第三十六話 神託の真実
レオンが語り始めるまでには、ほんの少しだけ時間が必要だった。
それは、彼が何を話すべきか迷っていたからではない。むしろ逆だった。話すべきことが多すぎるのだ。これまで一人で抱えてきたものを、いざ他人に伝えようとすれば、どこから話せばいいのか分からなくなる。ましてや、目の前にいる二人は、レオンが長い間探し続けていた異世界からの召喚者であり、同時に、自分が一度は殺そうと考えていた相手でもある。
奇妙な巡り合わせだった。
レオンは椅子に座ったまま、向かい側にいる双子を見つめていた。
姉の琴子は、いつものように穏やかな笑みを浮かべている。しかし、その笑みが本心から出ているものではないことくらい、今のレオンにも分かる。彼女は警戒している。自分の一挙手一投足を観察し、発言の一つ一つから嘘や矛盾を探している。
妹の奏は、もっと分かりやすかった。
先ほどまで腰に手を添えていた銃から手を離したものの、完全に警戒を解いているわけではない。彼女の視線は、レオンの腰にある剣と、首元のペンダントを交互に見ている。
武器を警戒している。
同時に。
ペンダントにも興味を持っている。
おそらく、先ほど鑑定を使ったのだろう。
レオンには、そのことが分かっていた。
そして。
その鑑定能力が、ただの一般的な鑑定ではないことも。
異世界から召喚された者。
それも、神託によって探せと命じられた双子。
自分が探していた存在が。
目の前にいる。
レオンは、静かに息を吐いた。
「まず、私があなた方を追っていた理由から話しましょう」
そう言ってから、レオンは一度だけ窓の外へ視線を向けた。
始まりの町は、今日も変わらない日常を繰り返している。
商人が店を開け。
冒険者が依頼を探し。
子供たちが大人の間を走り抜け。
宿屋の主人が朝食の準備をしている。
誰も。
この部屋で。
世界の命運を左右するような話がされているなどとは思わないだろう。
いや。
そもそも。
この世界で生きる大半の人間にとって、邪神という存在すら遠い昔の伝説に過ぎない。
それでも。
レオンは知っていた。
伝説の中には。
現実がある。
「私は、あなた方を探していました」
「……」
奏が黙ってレオンを見る。
「それは、神託を受けたから?」
琴子が尋ねた。
「はい」
「どのくらい前からですか?」
「二年ほど前になります」
「二年……」
奏が呟く。
レオンは頷いた。
「正確には、二年前の冬です」
「……」
琴子の目が細くなる。
「では、二年前から異世界人が召喚されることを知っていた?」
「いいえ」
レオンは首を横に振った。
「神託を受けた時点では、召喚者がいつ現れるのか、どこに現れるのか、それすら分かりませんでした」
「……」
「ただ、一つだけ」
「何です?」
「異界から二人の魂が訪れる、と」
「……」
奏と琴子の顔から。
僅かに表情が消えた。
「二人?」
奏が聞き返す。
「はい」
「双子だとは?」
「神託では、そう告げられました」
「……」
「異界より来たる二つの魂は、同じ血を分け、同じ時を生き、異なる力を持つ者たちである、と」
「……」
琴子が黙った。
奏も。
何も言わない。
ただ。
互いの顔を見た。
同じ血。
同じ時。
異なる力。
それは。
明らかに。
二人のことを指している。
「……それで」
奏が、ゆっくり口を開いた。
「私たちを探していた」
「はい」
「でも」
「……」
「どうして殺そうとしたの?」
レオンの表情が。
僅かに曇った。
「……」
「神託に、私たちを殺せって書いてあったわけじゃないんでしょ?」
「はい」
「なら」
奏の声が。
少しだけ低くなる。
「なんで?」
「……」
レオンは。
すぐには答えなかった。
そして。
しばらくして。
ようやく。
重い口を開いた。
「私は」
「……」
「召喚者を信じていません」
「……」
奏の眉が。
ぴくりと動く。
琴子の笑顔も。
ほんの僅かに。
硬くなった。
「理由を聞いても?」
琴子が尋ねる。
「私の村を滅ぼした者たちが」
「……」
「召喚者だったからです」
室内の空気が。
変わった。
奏は。
何も言わなかった。
琴子も。
黙っている。
レオンは。
淡々と。
言葉を続けた。
「私の故郷は、サイエスの東端にある小さな村でした」
「……」
「人口は百人ほど」
「……」
「農業と狩猟で生計を立てる、どこにでもあるような村です」
レオンの声は。
静かだった。
あまりにも静かで。
逆に。
そこにある痛みが。
伝わってくる。
「私はそこで生まれ、そこで育ちました」
「……」
「両親もいました」
「……」
「友人もいました」
「……」
「幼馴染も」
「……」
レオンは。
一瞬だけ。
視線を落とした。
「……」
「ですが」
「……」
「十年前」
「……」
「村が襲われました」
奏の表情が。
少しだけ。
変わる。
「魔物?」
「いいえ」
「盗賊?」
「違います」
レオンは。
首を横に振った。
「人間です」
「……」
「人間が」
「……」
「私たちの村を襲いました」
「……」
「それだけなら」
「……」
「まだ」
「……」
「普通の戦争や略奪だったのかもしれません」
「……」
「ですが」
レオンの手が。
僅かに。
震えた。
「彼らは」
「……」
「魔法を使いました」
「……」
「村全体を」
「……」
「焼き払った」
「……」
奏は。
黙っている。
だが。
その目が。
明らかに変わった。
奏は。
ミリタリーや戦術を好む。
だからこそ。
戦闘において。
何が起きたのか。
想像できてしまう。
「……」
村を焼く。
それは。
単なる襲撃ではない。
制圧。
あるいは。
殲滅。
最初から。
住民を生かすつもりがなかった。
「……」
奏の手が。
無意識に。
握り締められる。
レオンは。
続けた。
「私は」
「……」
「その時」
「……」
「十歳でした」
「……」
琴子の表情が。
僅かに。
変わった。
「十歳……」
「はい」
「……」
「私は」
「……」
「母に連れられて」
「……」
「村の外へ逃げました」
「……」
「ですが」
「……」
「途中で」
「……」
「見つかった」
レオンは。
静かに。
言った。
「母は」
「……」
「私を隠しました」
「……」
「私は」
「……」
「木箱の中に」
「……」
「隠されました」
「……」
「そして」
「……」
「母は」
「……」
レオンは。
言葉を止めた。
それ以上。
語る必要は。
なかった。
奏は。
理解した。
琴子も。
理解した。
「……」
「私は」
レオンが。
再び。
話し始める。
「その木箱の中で」
「……」
「すべてを見ていました」
「……」
「母が」
「……」
「殺されるところを」
「……」
「父が」
「……」
「殺されるところを」
「……」
「村の人たちが」
「……」
「殺されるところを」
「……」
レオンの声は。
震えていなかった。
だが。
それは。
傷が癒えたからではない。
むしろ。
あまりにも。
長い間。
その記憶を抱えていたから。
すでに。
涙すら。
枯れてしまったのだろう。
「そして」
「……」
「彼らは」
「……」
「私の目の前で」
「……」
「言いました」
「……」
「異世界の勇者が」
「……」
「邪神の眷属を討つ、と」
「……」
琴子の目が。
細くなる。
「……」
「勇者?」
「はい」
「……」
「あなたの村を襲ったのは」
「……」
「勇者を名乗っていた?」
「正確には」
レオンは。
首を横に振った。
「勇者の仲間を名乗っていました」
「……」
「召喚された勇者は」
「……」
「別の場所にいたそうです」
「……」
「彼らは」
「……」
「その勇者に従う者たちでした」
「……」
「そして」
レオンの声が。
初めて。
僅かに。
怒りを帯びた。
「私たちの村には」
「……」
「邪神の眷属がいると」
「……」
「そう言っていました」
「……」
「でも」
「……」
奏が。
口を開く。
「本当に」
「……」
「邪神の眷属だったの?」
「……」
「分かりません」
レオンは。
答えた。
「村には」
「……」
「そんな者はいませんでした」
「……」
「少なくとも」
「……」
「私が知る限りでは」
「……」
「誰も」
「……」
「邪神など」
「……」
「信仰していませんでした」
「……」
琴子は。
静かに。
尋ねた。
「では」
「……」
「なぜ」
「……」
「そんな理由で」
「……」
「村を襲ったのでしょう?」
「……」
「それが」
レオンは。
ペンダントを握り締めた。
「分からないのです」
「……」
「だから」
「……」
「私は」
「……」
「召喚者を」
「……」
「信じることができない」
奏は。
何も言えなかった。
正直。
レオンの言葉を。
すべて信じることはできない。
しかし。
嘘をついているようにも。
見えなかった。
少なくとも。
この話に関しては。
「……」
琴子も。
同じことを考えていたのだろう。
ただ。
琴子は。
さらに。
別の可能性を考えていた。
召喚された勇者。
邪神。
眷属。
そして。
村の虐殺。
もし。
この話が。
レオンの記憶通りなら。
サイエスには。
何かしらの。
大きな情報操作が存在している。
誰かが。
勇者を利用している。
あるいは。
勇者自身が。
利用されている。
そして。
その裏側に。
邪神がいるのかもしれない。
「……」
琴子は。
ゆっくり。
口を開いた。
「レオンさん」
「はい」
「あなたが」
「……」
「私たちを殺そうとした理由は」
「……」
「召喚者だから?」
「はい」
「それだけですか?」
「……」
レオンは。
沈黙した。
「……」
「他にも」
「……」
「理由がありますね?」
「……」
レオンの視線が。
一瞬。
琴子から外れた。
琴子は。
その僅かな変化を。
見逃さなかった。
「……」
「琴子」
奏が。
小さく。
呼ぶ。
「何?」
「……」
「また」
「……」
「何か企んでる?」
「……」
琴子は。
奏を見る。
「……」
「奏」
「うん」
「あなた」
「……」
「少し黙っていてください」
「……」
「はい」
奏は。
素直に。
口を閉じた。
レオンは。
そんな二人を見て。
ほんの少しだけ。
肩の力を抜いた。
この二人は。
確かに。
普通ではない。
だが。
少なくとも。
今のところ。
自分の敵ではない。
そう。
思い始めていた。
「……」
「琴子さん」
「はい」
「私は」
「……」
「あなた方を殺そうとした理由を」
「……」
「すべて話します」
「……」
琴子の目が。
細くなる。
「お願いします」
「……」
レオンは。
ペンダントを外した。
そして。
机の上へ置く。
「この神託具には」
「……」
「一つの能力があります」
「……」
「召喚者を探知する」
「……」
奏が。
反応した。
「……」
「召喚者を?」
「はい」
「……」
「そして」
レオンは。
続ける。
「もう一つ」
「……」
「召喚者の中に」
「……」
「邪神の力を持つ者がいる場合」
「……」
「反応します」
「……」
奏と琴子。
二人の表情が。
同時に。
変わった。
「……」
「私たち」
「……」
「邪神の力を持ってる?」
奏が。
聞く。
「……」
レオンは。
首を横に振った。
「分かりません」
「……」
「ですが」
「……」
「あなた方が召喚された瞬間」
「……」
「神託具が」
「……」
「強く反応しました」
「……」
「私が知る限り」
「……」
「これほど強い反応を示した召喚者は」
「……」
「過去に一人しかいません」
琴子の表情が。
険しくなる。
「……」
「その人物は?」
「……」
レオンは。
答えた。
「邪神と呼ばれる存在になりました」
「……」
奏は。
絶句した。
琴子も。
言葉を失う。
部屋の中に。
重い沈黙が落ちた。
そして。
アイリスの声が。
二人の頭の中へ。
静かに響いた。
『重要情報を検出しました』
『現在の情報と既存情報を照合します』
『……』
『該当なし』
『邪神に関するデータは存在しません』
「……」
奏は。
思わず。
アイリスへ尋ねた。
「アイリス」
『はい』
「私たちを召喚した発光体」
『……』
「邪神の力」
『……』
「持ってる?」
『現在の情報では判断できません』
「……」
琴子が。
小さく。
息を吐いた。
「では」
「……」
「私たちが」
「……」
「邪神になる可能性がある?」
レオンは。
ゆっくり。
首を横に振った。
「分かりません」
「……」
「ただ」
「……」
「神託は」
「……」
「あなた方を」
「……」
「殺せとは言っていない」
「……」
「むしろ」
「……」
「協力せよと」
「……」
「命じています」
奏は。
考え込んだ。
そして。
ふと。
顔を上げる。
「……」
「レオン」
「はい」
「その神託」
「……」
「本当に」
「……」
「神が言ったの?」
「……」
「はい」
「……」
「じゃあ」
「……」
「その神って」
「……」
「誰?」
「……」
レオンの表情が。
凍った。
「……」
「……」
「……」
「分かりません」
「……」
「え?」
奏が。
素直に。
驚く。
「分からないの?」
「はい」
「……」
「声だけです」
「……」
「姿を見たことはありません」
「……」
奏は。
琴子を見る。
琴子も。
同じように。
奏を見ていた。
「……」
「……」
「……」
「琴子」
「はい」
「これ」
「……」
「私たちが会った発光体と」
「……」
「同じじゃない?」
「……」
琴子は。
すぐには。
答えなかった。
なぜなら。
その可能性を。
考えていたからだ。
レオンの神託。
神の姿を知らない。
声だけ。
そして。
召喚者を探せと命じた。
自分たちを。
この世界へ召喚した。
自称神。
発光体。
性別なし。
姿なし。
そして。
自分たちを。
ゲームの世界へ送り込んだ存在。
「……」
琴子の頭の中で。
いくつもの情報が。
繋がっていく。
だが。
まだ。
足りない。
「……」
「琴子?」
奏が。
再び。
声を掛ける。
琴子は。
静かに。
答えた。
「可能性はあります」
「……」
「ですが」
「……」
「まだ」
「……」
「断定できません」
「……」
そして。
琴子は。
レオンを見る。
「レオンさん」
「はい」
「あなたに」
「……」
「一つだけ」
「……」
「確認したいことがあります」
「……」
「何でしょう?」
「あなたが受けた神託」
「……」
「その神は」
「……」
「あなたに」
「……」
「何と名乗りましたか?」
レオンは。
少し。
考えた。
「……」
「名乗ってはいません」
「……」
「では」
「……」
「神託を受けた時」
「……」
「何か」
「……」
「特徴的なものは?」
「……」
レオンは。
ゆっくり。
目を閉じた。
「……」
「白い光」
「……」
奏と琴子の。
心臓が。
一瞬。
止まったように感じた。
「……」
「白い光?」
「はい」
「……」
「何もない場所で」
「……」
「白い光だけが」
「……」
「私の前に現れました」
「……」
「そして」
「……」
「声がした」
「……」
奏は。
琴子を見る。
琴子も。
奏を見る。
二人の脳裏に。
同じ光景が。
蘇っていた。
何もない白い世界。
そこに浮かぶ。
巨大な発光体。
性別など存在しない。
ただ。
眩しい光だけを放つ。
あの存在。
「……」
奏は。
ゆっくり。
呟いた。
「……」
「やっぱり」
「……」
「同じかもしれない」
「奏」
「うん」
「まだ断定はできません」
「……」
「でも」
琴子は。
レオンを見る。
「その可能性は」
「……」
「かなり高いでしょう」
レオンは。
黙っていた。
そして。
次の瞬間。
琴子の口元に。
ゆっくり。
笑みが浮かんだ。
「……」
「……琴子?」
「……」
「何?」
「いえ」
琴子は。
笑顔を浮かべたまま。
静かに。
言った。
「少し」
「……」
「話が見えてきた気がします」
「……」
奏は。
嫌な予感がした。
「……」
「琴子」
「はい」
「その顔」
「……」
「何?」
「……」
「絶対」
「……」
「何か思いついたでしょ?」
「……」
琴子は。
にっこりと。
笑った。
「ええ」
「……」
「思いつきました」
「……」
「私たちを召喚した自称神」
「……」
「邪神」
「……」
「そして」
「……」
「この世界の神」
「……」
琴子の指が。
机の上に置かれた。
神託具へ。
伸びる。
「……」
「この三つ」
「……」
「もしかすると」
「……」
「全部」
「……」
「同じ存在なのではありませんか?」
「……」
奏の目が。
大きくなる。
レオンも。
息を呑んだ。
「……」
「それは」
「……」
「どういう意味ですか?」
「……」
琴子は。
静かに。
説明を始めた。
「私たちを召喚した存在は」
「……」
「自分を」
「……」
「この世界の神だと名乗りました」
「……」
「しかし」
「……」
「私たちには」
「……」
「その存在が善神なのか」
「……」
「邪神なのか」
「……」
「判断できません」
「……」
「そして」
「……」
「レオンさんが受けた神託」
「……」
「それを与えた神も」
「……」
「姿を持たない」
「……」
「白い光」
「……」
「声だけ」
「……」
「なら」
「……」
琴子は。
静かに。
目を細めた。
「そもそも」
「……」
「神が複数いるという前提そのものが」
「……」
「間違っている可能性があります」
「……」
「……」
奏は。
黙った。
レオンも。
黙った。
「……」
「もし」
「……」
琴子が。
続ける。
「この世界の人々が」
「……」
「神と邪神を」
「……」
「別々の存在だと思っているだけで」
「……」
「実際には」
「……」
「一つの存在だったとしたら?」
「……」
その瞬間。
奏の頭の中で。
何かが。
繋がった。
「……」
「琴子」
「はい」
「それ」
「……」
「かなり」
「……」
「ありそう」
「……」
「でしょう?」
「うん」
奏は。
真剣な顔で。
頷いた。
「だって」
「……」
「あの発光体」
「……」
「私たちを召喚して」
「……」
「面白いことをしてくれるなら誰でもいいって言った」
「……」
「邪神を倒せとも」
「……」
「世界を救えとも」
「……」
「言わなかった」
「……」
「むしろ」
奏の表情が。
険しくなる。
「私たちの人生を」
「……」
「ゲームみたいに」
「……」
「楽しんでた」
「……」
琴子が。
頷く。
「そうです」
「……」
「つまり」
「……」
「その存在にとって」
「……」
「私たちは」
「……」
「勇者でも」
「……」
「救世主でもない」
「……」
「ただの」
「……」
「観察対象」
「……」
レオンが。
ゆっくり。
口を開いた。
「……」
「それが」
「……」
「邪神なのですか?」
「分かりません」
琴子は。
即答した。
「……」
「ですが」
「……」
「私は」
「……」
「こう考えています」
「……」
「この世界には」
「……」
「誰かが」
「……」
「意図的に」
「……」
「歴史を改竄している」
「……」
「邪神という存在を」
「……」
「何度も消している」
「……」
「異世界人が」
「……」
「勇者として召喚されている」
「……」
「そして」
「……」
「私たちを召喚した存在は」
「……」
「そのすべてを」
「……」
「楽しんでいる」
「……」
琴子は。
ゆっくり。
笑った。
「なら」
「……」
「私は」
「……」
「その存在に」
「……」
「ゲームをやめさせる方法を」
「……」
「考えます」
「……」
奏が。
横から。
口を挟む。
「琴子」
「何です?」
「私」
「……」
「その神」
「……」
「ぶっ殺したい」
「……」
「……」
琴子が。
妹を見る。
「……」
「……」
「奏」
「うん」
「あなた」
「……」
「もう少し」
「……」
「言葉を選んでください」
「……」
「でも」
「……」
「気持ちは分かります」
「……」
「……」
奏は。
少しだけ。
笑った。
「でしょ?」
「はい」
その瞬間。
アイリスの声が。
二人の頭の中に響いた。
『新たな仮説を受信しました』
『既存データとの照合を開始』
『……』
『該当する可能性を確認』
『ただし』
『現時点で確証なし』
『追加情報が必要です』
「……」
奏は。
静かに。
尋ねた。
「アイリス」
『はい』
「邪神について」
『……』
「もっと調べられる?」
『可能です』
「どうやって?」
『この世界に存在する情報を収集する必要があります』
「……」
『図書館』
『教会』
『冒険者ギルド』
『王国の記録』
『古代遺跡』
『神殿』
『異世界召喚に関する資料』
『以上を推奨します』
「……」
琴子が。
静かに。
頷いた。
「なるほど」
「……」
「なら」
「……」
「次にすることは決まりましたね」
「……」
奏が。
琴子を見る。
「情報収集?」
「はい」
「……」
「それと」
「……」
「資金調達です」
「……」
「……」
「……」
奏が。
固まった。
「……」
「どうしました?」
「いや」
「……」
「私」
「……」
「魔法陣銃」
「……」
「作りたい」
「……」
「……」
「分かっています」
「……」
「それも含めて」
「……」
「資金調達です」
「……」
琴子は。
ゆっくり。
笑った。
「私たちは」
「……」
「異世界貿易を始めます」
「……」
「この世界で手に入れた素材を」
「……」
「地球へ持ち帰り」
「……」
「売却する」
「……」
「そして」
「……」
「そのお金で」
「……」
「武器」
「……」
「防具」
「……」
「魔道具」
「……」
「研究設備」
「……」
「必要なものを」
「……」
「全部揃えます」
「……」
奏の目が。
一瞬で。
輝いた。
「……」
「本当に?」
「はい」
「……」
「魔法陣銃」
「……」
「作っていい?」
「……」
「必要なものなら」
「……」
「作ってください」
「……」
「やった!」
奏が。
嬉しそうに。
拳を握る。
琴子は。
そんな妹を見ながら。
小さく。
笑った。
そして。
レオンを見る。
「レオンさん」
「はい」
「あなたにも」
「……」
「お願いがあります」
「……」
「何でしょう?」
「私たちは」
「……」
「これから」
「……」
「この世界の神と邪神について」
「……」
「徹底的に調べます」
「……」
「あなたは」
「……」
「私たちに」
「……」
「この世界の情報を」
「……」
「教えてください」
「……」
レオンは。
しばらく。
二人を見た。
そして。
静かに。
頷いた。
「分かりました」
「……」
「私も」
「……」
「あなた方に」
「……」
「協力します」
「……」
琴子が。
笑った。
「ありがとうございます」
「……」
奏も。
頷く。
「よろしく」
「……」
こうして。
異世界から誤召喚された双子。
有平奏と有平琴子。
そして。
神託を受けた冒険者。
レオン・アークライト。
三人の間に。
奇妙な協力関係が。
結ばれた。
しかし。
それは。
単なる仲間同士の。
平凡な出会いではなかった。
彼らがこれから調べることになるのは。
この世界の歴史。
神々。
異世界召喚。
そして。
邪神。
そのすべてを。
一本の糸として繋いだ。
巨大な秘密だった。
そして。
その秘密の中心にいるのは。
かつて。
二人を白い世界へ呼び出した。
あの発光体。
自称神。
いや。
もしかすると。
邪神。
あるいは。
この世界の神そのもの。
その正体が。
何者なのか。
まだ。
誰にも分からない。
ただ。
一つだけ。
確かなことがある。
双子は。
すでに。
この世界の歴史の中へ。
深く。
足を踏み入れてしまった。
そして。
この日。
始まりの町の宿屋で交わされた会話は。
後に。
サイエスの歴史そのものを。
大きく変えることになる。
だが。
そんな未来を。
今の奏は。
知る由もない。
「……」
奏は。
机の上に置かれた。
高純度魔力結晶を。
じっと見つめていた。
「……」
琴子が。
嫌な予感を覚える。
「奏」
「うん?」
「何を考えていますか?」
「……」
「正直に答えてください」
「……」
「……」
奏は。
少しだけ。
考えた。
「……」
「魔法陣銃」
「……」
「やっぱり」
「……」
琴子は。
深々と。
ため息を吐いた。
「……」
「レオンさん」
「はい?」
「これが」
「……」
「私の妹です」
「……」
「……」
レオンが。
困惑したように。
奏を見る。
奏は。
すでに。
新しい魔法陣銃の設計図を。
頭の中で組み立て始めていた。
魔石を動力源にする。
魔力回路を構築する。
銃身には。
魔力伝導率の高い素材を使う。
引き金を引いた瞬間。
魔力が回路を流れ。
魔石が起動し。
銃口前方に。
魔法陣が展開する。
できれば。
回転させたい。
二重。
三重。
いや。
もっと複雑に。
魔法陣を重ね。
その中央から。
魔法を撃ち出す。
「……」
奏の頭の中では。
すでに。
完成している。
琴子は。
そんな妹を見ながら。
諦めたように。
目を閉じた。
「……」
「琴子」
「何です?」
「魔法陣」
「……」
「三重にしたら」
「……」
「威力上がるかな?」
「……」
「……」
琴子は。
ゆっくり。
目を開けた。
「知りません」
「……」
「自分で調べてください」
「……」
「はい」
奏は。
嬉しそうに。
頷いた。
その姿を見て。
レオンは。
初めて。
この双子が。
邪神を倒すためだけに。
この世界へ来たのではないのだと。
少しだけ。
理解した。
この二人は。
帰るために戦う。
生きるために。
強くなる。
そして。
自分たちを巻き込んだ存在に。
自分たちの人生を。
好き勝手に弄ばせないために。
抗う。
その姿勢は。
レオンがこれまで見てきた。
勇者たちとは。
どこか違っていた。
だから。
レオンは。
思った。
もしかすると。
この二人なら。
今まで誰も辿り着けなかった場所へ。
辿り着けるのかもしれない。
そして。
その時。
レオンはまだ知らなかった。
この二人が。
普通の召喚者ではないことを。
奏が持つ【縁切り∞】。
琴子が持つ【縁結び∞】。
そして。
双子だけに共有された。
異世界貿易。
複製能力。
経験値倍化。
それらの力が。
やがて。
サイエスという世界そのものの。
運命の繋がりを。
大きく変えていくことを。
そして。
その最初の一歩は。
意外にも。
「……」
「奏」
「うん?」
「魔法陣銃の前に」
「……」
「まず」
「……」
「今日の予定を決めますよ」
「……」
「えー」
「えー、ではありません」
「……」
「レオンさんから情報をいただく」
「……」
「図書館へ行く」
「……」
「冒険者ギルドへ行く」
「……」
「そして」
「……」
「異世界貿易の準備をする」
「……」
「分かりましたか?」
「……」
「はい」
奏は。
しぶしぶ。
頷いた。
しかし。
机の上では。
高純度魔力結晶が。
朝の光を受け。
青白く。
美しく。
輝いている。
その光を。
奏は。
ちらりと。
見る。
「……」
琴子は。
それを。
見逃さなかった。
「……奏」
「……」
「駄目ですからね」
「……」
「何も言ってませんけど」
「……」
「顔に書いてあります」
「……」
「魔法陣銃を作る」
「……」
「作る気満々でしょう」
「……」
「……」
奏は。
少しだけ。
笑った。
「……」
「だって」
「……」
「異世界だよ?」
「……」
「魔法だよ?」
「……」
「魔法陣が出る銃」
「……」
「作りたいじゃん」
「……」
琴子は。
妹の言葉を聞いて。
ほんの少しだけ。
笑った。
「……」
「まあ」
「……」
「好きにしてください」
「……」
「ただし」
「……」
「完成したら」
「……」
「私にも見せてくださいね」
「……」
「もちろん」
奏が。
嬉しそうに。
頷いた。
こうして。
二人の異世界生活は。
新たな段階へ進もうとしていた。
邪神の謎を追いながら。
異世界貿易を始め。
資金を集め。
装備を整え。
レベルを上げ。
そして。
地球の科学と。
サイエスの魔法を融合させる。
前代未聞の。
魔法兵器を作る。
その第一号。
後に。
冒険者たちから。
奇妙な名で呼ばれることになる。
――魔法陣を撃ち出す。
蒸気機関のような外観を持つ。
巨大な銃。
その名は。
まだ。
決まっていない。
だが。
その製作は。
もう。
始まっていた。




