第三十三話 鑑定の先にあるもの
翌朝。
始まりの町に朝日が昇り始めた頃、宿屋の一室では、二人の姉妹がすでに目を覚ましていた。
とはいっても、早起きをして朝食を食べようとしているわけではない。
もっと言えば、朝から爽やかに一日の予定を話し合っているわけでもない。
部屋の中央に置かれた机の上には、昨夜からほとんど片付けられていない資料やゲーム内から持ち込んだアイテムが並べられ、二人はその中央に浮かぶステータス画面を眺めながら、深刻そうな顔をしていた。
いや。
正確に言えば。
深刻そうな顔をしているのは琴子だけだった。
奏はというと。
「……」
「……」
「……」
机の上に置かれた自分の改造銃を。
じっと見つめていた。
その視線は、まるで目の前に置かれた機械が、今すぐ自分の考えていることを理解してくれると信じているかのように熱い。
「……」
「……奏」
「何?」
「昨日からずっと、それを見ていますけど」
「うん」
「何か思いついたんですか?」
「うん」
「……」
琴子は。
嫌な予感しかしなかった。
「何を?」
聞かなければいい。
そう思っていた。
聞けば。
絶対に。
何かが始まる。
しかし。
それでも。
姉として。
妹が何を考えているのか。
把握しておく必要がある。
そう判断した琴子は。
仕方なく。
問いかけた。
すると。
奏は。
まるで待っていましたと言わんばかりに。
顔を上げた。
「魔法陣」
「……」
「……」
「……」
「魔法陣?」
「そう」
奏は。
嬉しそうに。
自分の銃を持ち上げた。
「昨日、鑑定したでしょ?」
「ええ」
「この銃」
「はい」
「魔力伝導率が高いんだよ」
「そうですね」
「だったら」
奏の目が。
きらきらと輝く。
「もっと魔法を使えるようにできると思う」
「……」
「それで」
「……」
「魔法を撃つときに」
「……」
「魔法陣が出るようにする」
「……」
琴子は。
黙って。
妹を見つめた。
「……」
「……何?」
「いえ」
「うん」
「奏らしいなと思いまして」
「そう?」
「はい」
「だって魔法だよ?」
「……」
「魔法陣が出るのが普通じゃない?」
「普通ではないと思います」
「え?」
「少なくとも」
琴子は。
昨夜、グレゴールから聞いた話を思い出した。
「サイエスの魔法使いが魔法を発動する際、必ずしも魔法陣が出るわけではありません」
「……」
「魔法陣を形成する魔法も存在しますが、一般的には術式を魔力で構築して、そのまま発動するそうです」
「……」
「つまり」
「……」
「魔法陣が見えるというのは、むしろ演出に近いそうですよ」
「……」
奏の顔から。
少しだけ。
笑顔が消えた。
「……演出?」
「はい」
「じゃあ」
「はい」
「魔法陣」
「はい」
「出ないの?」
「基本的には」
「……」
奏は。
自分の銃を見た。
そして。
ゆっくりと。
机の上に置く。
「……」
「奏?」
「……」
「どうしました?」
「……夢がない」
「……」
「異世界なのに」
「……」
「魔法なのに」
「……」
「魔法陣が出ない」
「……」
「なんで?」
「……」
琴子は。
返答に困った。
そもそも。
魔法というものに対して。
奏がどのような期待を抱いているのか。
琴子は。
今まで。
深く考えたことがなかった。
しかし。
奏は。
ミリタリーや歴史戦術を好む一方で。
ファンタジー作品も。
決して嫌いではなかった。
むしろ。
ゲームをプレイするときには。
魔法使いの演出や。
派手な必殺技を見ると。
妙にテンションが上がるタイプだった。
だから。
奏にとって。
異世界で魔法を使えるという事実は。
それだけで。
かなり大きな意味を持っている。
にもかかわらず。
実際に使ってみれば。
ただ。
手から魔力が飛んでいく。
それだけだった。
魔法陣も。
光も。
大げさな詠唱もない。
もちろん。
威力だけを考えれば。
十分に強力なのだろう。
だが。
奏にとっては。
それでは。
少し。
物足りなかった。
「……」
奏は。
銃を見つめる。
そして。
ぽつりと呟いた。
「……作る」
「……」
「何をです?」
「魔法陣」
「……」
「銃から魔法陣が出るようにする」
「……」
「魔法を撃つとき」
「……」
「銃口の前に」
「……」
「魔法陣が展開する」
「……」
「それで」
奏は。
少しずつ。
表情を明るくしていく。
「魔法陣が回転して」
「……」
「二重三重に重なって」
「……」
「そこから魔法が発射される」
「……」
「どう?」
「……」
琴子は。
しばらく。
黙っていた。
「……」
「……琴子?」
「……」
「どう?」
「……」
琴子は。
ゆっくりと。
ため息を吐いた。
「……好きにしてください」
「本当!?」
「はい」
「やった!」
「ただし」
「……」
「私たちが今やるべきことを」
「……」
「全部終わらせた後です」
「……」
「分かりましたか?」
「……」
「奏」
「分かったよ」
奏は。
渋々。
頷いた。
しかし。
その目は。
完全に。
新しい武器の設計へ向いていた。
琴子は。
そんな妹を見て。
もう一度。
ため息を吐いた。
そして。
ステータス画面を開く。
「では」
「うん」
「昨日の続きをします」
「……」
「まず」
「うん」
「ボーナスポイントの残量を確認します」
「はい」
琴子が。
画面を操作する。
すると。
取得可能なスキル一覧が表示された。
昨日取得した【鑑定】によって。
二人のスキルツリーは。
さらに広がっている。
これまで。
???と表示されていた項目。
そのいくつかが。
解放されていた。
「……」
琴子は。
慎重に画面を確認する。
「……」
「どう?」
「……かなりありますね」
「ポイント?」
「はい」
「使える?」
「使えます」
「じゃあ」
「待ってください」
「……」
琴子は。
奏を睨んだ。
「あなた」
「うん」
「絶対に」
「……」
「今すぐ使おうとしましたね?」
「……」
「……」
「……ちょっとだけ」
「……」
「……」
琴子は。
深々と。
ため息を吐いた。
「まず」
「はい」
「必要なスキルを整理します」
「……」
「戦闘能力」
「うん」
「探索能力」
「うん」
「生活能力」
「うん」
「商業能力」
「うん」
「そして」
「……」
「邪神への対策」
「……」
奏は。
そこで。
少しだけ。
表情を変えた。
「邪神」
「はい」
「……」
「どうしました?」
「……」
「何か思いつきました?」
「うん」
「何です?」
「邪神を倒すために」
「はい」
「必要なスキルって」
「……」
「何だろう?」
琴子は。
考える。
そして。
ゆっくりと。
答えた。
「分かりません」
「……」
「私たちは」
「うん」
「邪神について」
「うん」
「ほとんど何も知りませんから」
「……」
それは。
非常に重要な問題だった。
自称神。
そして。
邪神。
あの白い世界で出会った。
発光体。
性別も。
姿も。
肉体も持たない。
ただ。
強大な力を持つ。
異質な存在。
自分たちを誤召喚した。
そう言いながら。
神力を返せと文句を言い。
それでも。
自分たちを。
サイエスへ送り込んだ。
そして。
今も。
二人の人生を。
どこかから。
楽しそうに見ている可能性がある。
問題は。
その存在が。
どれほどの力を持っているのか。
それが。
まったく分からないことだった。
「……」
奏は。
自分のステータス画面を見る。
「……」
「奏」
「うん」
「今は」
「……」
「まだ戦えません」
「……」
「少なくとも」
「……」
「邪神と正面から戦うのは」
「……」
「無謀です」
「分かってる」
奏は。
素直に頷いた。
「だから」
「はい」
「まずは」
「はい」
「強くなる」
「……」
「レベルを上げる」
「はい」
「スキルを増やす」
「はい」
「装備を作る」
「はい」
「資金を稼ぐ」
「はい」
「情報を集める」
「はい」
「仲間を作る」
「……」
琴子が。
そこで。
少しだけ。
眉を動かした。
「……仲間?」
「うん」
「仲間を作るんですか?」
「必要じゃない?」
「……」
「私たち二人だけで」
「……」
「邪神と戦うのは」
「……」
「厳しいと思う」
「……」
琴子は。
黙った。
確かに。
奏の言う通りだった。
この世界で。
二人だけで。
すべてを解決するのは。
難しい。
もちろん。
二人の能力は。
非常に強力だ。
しかし。
だからといって。
万能ではない。
むしろ。
二人が持っている能力は。
使い方を誤れば。
大きな危険を招く可能性もある。
「……」
琴子は。
少し考える。
「仲間」
「うん」
「作るとしても」
「うん」
「慎重に選ぶ必要があります」
「そうだね」
「私たちの秘密を」
「……」
「簡単に話すわけにはいきません」
「うん」
「それに」
「……」
「邪神の存在を知っている人間がいるかどうかも分かりません」
「……」
「この世界の神話や歴史」
「うん」
「そこから調べる必要があります」
「……」
奏は。
頷いた。
「じゃあ」
「はい」
「まずは情報収集」
「はい」
「冒険者ギルド」
「はい」
「図書館」
「はい」
「教会」
「……」
「商人」
「……」
「魔法使い」
「……」
「いろんな人に話を聞く」
「……」
「それから」
「はい」
「邪神について」
琴子が。
静かに。
頷いた。
「そうしましょう」
そこで。
アイリスの声が。
二人の頭の中に響いた。
『お二人に提案があります』
「何?」
『現在の状況を分析した結果』
「うん」
『スキル取得よりも』
「……」
『先に取得を推奨する能力があります』
「……」
奏と琴子は。
同時に。
アイリスを見る。
「何?」
『【情報収集】系統のスキルです』
「……」
「……」
『具体的には』
『【鑑定】』
『【探索】』
『【危険察知】』
『【気配察知】』
『【地図作成】』
『【記憶強化】』
『【言語解析】』
『以上の取得を推奨します』
奏は。
目を瞬かせた。
「……」
「……」
「アイリス」
『はい』
「私」
「……」
「今」
「……」
「言語能力」
「……」
「持ってるよね?」
『はい』
「じゃあ」
『琴子様のギフト【全言語能力最適化】によって』
「……」
『言語に関する問題は発生しません』
「……」
「じゃあ」
「はい」
「それ以外は?」
『必要です』
「……」
奏は。
腕を組んだ。
「……」
「確かに」
琴子が。
呟いた。
「私たちは」
「うん」
「この世界について」
「うん」
「何も知りません」
「……」
「なら」
琴子は。
ステータス画面を見る。
「情報を得る能力は」
「……」
「重要です」
「……」
「【探索】」
「うん」
「【危険察知】」
「うん」
「【気配察知】」
「うん」
「【地図作成】」
「……」
「これらは」
「……」
「確かに必要でしょう」
「……」
奏は。
考える。
そして。
ふと。
口を開いた。
「じゃあ」
「はい」
「私」
「はい」
「【危険察知】」
「……」
「取る」
「……」
「私」
「はい」
「よく」
「……」
「危ないことするから」
「……」
琴子は。
目を閉じた。
「……」
「琴子?」
「……」
「何?」
「……」
「何で黙ってるの?」
「……」
「……」
琴子は。
ゆっくりと。
目を開けた。
「……自覚はあったんですね」
「……」
「いえ」
「……」
「何でもありません」
「……」
「では」
琴子は。
画面を操作する。
「【危険察知】」
「うん」
「取得」
「うん」
「【気配察知】」
「うん」
「取得」
「うん」
「【探索】」
「うん」
「取得」
「……」
「【地図作成】」
「……」
「取得」
「……」
「奏」
「はい」
「これ」
「うん」
「全部必要ですか?」
「……」
奏は。
真剣に考えた。
「……」
「……」
「必要」
「……」
「……」
琴子は。
少しだけ。
笑った。
「そうですね」
「……」
「では」
琴子自身も。
スキルを取得する。
まず。
【探索】。
次に。
【危険察知】。
そして。
【気配察知】。
さらに。
【地図作成】。
その瞬間。
二人の脳裏に。
新たな情報が。
流れ込んできた。
「……」
世界の見え方が。
少しだけ。
変わった。
部屋の中に。
存在するもの。
外にいる人間。
町の構造。
道の方向。
危険度。
魔力の流れ。
そうしたものが。
以前よりも。
明確に。
感じ取れる。
「……」
奏が。
窓の外を見る。
「……」
「どうです?」
「……」
「奏?」
「……」
「何か見えますか?」
「……」
「うん」
「何が?」
「……」
奏は。
少しだけ。
眉を寄せた。
「……町の外」
「はい」
「森の方」
「……」
「何か」
「……」
「変」
琴子も。
窓の外を見る。
「……」
「……」
「何かありますか?」
「分からない」
「……」
「でも」
「はい」
奏は。
ゆっくり。
銃を手に取った。
「何かいる」
「……」
「遠いけど」
「……」
「こっちを見てる」
琴子の表情が。
一瞬で。
変わった。
「……」
「奏」
「うん」
「本当に?」
「……」
「気配察知で?」
「うん」
「どのくらい?」
「……」
「分からない」
「……」
「でも」
奏は。
窓の外を。
じっと見る。
「敵意がある」
その瞬間。
アイリスの声が。
二人の脳裏に響いた。
『警告』
『始まりの町周辺にて』
『高密度魔力反応を検知』
『現在、対象はこちらへ接近中』
「……」
「……」
二人は。
顔を見合わせた。
「琴子」
「はい」
「……」
「どうします?」
奏は。
銃を握る。
「……」
その目に。
先ほどまでの。
新しいスキルを楽しんでいた少女の面影は。
もうなかった。
代わりに。
戦場を知る。
ミリタリーオタクとしての。
有平奏が。
そこにいた。
「まず」
「はい」
「確認する」
「……」
「敵なら」
「……」
「倒す」
琴子は。
静かに。
頷いた。
「分かりました」
しかし。
次の瞬間。
アイリスが。
さらに。
衝撃的な情報を告げた。
『対象の反応を解析』
『敵性判定を更新』
『対象はモンスターではありません』
「……」
「……」
『人族です』
「……」
奏の指が。
銃の引き金から。
ゆっくり離れた。
「……人?」
『はい』
「何で」
『対象は現在』
「……」
『お二人を追跡しています』
「……」
琴子の表情が。
一気に。
険しくなった。
「……」
「琴子」
「はい」
「これ」
「……」
「冒険者ギルドで」
「……」
「私たちの情報を見られたから?」
「可能性はあります」
「……」
「ですが」
琴子は。
冷静に。
考える。
「まだ」
「うん」
「私たちを追跡している理由は」
「……」
「分かりません」
奏は。
窓の外を見る。
始まりの町。
朝の街並み。
多くの人々。
その向こう。
町の外。
遠く。
森の中。
誰かが。
二人を見ている。
そして。
その人物は。
少しずつ。
近づいている。
「……」
琴子が。
静かに。
呟いた。
「奏」
「うん」
「これから」
「うん」
「異世界商売を始める予定でしたが」
「……」
「どうやら」
「……」
「先に」
「……」
「私たちを追っている人物について」
「……」
「調べる必要がありそうですね」
奏は。
小さく笑った。
「……」
「何です?」
「いや」
「……」
「【探索】取ったばっかりなのに」
「……」
「さっそく使うことになったなって」
「……」
琴子は。
妹を見る。
そして。
小さく。
笑った。
「そうですね」
「……」
「では」
「うん」
「行きましょうか」
「……」
「この世界で」
「……」
「初めての」
「……」
「情報収集です」
二人は。
立ち上がった。
そして。
まだ誰も知らない。
始まりの町の裏側へと。
足を踏み入れていく。
その先で。
二人を待っているのが。
敵なのか。
味方なのか。
それとも。
邪神へと繋がる。
新たな手掛かりなのか。
今の二人には。
まだ分からない。
ただ。
一つだけ。
確かなことがあった。
異世界へ召喚され。
邪神を倒すことを決意した双子の物語は。
ここから。
単純なレベリングや。
ゲーム攻略だけではなく。
少しずつ。
この世界そのものを巻き込みながら。
大きく。
動き始めようとしていた。




