第三十一話 鑑定士が見た双子の正体
始まりの町にある冒険者ギルドの一角で、時間が止まったような沈黙が続いていた。
先ほどまでなら、酒を飲みながら仲間と談笑していた冒険者の声や、依頼書を探す者たちの足音、受付嬢が書類を整理する紙の音など、いくつもの雑音が混ざり合っていたはずだった。しかし、今この瞬間だけは、それらすべてが遠い場所で起きている出来事のように感じられる。
奏と琴子の二人を前にして、受付嬢が完全に固まっていた。
彼女の手には、冒険者登録用の魔道具が握られている。
それは、冒険者の適性や魔力、所持スキルなどを確認するための一般的な鑑定道具だった。
普通ならば。
冒険者登録を希望する新人が魔道具に触れれば、名前や種族、年齢、職業などの基本情報が表示される。
魔力が高い者なら、その数値が表示される。
戦士なら筋力が。
魔法使いなら魔力が。
商人なら知能や運が。
それぞれの適性に応じて数値が表示される。
もちろん、希少なスキルや特殊なギフトを持つ者が見つかることもある。
だが。
それでも。
目の前に表示されている情報は。
明らかに。
おかしかった。
「……」
受付嬢は。
もう一度。
魔道具を見た。
そして。
奏を見る。
次に。
琴子を見る。
そして。
再び。
魔道具を見る。
「……あの」
ようやく。
受付嬢が声を絞り出した。
「はい」
琴子が。
にこやかに返事をする。
「本当に」
「はい」
「お二人とも」
「はい」
「レベル一の冒険者なんですか?」
「……」
奏と琴子は。
顔を見合わせた。
「琴子」
「何です?」
「どうする?」
「どうするも何もありません」
琴子は。
笑顔を崩さないまま答えた。
「今さらレベル一だと言い張っても、説得力がありません」
「でも」
「はい」
「ゲームでは最初レベル一だったし」
「奏」
「うん」
「それは、この世界の人には関係ありません」
「……」
「それに」
琴子は。
受付嬢の前に表示された情報を。
ちらりと見る。
「レベル一という表示自体が、どうやらサイエス側の認識と合っていません」
「え?」
「見てください」
琴子が。
魔道具を指差した。
そこに表示されていたのは。
レベル一。
確かに。
そう書かれている。
しかし。
その下には。
いくつもの異常な情報が並んでいた。
異世界人。
特殊ギフト。
特殊スキル。
異常なステータス。
そして。
通常ではあり得ないほどの。
高レベル装備。
「……」
受付嬢の顔が。
さらに引きつる。
「この装備……」
彼女の視線が。
奏の服へ向けられた。
「それ」
奏は。
自分の服を見る。
ゲーム内で作成したアバターが装備していた。
スチームパンク風の戦闘服。
そして。
腰には。
改造された銃。
肩には。
いくつかの装備。
アクセサリー。
さらに。
アイテムボックスの中には。
大量の装備品。
そのほとんどが。
この世界では。
見ることすら珍しい。
高性能な装備だった。
「……」
奏は。
少し考える。
「これ?」
「はい」
「ゲームで手に入れたやつ」
「……」
受付嬢が。
完全に固まった。
「奏」
琴子が。
小声で言う。
「それは言わない方がいいです」
「え?」
「ゲームという言葉を、この世界の人間が理解できると思いますか?」
「……」
「おそらく理解できません」
「……そっか」
奏は。
素直に頷いた。
しかし。
もう遅かった。
「……ゲーム?」
受付嬢が。
聞き返した。
「はい」
「ゲームとは?」
「……」
奏が。
琴子を見る。
琴子も。
奏を見る。
「……」
「……」
「……どうしましょう?」
奏が。
小声で聞いた。
「あなたが余計なことを言うからでしょう」
「ごめん」
「……」
「でも」
「はい」
「本当のことだよ?」
「そうですが」
「嘘はついてない」
「……」
琴子は。
小さくため息を吐いた。
「……まあ」
そして。
受付嬢へ向き直る。
「私たちは」
琴子は。
慎重に言葉を選んだ。
「少し特殊な場所から来た者です」
「特殊な場所?」
「ええ」
「どちらから?」
「遠いところです」
「……」
「非常に遠いところです」
「……」
「それ以上は」
琴子は。
柔らかく微笑んだ。
「申し上げられません」
受付嬢は。
困ったように眉を寄せた。
しかし。
それ以上は聞かなかった。
冒険者ギルドでは。
事情を抱えた者が登録に訪れることも珍しくない。
犯罪者を除けば。
過去を詮索しない。
それが。
この世界の冒険者ギルドの暗黙の了解だった。
だが。
問題は。
この二人の。
異常なステータスである。
「……」
受付嬢は。
再び魔道具を見る。
「……」
彼女の額に。
汗が浮かんだ。
「……これは」
「何か?」
琴子が。
穏やかに聞く。
「鑑定結果が」
「はい」
「私の権限では」
「……」
「詳細まで確認できません」
「え?」
奏が。
思わず声を上げた。
「見られないの?」
「はい」
「何で?」
「……」
受付嬢は。
少し迷ってから答えた。
「この魔道具は、鑑定対象の能力によって、表示できる情報が制限されることがあります」
「……」
「お二人の場合」
「はい」
「どうやら」
受付嬢は。
言葉を選ぶ。
「私よりも」
「……」
「お二人の方が」
「……」
「鑑定能力が高いようです」
「……」
奏は。
目を丸くした。
「つまり」
「はい」
「この魔道具じゃ、私たちを見られない?」
「正確には」
受付嬢が。
苦笑する。
「基本情報は見られます」
「うん」
「ですが」
「うん」
「ギフトやスキルの詳細については」
「……」
「情報が隠されています」
「……」
「これは」
受付嬢が。
困惑した顔で言った。
「かなり珍しいことです」
「そうなんだ」
「はい」
奏は。
少しだけ安心した。
しかし。
琴子は。
別のことを考えていた。
「……」
これは。
かなり重要な情報だ。
自分たちの能力が。
完全には鑑定されない。
それは。
異世界で生きていくうえで。
大きなアドバンテージになる。
特に。
自分の【縁結び∞】。
奏の【縁切り∞】。
そして。
アイリス。
異世界貿易共有。
複製能力共有。
経験値倍化。
これらの能力が。
完全に知られることは。
避けなければならない。
邪神に。
知られる可能性もある。
もし。
この世界のどこかに。
邪神の手先がいるなら。
情報は。
慎重に扱うべきだった。
「奏」
「うん」
「一度」
琴子が。
小声で言った。
「この場を離れましょう」
「……」
「どうして?」
「鑑定士を探します」
「鑑定士?」
「はい」
「何で?」
「私たちのステータスを」
琴子の目が。
鋭くなる。
「誰が」
「……」
「どこまで見られるのか」
「……」
「確認する必要があります」
「……なるほど」
奏も。
ようやく理解した。
自分たちの能力を。
どこまで隠せるのか。
それを知ることは。
今後の活動において。
非常に重要になる。
「では」
琴子は。
受付嬢に向かって。
にこやかに尋ねた。
「この町に」
「はい」
「腕の良い鑑定士はいますか?」
「鑑定士ですか?」
「ええ」
「それでしたら」
受付嬢が。
少し考える。
「ギルドの専属鑑定士がいます」
「……」
「ただ」
「はい」
「少し変わった方ですが」
「変わった?」
「はい」
受付嬢は。
苦笑した。
「人を見るのが好きな方です」
「……」
「特に」
受付嬢が。
奏と琴子を見る。
「珍しい能力を持っている人を見ると」
「……」
「かなり興味を持たれます」
「……」
奏と琴子は。
同時に。
嫌な予感を覚えた。
「……琴子」
「はい」
「やめた方がいいんじゃない?」
「私もそう思います」
「じゃあ」
「しかし」
「……」
琴子は。
受付嬢を見る。
「他に鑑定できる方は?」
「……」
「できれば」
琴子は。
柔らかく微笑んだ。
「口が堅い方がいいのですが」
「……」
受付嬢は。
少し考えた。
「……一人」
「いますか?」
「はい」
「誰です?」
「この町で」
受付嬢が。
声を少し落とした。
「一番腕の良い鑑定士です」
「……」
「ただし」
「はい」
「この方に鑑定をお願いすると」
「……」
「おそらく」
「……」
「かなりの騒ぎになると思います」
奏は。
琴子を見る。
琴子も。
奏を見る。
「……」
「……」
「どうする?」
奏が聞いた。
「鑑定してもらいましょう」
「いいの?」
「はい」
「騒ぎになるよ?」
「ええ」
「いいの?」
「はい」
「何で?」
琴子は。
静かに答えた。
「私たちが、どの程度まで隠せるのか」
「……」
「それを知るためです」
「……」
「そして」
琴子は。
目を細めた。
「もし」
「うん」
「私たちの情報が」
「うん」
「鑑定できないのであれば」
「……」
「それはそれで」
琴子の口元が。
僅かに上がった。
「面白いでしょう?」
「……」
奏は。
その顔を見て。
思った。
やっぱり。
この姉。
完全に。
楽しんでいる。
「では」
受付嬢が。
奥へ向かって声をかけた。
「鑑定士を呼んできます」
「お願いします」
受付嬢が。
カウンターの奥へ消えていく。
奏と琴子は。
その場で待つ。
周囲から。
少しずつ。
視線が集まり始めていた。
どうやら。
受付嬢の反応が。
周囲の冒険者にも。
伝わっているらしい。
当然だ。
冒険者ギルドという場所では。
情報が命である。
誰が強い。
誰が弱い。
どのモンスターが危険。
どこにダンジョンがある。
どんな依頼が儲かる。
そうした情報は。
金になる。
だからこそ。
誰もが。
異常な二人組に。
興味を持ってしまう。
「……」
奏は。
周囲を見渡した。
「琴子」
「はい」
「見られてる」
「ええ」
「どうする?」
「無視してください」
「でも」
「奏」
「はい」
「笑顔です」
「……」
「とにかく」
琴子は。
いつもの外面用の笑顔を浮かべた。
「余計なことは言わないでください」
「分かった」
「本当ですか?」
「分かったって」
「……」
「姉ちゃん」
「何です?」
「私を信用して」
「……」
「ください」
琴子は。
少しだけ目を細めた。
「それが一番難しいんですよ」
「何で!?」
奏の声が。
ギルド内に響く。
周囲の冒険者たちが。
一斉に二人を見る。
「……」
「……」
「……」
琴子は。
ゆっくり。
奏を見る。
「……奏」
「……」
「何でもありません」
「はい」
奏は。
素直に黙った。
その直後。
「失礼するよ」
背後から。
声が聞こえた。
落ち着いた。
年配の男性の声だった。
二人が振り返る。
そこには。
白髪交じりの髪をした。
一人の老人が立っていた。
年齢は。
六十代ほどだろうか。
しかし。
その目だけは。
異様なほど鋭い。
手には。
古びた杖。
身体には。
ローブ。
そして。
首から。
小さな魔石のようなものを下げている。
「こちらの方が」
受付嬢が。
老人を紹介する。
「ギルド専属鑑定士の」
「……」
「グレゴール様です」
老人は。
二人を見る。
その視線は。
まるで。
双子の身体を透かして。
魂まで見ようとしているかのようだった。
「……」
「……」
奏は。
思わず身構える。
琴子は。
笑顔を崩さない。
「初めまして」
琴子が。
丁寧に頭を下げた。
「有平琴子と申します」
「有平奏です」
奏も。
慌てて頭を下げる。
「……」
グレゴールは。
何も言わない。
ただ。
二人を見ている。
「……」
奏が。
少し落ち着かなくなった。
「……何か?」
思わず。
奏が尋ねる。
その瞬間。
グレゴールの目が。
大きく見開かれた。
「……」
「……」
「……」
「……」
老人の顔に。
初めて。
明確な感情が浮かんだ。
驚愕。
それも。
隠しきれないほどの。
驚愕。
「……なるほど」
グレゴールが。
低く呟く。
「そういうことか」
「……」
「……?」
奏が。
首を傾げる。
「何がです?」
グレゴールは。
ゆっくりと。
二人へ近づいた。
「お前たち」
「はい」
「……」
「……」
「一体」
その瞬間。
グレゴールの周囲から。
膨大な魔力が。
溢れ出した。
ギルド内の空気が。
一気に重くなる。
周囲の冒険者たちが。
一斉に立ち上がる。
琴子が。
奏の腕を掴んだ。
「……」
「琴子?」
「動かないでください」
「……」
「何か」
「……」
「おかしいです」
グレゴールが。
二人を見つめる。
そして。
ゆっくりと。
口を開いた。
「お前たち」
「……」
「鑑定を」
「はい」
「拒絶しているな?」
「……」
奏と琴子は。
顔を見合わせた。
「……」
「……」
「どういう意味です?」
琴子が。
尋ねる。
グレゴールは。
さらに。
二人を見つめた。
「私の鑑定が」
「……」
「お前たちの中に入れない」
「……」
「いや」
老人の顔が。
徐々に。
険しくなっていく。
「違う」
「……」
「入れないのではない」
「……」
「入った瞬間に」
グレゴールが。
息を呑む。
「切られている」
その言葉に。
奏の顔が。
固まった。
「……」
「……」
琴子も。
目を見開いた。
グレゴールは。
震える声で。
続けた。
「お前の能力か」
「……」
「いや」
「……」
「違う」
老人の視線が。
奏へ向いた。
「お前」
「……」
「今」
グレゴールが。
奏を指差す。
「何をした?」
「……」
「何も」
奏が答える。
「してないけど」
「嘘をつくな!」
ギルド内に。
怒鳴り声が響いた。
奏が。
びくりと身体を震わせる。
琴子の目が。
一瞬で。
冷たくなった。
「……」
奏へ向けられた。
怒り。
そして。
敵意。
それを感じ取った瞬間。
琴子の中で。
何かが。
静かに。
切り替わった。
「……」
琴子の口元から。
笑顔が消えた。
その瞬間。
空気が。
変わった。
「……奏」
「……」
「下がってください」
「琴子?」
「いいから」
「……」
「私の後ろへ」
「……」
奏は。
姉の声を聞いて。
一歩下がった。
琴子は。
グレゴールを見る。
「……」
普段。
誰に対しても。
敬語を使う琴子。
しかし。
今。
その声には。
明確な冷たさがあった。
「グレゴール様」
「……」
「妹に」
「……」
「それ以上」
琴子の目が。
細くなる。
「近づかないでいただけますか?」
その瞬間。
琴子のスキル。
【縁結び∞】が。
静かに。
発動した。
そして。
この瞬間。
グレゴールは。
まだ知らなかった。
目の前にいる双子が。
ただの異世界人ではないことを。
そして。
この二人が。
この世界の常識そのものを。
根底から覆す存在になることを。
何より。
彼が見ている。
【鑑定】という能力そのものが。
この双子にとっては。
攻略可能な。
一つのシステムに過ぎないことを。
そして。
その時。
奏の視界に。
アイリスの文字が。
静かに浮かび上がった。
『警告』
『対象者による鑑定行為を確認』
『敵対意思を検知』
『対処を推奨します』
奏は。
画面を見つめた。
そして。
小さく呟いた。
「……アイリス」
『はい』
「この人」
『はい』
「敵?」
『現時点では、敵対行動を開始していません』
「……」
『ただし』
「うん」
『警戒対象です』
奏は。
ゆっくりと。
改造銃へ手を伸ばした。
その隣で。
琴子が。
静かに。
笑った。
そして。
始まりの町の冒険者ギルドは。
この日。
後に。
双子の伝説として語られることになる。
最初の事件を。
迎えることになったのだった。




