を飲み込む。


「……」


 気が付くとユリア、そっとクレアの耳元で囁く。


「ねぇ、クレア」


「なんだよ」


「骨は拾ってあげるね」


「総団長がそれ言うなぁぁぁ!!」


 その日、工房には。


 普段は聞かないような、大きな笑い声が響いたという。



 ――翌日、黒の騎士団本部、会議室。


 クレアは机へ突っ伏していた。


「……身体が痛ぇ」


 隣のサファイアは、気にせず書類をまとめている。


「なんだクレア、あの祖父に負けたのか」


「負けてねぇし!!」


 ロロナが口をはさむ。


「…でも、おじいさん、綺麗な背負い投げだった」


「いや、見てたのかよ!?」


 レアは相変わらず、嬉しそうに笑っている。


「ふふふ~♪いい訓練になりましたわね、クレア~♪」


 ユリアも笑みがこぼれている。


「でもさ、クレア」


「あ?」


「良いおじいちゃんだね」


 クレアは、少しだけ黙る。


 そして、顔を隠すように、会議室の窓の外を見る。


「まあな」


 その顔は、笑っていた。


 いつもの爽やかな笑顔とは違う、いつもより柔らかく、どこか甘えているような、そんな笑顔。


 ――クレア・ローズ。


『ワイルドホース』と呼ばれる彼女は。


 戦いの場では、巨大な槍を片手に。


 誰よりも豪快に笑い。


 誰よりも先に敵陣へ突っ込む団長。


 しかし、彼女が握るその槍には。


 世界でたった一人の、言葉にするのが苦手な祖父から。


 不器用な願いが込められていたのだ。


 ――必ず。


 帰ってこい、クレア。


【プチ後日談】


 後日、イガルドの工房。


 「親方、嬉しそうっすね!」


 イ「何がだ」


 「へへ、とぼけちゃって!クレアのお嬢ちゃん達と、話せて楽しかったんでしょ!」


 イ「…お前も、稽古を受けるか?」


 「遠慮しておきます」

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