第三十八話 最強の後見人と異世界商談
久世真奈美の家は、二人が相続した古民家からそう遠くない場所にある。
とはいっても、徒歩で気軽に遊びに行けるような距離ではない。車で移動する必要がある程度には離れているのだが、幼い頃から二人にとっては何度も訪れたことのある場所だったため、奏にとっては今でも妙に懐かしい場所の一つだった。
ただし。
今の奏にとって、その家へ向かう道のりは、普段とはまったく違う意味を持っていた。
なにしろ。
怒られる。
確実に。
しかも。
普通に怒られるだけでは済まない可能性が高い。
奏は助手席に座りながら、窓の外をぼんやり眺めていた。
運転しているのは琴子である。
普段ならば、琴子は安全運転を心掛けながら、信号待ちの合間に仕事の話や副業の話をするのだが、今日は先ほどからほとんど喋っていない。
それだけで。
奏には分かった。
琴子も緊張している。
「……」
「……」
車内に。
妙な沈黙が流れている。
「琴子」
「何です?」
「……」
「何ですか?」
「怒ってる?」
「私が?」
「うん」
「……」
琴子は。
前を見たまま。
しばらく黙った。
「別に」
「……」
「怒ってません」
「本当?」
「はい」
「……」
「ただ」
「……」
「真奈美さんに何を言われるのかと思うと」
「……」
「胃が痛いだけです」
「……」
「それ」
「……」
「怒ってるのと同じじゃない?」
「違います」
琴子の返事は。
妙に早かった。
奏は。
少しだけ。
考えた。
「……」
「琴子」
「何です?」
「私たち」
「……」
「何日くらい行方不明だったことになってるのかな?」
「……」
琴子の手が。
ハンドルの上で。
僅かに強く握られた。
「……」
「アイリスによれば」
「……」
「地球では」
「……」
「一日も経っていません」
「うん」
「ですが」
「……」
「私たちが突然、連絡もなく消えたのは事実です」
「……」
「時計塔で待ち合わせをして」
「……」
「トラックに突っ込まれて」
「……」
「そのまま異世界へ召喚されて」
「……」
「神と話して」
「……」
「ゲームの世界に放り込まれて」
「……」
「死にかけて」
「……」
「レベルを上げて」
「……」
「一度地球に帰って」
「……」
「またサイエスへ行って」
「……」
「ゲームをして」
「……」
「また戻ってきた」
「……」
「……」
奏は。
指を折りながら。
自分たちがやってきたことを整理していった。
「……」
「改めて考えると」
「……」
「私たち」
「……」
「結構」
「……」
「無茶苦茶してるね」
「……」
「今さら気づいたんですか?」
「……」
「はい」
琴子は。
深々と。
ため息を吐いた。
「だから」
「……」
「怒られるんですよ」
「……」
「はい」
奏は。
素直に頷いた。
しばらくして。
車が。
久世真奈美の家の前で止まった。
古くからある大きな屋敷。
敷地は広く。
門から玄関までの距離も長い。
庭には手入れされた木々が並び、その奥には古い蔵まで見える。
幼い頃から何度も訪れている場所なのに、今日ばかりは妙に威圧感を感じた。
奏は。
車から降りた。
琴子も。
続いて降りる。
「……」
「行きますよ」
「うん」
「逃げないでくださいね」
「逃げないよ」
「本当ですか?」
「……」
「奏」
「……」
「逃げたら」
「……」
「私が捕まえますから」
「……」
「はい」
二人は。
並んで歩き始めた。
玄関へ近づく。
すると。
扉が。
開いた。
「……」
「……」
二人の動きが。
止まった。
「おかえり」
久世真奈美が。
そこに立っていた。
笑っている。
笑っているのだが。
目が。
笑っていない。
「……」
「……」
奏と琴子は。
無言で。
頭を下げた。
「ただいま帰りました」
「……」
琴子が言った。
奏も。
続ける。
「ただいま」
「……」
真奈美は。
二人を。
じっと見た。
そして。
「上がりなさい」
「……」
「はい」
「……」
「二人とも」
「……」
「話があります」
「……」
奏は。
琴子の袖を。
そっと掴んだ。
琴子も。
何も言わず。
奏の手を。
握った。
こうして。
二人は。
最強の後見人との。
面談を開始することになった。
応接間。
そこには。
すでに。
お茶が用意されていた。
菓子もある。
しかし。
二人は。
それに手をつけることができなかった。
なぜなら。
向かい側に座る真奈美の表情が。
あまりにも。
怖かったからだ。
「……」
「……」
「……」
沈黙。
長い。
とても長い。
奏は。
耐えられなくなった。
「あの」
「何?」
「……」
「怒ってる?」
「……」
真奈美は。
静かに。
笑った。
「怒っているわよ」
「……」
奏は。
素直に。
俯いた。
「……」
「でも」
「……」
「それだけじゃないわ」
「……」
琴子が。
顔を上げる。
「……」
「それだけではない?」
「ええ」
真奈美は。
テーブルの上に。
封筒を置いた。
「二人がいなくなった」
「……」
「それを聞いた時」
「……」
「私は」
「……」
「かなり」
「……」
「心配したのよ」
「……」
奏の胸が。
少しだけ。
痛んだ。
真奈美は。
二人の両親ではない。
それでも。
両親に捨てられた二人を。
長い間。
見守ってきた人間だ。
児童養護施設で育った二人にとって。
真奈美は。
血の繋がりこそないものの。
親に近い存在だった。
「……」
「ごめんなさい」
奏が。
小さく。
謝った。
琴子も。
頭を下げる。
「申し訳ありません」
「……」
「……」
真奈美は。
そんな二人を。
しばらく。
見つめた。
そして。
「顔を上げなさい」
「……」
二人が。
顔を上げる。
「それで?」
「……」
「何があったの?」
「……」
琴子が。
奏を見る。
奏も。
琴子を見る。
そして。
琴子が。
口を開いた。
「信じてもらえないと思います」
「……」
「何でも言いなさい」
「……」
「私は」
「……」
「二人がどんな馬鹿なことを言っても」
「……」
「今さら驚かないわ」
「……」
その言葉に。
奏が。
少しだけ。
目を逸らした。
「……」
「何?」
「……」
「いえ」
「……」
「何かあるでしょう?」
「……」
「奏」
「……」
「話してください」
「……」
「……」
奏は。
諦めた。
「私たち」
「……」
「死にました」
「……」
真奈美の眉が。
僅かに動いた。
「……」
「トラックに」
「……」
「轢かれました」
「……」
「……」
琴子が。
横から。
訂正する。
「正確には」
「……」
「轢かれる直前です」
「……」
「死んだと思った瞬間」
「……」
「白い世界にいました」
「……」
「白い世界?」
「はい」
「……」
「そこに」
「……」
奏が。
言った。
「光ってる何かがいました」
「……」
「何か?」
「……」
「人じゃない」
「……」
「性別もない」
「……」
「ただ」
「……」
「ものすごく光ってる」
「……」
「発光体」
「……」
「そうです」
琴子が。
頷く。
「その存在は」
「……」
「自分を神だと名乗りました」
「……」
「……」
真奈美の顔から。
笑みが消えた。
「神?」
「はい」
「……」
「その神が」
「……」
「私たちを」
「……」
「異世界へ召喚しました」
「……」
真奈美は。
黙った。
奏と琴子は。
それ以上。
何も言わなかった。
しばらく。
時計の音だけが。
部屋に響く。
やがて。
真奈美が。
ゆっくり。
口を開いた。
「……」
「続けて」
「……」
琴子が。
話を続けた。
自称神。
誤召喚。
神力を返せと言われたこと。
琴子が交渉したこと。
三つの願いを叶えさせたこと。
サイエスという世界。
初心者の森。
動物との会話。
始まりの町。
そして。
ゲームのようなステータス。
レベル。
スキル。
ギフト。
神の加護。
すべてを。
順番に。
話していった。
真奈美は。
途中で。
一度も。
口を挟まなかった。
ただ。
静かに。
聞いていた。
そして。
最後に。
邪神の話をした。
自称神。
邪神。
神託。
召喚者。
過去の勇者。
レオン。
そして。
自分たちが。
邪神を滅ぼすことを決意したこと。
すべてを。
話し終えた時。
部屋の中は。
静まり返っていた。
「……」
真奈美は。
目を閉じていた。
やがて。
「……」
「そう」
それだけ。
呟いた。
「……」
奏と琴子は。
顔を見合わせる。
「……」
「それだけ?」
奏が。
思わず。
聞いた。
「何が?」
「いや」
「……」
「もっと驚くかなって」
「……」
「……」
真奈美は。
奏を見た。
「奏」
「はい」
「私は」
「……」
「あなたたちの家系を」
「……」
「知っているでしょう?」
「……」
「昔から続く神職の家系」
「……」
「そして」
「……」
「私は」
「……」
「祓い屋よ」
「……」
「……」
奏は。
瞬きをした。
「……」
「つまり」
「……」
「神様とか」
「……」
「そういう存在は」
「……」
「一応」
「……」
「慣れてる?」
「……」
「慣れてはいないわ」
「……」
「でも」
「……」
「存在を否定する理由もない」
「……」
真奈美は。
静かに。
笑った。
「だから」
「……」
「異世界の神がいると言われても」
「……」
「私は」
「……」
「あなたたちが嘘をついているとは思わないわ」
「……」
奏は。
少しだけ。
安心した。
「……」
「それで」
真奈美が。
言った。
「二人は」
「……」
「その邪神を」
「……」
「倒すつもりなのね?」
「はい」
琴子が。
答えた。
奏も。
頷く。
「……」
「理由は?」
「……」
「私たちを勝手に召喚したから」
奏が。
言った。
「……」
「それに」
「……」
「私たちを」
「……」
「ゲームみたいに扱ってた」
「……」
「……」
「それだけ?」
「……」
「それだけじゃない」
奏は。
少し。
考えてから。
言った。
「サイエスには」
「……」
「普通に生きてる人がいる」
「……」
「私たちと同じように」
「……」
「家族がいて」
「……」
「友達がいて」
「……」
「普通に生活してる」
「……」
「それなのに」
「……」
「神とか邪神とか」
「……」
「そんな奴らの都合で」
「……」
「人生を弄ばれるのは」
「……」
「気に入らない」
真奈美は。
奏を。
じっと見た。
そして。
ふっと。
笑った。
「……」
「なるほど」
「……」
「奏ちゃんらしいわね」
「……」
琴子が。
横から。
口を挟んだ。
「私たち」
「……」
「そのために」
「……」
「準備をしています」
「準備?」
「はい」
琴子は。
持ってきた。
魔石を。
テーブルの上へ置いた。
「……」
「これは」
真奈美が。
魔石を見る。
「サイエスで採取したものです」
「……」
「魔石?」
「はい」
琴子が。
頷く。
「これを」
「……」
「地球で」
「……」
「売りたいと思っています」
「……」
真奈美の目が。
少しだけ。
鋭くなった。
「……」
「売る?」
「はい」
「……」
「異世界貿易です」
「……」
真奈美は。
しばらく。
魔石を見つめた。
そして。
「……」
「二人とも」
「……」
「本気?」
「はい」
琴子が。
即答する。
「……」
「地球の物を」
「……」
「サイエスへ持っていく」
「……」
「サイエスの物を」
「……」
「地球へ持ち帰る」
「……」
「そして」
琴子の目が。
鋭くなる。
「利益を出します」
「……」
真奈美は。
笑った。
今度は。
本当に。
楽しそうに。
「……」
「そう」
「……」
「やっと」
「……」
「面白いことを始めたわね」
「……」
奏が。
首を傾げる。
「……」
「怒ってないの?」
「怒っているわよ」
「……」
「でも」
「……」
「それ以上に」
「……」
「興味があるわ」
「……」
真奈美は。
魔石を。
手に取った。
「……」
「これ」
「……」
「本物ね」
「……」
奏と琴子が。
同時に。
真奈美を見る。
「分かるの?」
奏が。
聞いた。
「ええ」
「……」
「どうして?」
「……」
真奈美は。
魔石を。
指先で。
軽く。
撫でた。
「私の家系」
「……」
「祓い屋でしょう?」
「……」
「普通の人間が知らないものを」
「……」
「扱ってきたのよ」
「……」
「魔石なんて」
「……」
「見たことはないけれど」
「……」
「似たようなものなら」
「……」
「いくらでもあるわ」
「……」
琴子は。
静かに。
息を呑んだ。
「……」
「真奈美さん」
「何?」
「これ」
「……」
「売れると思いますか?」
「……」
真奈美は。
少しだけ。
考えた。
「売れるわ」
「……」
「ただし」
「……」
「普通には売れない」
「……」
「ですよね」
「ええ」
「……」
「でも」
真奈美は。
魔石を。
机の上へ戻した。
「私には」
「……」
「伝手がある」
「……」
奏と琴子が。
顔を上げた。
「……」
「研究者」
「……」
「企業」
「……」
「大学」
「……」
「海外」
「……」
「表に出せない研究をしている人間もいる」
「……」
「そして」
「……」
「あなたたちが持ってきたものを」
「……」
「安全に調べられる場所も」
「……」
「用意できるわ」
「……」
琴子の目が。
細くなる。
「……」
「真奈美さん」
「何?」
「それ」
「……」
「どこまで」
「……」
「信用していい人たちですか?」
「……」
真奈美が。
笑った。
「琴子ちゃん」
「はい」
「あなた」
「……」
「相変わらず」
「……」
「疑り深いわね」
「当然です」
「……」
「異世界の存在が公になったら」
「……」
「世界中が混乱します」
「……」
「魔石の存在が知られれば」
「……」
「国家が動くでしょう」
「……」
「軍も」
「……」
「企業も」
「……」
「研究機関も」
「……」
「そして」
「……」
「場合によっては」
「……」
「私たち自身が」
「……」
「研究対象になります」
「……」
真奈美の表情が。
真剣になった。
「その通りよ」
「……」
「だから」
「……」
「あなたたちの異世界行きは」
「……」
「絶対に」
「……」
「他人に知られてはいけない」
「……」
奏が。
頷いた。
「分かった」
「……」
「だから」
「……」
「真奈美さんに相談した」
「……」
「……」
真奈美は。
二人を見つめた。
そして。
少しだけ。
嬉しそうに。
笑った。
「そう」
「……」
「私を頼ってくれたのね」
「……」
「うん」
奏は。
素直に。
頷いた。
真奈美は。
そんな奏を見て。
目を細めた。
「……」
「分かったわ」
「……」
「協力しましょう」
「……」
「本当?」
「ええ」
「……」
「ただし」
「……」
「条件があります」
「……」
琴子が。
すぐに。
警戒する。
「条件?」
「ええ」
「……」
真奈美は。
二人を。
交互に見た。
「二人だけで」
「……」
「異世界へ行くのは禁止」
「……」
「……」
「……」
「……」
奏が。
固まった。
「……」
「真奈美さん」
「何?」
「それは」
「……」
「無理」
「……」
「奏」
琴子が。
妹を見る。
「何で?」
「……」
「私たち」
「……」
「もう」
「……」
「何度も行ってるよ?」
「……」
「そういう問題ではありません」
「……」
「だって」
「……」
「レベル上げないと」
「……」
「強くならないと」
「……」
「邪神倒せない」
「……」
「……」
真奈美は。
頭を抱えた。
「……」
「奏ちゃん」
「はい」
「あなた」
「……」
「自分が何歳か分かってる?」
「二十五歳」
「……」
「もう大人でしょう?」
「うん」
「……」
「なら」
「……」
「少しは」
「……」
「自分の命を」
「……」
「大切にしなさい」
「……」
奏は。
黙った。
琴子も。
少しだけ。
視線を逸らした。
「……」
「二人とも」
「……」
「異世界で」
「……」
「何かあったら」
「……」
「私は」
「……」
「助けに行けないのよ」
「……」
その言葉に。
奏は。
初めて。
真奈美の心配を。
真正面から理解した。
異世界。
それは。
地球から遠い。
遠すぎる。
どれだけ金があっても。
どれだけ人脈があっても。
真奈美には。
二人を助けることができない。
もし。
二人が。
サイエスで死んだら。
真奈美は。
何もできない。
「……」
奏は。
静かに。
頭を下げた。
「ごめんなさい」
「……」
「心配かけた」
「……」
「……」
琴子も。
頭を下げる。
「申し訳ありません」
「……」
真奈美は。
しばらく。
二人を見た。
そして。
「……」
「分かったわ」
「……」
「行くなとは言わない」
「……」
「でも」
「……」
「必ず」
「……」
「私に」
「……」
「帰還したことを連絡しなさい」
「……」
「それから」
「……」
「異世界へ行く前にも」
「……」
「連絡すること」
「……」
「最低限」
「……」
「それくらいは守りなさい」
「……」
奏と琴子は。
顔を見合わせた。
「分かった」
「はい」
「約束します」
真奈美は。
ようやく。
笑った。
「それなら」
「……」
「私も」
「……」
「二人の異世界貿易を」
「……」
「手伝ってあげるわ」
「……」
琴子が。
目を輝かせる。
「本当に?」
「ええ」
「……」
「では」
「……」
「まず」
「……」
「何を売るか」
「……」
「考えましょう」
琴子は。
すぐに。
鞄からノートを取り出した。
その動きは。
まるで。
会社で新規事業の企画会議を始めるようだった。
「……」
「地球からサイエスへ輸出する商品」
「……」
「現地で需要が高く」
「……」
「なおかつ」
「……」
「現地の技術で代替しにくいもの」
「……」
「さらに」
「……」
「大量輸送しても問題がない」
「……」
奏が。
手を挙げた。
「食べ物」
「……」
「却下」
「……」
「何で?」
「腐ります」
「……」
「アイテムボックスなら」
「……」
「それでも」
「……」
「保存状態が保証されるとは限りません」
「……」
「冷凍食品」
「……」
「却下」
「……」
「レトルト」
「……」
「……」
琴子が。
少し。
考えた。
「悪くはありませんね」
「でしょ?」
「ただ」
「……」
「食品は」
「……」
「現地の食文化や衛生面の問題があります」
「……」
「それなら」
「……」
奏が。
言った。
「調味料」
「……」
「調味料?」
「醤油」
「……」
「味噌」
「……」
「だし」
「……」
「コンソメ」
「……」
「カレー粉」
「……」
琴子の目が。
少しだけ。
変わった。
「……」
「それは」
「……」
「ありですね」
「……」
「料理は」
「……」
「異世界でも」
「……」
「需要があります」
「……」
「しかも」
「……」
「単価が安い」
「……」
「大量に購入できる」
「……」
「保存性も高い」
「……」
「そして」
「……」
「サイエスでは」
「……」
「地球の調味料が」
「……」
「存在しない可能性が高い」
「……」
奏が。
笑った。
「じゃあ」
「……」
「料理無双?」
「……」
「やりません」
「……」
「何で?」
「あなたは」
「……」
「料理を」
「……」
「商売に使うと」
「……」
「すぐに」
「……」
「新しい料理を作り始めるでしょう?」
「……」
「……」
奏は。
黙った。
「……」
「図星ですね」
「……」
「うん」
琴子は。
ため息を吐いた。
しかし。
ノートには。
すでに。
調味料という文字が。
大きく書かれていた。
続いて。
「衣類」
「……」
「靴」
「……」
「文房具」
「……」
「工具」
「……」
「医薬品」
「……」
「化粧品」
「……」
「衛生用品」
「……」
次々と。
候補が並んでいく。
その中で。
真奈美が。
一つの項目を指差した。
「これは?」
「……」
そこに書かれていたのは。
電池。
乾電池。
モバイルバッテリー。
簡易発電機。
LEDライト。
ソーラーパネル。
「……」
「電気?」
奏が。
反応する。
「そう」
「……」
「サイエスには」
「……」
「電気がないのでしょう?」
「一般家庭では」
「……」
「ほとんど使われていません」
琴子が。
答えた。
「魔道具が」
「……」
「その代わりになっています」
「……」
「なら」
「……」
真奈美が。
言った。
「電池は?」
「……」
「需要があるんじゃない?」
奏は。
少し考えた。
「……」
「あると思う」
「……」
「ただ」
「……」
「サイエスの人が」
「……」
「電池を」
「……」
「どう使うか」
「……」
「分からない」
「……」
琴子が。
頷いた。
「まず」
「……」
「市場調査が必要ですね」
「……」
「つまり」
「……」
「サイエスに行って」
「……」
「実際に」
「……」
「売ってみる」
「……」
「そういうことです」
真奈美は。
笑った。
「なら」
「……」
「最初の商品は」
「……」
「少量で試せばいいわ」
「……」
「価格を調べる」
「……」
「需要を見る」
「……」
「反応を確認する」
「……」
「それから」
「……」
「本格的に商売を始める」
「……」
琴子は。
頷いた。
「分かりました」
そして。
奏は。
魔石を見た。
「……」
「じゃあ」
「……」
「次は」
「……」
「サイエスに戻って」
「……」
「市場調査?」
「そうですね」
「……」
「その前に」
琴子が。
言った。
「武器」
「……」
「防具」
「……」
「魔法陣銃の材料」
「……」
「それも」
「……」
「調達しないと」
「……」
奏の目が。
一瞬。
輝いた。
「……」
「魔法陣銃」
「……」
「……」
「奏」
「はい」
「先に」
「……」
「市場調査ですよ」
「……」
「分かってる」
「……」
「本当ですか?」
「……」
「……」
奏は。
そっと。
ノートに書かれた。
魔法陣銃の設計図を。
隠した。
「……」
琴子は。
見ていた。
「……」
「奏」
「何?」
「あなた」
「……」
「今」
「……」
「隠しましたね?」
「……」
「……」
「気のせい」
「……」
「……」
真奈美は。
そんな二人のやり取りを見ながら。
小さく。
笑った。
そして。
机の上に。
一枚のカードを置いた。
「……」
「これ」
奏が。
見る。
「何?」
「私の紹介状よ」
「……」
「サイエスで使える?」
「……」
「使えないわよ」
「……」
「地球で使うの」
「……」
「……」
琴子が。
カードを見る。
「これは?」
「あなたたちが」
「……」
「地球で異世界の品を売る時に」
「……」
「必要になる」
「……」
「表向きは」
「……」
「新素材の研究協力」
「……」
「裏では」
「……」
「私が」
「……」
「責任を持つ」
「……」
琴子の表情が。
真剣になる。
「……」
「真奈美さん」
「何?」
「ありがとうございます」
「……」
「二人とも」
「……」
「私を頼ってくれて」
「……」
真奈美は。
静かに。
笑った。
「当たり前でしょう」
「……」
「あなたたちは」
「……」
「私の大切な子供みたいなものよ」
「……」
奏の胸が。
僅かに。
熱くなる。
琴子も。
静かに。
目を伏せた。
親に捨てられた。
児童養護施設で育った。
それでも。
二人には。
支えてくれた人がいた。
だから。
二人は。
ここまで生きてこられた。
そして今。
異世界という。
途方もなく遠い場所へ行っても。
帰る場所は。
ちゃんと。
地球にある。
「……」
奏は。
小さく。
笑った。
「じゃあ」
「……」
「行ってくる」
「……」
「ええ」
「……」
「でも」
「……」
「今度は」
「……」
「ちゃんと」
「……」
「連絡するのよ」
「分かった」
琴子も。
頷いた。
「約束します」
「……」
「それから」
「……」
真奈美は。
奏を見た。
「魔法陣銃」
「……」
「え?」
「……」
「作るんでしょう?」
「……」
「……」
「……」
奏が。
固まる。
琴子が。
隣で。
ため息を吐く。
「やっぱり」
「……」
「隠しても」
「……」
「無駄でしたね」
「……」
真奈美は。
笑った。
「奏ちゃん」
「はい」
「作るなら」
「……」
「私にも一丁」
「……」
「……」
「え?」
奏の目が。
大きくなる。
「私も」
「……」
「護身用に」
「……」
「欲しいわ」
「……」
奏の表情が。
一瞬で。
変わった。
「……」
「琴子」
「何です?」
「真奈美さん用」
「……」
「作っていい?」
「……」
琴子は。
しばらく。
黙った。
そして。
「……」
「予算内なら」
「……」
「いいですよ」
「……」
「やった!」
奏が。
嬉しそうに。
拳を握った。
こうして。
異世界貿易計画は。
正式に。
動き始めた。
地球側では。
久世真奈美が。
二人のために。
秘密裏に。
販売ルートと研究ルートを整える。
サイエス側では。
奏と琴子が。
市場調査を行い。
地球の商品を販売する。
そして。
その利益を使い。
武器と防具を購入する。
さらに。
奏は。
魔法陣銃を作る。
琴子は。
その資金を管理する。
そして。
二人は。
邪神の謎を追う。
やることは。
山ほどあった。
しかし。
その夜。
久世家から帰宅した二人は。
すぐには。
眠らなかった。
奏は。
作業机に向かった。
目の前には。
魔石。
小型のLEDライト。
乾電池。
簡易電圧計。
そして。
サイエスで採取した。
未知の鉱石。
「……」
琴子が。
後ろから。
覗き込む。
「何をするんです?」
「実験」
「何の?」
「魔石」
「……」
「電池」
「……」
「魔力」
「……」
奏は。
工具を手に取った。
「これ」
「……」
「電池みたいに」
「……」
「使えるか調べる」
「……」
「もし」
「……」
「魔石が」
「……」
「地球の電池と同じような働きをするなら」
「……」
奏は。
魔石を。
じっと見つめた。
「サイエスで」
「……」
「電気を作れる」
「……」
「地球の電気技術と」
「……」
「魔法を組み合わせられる」
「……」
「そして」
奏は。
笑った。
「魔法陣銃にも」
「……」
「使える」
「……」
琴子は。
もう。
何も言わなかった。
どうせ。
止めても。
奏は。
やる。
なら。
自分が。
管理した方がいい。
「……」
「分かりました」
「……」
「ただし」
「……」
「実験は」
「……」
「安全第一で」
「……」
「はい」
奏は。
真剣な顔で。
頷いた。
その夜。
二人の家の一室で。
地球の科学と。
サイエスの魔法。
二つの世界の技術が。
初めて。
融合しようとしていた。
そして。
その実験の結果は。
二人の想像を。
遥かに超えるものになる。
なぜなら。
奏が。
魔石に電圧計を接続した瞬間。
「……」
数値が。
表示された。
「……」
「奏?」
「……」
「どうしました?」
奏は。
黙っていた。
電圧計を見ている。
「……」
「奏?」
「……」
「……」
「これ」
奏が。
呟いた。
「……」
「何ですか?」
「……」
「電圧」
「……」
「出てる」
「……」
琴子の表情が。
変わった。
「……」
「本当に?」
「うん」
「……」
「しかも」
「……」
奏の目が。
輝く。
「一定じゃない」
「……」
「魔力の流れに合わせて」
「……」
「変動してる」
「……」
「つまり」
「……」
「魔石は」
「……」
「エネルギー源として」
「……」
「使える」
「……」
琴子は。
言葉を失った。
奏は。
ゆっくり。
笑った。
「……」
「琴子」
「……」
「私」
「……」
「すごいもの」
「……」
「作れるかもしれない」
「……」
琴子は。
魔石を。
見つめた。
その瞬間。
彼女の頭の中にも。
一つの未来が。
浮かんだ。
異世界と地球。
二つの世界を繋ぐ。
貿易。
技術。
知識。
そして。
人。
もし。
それが実現すれば。
この世界は。
変わる。
サイエスも。
地球も。
大きく。
変わる。
だが。
その変化が。
誰にとっても。
幸せなものになるとは。
限らない。
琴子は。
まだ知らない。
自分たちが。
異世界貿易を始めたことによって。
サイエスの。
いくつもの勢力が。
二人の存在に。
気づき始めることを。
そして。
その中には。
過去に。
異世界から召喚された者たちを。
利用してきた者たちも。
いることを。
さらに。
サイエスのどこかで。
誰かが。
二人の存在を。
すでに。
察知していた。
白い光。
異世界人。
双子。
そして。
神託。
それらの情報が。
ゆっくりと。
一本の線へ。
繋がり始めていた。
その頃。
サイエス。
始まりの町。
冒険者ギルドの掲示板には。
一枚の新しい依頼書が。
貼り出されていた。
依頼主。
不明。
内容。
異世界人の捜索。
特徴。
二人組。
若い男女。
ただし。
性別については。
記載に誤りがある。
報酬。
金貨五百枚。
そして。
その依頼書の隅には。
小さく。
こう書かれていた。
――白い光を伴って現れた者を見つけ次第、報告せよ。
それを。
誰かが。
静かに。
見つめていた。
「……」
「見つけた」
その人物が。
小さく。
呟いた。
「……」
「異世界人」
「……」
「双子」
「……」
「間違いない」
そして。
その人物は。
笑った。
「……」
「ようやく」
「……」
「神が」
「……」
「また」
「……」
「玩具を送り込んできたか」
その声を。
奏も。
琴子も。
まだ。
知らない。
しかし。
異世界貿易を始めた瞬間から。
二人の知らないところで。
新たな物語が。
静かに。
動き始めていた。




