第四話「新人歓迎会」
――黒の騎士団、新人宿舎。
厳しい入団試験を乗り越え、晴れて黒の騎士団の一員となったばかりの若き騎士たち。
互いの健闘を労うように、ロビーに集まっていた。
「いやぁ、これで晴れて俺たちも誇り高き黒の騎士団の一員なんだな!」
「まったく……なんだかまだ、実感が湧かないよ」
「これから俺たちは、あの国中から恐れ……いや、憧れられる黒の騎士団の一員ってことだろ?」
「おい、今ちょっと『恐れ』って言っただろ」
「気のせいだ」
新人たちは笑う。束の間の癒しのひと時。
その中の一人が、ふと声を落とした。
「……でもさ」
「ん?」
「あの伝説の五人の騎士団長って、入団式で挨拶して以来ぜんぜん見かけないよな」
すると、近くにいた大柄な新人騎士が肩をすくめた。
「そりゃそうだろ。俺たちはまだ下っ端中の下っ端だぜ?」
「総団長ユリア・エクレシアに、レア・スパイロ、サファイア・ローレン、クレア・ローズ、ロロナ・ブラックウッド……」
「国ひとつ滅ぼせそうな顔ぶれだな」
「よせよ、縁起でもない」
「あの人たちが、俺たち新人なんかにわざわざ構う暇なんて――」
その時。
バァン!!
宿舎の扉が勢いよく開いた。
「み、みんなぁ!!」
一名の新参騎士が、息を切らしながら飛び込んでくる。
「大変だよ!!」
全員が大慌てで立ち上がった。
「なんだ!?敵襲か!?」
「国境で何かあったのか!?」
「違うんだぁ!これを見てよ!!」
青年は、一枚の伝令用紙を掲げる。
全員が集まり顔を寄せる。
そこには――
『告知 本年度新人歓迎会 開催』
『主催 黒の騎士団 騎士団長各位』
「…………」
「…………」
「…………」
一同、揃って沈黙。
そして。
「…………は?」
誰かがようやく声に出した。
「騎士団長各位って……」
「まさか」
「五人全員……?」
「いやいやいやいや!!」
新人の一人が激しく首を振る。
「絶対何か裏があるだろ!」
「新人歓迎会って書いてあるぞ!」
「黒の騎士団だぞ!?」
「歓迎会という名の実戦訓練かもしれない!」
「飲み会の途中で突然『今から国境まで走れ』とか!?」
「あり得る!!」
「レア団長が笑顔で『では余興として模擬戦でも~♪』とか言い出したら終わりだぞ!」
「ロロナ団長に目をつけられたら灰になる!!」
「クレア団長に肩叩かれたら脱臼する!!」
「お前ら団長を何だと思ってるんだよ!!」
先ほどまで穏やかだった宿舎は…一転して大騒ぎになってしまった。
――時は、一週間ほど前に遡る。
黒の騎士団本部の会議室。
「やったな総団長!ガキどもにも好かれて、成功続きじゃねぇか!」
クレアが豪快に笑いながら、机へ足を乗せる。
「クレア」
サファイアが静かに見て、指をさす。
「足」
「あ?」
「机から下ろせ」
「なんだよ~、ったく、細けぇなぁ」
「その机、先月お前が壊して交換したばかりだ」
「……」
クレアはそっと足を下ろした。
「しかしまあ、喜ぶのは分かるが」
サファイアは腕を組む。
「こういうものは積み重ねが肝心だ。油断はいかん」
クレアは眉をひそめながら。
「相変わらずお固ぇなぁ」
「事実だ」
そして、少しだけ間を置いてから。
「……まあ」
サファイアが視線を逸らす。
「子どもたちは、その……」
「?」
「可愛らしかったな。うん」
「……私も完全に同意」
すかさずロロナ。口をはさむ。
ロロナとサファイア。二人とも目が合う。
「……」
「……」
サファイア。見つめながら。
「何だ」
ロロナ。こちらも見つめながら。
「…何でもない」
レアは、そんな具合の二人を楽しそうに眺める。
「うふふ♪皆さんすっかりその気ですわね~」
そして総団長のユリアを見る。
「ところで総団長~?今後はどのようにお考えで?」
「うん」
ユリアは深く頷いた。
「実はな。あの後、一度冷静になって考えたんだ」
「ほう?」
「ボクたち……」
少し言いづらそうに。
「身内である団員たちからも、かなり距離を置かれている気がしてならない」
「……」
レア、思わず笑顔が途切れて、きょとん。
「え、今さらですの?」
「えっ」
「皆さん、私たちを恐れるように敬っておりますわよ?」
「レア」
サファイアが呆れたように言う。
「それは敬うとは言わない」
「そうですの?」
「そうだ」
ユリア、みるみる青ざめる。
「や、やっぱりか……」
記憶が掘り返される。あれは先日、本部の廊下。
ユリアは、ある若い団員とたまたますれ違った。
「今日もご苦労さま。疲れてないか?」
その団員は、背筋、足の幅、敬礼の手の位置、瞬時に正す。
「ハッ!!問題ありません総団長殿!!この命尽きるまで職務を全うする所存でありますッ!!」
「いや、そこまでのことは要求してないんだけどね」
さらに別の日、ユリアは夜風を浴びに本部の外に出ると、見張りの団員と出会う。
「やあ、今日は冷えるね。ちゃんと温かくするんだよ」
その団員。飲みかけのホットコーヒーを投げ捨て、一瞬にして完璧な敬礼の姿勢に。
「ハッ!!防寒不足、深く反省いたします!!」
「いや怒ってないからね!?」
――そして会議室。
ユリアは両手で顔を覆った。
「どうりで……!」
「労いのつもりで声をかけても、皆が死ぬ気で敬礼してガチガチな返事をするわけだ……!」
サファイア。軽くため息をついて。
「確かに…まずは味方から信頼を得ないとな」
「わ、分かってるよ!」
ユリアは仕切りなおすように、咳払いをする。
「コホン……というわけで、次の一手はこれだ!」
「本来、心を許し合うべき同胞にまで怖がられていては話にならない!」
「今年は将来有望な若者が多数入団した」
「彼らに歓迎の意を込めて――」
四人を見ながら、ユリアは堂々と宣言した。
「新人歓迎会を、我々で企画しよう!」
「おお~~!マジかっ!」
クレアがウキウキと身を乗り出す。
「いいじゃねぇか!宴会だな!」
「宴会ではない!歓迎会だ!」
「似たようなもんだろ!」
「全然違う!君はまたバカ騒ぎを起こすつもりだろう!」
レアが頬へ手を添える。
「まあ♪新人さんたちとの交流……素敵ですわね~♪」
ロロナ。少し考える素振りをして。
「……ユリア、具体的には何するの?」
ユリア。その言葉を聞いて。
「……」
固まる。
サファイア。また一つため息。
「考えてなかった顔だな」
「い、今から考えるところだったんだよ!」
――そして。
歓迎会当日がやってきた。
黒の騎士団、本部の大食堂。
「…………」
新人騎士たちが、入口前に整列していた。
言うまでもなく全員、超緊張。
一人の青年に至っては、震えている。
「お、おい……俺、鎧着てくればよかったかな…」
「歓迎会に鎧着てどうすんだよ」
「でも何があるか分からんだろ!?」
「俺、遺書書いてきた」
「何でだよ!!」
その時、とうとう扉が開く。
ギィィ――
全員、張り詰めるように背筋を伸ばす。
中から現れたのは、まずサファイア。
「うむ、全員揃っているな」
「ハッ!!」
「本年度新人騎士四十七名!!全員集合しております!!」
「……」
サファイア、今から軍法会議でも始まるような、その凍てついた空気に少し困る。
「あの、今日はそこまで固くならなくていいからな」
「ハッ!!承知しました!!」
「……」
うん、全然伝わっていない。
「まあいい。入ってくれ」
新人たち、我先にとはならず、恐る恐る中へ。
そして。
「……え?」
目を丸くした。
大食堂、しかし、いつもの無機質な雰囲気とは違う。
長机には大量の料理。
肉。パン。魚。果物。酒。ジュース。
そして、本来何もない壁には。
『新人諸君、入団おめでとう』
という横断幕。
しかも。手書き。
やや稚拙な字で。
「……」
一人の新人が、思わず小声で。
「誰が書いたんだこれ……?」
その瞬間、奥からユリアが登場。
「ボクだよ」
「ひぃ!?」
新人、反射で直立不動。
「失礼しました総団長殿!!」
「だから、今日はそういうのいいって!!」
ユリア、予想はしていたが、やはりちょっと傷つく。
その後ろからは、レアがいつもの笑顔で顔を出す。
「皆さ~ん♪」
そして、クレアも続いて。
「よう~、新人ども!!」
ロロナ。少し恥ずかしそうに遅れて。
「……こんにちは」
五人全員、約束通り集結。
新人たちは一斉に息を呑む。
そんな微妙な空気の中、ユリアは勇気を出して前へ出た。
「コホン…まずは」
新人たちの顔ぶれを、しっかりと見渡す。
「黒の騎士団への入団、おめでとう」
新人たち、必死に耳を傾けようとする。
「諸君らは非常に厳しい試験を突破した」
「今後、苦しい任務もあるだろう」
「怪我をする日もあるかもしれない。判断に迷う日も、自分の弱さに落ち込む日もある」
ユリアは一人一人をしっかりと見る。
「けれども」
「ここにいる時くらいは――同じ騎士団の仲間として、肩の力を抜いてほしいんだ」
新人たち、少し空気が変わる。
「……」
「ボクたちは諸君らの上官である前に、同じ旗の下で戦う仲間なのだから」
言い終えた後、少し気恥ずかしそうに微笑む。
「とにかく、今日は楽しもう」
新人たち、それでもやはり、まだ固い。
クレア。そんな様子を打開しようと、前へ出る。
「っしゃあ!!」
その突然の大声に新人はドキッと驚く。
「乾杯すんぞお前らぁ!!」
言いながら、巨大なジョッキを掲げる。
「今日だけは階級とか忘れろ!!飲めるやつは飲め!食え!騒げえー!!」
一瞬の沈黙。
すると、新人の中から一人。
「……あのー」
恐る恐る手を挙げてくれた。
「ク、クレア団長」
「おうよ!なんだ!」
「本当に、騒いでいいんですか?」
「あぁ?当ったり前だろ!」
「……」
「ただ~~~し!」
全員を見ながら人差し指を立てて。
「酔って備品壊したら、そいつが弁償係な!!」
「いや、言うことそこ!?」
数人、思わず笑い出す。
こうして空気が、ほんの少し緩んだ。
「では」
サファイアも、自分のグラスを手に持つ。
「改めて」
それに合わせて全員、杯を掲げる。
後は任せた、という様にサファイアはユリアに目配せをする。
ユリアは深く頷いて。
「新人諸君の未来に」
より高く杯を掲げた。
「乾杯!!」
「か、乾杯!!」
――三十分後。
「……」
まだ、さすがに距離がある。
新人同士ではよく喋る。
だが、団長五人の周囲だけは、バリアがあるかのように微妙な空席。
ユリアはいつものりんごジュース。静かにちゅー。
「……やはり怖がられてるな」
レアは、楽しそうに自分のペースを嗜む。
「きっと、時間の問題ですわよ~♪」
クレアは、ふん!と鼻息を荒くしながら立ち上がる。
「よ~し!それならこっちから行くぜえ!」
「ちょ、クレア!?」
クレアは、構わず新人のテーブルへ突撃。
「よーしお前ら!!腕相撲大会やるぞ!!」
その席の新人たち、思わず目を丸くする。
「え?」
「優勝者には…そうだなぁ」
少し考えた後、閃いた表情で。
「あたしから金貨一枚だ!!」
「金貨!?」
「そんでもって、優勝できなくても、あたしに勝てたら五枚!!」
「いや無理だろ!!」
揚々とした笑いが起こる。
「よっしゃ!さぁ、誰が一番強ぇんだ!?」
一人のそれなりに体格のいい新人が手を挙げる。
「じゃ、じゃあ俺が!」
「よーし、来い!!」
新人とクレア、向かい合わせで腕を組み合い。
腕相撲開始。
五秒経過。
バンッ!!
「ぐおおおお!!?」
新人の腕、あっとい間にテーブルへ倒れる。
当のクレアは、めちゃくちゃ得意げに仁王立ち。
「あっはっはー!!まだまだだなぁ!」
負けたその新人、笑顔になりながら。
「も~、クレア団長強すぎですよ!!」
「あっははは!!」
ざわついていた周囲の新人も、段々と乗り気になっていく。
「お、俺もやる!」
「それなら、その次俺!」
一気に人がわらわらと集まる。
そして、別の席では…サファイア。
まだ一人、静かに料理を食べていた。
そこへ、女性の新人騎士が一人。
恐る恐るではあるが近づいてくる。
「あ、あの……」
「ん?」
「サファイア団長…!」
「どうしたんだ」
「猫……好きなんですよね」
サファイア、思わずフォークが止まる。
「……」
「パブや孤児院での話、聞きました!」
「誰からだ」
「え?た、多分、有名な噂ですから皆知ってるかと…」
サファイア、遠い目。噂というものが広まるのは、本当に早いということを痛感する。
「…そうか、間違ってはないが」
新人女性騎士。やっぱり!と嬉しそうな様子で。
「わ、私も!私も猫大好きなんですよ!」
サファイアも、表情が数段階、明るくなる。
「何猫が好きだ?」
「長毛種です!」
「分かる」
少しの間もなく即答。
「冬毛はいいものだ」
「分かります分かります!!」
すると近くに居た別の新人。その話題が気になるのか、食いつく。
「サファイア団長!俺、実家で三匹飼ってますよ!」
サファイア。猫、三匹、その情報を逃すわけにはいかない。
「君、写真は?」
「ありますあります!!お守り代わりにブローチにしてまして…」
いつの間にか、サファイアの周囲は猫談義の集会と化していた。
ユリアは遠くから、その様子をどこか羨ましそうに眺めている。
「サファイア、また猫で攻略してるね…」
レアはその隣、お酒が回り始めてきたのか、少し火照った頬で。
「フフフ~、本人はきっと無自覚ですわ~♪」
そのレア、いよいよ別の女性新人たちから。
「あ、あの~、レ、レア団長……」
「はい~?」
「あの、あのですね……」
「も~、そんなに怖がらなくても、食べたりしませんわよ♪」
空気が一瞬凍り付く。
ユリア、慌ててレアに口を出す。
「レア!冗談でもやめろ!!」
「まあまあ~♪」
レア、いつものように優雅に笑う。
そんな、どこか掴めないレアの調子が、ありのままの姿だと伝わり始めたのか。
新人女性騎士の一人が勇気を出した。
「あの……レア団長の、その髪」
「?」
「すごく…ケアされていて、綺麗ですよね!」
レア、目を瞬く。
そして、明らかに嬉しそうに満開の笑顔になる。花が咲いたような笑顔だ。
「あら~~♪それは誠に光栄ですわ~~♪」
「訓練や任務で忙しい中、どうやってそこまで手入れされてるんですか?」
たとえ騎士団でも、見た目には気を遣いたいという純粋な好奇心だった。
まさに、それを体現しているレアは聞くにはうってつけの人物だろう。
「ふふ♪ふふふふ♪」
レア、めちゃくちゃに嬉しそう。
「気になります~?」
――十分後。
「ですから、この香油を毛先に少しだけ――」
「ああ!なるほど!」
「ひとつだけ、つけすぎると重くなりますから注意ですわよ~」
サファイアが猫談義会なら、こちらは完全に美容相談会と変貌した。
そして、さっきからずっと静かなロロナ。
「……」
ぽつーん。
だが、新人の男性騎士の一人が。
ちら。
ちらちら。
気になっていると言わんばかりに、ロロナを見ている。
ロロナも、さすがに気になり始めた。
「…何」
新人、ばれてしまったというようにビクッと震える。
「ひっ!す、すみません!」
「…何かあるなら、言って」
「あのですね……」
新人、意を決する。
「ロロナ団長って、魔法の技術が団長の中でもトップクラスなんですよね…?」
「僕も実は、魔法と剣術の両方を極めたいと考えていまして…」
「こ、このような親睦会の場ではありますが!アドバイスを頂けたら光栄でありますっ!」
ロロナ、想定していなかった質問に少し驚く。
「…へえ、興味あるの?」
「はい!」
「……」
ロロナ、空いている椅子を少し横へずらす。
「…座って」
「え」
「…基本的なところから、説明する」
新人、良かった!と背を向けガッツポーズ。
「は、はい!ありがとうございますっ!!」
さらに真面目そうな新人二人。これはチャンスだと一気に詰めかける。
「お、俺も聞いていいですか!?」
「わ、私も!魔法を専攻にしたおかげで入団テストに合格したんです!もっとうまくなりたい!」
ロロナは、新人たちの希望と目標に対する熱い意欲を目の当たりにして、思わず表情がほころぶ。
「…いいよ、みんなおいで」
さて、総団長のユリア。
すっかりと空気が変わった会場を見渡す。
クレアは、酒、腕相撲、自分の自慢話で場を沸かせて大盛り上がり。
サファイア、猫の魅力について一方的に語り始め、講座みたいになっている。
レア、おすすめの美容製品。髪や肌のケアの秘訣。周りの女性騎士達は食い入るように話を聞く。
ロロナ、魔法を実践で扱う上での心得を、極めて丁寧に教えている。
そしてユリア、お約束の様に最後の一人。
「…やれやれ、またボクだけじゃないか」
りんごジュース、ちゅー。
そこへようやく、一人の新人男性がおずおずと近づく。
「あの~、総団長?」
ユリア、目を見開く。
(やった!チャンス到来!)
内心大喜びのユリア、姿勢を正す。
「コホン…なんだい?」
新人、がちがちに緊張、背筋は真っすぐ。
ユリアは、なるべく最大限の努力を行使して、柔らかい笑顔を作る。
「緊張するよね…すまない。普通でいいよ」
通じたのだろうか、表情が少し和らぐ。
「はい!」
「ところで、どうしたんだい?」
新人、その手によく見るとお皿。
「あの、これを食べていただきたくて!」
アップルジュース……ではなく、アップルパイ。
「俺、入団する前は仮の仕事で日雇いのコックをしていたんです!」
新人は、少し恥ずかしそうに、それでも自分の料理には自信があるようでもあった。
ユリアはまたか…と自分の広まっている噂に改めて気づかされる。
「へへ…聞いてますよ。リンゴがお好きなんですよね?」
ユリア、思わず眉間を押さえる。
「まったく…一体どこまで広がってるんだ、その話……」
新人、少しばつの悪い暗い表情をするが、すぐに持ち直す。
「で、でも!お言葉ですが総団長・・・!」
少し笑顔をのぞかせながら
「その話を聞いて…俺は安心したんです」
ユリア、少し驚く。
「え?安心?」
「はい…入団する前は、総団長って本当に伝説の人って話ばかりを聞いてきました」
新人は、聞いた話を思い出すように、指折り数えながら。
「剣を振れば山が割れるとか」
「いや、そこまではできない」
「敵軍が名前聞いただけで逃げるとか」
「いやそれは……まぁ、少しある」
「いや、あるんですか!?」
ユリア。困ったように頬を掻きながら笑う。
「はは、まあね」
新人も、つられて笑う。
「ですから、今日ここへ来るまでは…正直、すごく怖かったんです」
「でもですよ」
新人は、歓迎会の裏で厨房を借りて必死に作った、自分のアップルパイを見ながら。
「りんご好きなんだなって思ったら……なんていうか」
「総団長も、普通の人なんだなって」
ユリア、その言葉が響いたのか。言葉に詰まり…
そして、今度は自然に、笑った。
「……そうか」
今度は、その手作り感のあるアップルパイを見ながら。
「なら、座って一緒に食べないか?」
そう言いながら、ゆっくり隣の椅子を引く。
新人は、その意外なお誘いに頭の処理が追い付かないのか、一度固まる。
「は、はい!?」
「嫌なら別に――」
「いえ!!ぜひ!!」
ガタン!!と大きな音。
引いた椅子の前なのに直立不動。
ユリア、その滑稽な様子に思わず笑ってしまう。
「いや、あの…普通に座っていいからね?」
新人、恥ずかしくなったのか照れくさそうに。
「す、すみません…へへ…!」
そして、それをきっかけに少しずつではあるけれど。
一人、そしてまた一人と。
ユリアの周りにも、新人が集まってきた。
「総団長、剣って本当は何キロあるんですか?」
「あれは72キロはあるよ」
「ななじゅっ!?」
「まぁ、慣れれば軽いから…」
「慣れませんよそれ!!」
「戦場で怖くなることってありますか?」
「もちろん、あるよ」
「へー…!総団長でも?」
「当たり前だ。ボクも君たちと同じくらい緊張して臨んでるから」
「そういえば総団長、新人時代に失敗したことは?」
「あ、俺もそれ聞きたかった」
ユリア、言うべきか言わざるか…少し迷ったが。
「……三日連続で迷子になったことなら」
新人たち、思わず飲み物を吹き出す。
「ええっ!」
「地図が昔から苦手なんだ」
「あははは!総団長が!?」
ユリア、少しだけむすっとして。
「う…今、笑ったな?」
笑った新人は、しまった!と慌てて口をふさぐが…
ユリアはすぐに、それが可笑しくてまた自然と笑顔がこぼれた。
「いや、いいよ。笑っていいからさ」
こうして、新人歓迎会の会場は至る所で笑い声に包まれたのであった。
――翌朝。
新人団員の宿舎、ロビーにて。
一枚の紙が、掲示板の壁に貼られていた。
『新人歓迎会アンケート』
そこには、新人たちの様々な感想が。
『クレア団長は思ってたより三倍うるさい』
『サファイア団長は猫の話になると本当に止まらない』
『レア団長は美容知識が辞書並み』
『ロロナ団長は説明がめちゃくちゃ丁寧』
『ユリア総団長は――』
『なんか、思ってたより普通だった』
――黒の騎士団本部、会議室。
「…………」
複雑な表情で紙を見つめるユリア。
クレアはその隣で豪快に笑う。
「あっはっは!!よかったじゃねぇか!!」
「『普通だった』って喜んでいいのか…?」
サファイアも、珍しく満足したような笑顔。
「当初の目的から考えれば最大級の成功だろう」
レアは、どこから持ってきているのか、紅茶を嗜みながら。
「そうですわよ総団長~、親しみやすさ満点ですわ~♪」
ロロナは、どこか自分の事の様に嬉しそうだった。
「…よかったね、ユリア」
ユリア、みんなからそう言われ腕を組みながら。
「う、うーむ……」
複雑そうなまま、しかし、それでも少し嬉しそうに笑った。
その日から、黒の騎士団本部では。
団長たちとすれ違う新人たちが。
新人歓迎会に感謝の意を述べながら。
一言二言ぐらいではあるけれど、雑談もするようになったという。
黒の騎士団というのは、時に恐れられ、時に敬われ。
敵からは特に悪魔とさえ呼ばれる。
今は味方の中で、少しずつ、『家族』のような空気が生まれ始めていた。
【プチ後日談】
新人歓迎会でのアップルパイ作戦の成功がさらに噂に火をつけたのか、
ユリアは事あるごとに、団員からリンゴ関連の差し入れを渡されるようになったとか。
「総団長、アップルタルトです!」
「総団長、アップルティーです!」
「総団長、焼きリンゴです!」
ユ(いくら好きでも、こんなにいらない…)




