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第三話「孤児院と騎士団」

 ――エレノア国最大規模の孤児院。


 『マーシャルハウス』


 その広い中庭では、今日も子どもたちの元気な声が響いていた。


「わーい!こっちこっちー!」


「待てぇー!」


「えーん!先生ぇ!タムが意地悪するよぅ!」


「はいはい、皆、外遊びが楽しいのは分かるけど落ち着いて――」


 若い女性職員が、泣いている小さな女の子をなだめていた。


 その時。


 ザッ。


 ザッ。


 ザッ。


 規則正しい足音。


「……ん?」


 職員が顔を上げる。


 正門の方から、五人の女性が歩いてくる。


 黒髪の長身女性を先頭に。


 黄金色の長髪。


 サファイア色の短髪。


 茜色のツインテール。


 そして銀髪のおさげのダークエルフ。


 今日は鎧姿ではなく、武器も持っていない。


 全員、比較的柔らかな私服姿だ。


 しかし――問題は服装ではなかった。


 彼女たちは、歩いているだけで迫力がある。


 オーラが、隠しきれていない。


「……」


 中庭で遊んでいた子どもたちが、一人。


 また一人。


 動きを止める。


「あ……」


 そのうちの誰かが呟いた。


「黒の騎士団……」


 次の瞬間。


 サササササッ!!


 子どもたちが一斉に職員の後ろへ避難した。


「先生ぇ……」


「怖い人たち来た……」


「ぼく何も悪いことしてないよ……」


「連れていかれる……?」


 黒の騎士団、総団長のユリア。


 ピタッと、足を止める。


「…………」


 後ろの四人も、それに合わせるように止まった。


 ユリアの眉が、悲しそうに下がった。


「……帰っていいかな」


「早い早い早い!!」


 クレアが肩を掴んだ。


「まだ門くぐって五秒だぞ!!」


「だって今、連れていかれるって……」


「気にするなって!ガキなんて最初はそんなもんだ!」


「そうでしょうか~?」


 レアが微笑みながら子どもたちを見る。


 子どもたち。


 ビクッ。


 さらに職員の後ろへ。


「…………」


 レアは、笑顔を崩さないまま固まる。


「わたくしも少し傷つきましたわ~」


「レアまで!?」


 ロロナ。静かに、じっと子どもたちを見る。


「……逃げた」


「言わなくていい!!」


 サファイアは静かにため息をついた。


「予想はしていたが、やはり第一印象は厳しいな」


 ――ことの発端は数日前。


 黒の騎士団本部の会議室。


「この前のパブはばっちり!みんなのハートを掴んだな、総団長!」


 クレアが椅子へ豪快に腰掛けながら笑った。


「いや……打ち解けられたのは良いんだけど……」


 ユリアは新聞を眺めながら微妙な顔をする。


 『戦場の悪魔、好物はリンゴジュース』


 という見出し。


「ボクのイメージがリンゴジュースの人になりそうなのがちょっとな…」


「あらあら~」


 レアが楽しそうに口元へ手を当てる。


「可愛らしくて良いじゃありませんか~♪」


「よくない!」


「……可愛かった」


 隣のロロナが、聞こえるか聞こえないかくらいの声で呟いた。


「ロロナ?」


「…何でもない」


 サファイアは腕を組む。


「一歩目としては順調な滑り出しと思っていいだろう」


「そうだね」


「ただ、次はどうする?あのパブへの単発訪問だけでは、目標に対して少々不足している」


「うーん……」


 ユリアは椅子にもたれ、しばらく天井を見上げた。


 そして。


「……孤児院」


「ん?」


 四人が見る。


 ユリアはゆっくりと姿勢を正した。


「そうだ。孤児院を訪問しよう」


「ほう」


 興味深そうな表情でサファイア。


「難しい境遇に置かれている子どもたちを少しでも癒せれば…」


  「この国を守る騎士団として、これ以上名誉なことはない」


 クレアがニッと笑う。


「おお!いいじゃねーか!」


 レアも深く頷いた。


「賛成ですわ~♪子どもたちは可愛らしいですものね」


 ロロナも、表情は少ないがその目が輝いている…気がする。


「……子ども、嫌いじゃない」


 サファイアは少し考えた後。


「良い案だと思う。ただ――」


 ユリアを真っすぐ見る。


「なぜ孤児院が真っ先に思い浮かんだ?」


「……」


 ユリアが黙る。


 いつもより、少し長く。


「それは……」


 視線を落とした。


「ボクも、もとは戦争難民だったからだ」


 四人は、それを聞いて静かになる。


「…家族は?」


 クレアが珍しく、トーンを抑えて伺う様に聞く。


 ユリアは首を横に振った。


「覚えてない」


 あくまで淡々と、そう答えた。


「気づいた時には一人きりだった」


 しばらくの間、誰も口を開かなかった。


 ユリアは、少し困ったように笑う。


「だからまあ…孤児院の子供たちには、少し思うところがあるんだ」


 クレアは何も言わず、ユリアにそっと近づき。


 その肩を、いつもの豪快さよりずっと優しく。


 ポン、と叩いた。


「なら、行こうぜ!」


「…うん」


 ――そして、現在に至る。


「あ、あの……」


 孤児院職員が五人へ近づく。


「本日は、遠路はるばるありがとうございます」


 ユリアは気を取り直して、姿勢を正した。


「いや。突然の申し出にもかかわらず、受け入れてもらって感謝します」


 職員がちらっと子どもたちを見る。


 全員。遠巻き。


「……すみません。皆、騎士団の皆さまを絵本や新聞で知っているもので」


「なるほど」


 ユリアは、それを聞いて少し安心する。


「つまり憧れて緊張しているわけですね」


「…………」


 職員、気まずそうに目を泳がせる。


「ええまあ……その……色々な意味で」


 サファイア、ユリアの耳元で小声。


「ユリア。察しろ」


「なぜ!?」


 クレアが気合を入れた表情で、前へ出る。


「よーし!こういう時は子どもと遊べばいいんだろ!」


 腕まくり。


「おーいガキどもー!」


 子どもたち、ビクッ!と声に驚く。


「鬼ごっこしようぜ!!」


「ひぃぃ!!」


「なんでだよ!?」


 一人の少年が叫ぶ。


「絶対捕まえたら投げ飛ばすやつだ!!」


「投げねーよ!!」


「戦場で馬を投げたって聞いた!」


「あれは馬じゃなくて敵の騎兵だ!!」


「もっと怖いよ!!」


「あっ」


 クレア、しまった、といった表情でしゃがみ込む。


「…やっちまった」


 サファイアが静かに横へ出る。


「私がやろう」


「頼むぜサファイア…」


 サファイアは子どもたちの前へ。


 そして、優しく。


「皆。怖がらなくていい」


 完璧な口調、落ち着いた声、理知的な表情。


 サファイアの対応力が発揮された瞬間だ。


 子どもたち、まだ緊張しているが、じっとサファイアを見る。


 すると、一人の女の子が勇気を出して言った。


「……お姉ちゃん」


「なんだ?」


「猫、好きなの?」


 ピクッ。


 サファイアの眉が動いた。


「なぜそれを?」


「あのね、あさの新聞に書いてた」


 どうやら、パブの一件はどんどん口火が広がっていたらしい。


「…まあ」


「好きなの?」


「好きだ」


 少女は少し明るい表情になり。


「どれくらい?」


「かなり」


「ねぇねぇ、猫いたら抱く?」


「抱く」


「ゴロゴロされたら?」


「死ぬほど嬉しい」


 子どもたち、それを聞いてざわざわ。


「普通だ…」


「猫好きの普通のお姉ちゃんだ……」


 サファイア、恥ずかしくて次の言葉が出せず、固まる。


「……」


 ユリアが小声で話しかける。


「すごいぞ、サファイア!」


「何がだ」


「急激に怖さが減っている」


「複雑だな」


 すると、またもう一人。


「ねえ!」


 別の少年が、レアを指さす。


「金髪のお姉ちゃんは?どんな人?」


「わたくし?」


 レアは子供の前で、優雅にしゃがむ。


「うふふ♪何でも聞いてくださいな♪」


 少年、目を輝かせながら。


「本当に悪いやつ百人斬ったことあるの?」


 職員、それを聞くのか!と困惑。


「コラコラ!」


「あら~♪」


 レア、あくまでにっこり。


「百人どころじゃ――」


 サファイア、すっとそれを制する。


「レア」


「……」


 レア、再びにっこりと満面の笑み。


「さあ~?秘密ですわ~♪」


「こわっ!!」


「なぜですの~?」


 ユリア、少しあきれた様子で。


「その笑顔で秘密と言うからだと思う…」


「あら…難しいですわね~」


 その時、一人の小さな女の子が。


 ロロナをじっと見ていた。


 ロロナも、じっと見返す。


「……」


「……」


 少女、ロロナの尖った耳を見る。


「お耳……」


「…ん」


「触っていい?」


 全員、それを聞いて驚愕。


「えっ!」


 当のロロナは、少しだけ目を見開く。


「……」


 少女、申し訳なさそうに首を傾ける。


「だめ?」


「……」


 ロロナは、少女の前でゆっくりしゃがんだ。


「…少しだけなら」


 ぱぁー。


 少女の顔が輝く。


「わあ!ありがとう!」


 そっと、ロロナの耳に触れる。


「ほんとに尖ってる!」


「…ロロナはダークエルフだから」


「痛くない?」


「…痛くない」


「きれい!かわいい!」


「……」


 ロロナ、まさかの誉め言葉に、完全停止。


 レアは、それを見てニヤニヤと近づく。


「うふふ、ロロナ~?」


「…何、レア」


「お顔が緩んでいますわよ~♪」


「…緩んでない」


「口元が~」


「…緩んでない」


 少女は、そんな二人のやり取りを見て。


「お姉ちゃんってかわいい!」


 ロロナ。完全に目を見開く。


「…………」


 耳がほんのり赤い。


 クレアもそれを見て、信じられないといった様子で。


「おお!?ロロナ照れてんのかよ!?」


「…クレア」


「あ?」


「…それ以上言うと、燃やす」


「怖ぇよ!!」


 少しずつ、空気が変わってきた。


 子どもたちは、五人を遠巻きに見るのをやめて。


 少しずつ近づくようになる。


 しかし、ユリアだけには。


 まだ、少し距離があった。


「……」


 ユリアもそれに気づいていた。


 無理もない話ではある。


 背が高く、目つきが鋭く、この騎士団の総団長。


 おまけについた二つ名は『人の形をした悪魔』


 子どもに怖がられて当然だ。


 ユリアは少しだけ、寂しそうに笑った。


 しかし、その時。


「……あの」


 小さな声が聞こえた。


 ユリアは振り向く。


 五、六歳ほどの、黒髪の女の子。


 一人だけ、近くに立っている。


 その容姿は…ユリアの幼いころにどこか似ていた。


「……どうしたんだい?」


 少女は、少し震えている。


 しかし、なぜか逃げはしない。


「お姉ちゃん……」


「うん」


「ほんとうに……強い人?」


 ユリアは、少し考えた。


「たぶんね」


「いっぱい戦ったの?」


「……うん」


 少女は、きゅっと手を握りしめて。


  「怖くないの?」


 ユリアはそれを聞いて、少しの間黙る。


 そして、少女と同じ目線になるように、しっかりしゃがんだ。


「怖いよ」


 少女、驚いたように目を丸くする。


「え?」


「今でも怖い」


「……」


「戦うのも。誰かを失うのも。一人になるのも」


 他の四人が少し離れた場所から、ユリアたちの様子を見ている。


「でも」


 ユリアは続けた。


「怖いからこそ、守りたいと思うんだ」


 その真っすぐな言葉を聞いた少女はじっと、ユリアを見る。


「お姉ちゃんは……一人だったときあるの?」


「昔はね」


 それを聞いた少女、悲しそうな顔で。


「私も」


 ユリアの表情も、少し変わる。


 少女は、ぎゅっと服の裾を握っていた。


「お父さんもお母さんもいない」


「……そうか」


「みんな優しいけど……夜になると、ちょっとさみしい」


 ユリアは、何も言わない。


 ただ、静かに。


 少女の頭へ手を伸ばす。


 しかしその途中、一瞬だけ止まる。


 怖がられないだろうか。


 反射的にそう思った。


 すると、少女の方から。


 一歩、近づいた。


 ユリアの手に、頭を預けるようにして。


「……」


 ユリアは、優しく。


 優しく。


 そっと頭を撫でた。


「寂しい時は」


 落ち着いた静かな声で。


「誰かに寂しいって言っていいんだよ」


 少女。ゆっくりと見上げる。


「……いいの?」


「いいさ」


「泣いても?」


「もちろん」


「お姉ちゃんも泣いた?」


「えっと……」


 ユリア、少し返答に困る。


「昔は、たぶん」


「今は?」


「……リンゴジュースの記事が出た時は、少し泣きたかったよ」


 少女、それを聞いてぽかん。


 そして。


「ふふっ!」


 初めて、笑った。


 ユリア。心から嬉しくなる。


「おいおい、笑ったな?」


「だって変なの」


「ボクは真剣だぞ」


「ふふふ!」


 その声に、他の子どもたちも振り向く。


「ねぇねぇ、なに話してるの?」


「総団長さん怖くないの?」


 少女は振り返って、笑顔で言った。


「全然怖くないよー」


 そして、笑顔のままユリアを見る。


「お姉ちゃん、リンゴジュース好きなんだって」


 ユリア。それを聞いてぽかん。


「ちょっと待って」


 子どもたち、どんどん駆け寄る。


「ほんとー!?」


「ほんとだよ!」


「新聞にも書いてたし!」


「人の形の悪魔なのに!?」


「悪魔言うな!!」


 一気に、子どもたちが五人のもとに集まってきた。


「総団長!剣どれくらい重いの!?」


「今日は持ってきてないよ!」


 クレアのもとにも、たくさんの子供。


「クレアさん肩車してー!」


「おう!三人まで来い!」


「三人!?」


 一番最初に打ち解けた、サファイアも例外ではなく。


「サファイアさん!猫の真似して!」


「それは…断る」


「お願い~~!」


「……にゃ」


「サファイア!?」


 レアやロロナのもとには、女の子中心の集まりが。


「レアお姉ちゃん髪触っていい?」


「もちろんですわ~♪」


「ロロナお姉ちゃん耳もう一回!」


「…一人一回」


 こうして、マーシャルハウスの中庭は。


 いつの間にか、笑い声でいっぱいになっていた。


 職員は、少し離れた場所から。


 安心したようにその様子を見ていた。


 ――数時間後。


 帰り際に、最初にユリアへ話しかけた少女が。


 ユリアの袖を引っ張った。


「お姉ちゃんお姉ちゃん」


「ん?」


「また来る?」


 ユリア、少しだけ目を見開く。


 そして、柔らかく笑った。


「もちろんさ」


「絶対?約束?」


「約束する」


 少女は、小指を差し出した。


「じゃあ約束」


 ユリアも、小指を出す。


「ああ、約束だ」


 お互いの小指が、優しく触れ合った。


 そして、五人は孤児院を出る。


 帰り道、クレアが大きく伸びをした。


「いやぁ!ガキって元気だなー!!」


 レア、その様子を見てクスクス笑う。


「あなたはそれ以上に元気でしたわよ~」


 サファイアも、思わず口が開く。


「今日は楽しかった」


 ユリアもそれを聞いて頷く。


「ボクもだよ」


 ロロナ。とても名残惜しそうにしていた。


「…また行きたい」


 レア。その様子を見て頬に手をあてながら。


「まあ、珍しい♪」


 そしてユリアは、少し後ろを振り返った。


 孤児院の門の前で、子どもたちが。


 思い切り、手を振っている。


「またねー!!」


「リンゴジュースのお姉ちゃんー!!」


 ユリア。固まる。


「…………」


 クレア、一瞬ぽかんとして


 ぷっ。


 思わず吹き出して笑う。


「あっはははははは!!」


「笑うな!」


「総団長、定着してんじゃねーか!!」


「だから嫌だったんだよ!」


 レアも、優雅に笑う。


 サファイアも、笑顔がこぼれる。


 ロロナまで小さく、笑っていた。


 そしてユリアも、みんなの笑う姿を見て。


 最後には、仕方なさそうに笑った。


 ――その日の夕方。


 マーシャルハウスの掲示板には。


 一枚の絵が貼られていた。


 そこには、五人の女性と。


 たくさんの子どもたち。


 そして、中央の黒髪の女性の手には。


 なぜか、超巨大なリンゴジュース。


 下には子どもの字で、こう書かれていた。


『くろのきしだんのおねえちゃんたち』


 ――怖くなかった。


 ――つよくて。


 ――やさしかった。


【プチ後日談】


 マーシャルハウスの訪問後、子供たちの間では黒の騎士団ごっこが大流行したという。


 「俺がそうだんちょー!」


 「私がダークエルフのお姉ちゃん!」


 「僕がリンゴジュースのなる木!!」


 「なにその木!?」

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