第五話 二つの世界の時間差
邪神討伐会議は一旦終了した。
居間には湯飲みに残った温いお茶と、半分ほど減った煎餅だけが残っている。
奏は座布団へ仰向けに倒れ込み、大きく息を吐いた。
「……疲れた。」
「まだ何も始まってないけどね。」
琴子が苦笑する。
「精神的に。」
「ああ、それは分かる。」
異世界へ誤召喚され、神を脅し、願いを勝ち取り、異世界と地球を自由に行き来できる方法まで見つけた。
普通なら一生分の出来事だ。
奏はぼんやりと天井を見つめる。
「……あ。」
「どうした?」
身体を起こした奏の顔から血の気が引いていた。
「私たち。」
「うん?」
「時計塔で轢かれたんだよね?」
「そうだね。」
「かなり長いこと、あの邪神と話してた。」
「そうだね。」
「……私たち。」
「うん。」
「今、日本じゃ行方不明扱いじゃない?」
その一言で。
琴子の表情が固まった。
「…………。」
「…………。」
二人は同時に立ち上がる。
「スマホ!」
「テレビ!」
奏は慌ててポケットからスマートフォンを取り出す。
電源は入る。
圏外ではない。
画面には見慣れた待ち受け画面が表示されていた。
時計を見る。
「……え?」
時刻は。
時計塔で待ち合わせをしていた時刻から、一分も経過していなかった。
「壊れた?」
「いや。」
琴子も自分のスマートフォンを見る。
同じだった。
「時間が進んでない。」
その時だった。
アイリスが静かに割り込む。
『説明します。』
「アイリス?」
『地球とサイエスでは時間の流れが異なります。』
「……異なる?」
『はい。』
ホログラムが表示される。
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### 時間流速
**地球 1日**
↓
**サイエス 30日**
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奏が瞬きを繰り返す。
「一対三十?」
『正確です。』
琴子が腕を組む。
「つまり。」
「サイエスで一か月過ごしても。」
『地球では約二十四時間です。』
「逆に。」
「地球で一時間過ごしたら?」
『サイエスでは約一日と六時間が経過します。』
二人は顔を見合わせた。
「……これ。」
「とんでもないね。」
琴子は真っ先に可能性へ思考を巡らせる。
「つまり地球の生活を維持したまま。」
「サイエスで生活できる。」
「会社も辞めなくて済む。」
「休日だけ異世界も可能。」
奏も頷く。
「研究所も続けられる。」
「時間の余裕が圧倒的。」
『補足。』
アイリスが続ける。
『睡眠時間をサイエス側で確保することも可能です。』
「え?」
『地球で一時間睡眠を取る代わりに、サイエスで約一日休息できます。』
「…………。」
「…………。」
二人はしばらく黙り込んだ。
そして。
「「邪神、本当に頭悪い。」」
声が綺麗に揃う。
こんな仕様を許せば。
時間はいくらでも増やせる。
資格取得。
研究。
鍛錬。
読書。
開発。
地球で不足していた時間を、異世界で補えるのだ。
奏は思わず笑ってしまった。
「普通、世界を跨ぐなら時間は止めるよね。」
「止めるか、同じにする。」
「一対三十って。」
「ゲームバランス崩壊。」
アイリスが淡々と言う。
『邪神は娯楽性を優先したため、時間管理は簡略化されています。』
「設計ミスだ。」
「完全な。」
琴子は湯飲みへ新しいお茶を注ぎながら言った。
「じゃあ今後の予定を決めよう。」
ちゃぶ台へノートを置く。
ペンを走らせる。
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【今後の方針】
・サイエスの情報収集
・生活基盤の確立
・武器、防具の調達
・邪神討伐方法の調査
・地球で必要物資の準備
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奏が最初に口を開いた。
「武器。」
「必要だね。」
「私は鍛冶師だけど。」
「今は何も作れない。」
作業場も。
炉も。
金床もない。
「最低限、自衛できる武器が欲しい。」
琴子も頷く。
「私は前衛向きじゃない。」
「テイマーだから護衛も必要。」
「それに。」
奏は腕を組む。
「日本じゃ銃刀法がある。」
「そう。」
「刀も槍も簡単には買えない。」
「弓もね。」
二人は考え込む。
すると。
琴子が何かを思い出した。
「……そうだ。」
「ん?」
「相談できる人がいる。」
「久世さん?」
「うん。」
奏もすぐに納得した。
久世。
双子が幼い頃から世話になっている人物。
神職の家系でありながら施設へ預けられた二人を、陰ながら支え続けてくれた恩人。
表向きは古道具屋を営んでいるが、その正体は古くから続く拝み屋だった。
妖や呪具、神事に精通し、国内外の退魔師とも交流がある。
幼い奏と琴子にとっては、親代わりと言ってもいい存在だった。
「久世さんなら。」
奏は頷く。
「異世界なんて話しても。」
「信じる。」
「むしろ。」
琴子は苦笑した。
「『ようやく巻き込まれたか』くらい言いそう。」
「確かに。」
二人は同時に笑う。
久世ならば。
異世界という非常識にも驚かない。
武器についても。
神についても。
きっと何か知っている。
琴子はスマートフォンを手に取った。
「電話する?」
「いや。」
奏は首を横に振る。
「直接行こう。」
「私もその方がいいと思う。」
異世界。
邪神。
神殺し。
電話で話す内容ではない。
久世の顔を見て、直接相談するべきだ。
琴子は頷き、玄関へ向かう。
「じゃあ。」
「行こうか。」
奏も玄関の鍵を手に取った。
双子はまだ知らない。
自分たちが相談しようとしている後見人・久世が、彼女たちの一族に伝わる秘密と、「神殺し」に繋がる古い伝承を知る数少ない人物であることを。




