↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
10/11

第十話「工兵ガット」

 ――黒の騎士団本部、総団長ユリアの執務室。


「うん……いろいろ報告に目を通したけど」


 ユリアは書類の束を、ぱらぱらとめくる。


「なんというか……特に大きなトラブルもなく穏やかだな」


 ふと、ある考えが頭をよぎる。


「しかし、経験上……」


「ここまで平凡な流れが続くと、そろそろ何か起こる気も……」


 コンコン。


 誰かの来訪を告げるノックの音が。


 ユリアは眉をひそめた。


「……ほら来た」


 扉が開くと、サファイアがいつものように入室する。


「ユリア、知らせがあるのだが……」


 ユリアは、どこか諦観したような目線で。


 じとー。


「……おい、なんだその顔」


「いやー…」


「予感って、割と当たるものだなぁって……」



 ――黒の騎士団には、兵器工房がある。


 最新鋭のカタパルト、大型砲台、攻城兵器、簡易橋梁、補給用車両。


 ありとあらゆる軍用設備を製造・整備する。


 大掛かりであり、巨大な工房である。


 その工房において、中心的な役割を果たす人物が居る。


 設計から製造、修理、微調整まで。


 壊れて廃棄寸前となった兵器すら、新品同様に蘇らせる。


 凄腕のドワーフの工兵である。


 その名は、ガット。


 黒の騎士団の兵器工房を、何十年にもわたり支える。


 まさに生ける伝説。



 ――その日の午後、工房にて。


「ぐぬぬぬ……」


 ガットは険しい表情で腰を押さえる。


「ええい!わしは負けんぞぉ!」


 一歩。


「ぐぬっ」


 一歩。


「ぬおお……」


 すると、愛弟子の若いドワーフであるニコラが、堪らず飛んでくる。


「おやっさぁん!!」


「その身体で動き回るなんて無理がありまさぁ!」


 ガットは、二コラの制止を振り払ってしまう。


「やかましいわい!!」


「若造はすっこんどれ!」


「わしにしかできん仕事が、山ほどあるんじゃ!」


 ニコラは引き下がらない。


「でもよぉ!」


「それで無理してもっと悪くしたら、それこそ一大事でしょうが!」


「何を言っておる!こんなの、屁でもないわい!」


 ガット、腰に手を当てながら胸を張る。


「こんな腰痛……」


 グキ。


 嫌な音が。


「いでででで!!」


「ほら!すぐ痛がってますぜ!!」


「黙れニコラ!!」


 その時、工房の扉が開いた。


 ユリアとサファイアが、並んで作業場へ入る。


「やあ、ガット」


 ユリアは気を遣うように、柔らかい声で。


「いつもご苦労様」


 ガットはそれでも、何かを察したのか厳しく目を細める。


「……ふん」


「ユリアのお嬢ちゃんとサファイアか」


 そして、すぐそっぽを向いてしまう。


「何をしに来たか、わしにはお見通しだぞ!」


「いや、ボクはまだ何も――」


 ガットはすぐ口を挟む。


「どうせニコラの言うことを真に受けて!」


「休め休めと言いに来たんじゃろ!!」


 ニコラはなぜか少し感心したように頷いている。


「おやっさん、それ当たってる!」


「黙れ!!」


 サファイアは、ガットの厳しい対応にも動じず、あくまで冷静に語りかける。


「ガット、痛めた身体は休めるべきだ」


「機械と違って、人間の身体は壊れきったら簡単に部品交換というわけにはいかない」


 ガットはそれでも言い返す。


「何度も言っておる!」


「わしの身体は、わしが一番よく分かっとるのだ!」


「こんな痛みなど……」


 ピキ。


「いてて……」


 ニコラ、またまた慌てて駆け寄る。


「ほらぁ!いい加減にしてくだせぇ!!」


「だ、黙らんか!!」


 ユリアは少し屈んで、ガットと目を合わせるように。


「ねえ、ガット」


「君ほどの技術者を失うのは、騎士団にとって大きな損失なんだ」


 ガットはその言葉に反応して、少し表情が曇る。


「……だからこそ、休めんのじゃ」


「……」


 ガットは、工房に並べられた数多の兵器たちを見る。


「修理待ちの砲台に」


「新型投石機」


「新人用の訓練装置」


「……設計変更も、まだ終わっとらん」


「わしが寝とる間に、仕事が勝手に終わるとでもいうのか?」


 サファイアが口を挟む。


「他の職人がいるだろう」


 ガットは呆れたように首を横に振る。


「まだまだ未熟じゃ。到底任せられん」


 ニコラはそれを聞いて、悲しそうにうつむいてしまった。


「……」


 ガットはそれでも続ける。


「とにかく!」


「わしにはな、仕事が山ほどある」


「休む暇などない!」


「分かったら…仕事の邪魔じゃ、帰ってくれ!」


 こうして、ユリアとサファイアは。


 半ば強引に、外へと追い出されてしまった。


 ――バタン。扉が重く閉ざされる。


 ユリアは肩をすくめて、大きなため息をついた。


「はぁ……」


「まさに、取りつく間もないって感じだったね」


 サファイアは、考えるように顎に手を置く。


「ガットは昔から頑固だからな」


「正論で押すと、むしろ意地を張る」


 ユリアは空を見上げる。


 今の状況が嘘のような、青く澄んだ綺麗な空だ。


「どうしたものかな……」


「……」


  するとサファイアは、何かを思いついたようだ。


「……そうだ」


「ん?」


 サファイアは自信があるように、不敵にほくそ笑む。


「ユリア、私に一つ案がある」


「ここは任せてもらってもいいかな」


「え?」


「まぁ、ボクは構わないけど……」



 ――そしてあれから数日後、再び兵器工房にて。


「ぐぬぬ……」


 ガットは、自分の背丈の倍以上ある大型砲台を押そうとしている。


「動けぇぇぇ……!」


 砲台はびくともしない。


 ニコラは手伝いながらも、心配そうに師匠であるガットを気にしている。


「おやっさぁん!!」


「もういい加減にしてくださいよぉ!」


「うるさいと言っておる!!」


 すると、工房の扉が開く。


 ガットはイライラしたように振り向く


「またか!」


「何度言っても無駄じゃサファイア!わしはこんなの――」


 思わず声が止まる。


「……む?」


 ユリアとサファイアは、確かにこの前と同じように来ている。


 しかし、彼女達の後ろには見知らぬ人物が。


 ピンクのショートヘアに、工房に似つかわしくないシスター服。


 東シモ教会所属のシスター兼、回復術師。


 キアラ・フォール。


 かなり緊張しているのか、とてもおどおどしている。


「そのお嬢ちゃんは誰じゃ……?」


 キアラは、ガットと目が合うと体をピンッと張り詰めて。


「は、は、はじめまして!!」


 ぺこ。


 ぺこぺこ。


 ぺこぺこぺこ。


 止まらないお辞儀マシンガン。


「わ、私は!」


「東シモ教会のシスター兼……」


「し、しがない回復術師の……」


「キアラ・フォールと申します!!」


 ガット、訝しげに見つめる。


「…………」


 ニコラはなぜか、表情が緩んでいる。


「可愛い」


「こら、聞こえとるぞニコラ!」



 ――時は少し遡り、東シモ教会にて。


「あ!サファイア様!」


 キアラはサファイアの姿を見つけると、嬉しそうにパタパタと駆けつける。


「こ、こんにちは!えへへ……」


「今日もお祈りですか?」


 サファイアは、キアラに対して微笑みながら。


「いや、今日は別件だ」


 キアラは不思議そうに首を傾げる。


「別件……?」


「ああ」


 すると、サファイアの表情が一転して真剣なものに変わる。


「他でもない、君にしか頼めないことがある」


 キアラ、笑顔のまま動きが固まる。


 そして…


「…………」


「へ」


「えええぇぇ!?」


 周囲のシスターが、キアラの悲鳴のような声に次々と振り向く。


「わ、わわわ私にぃ!?」


「すまない、驚かすつもりはなかったのだが…」


「取り合えず、座らないか?事情を詳しく話そう」


 そして、教会の後方の長椅子にて。


 サファイアは事情を丁寧に説明する。


「なるほど……」


「そのガットさんという方が、腰を痛めているのに無理を……」


 サファイアは深く頷いた。


「そうだ」


 キアラは先ほどの戸惑いが嘘のように、冷静に考えながら話している。


「一般的な腰痛であれば、私にも診られる可能性はあると思います」


「ただ……」


「サファイア様や総団長様の説得すら聞かない方が」


「私の言うことなんて……」


 サファイアも腕を組んで考えながら言葉を紡ぐ。


「治療だけでは駄目なんだ」


「…え?」


「仮にその日で治しても、ガットが同じ働き方を続ければ」


「また体を壊すのが目に見えている」


 キアラも、その言葉の意味を理解して深く考え込む姿勢に。


「……」


 サファイアは続ける。


「問題の本質は、腰を治すことじゃない」


「彼に、自分の身体を労ることも覚えてもらいたい」


 それを聞いてキアラは、両手をばたばたさせて動揺している。


「えぇぇ!?」


「せ、せせせせ説得まで!?」


「む、無理ですよぉ!総団長様でも駄目だったのに!」


 サファイアは、キアラの手に自分の手を重ねながら。


「キアラ、特別なことをしなくていい」


「……」


「君らしく話せばいい」


「緊張したままでも構わない」


「失敗しても何も問題ない」


 キアラはその言葉を聞いて、少しずつ落ち着きを取り戻す。


「もちろん、無理強いはしないさ」


「でも、君が応じてくれるなら」


「私はとても助かる」


 キアラ、深呼吸。


 すぅぅぅぅ。


 はぁぁぁぁ。


 もう一度。


 すぅぅぅぅ。


 はぁぁぁ。


「……」


「わ、分かりました」


「やってみます」



 ――そして現在に繋がる。


 ガットは変わらず怪訝な眼差しを向けながら。


「回復術だとぉ?」


「キアラといったか……遠くから来てもらって悪いが」


「わしには、そんな大それたものはいらん」


 ニコラ、少しにやけながらガットに近づく。


「でもおやっさん…」


「可愛いシスターが来て、ちょっと嬉しそう――」


 ガットの怒声が飛び出した。


「黙れニコラ!!」


 その響くような声にキアラはびくっと肩を震わす。


 ガットは続ける。


「とにかく」


 しっしと、猫を追い払うように。


「帰ってくれ、仕事の邪魔じゃ」


 一方ユリアは、小声でサファイアに耳打ちする。


「ねぇ、サファイア……これ本当に大丈夫かな」


「キアラさんが傷つかないといいけど……」


 サファイアは表情を曇らせない。


 むしろ、ここまでは想定内だったようだ。


「大丈夫だ、今は様子を見よう」


 キアラは、言葉に困っているのか黙ってしまっていた。


「…………」


 ガットはそれを気にも留めない様子で、背中を向け作業台へ向かう。


 キアラは、自分の手をぎゅっと握りしめる。


 そして、口を開いた。


「あ、あの!!」


 ガットは、渋々と振り向く。


「なんじゃ」


 キアラは、ガットの体を指しながら。


「腰……右だけじゃなくて」


「左の脚にも、少し痺れがありませんか?」


 ガットは、キアラの分析に驚いて表情が固まる。


「…………」


「おやっさん?」


 ガットは不思議そうに尋ねる。


「なぜ分かる?」


 キアラは分析モードに入り、先程までとは打って変わり冷静に続ける。


「歩き方が、左脚だけ少し外側に逃げています」


「あと、物を持つ時に右足に体重を寄せているようです」


 ガットは反論する言葉も出ないようで、すっと目が細くなる。


 キアラは続ける。


「たぶん、腰だけの問題ではなくて、左側の筋肉と神経にまで負担が……」


「……あ」


 キアラは、ふと我に返り慌て始める。


「あっ!もちろん診ないと断定はできません!」


「ご、ごめんなさい!」


 ガットはキアラに興味を抱いたのか、自らキアラに足を向ける。


「……ふん」


「見るだけで、そこまで分かるのか」


「は、はい…少しだけですが……」


 そんな二人の様子を、見守っていたサファイアとユリア。


 お互いに目を合わせる。


「食いついたよ、サファイア…!」


 サファイアも頷く。


「そのようだな」


 しかし、そんなガットもやはり手ごわかった。


「だがな!」


「だからといって、治療は受けんぞ!」


 キアラは、今度は冷静に受け止める。


「……分かりました」


 ガットは拍子抜けしたように、目を丸くする。


「……ん?」


「嫌なら、無理に治療はしません」


「……止めんのか?」


 キアラは、冷静な口調を乱さない。


「はい」


「治療というものは、受ける方が納得してないと駄目ですから」


「……」


 キアラは続ける。


「でも、一つだけ聞いてもいいですか?」


「……なんじゃ」


 キアラは工房を見渡す。


 どう考えても、こんな大規模なものを一人で扱うのは無茶に思える。


「どうして、そんなに休むのが怖いんですか?」


 すると、ガットが動揺したように言葉に詰まる


 ニコラは、その様子が気になり心配そうに見つめていた。


「……」


 ガットのその表情が、一層険しくなる。


「怖いからですか…?」


「馬鹿を言うな」


 キアラ、慌てて自分の口に手を当てる。


「ご、ごめんなさい!」


 一瞬は引いた。


 しかし、それでも踏みとどまる。


「ただ……私には、そう見えたんです」


 ガットはまた黙り込んでしまう。


「……」


 キアラはそれでも続ける。


「痛いのに、仕事を止めない」


「誰かに任せようともしない」


「治療も断る」


「それって、仕事が好きだからだけじゃなくて……」


 その先を伝えるのが怖いのか、声が小さくなっていく。


 それでも、十分届くような声で。


「…自分が休んだら」


「何かが駄目になるって、そう思ってるように見えます」


「…………」


「おやっさん……?」


 ニコラはガットを心配そうに見る。


 しばらく、何も言わなかったガットだが…やがて。


「……昔な」


「わしが三日、工房を空けたことがあった」


 ニコラは初耳だったのだろうか、驚いて目が見開いている。


「戻った時、調整不足の投石機が事故を起こしておった」


 ユリアとサファイアも、表情が変わる。


「幸い死人は出なかった」


「……だが一人、腕を大怪我した」


「……設計図を見りゃ、わしなら気づけた」


 拳を握りしめている。


「わしが居れば…防げた事故だ」


「おやっさん……」


 ガットは続ける。


「それ以来な、わしは工房を止めんと決めた」


 キアラは、真っすぐにガットを見ながら頷く。


「……そう、だったんですね」


 ガットも、応じるように深く頷いた。


「だからな、わしが休めばまた誰かが怪我をするかもしれん」


「……」


 キアラは、ゆっくりと口を開く。


「……でも」


「…なんじゃ?」


「今ここで、あなたが無理をして倒れたら」


「もっと長く、工房を離れることになりますよね…?」


「……」


 今度はキアラ、弟子のニコラの方を見ながら続ける。


「それに、あなたが全部やってしまったら」


「ニコラさんは、いつまで経っても」


「あなたがいない時に、工房を守れる人になれません」


 ニコラはその言葉にうたれたように、目を潤ませる。


「……!」


 ガットも驚いて、二コラとキアラを交互に見つめる。


 キアラは決して平然とはしていない。


 その手は、明らかに震えている。


「す、すみません!生意気なことを……」


「それでも……私も、そうだったから……」


 震えたままの手を胸元へ置く。


「前まで、自分なんか何もできないと思ってました」


「だから、大きな仕事は全部他のシスターに任せていました」


「……でもそれだと、ずっとできないままなんです」


 サファイアは、キアラと出会った時を思い出して。


 静かに、目を伏せる。


「ニコラさんも、きっと失敗することはあると思います」


「……でも、その時にガットさんが教えてあげれば」


「次は、もしかしたらできるようになるかもしれません」


 ガットは、うつむいて黙り込んでいる。


「……」


「…工房を守るって」


「全部が全部を、自分でやることじゃなくて」


「自分がいなくても、ちゃんと動けるようにすることも」


「含まれるんじゃないでしょうか」


 ガットは顔を伏せたまま、目を閉じる。


 長い長い沈黙。


 ニコラは心配そうに。


 ユリアとサファイアも、固唾を飲んで見守っている。


 やがて…


「……ニコラ」


 呼ばれたニコラは、一気に姿勢を正す。


「へ、へい!なんでしょう!!」


「あの、新型砲台」


 ガットは顎で示す。


「右側の回転機構、お前ならどう直す」


「…え?」


「いいから、答えろ」


 ニコラ慌てて砲台に向かう。


 示された部分を、あらゆる角度から見ている。


「え、えっと……」


「歯車を全部交換するんじゃなくて」


「摩耗してる三枚だけを外して」


「軸のズレを先に直して……」


 ガットも、その機械を遠巻きだが見つめながら考えている。


「……その後は?」


「へ、へい!えっと、潤滑剤を入れて…」


「手動で十周、異音がないか確認してから再組み立て……です!」


「……」


 ニコラは緊張しながら、ガットの反応を伺う。


「ど、どうでさぁ……?」


 ガットはニコラを見ながら。


「七十点」


「……え!?」


「三枚じゃなく、二枚で足りる」


 やや厳しい指摘ではある。


 それでもニコラは、嬉しそうに目が輝いている。


「合ってた!?」


 ガットは訂正するように。


「だから、七十点じゃ」


 ニコラはそれでも喜びを隠せない、その場を飛び跳ねている。


「よっしゃ~!おやっさんが俺に七十点ーー!!」


 ガットは呆れたようにため息をつく。


「やかましいわ!まったく……」


 それでも、そんなガットの表情は、先ほどまでと比べれば明らかに緩んでいる。


 キアラも、そんな二人の様子を見て少し安心したようだ。


 ガットはキアラに顔を向ける。


「シスター」


「は、はい!!」


 ガット、気まずそうに頬を掻く。


「……診るだけじゃぞ」


「……え?」


 恥ずかしそうに、もう一度。


「いいか、診るだけじゃ!治療するかどうかはその後じゃ!」


 キアラは、ぱぁっと花が咲いたように満面の笑顔を浮かべて。


 ひと際大きな返事をした。


「はい!!」



 ――数十分後、ガットはキアラの指示を受けて、作業台に横になっていた。


 キアラは腰に慎重に触れる。


 すると、柔らかい回復術の光が包んでいく。


「……やはり、筋肉の緊張がかなり強いです」


 ガットは大人しく横になりながら身を任せている。


「……ふん」


 キアラは、冷静にひとつひとつを見極める。


「それと……神経にも少し圧迫があります」


「今日は強い回復魔法をかけるより…」


「まず緊張を緩めて、炎症を抑えた方がいいと思います」


 ガットは少しだけ顔を上げてキアラを見る。


「なに、一発で治せんのか?」


「……はい」


 キアラは誤魔化さず、正直に自分の見解を伝える。


「無理に治そうとすると…逆に、負担になる可能性があります」


「ですので…」


 キアラは何本か指を立てる。


「数日は、休んでください」


 それを聞いたガットは飛び起きてしまう。


「数日だと!?」


 キアラは、さすがにこの反応に怯えて驚いてしまう。


「ひゃっ!!」


 しかし、サファイアはあえて助け船は出さない。


 それでも、しっかりとその様子を見守っている。


 キアラは自分を落ち着かせるため、まずは深呼吸。


 そして、もう一度真摯に伝えてみることに。


「は、はい」


「数日です」


 ガットはやはり不満が収まらないようだ。


「長すぎる!!」


 キアラは、今度は引き下がらない。


「で、でも!」


「その数日で、ニコラさんに…」


「仕事を教えてあげればいいと思います!」


 ガットは二コラを引き合いに出され、言葉に詰まったようだ。


「ぐぬ……」


 キアラは続ける。


「横になったまま、口で指示するだけなら腰も休められます」


 その話をちゃっかり聞いていた二コラ、嬉しそうに割り込む。


「おお!それなら俺も勉強できる!」


「……」


 ニコラは、まだ迷っている様子のガットに向き合う。


「おやっさん!」


「俺、やりますぜ」


 その眼差しは真剣そのものだ。


「間違えたら怒ってくださいよ!」


「何回でも、覚えますから!」


 ガットはニコラのその気迫に圧される。


 師弟として付き合いの長い二人。


 しかし、ここまでの情熱を向けてくるとは、ガットにとっては予想外だったのかもしれない。


 そして、とうとう決断した。


「……五日だ」


「へ?」


「五日だけじゃ」


 キアラも、嬉しそうに目が輝く。


「……!」


 ガットは、二コラの肩に手を置いて。


 しっかりと伝えるように、その目を見つめる。


「いいか二コラ、わしは五日休む」


「その間、お前がこの工房を仕切れ」


 ニコラは緊張した面持ちで、大きく息をのむ。


「俺が…」


「嫌なら無理強いは…」


 ニコラは遮る、力強く。


「いえ!やります!!」


「やらせてくだせぇ!!」


 ガットは、ニコラの覚悟が本気だといよいよ確信したようだ。


「なら…泣き言はいうなよ」


「へ、へい!!」


 サファイアと共に見守っていたユリアは、ようやく肩の荷が降りたように。


 ほっと、大きく息を吐いた。 


 キアラも同じように、胸に手を当てて安堵のため息をつく。


 一方のサファイアは、それを予見していたかのように。


 一人だけ、ほんの少し微笑んでいた。



 ――そして、キアラの説明通りの治療が行われた。


 終わった直後、ガットはゆっくりと起きる。


 恐る恐るではあるが、腰を動かしてみる。


「……む」


 もう一度、痛みが出ないかを確認。


「……おお」


 ニコラがすぐ側で様子を気にしている。


「どうです、おやっさん!?」


 ガット、目を丸くしながら。


「……軽い、嘘みたいに軽いぞ」


 キアラは額の汗を拭い、再び一息。


「よ、よかったです……」


「ただ…まだほんの少し痛むようじゃが…」


「はい、それでいいんです」


 ガットは不思議そうにキアラを見る。


「なに?」


 キアラはにっこりと微笑みながら続ける。


「痛みが残ってる方が、ガットさんは無理しないでしょうから」


「な……!」


 それを聞いたユリア、思わず笑いがこぼれる。


「はは…!なかなかやるねぇ、キアラさんって」


 サファイアも深く頷く。


「うむ、実に合理的だ」


 ガットはキアラを、じーっと見つめる。


「キアラのお嬢ちゃんよ…」


「はい?」


「あんた、おどおどしとる割に言う時は言うな」


 キアラは自覚したのか、顔が真っ赤になる。


「あ…!す、すみません!!」


 ガットも思わず、呆れたように笑みがこぼれる。


「褒めとるんじゃ!まったく…」


「えっ…あ、そ、そうなんですか…?」


 すると、サファイアは静かにキアラに近づく。


「キアラ」


「は、はい?」


 サファイアは、微笑みながらキアラの目を見つめる。


「よくやった、素晴らしいぞ」


 キアラは、言葉の処理に追いつけずフリーズ。


「……え」


 恥ずかしくなってしまい、思わず目を逸らしていた。


「あ、ありがとうございます……え、えへへ…!」



 ――キアラの訪問と治療から、もう五日が経とうとしていた。


 兵器工房にて、ガットは椅子に座りながらゲキを飛ばしていた。


「これ、ニコラ!!」


「そこの角度が二度ズレとる!!」


 計器で図る直前に指摘され、二コラは思わず振り向いた。


「二度ぉ!?こんなの、見て分かるんですか!?」


 ガットは相変わらずぷんぷんとしている。


「当たり前じゃ!!そうでないと数がこなせんじゃろ!!」


 ニコラ、あくせくと機材と格闘中。


「やっぱ化け物だぁこの人!!」


「誰が化け物じゃ!!口はいいから腕を動かせ!!」


 そして、この5日の間はキアラとの約束通り。


 ガット自身はハンマーを持っていない。


 代わりに、愛弟子のニコラが一心に腕を振るう。


 カァン、鉄を打ち付ける音が響く。


「違う!力を入れすぎじゃ!」


「こ、こう!?」


「違う!」


「分かった!こう!?」


「……今のは悪くない」


「よっしゃ!へへっ!」


 一方、工房の入口では、ユリアとサファイアがこっそりと様子を見ていた。


「……なんか、前より工房が賑やかになったね」


「ああ、ガットだけでなく、工房全体が動いているようだな」


「…ねぇ、サファイア」


 ユリアはサファイアを見る。


「君、最初からこうなると分かってたのかい?」


 サファイアは静かに首を横に振る。


「いや、ここまでたどり着くとは思っていなかった」


「え?」


 サファイアは、まるで自分の手柄の様に嬉しそうだ。


「私はただ、キアラならガットを治療対象ではなく」


「一人の人間として見ることができると思っただけだ」


 ユリアは、あの時のキアラの様子を思い出しながら頷く。


「……なるほど」


 サファイアは、工房の奥で大人しく座っているガットを見る。


「それに、ガットに必要だったのは」


「休めという命令じゃなかったと思う」


「……と、言うと?」


「休んでも大丈夫だと、思える理由だったんだろう」


 それを聞いてユリアは、少し嬉しそうに笑う。


「やっぱり君って、人を見る目あるね」


「……」


 サファイアは、少し照れながらその目線を泳がしていた。


「そうでもないさ…」



 ――その日の夕方、東シモ教会にて。


 キアラは、自分あてに届いた手紙を読んでいた。


『東シモ教会 キアラ・フォール殿』


『この前は世話になったな』


『おかげで、腰はだいぶ良くなった』


『ニコラはまだまだ半人前じゃが、まあ少しは使える』


『それと、あんたの治療は、まぁ悪くなかった』


 キアラ、実に真剣。


 食い入るように手紙を読んでいた。


『また腰が痛くなったら頼む』


 キアラは珍しく小さくガッツポーズ。


 そして、大きく身体を伸ばした。


「はぁ、良かったぁ……」


 そのひょうしに、別紙がひらりと落ちる。


『追伸』


『次からはガットさんではなく、ガットでよい。』


 そして、最後の文はとても小さい字でこう書かれていた。


『あと、別に可愛いシスターが来たから嬉しかったわけではない。決して』


 キアラ、思わず吹き出してしまう。


「…………ふっ!」


「ふふふ……!」


 静かな教会にて、キアラの抑えきれない幸せな笑い声が小さく聞こえていた。



 ――最強と謳われる黒の騎士団というものは。


 それは決して、強い者だけで成り立っている、ということではない。


 武器を作る者、治す者、教える者、学ぶ者。


 そして、誰かが休んだ時には、代わりに立ち上がる者。


 一人で全部を背負うことが、責任ではない。


 自分の技術を、次の誰かへ渡すこと。


 時には、頼ること。


 信じてみて、任せること。


 それもまた大切な、『守る』という仕事なのだ。

【プチ後日談】


 普段手紙を書くことに慣れていないガットは、休息の間ずっと悪戦苦闘していた。


 ガ「この前は世話になった…ためになった…いや、助かった…」


 ガ「またいつでも…いや、それは違うな……」


 ニ(ひえ~、おやっさんのこんな姿、まさにレアイベント…!)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。